侯爵令嬢の好きな人

篠咲 有桜

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幼少期編

知らない天井②

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 目を覚ませば知らない天井だった。

 あいも変わらないお決まり文句である。面白みがないだろうが、感想はそれしかない。

  それでも、前回の薄暗くじめっとした不快感のある空間ではない。目の前に広がるのは深みのある赤い布で出来た天蓋。締めつけはなく、硬い床ではない。深く沈み込むくらいにふかふかな布団の中。それがどうしようもなく温かくて、落ち着いて、安心する。沈んでた記憶がゆっくりと浮上してくれば、ここは知らない天井ではなかった。よく知っている天井だ。

 先程まで何も無い白い空間にアイシャと意識を混ぜ合わせていた。そのため、この記憶はアイシャのものであることは分かるし、10年間のアイシャの記憶も私との記憶と混同せずに落ち着かせていた。アイシャがいないわけではない。しっかりと私がアイシャになった。それに実感しながら、手を動かそうとしたらガッチリと何かに掴まれて上手く動かせなかった。

 少しだけ痛みの残る首をゆっくりと動かすと、そこには彫刻かと思うような美形がうつ伏せになって瞼を閉じていたのだ。そこにひゅっと息を飲み込んだ途端に、アイシャの記憶を確認すると該当する相手が出てきた。

 この美形はローレル伯爵家の次女、リーシア・ローレル伯爵令嬢だ。アイシャの幼馴染で護衛騎士。自分も伯爵令嬢なのだがアイシャのことをお嬢様と呼んで親しみ、常にそばに居てくれる。伯爵令嬢であるが毎日剣の腕を磨き、今からアイシャの護衛騎士としてそばに居ると誓ってくれた相手。家からの通いだというのに、朝は早くからこの侯爵邸にきてくれる。

 中性的な顔たちのせいで、脳がバグを起こし、男か女かの判断を迷わせてしまう。甘いマスクに誰にでも紳士的。キューティクルを描いたバターブロンドの髪はとても艶やかで綺麗だ。

  アイシャの色だと言ってどこかで見つけた黒い細いリボンは、まとめた髪をさらに彩ってくれていた。今は見えないが、透き通った湖のような蒼い瞳は常にアイシャだけを写し、アイシャに熱狂的な愛を注いでくれる護衛騎士。形のいい薄い唇に通った鼻筋、同い年だと言うのに少しだけ大人びたすっきりとした輪郭は童顔のアイシャとは反比例だ。

 そんな美少女はあどけない幼い寝顔を私に見せていた。心配させてしまったのだろう、伏せられた目元には少しだけ疲労の色が見受けられる。今は眠っているかどこか顔色も悪い。触れている手に感じる彼女の掌は、10歳の伯爵令嬢にしては皮が厚くてとて令嬢とは思えない手だ。

 それでも私のためにこんなに傷を負って鍛えてくれた。捕まった時も真っ先に私を呼んで部屋に飛び込んでくれた。愛しくないわけが無い。胸が熱くならないわけがない。

 繋がった手を引き寄せて、そっと彼女の手の甲に唇を押し付けた。

「お、じょう……さま……?」

 ぼんやりとした声とともに、日に照らされ輝く綺麗なまつ毛がゆっくりと揺れた。

「おはよう、リーシャ」

 私はゆっくりとひとことひとこと愛しげに言葉を落とすと、体を伏せていた彼女は文字通り跳ね起きたのだった。

「お嬢様……嗚呼……お嬢様。やっと目を覚まされたのですね」

 感極まった彼女は、顔をくしゃりと歪ませて、青く綺麗な湖畔に水をためていく。それを見ただけで沢山心配させたのだとやはり反省した。

「沢山心配をかけてしまったわね。ごめんなさい、リーシャ。貴女を泣かせたかったわけではないの」

 いつのまにか緩められた彼女の手から自分の手をするりと抜く。軋む体をゆっくりと起き上がらせると、リーシアの頬に伝う涙をそっと指先で拭い、そのまま掌で頬を包む。

じんわりと広がる彼女の温もりに私も安堵の笑みを浮かべた。途端に、彼女は蕩けるような恍惚とした表情を浮かべたが、直ぐに悲しそうに眉を下げて横に首を振った。

「とんでもないことです。私が貴女様のそばから離れてしまったから。」

 自分の責任だというように肩を落とした。きっと何を言っても堂々巡りなのだろう。私が私がで譲らなさそうだ。

 私は少しだけ眉を下げながら小さく笑った。

「なら、今度は私の傍から離れなければよいのです。」

 ゆっくりと慈しむように頬を撫でていれば、彼女の目は大きく開かれる。ぽろぽろと涙を零しながら、彼女は「はい」と霞む声で返事をすれば服の裾でごしごしと涙を拭った。

 流石にそれは目が赤くなると思いオロオロとしている私を他所に、リーシアは私の手から頬を離す。温もりが逃げられた掌はとても冷たくて、温もりを逃がさないようにきゅっと手を握りしめる。

 少し赤くなってる目もとでくしゃりと可愛らしく笑うと、――あ、やっぱり女の子だなって少しだけ思う。

やっと笑ってくれた彼女に安堵して、起こしていた体をゆっくりと布団に戻すと嗅ぎなれた匂いに落ち着く。リーシアもそんな私の様子に安心したのか、ベッドサイドの椅子から立ち上がった。

 まだ幼いが、同い年にしては高い身長。すらりとした長い手足。侯爵家の騎士服は紺色だ。幼い体にそれを身にまとっており、それがまた良く似合う。

 男性と見間違うほどの綺麗なEラインの横顔をぼんやりと眺めていれば、リーシアは徐に腰に下げている剣の柄を握った。

 私がきょとんとその様子を眺めていれば金属音の擦れる音ともにさやからその剣を抜くと、もう片方の手でリーシャはひとつに纏めている髪をひっつかむ。

「リーシャ……?なにを……してるの?」

 私の困惑を聞かぬふりをしているのか、ちらりと湖畔の瞳を向けられるが、その問いに答えられることはない。片手で器用に剣を首の後ろに宛てがうと、根元から髪の毛をぶつぶつと斬り始めたのだ。

 器用に髪を人束切り終えてしまえば鞘に剣を納めてしまえば私に再び向き直す。元々黒色のリボンで纏められているその人束を手のひらに乗せてリーシアは満面の笑顔で私を見た。
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