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幼少期編
王太子の正式な訪問①
しおりを挟むすっかりと窓に吹き込む風から冷たさが消え始めている。庭の花には、クロッカスやスノードロップなどが静かに咲き始めて、庭師が今年の庭はどのように彩ろうかと浮足立っていた。更には外では、ワルプルギスの前夜祭の準備があちらこちらで見えるのだと家のメイドが話していた。そろそろ本格的な春の到来に、庭師以外にも浮足立っているようにも見える。
ワルプルギスの夜に、魔女や死者の霊が集まって会議をする。
4月30日から5月1日の夜は日本のハロウィンに近いものがあるが、大きく違うのは仮装などはしないし、屋台を出してお祭り騒ぎということもしない。4月30日の夕暮れに広場へ集めた焚き木に火をつけ、それを静かにそれを眺める。昔からあるこの国の風習だ。この時期は、生者とそうでないものが入り乱れる日と言われているので、家の前では篝火を焚くことで生者でないものたちを跳ねのけていた。
そして、この地域では人間が焚火を囲んでいる間に、大大陸にある山脈で魔女が集まってお祭りをしているという話。
どこまでが本当でどこまでが嘘かはわからないが、このお祭りをきっかけにひとつの季節を区切っていた。
我が家は、屋敷の庭に大きな焚火を作って、それを屋敷中の人たちで眺めるのが毎年の恒例だった。だから広い庭にキャンプファイヤーみたいに木が集められている。そんな季節が移り変わる時期、一通の手紙が届いた。本日はその手紙の内容に我が家は追われている。
「エマ、そんなにはりきらなくてもいいのではないかしら。屋敷の外に出るわけでもないのだもの」
黒を基調として赤をアクセントとしたワンピースは、10歳にしては少し大人っぽくも感じるが、半分日本人である私はむしろ落ち着くので問題ないが、この歳で着るには少しだけもったいないようにも思える。ただ、私の目の色と髪の色が特殊すぎて合わせる服もあまり多くないのが現状だ。
しっかりと現実の世界なのに鏡を見ると、相変わらず赤い色の瞳が現実離れをしている。この異様な色が、私の存在が少しだけ異質だと言われているようだった。それでも、侍女もメイドも、騎士も執事も、この屋敷全体が私という存在をこの世界になじませてくれていた。当たり前に挨拶があり、当たり前に会話があり、当たり前に愛情を与えてくれる。それが心地よくて仕方がない。
「なりませんよ、アイシャ様。本日は王太子様の正式な訪問なのです。例え屋敷の中と言えど、しっかりと身なりは整えていただきませんと」
そういって私の髪の毛を丁寧に丁寧に梳いて梳いて、ヘアオイルをなじませてまた梳いて。艶やかに仕上げたら、それをまとめ上げてくれた。綺麗に編み込んで、まとめて、リーシアからプレゼントしてもらった赤い大きなリボンのバレッタで留めてくれる。何も言わずにこの髪飾りを使用してくれるのは、さすが専属侍女である。しっかりと私の好みを把握してくれているし、何を言わずともこれを選んでくれているので、私の気持ちをきちんと尊重してくれているのだ。それに感謝はすれど、本日の予定の内容を耳にすると少しだけ面倒臭いと顔に出てしまう。
「本日もとてもお綺麗ですよ、お嬢様」
少しだけ重くなった感情を察したのか、しっかりと正式な護衛騎士の恰好をしているリーシアが私の背中から声をかけてくれる。我が家の騎士の制服は、黒を基調とした制服だ。黒基調だからか金色のモールがとても映えている。リーシアがそれを身に纏う姿は、とてつもなくかっこいい。彼女が女だとわかっていても惚れないわけがない。かっこいいを通り越して、感動をする。こんな10歳がいてたまるかと思ってしまうくらいには、とんでもなく初恋キラーだ。
同い年の令嬢は確実に落とせるだろうその外見を持つリーシアから綺麗だと言われてしまえば、まんざらでもない。普段はもう少しラフな格好をお互いしているが、本日は格上も格上な相手の正式な訪問とのことで、まともな装いをしていた。
時刻は13時。王太子がくるのは14時頃。15時からはフィーカの時間だからきっとシェフはシナモンロールを用意してくれているだろう。フィーカは珈琲を嗜むのだが、私たちはまだ幼いとのことで紅茶がメインとなっていた。
普段大人たちは、15時から1時間あるフィーカの時間をブレイクタイムとして、珈琲とシナモンロールを口にしているのをよく見かける。メイドも料理長も、侍女も執事もフットマンも、庭師も騎士も、代わる代わるこの時間を大事にしている。1時間丸っとは無理なので30分単位で交代していた。勿論、私もその時間は必ず勉強を休んで紅茶を飲む毎日だ。のんびりとしたこの空気感が私は好き。
ただ、本日は王太子の訪問なため、使用人たちのフィーカタイムは少し後に回されるのだろう。申し訳ないと罪悪感も湧くが、仕事だからと笑顔で応えてくれるので私は使用人たちに甘えてしまう。訪問といっても、ただひたすらにお話をするだけなのだろう。子どもが親戚の家に遊びに来る感覚なのだが、立場というものがそうさせない。
仕事でもなければ公的なものでもないが、1週間前から手紙で本日来訪を告げなくてはならない。前回の風邪をこじらせてしまったときは、私が目を覚ましたためそういう手紙もなしに来訪したとのことをお詫びとして添えられていた。立場というのはとても大変なんだなとぼんやりと手紙の内容を確認したのはつい最近だった。
親戚の家に遊びに来ることくらい、そんな正式な手紙とかいるのだろうか、と思いながら私は少しだけ嫌な不安を頭の片隅に残したまま、王太子来訪を待った。
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