侯爵令嬢の好きな人

篠咲 有桜

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幼少期編

将来の勉強計画

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 殿下をいつまでも屋敷の玄関に立たせるわけもいかない。私は、中へと先頭になって歩くと同時に、隣に殿下が並ぶ。勝手知ったる他人の家だ。それくらいに彼はこの屋敷に出入りしているし、この屋敷に馴染みも深い。   


 こういう改まった場になればどこに向かえばいいのかも分かるのか、先導されていても、どこか並んで立つ姿を見ると、彼がどれだけこの屋敷に来ているかが分かる。更には、これがただ遊びに来ているというわけではないのを理解しているのか、行くべき部屋へと向かうのを理解していた。殿下が来るときは、たいていはいつも兄シリウスの部屋なのだ。だけど、今回は兄の部屋がある上の階には向かわずにまっすぐに1階にある客間へと進んでいった。なんなら、客間に向かいながら「お話が終わったらあとでルシウスに挨拶に行こうかな」なんて言っているので、私に向けた大切なお話があるのだと言外に告げられているようだ。


 客間に入ると、ローテーブルを挟んでお互いが向き合いソファに腰をかける。それを合図にしたようで、控えていたメイドたちが忙しなく動き出す。


 綺麗な笑顔を浮かべている殿下と、穏やかな笑みを浮かべている私。親戚同士だが、特別に仲がいいわけでもない私たちは、お互い見つめ合ったままお茶が準備できるのを待つ。勿論リーシアは任務のために、しっかりと私の後ろに姿勢よく立っていた。何かを言いたそうに、殿下を見ることがはあるが立場をわきまえているのか、今のところ口を開くことはない。


 目の前にクッキーやプチケーキ、スコーンと一口サイズのサンドイッチなどが乗ったケーキスタンドが置かれる。それを追いかけるように、メイドが紅茶を用意してくれれば、今度はそれが合図だったかのように私たちが動き出す。


 私は、砂糖を小さじで2杯入れた後ゆっくりとかき混ぜて溶かし、それを口にする。殿下は、私が紅茶を口にしたのを確認すると、何も混ぜることもせずにカップに口をつけた。そして、どちらからともなくふぅっとため息をつく。


「学校を――、君はダンク王国の女学園に行くと聞いた」


 徐に始まった会話に、私は視線を殿下に向けた。殿下は、会話の糸口としての言葉を選んでいるようで手元で落ち着きなくカップを弄繰り回している。視線は、私を見ておらず紅茶に映る自身とにらめっこしながら、静かに言葉を落としている。


 私も、殿下の言葉に口を開いて閉じて開いた後に、紅茶を一口飲んで落ち着くように忙しない。普段からお互いの会話が少ない同士、上手なキャッチボールが出来ない。だが会話をするために来ているのだ。その目的を果たすべく、殿下は最初の言葉を投げてくれている。これにうんともすんとも答えないのは、如何なものだ。前世、元気と丁寧とやけくそが取柄な接客業をしていたアラサーが宿っているというのに。コミュ障故のコミュ力の高さから、すぐに人の輪に溶け込むのが得意だったではないか。それを今発揮しないでどうするのだ。一口分だけ紅茶を含んだ後、ゆっくりと喉を通すと手に持っていたカップをソーサーに下して、そっとローテーブルに置く。落ち着きのない私は、姿勢を正しく見せるように、背筋を伸ばして手を重ねて膝の上に置く。手遊びしたくなった時は、この手を交互に上下にして落ち着きのなさの動きを最小限にする。前世、会社の面接時に落ち着きのなさを指摘され、最終手段で見出した最大限の手遊びだ。


「随分とお耳が早いのですね。それを決めたのはつい数日前でしたのに」


 少しだけ厭味ったらしく聞こえたか。言葉選びは今も昔も少し苦手である。


 殿下は、私の言葉を聞くと弾かれたように顔を上げて苦笑いを浮かべている。


「ヨーセフ殿が、父上に嘆いておられたよ」


 父よ、仕事場で何をしているのだ。更には、王様の前で何を話しているのだ。


 流石の私も顔を作るのを忘れて、眉間に皺を寄せてしまった。そんな私の様子に緊張が少しほぐれたのか、殿下は小さく喉を鳴らして笑う。


「ふっ……、アイシャ穣のそんな表情を見るのは初めてだね。普段は、先ほど見せてくれた貼り付けたような表情を読めない笑みか、さっきまでの無表情が常だというのに。この一言だけで表情を崩してくれるのは嬉しいな」


 そこまで感情が薄いだろうか。殿下の言葉に心底複雑な感情になった私は、つい斜め後ろのリーシアを見てしまった。リーシアは、私の視線に気が付いたのか視線だけをこちらに向けると、優しい笑みを浮かべてくれる。それだけできゅうっと胸が鳴るし、満足するので感情は大変豊かだと思う。きっと、リーシアは私の気持ちを汲み取ることはできなかったのだろうが、向けられた視線に応えるように笑みを浮かべればいいと思っていることがとてつもなく好きだ。私はリーシアのそれだけで満足なのだ。彼女はよく私のことを理解している。私の口角は自然と満足そうに上がっていた。


 そんなやりとりを見た殿下は、私の意識を戻そうと言わんばかりに大きな音で咳ばらいをひとつする。私は何もなかったように正面を向いて、再び殿下と向き合う。


「いつからあっちに行くんだい」


 先ほどの話に無理やりシフトを戻すようだ。私は、一番下にある一口サイズのサンドイッチを口に含みながらゆっくりと咀嚼して飲み込む。


「学園の入学資格は10歳からだそうです。入学式は先月4月と、9月の二回に分かれているみたいです」

「そうなると君は今年の9月に入学するのかい」


 殿下の言葉に私は次の食べ物に伸びかけた手をぴたりと止める。一瞬だけ視線を向けるが、ゆっくりと再び食べ物に戻すと、ゆっくりとした動作で首を横に振る。そして、プチケーキをお皿に移してフォークを握った。


「いえ。10歳からと記載があるだけで、10歳に入学しなければならないわけではないので。私は兄たちよりはやはり勉強も進んでいません。同い年のアイザック兄さまよりも遅れているのです。今から必死に勉強しても7月の入学試験にはどうしても間に合わないと思います。それなら、無理なく頑張れる1年を目標にしております」

「ということは、来年の4月にはあちらに……?」

「はい。あくまでも目標とはなりますが、……そのつもりです」


 前世の私は勉強が嫌いだった。定期テストは常に下から数えた方が早いような成績。それでも大学にストレート入学したし、意地でも大学をストレートで卒業したのだ。それは、一重にアイシャと同じで努力家だったから。受験経験は前世に2回経験している。更には、ドラックストア店員をするために必要な試験の試験勉強だってしていたのだ。試験勉強は好きじゃないが、経験しているのでやり方は分かる。そのためには、断ち切らないといけない物はたくさんあるのだが、この世界の娯楽はそこまで多くない。


 前世ではゲームや漫画、大型ショッピングモールでのショッピング、アニメに無料配信動画といったものが勉強を妨げたが、この世界はそういうのが少ないので恐らく外に出なければ暇になり、嫌でも向き合うことが出来るだろう。寝るか食べるか本を読むかだ。錦戸玲奈もアイシャも集中力がものすごく続くようなタイプではないので、細目にブレイクタイムを入れながら勉強をすれば、自然と勉強時間も増えるのではないか。


 そんなことを脳内計画を立てながら、まだ実行していないなどとは口にできずに紅茶で飲み込んだ。
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