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第25章 喰う、それは生きる為ですよ⁉︎

366話 脳筋

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 不敵な笑みを浮かべるダクネラ教皇に、勤勉の勇者クリスチャートは何の躊躇いも無く飛び込んだ。

 ミシッ!

 僅か2歩。

 純潔の勇者フローラの【不可侵領域】から飛び出して、地面を蹴れた数だ。
 その2歩でも飛び出したので4mは進んだのだが、次の1歩を踏み出す前に、クリスチャートは天井に貼り付けられていた。

「な⁉︎か、体が浮いた?しかも天井から離れられない⁉︎」

「まさか、触れてもいないのにグラビティを⁉︎」

 勇者2人は驚いているが、ダクネラは大精霊の同等の力を引き出せる契約者パートナーだ。この程度はまだ序の口だろう。
 ただ、こうも高い天井だと、フローラは自分の特殊技能ユニークスキルの円内には彼を入れられないから助けられない。

「いやはや、勤勉の勇者君は思慮が足りないな」

 ダクネラはやれやれと呆れる仕草をする。

「ベルフェルの話した意味を理解せず、相手の力を見誤って無謀に突っ込んで捕まる。これがタカノブが言っていたと呼ばれる人種か」

 クリスチャートを見る限り、彼は天井に張り付いたというより、天井に押し当てられているように見える。

「ぐっ、クソッ、何だこの力は⁉︎」

 凄い力を入れているのにも関わらず、僅かに顔を天井から離せる程度しか動かない。

「無駄だよ。君は今、この世界の核たるものの重力の一部を受けているんだ。多少、君の体重と受けるベクトルは変えてあるのだけれどね?」

 ダクネラの話から考察すると、クリスチャートの体重を軽くして、彼にだけ星の重力の一部と同等の圧を掛けているようだ。
 身体強化LV5に達する彼が動けないのなら、並の人間なら潰れているかもしれない。

 ダクネラは、そのまま動けない我々に向かい歩いて来る。
 現状で、純潔の勇者の円から出るのは難しい。
 唯一の安全地帯には違いないが、打開案も生まれない。

「どうしよう…。どうすれば…?」

 フローラは錫杖を握りしめ、どうにかしてクリスチャートを解放できないかを考えているようだ。

「ベルフェル、道中でサイルという青年と会わなかったかね?」

「ああ、彼にはされたよ」

 ベルフェルが失った右手首を見せると、ダクネラは少し残念そうな表情を見せた。

「君達がここに来た時点で、彼が敗れたのは分かってはいた。彼はだったからね。天井に張り付く彼のように、彼も脳筋の人種だったのかもしれないな」

 遂に目前まで来てしまった。フローラの前にベルフェルが立ち、ダクネラと向かい合う。
 彼女の今の【不可侵領域】の拒絶項目は、物理攻撃・魔法全般攻撃・状態異常だ。
 仲間以外の侵入という拒絶は設定していない。
 つまりは、誰でも容易に円内に入られてしまう。

「私が質問をしても?」

 注意を逸らすというよりも、ベルフェルは元々その目的で来ている。
 ダクネラは円の前でピタリと止まり、余裕のある笑顔を見せた。

「ああ、もちろんだとも」

「…長いこと会わなかったが、君の活躍はどちらの教団でも良く聞いていたよ」

「それは私もだよ。君がラエテマ王国のオモカツタの支堂長に就任が決まった際には、運命だと思った程だ。故郷に近かったのだ、親には会いに行ったのだろう?」

「…父とは疎遠でね。君も知っているだろう?」

 2人の会話があまりにも親し気な事に、フローラは血の気が引く。

 見た目はダクネラの方が若く見えるが、もしかしてダクネラとは古くからの仲間なの⁉︎
 いや、彼はつい先程も命掛けで戦ってくれている。
 司教で魔術士の彼が、大事な右手首を失ってまで私達を騙すメリットは無い。
 だが、単独で神殿に潜入しようとしていた点は不審でしか無い。
 クリスが動けない今、頼れるのは彼だけだけど、信用しきれない。
 こんな時、私はどうすれば良い?

 見上げた先のクリスは、何とか天井から離れようとまだ諦めずに足掻いている。
 彼と彼女には見えないが、直ぐ近くまで無の契約精霊スカルゴが近づいていた。

「それは残念だったな。もう彼とは会えないのだから」

「…⁉︎討伐が間に合ったのか⁉︎」

 ベルフェゴールが討伐される事など無いと思っていた。
 分身体がある限り本体に逃げられる。それはもうだった。

「…喜ぶのかい?仮にも君の父親だろう?それに、君も計画には賛同していたのだろう?」

「賛同していた内容とは違う!この世界には、浄化の必要がないもの達も居るだろう⁉︎」

 突然、声を荒げたベルフェルに、フローラ達は驚く。

「ああ、まぁ順序に違いが出た事は申し訳なく思うよ。私としても、いろいろと予測を見誤ってね。ことごとく邪魔をされている様だ。君なら、その邪魔している者達を知っているのではないかい?」

「それは、単に両教団の頑張りだろう。彼等勇者も、こうして君に辿り着いた」

 誓いの呪いが掛かるベルフェルは、決して空中公国月の庭モーントガルテンの情報を出したりはしない。

「フム、それは確かにそうだが…。暴食の悪魔バアルゼブルだけは、どちらの教団でも神殿の所在地が分からなかった。それを、数刻前に見つけた者が居るのだ。私が知る魔王や勇者達、教団の者達には難しいと思う。当然、ここに居る彼等では無理だろう?」

 ダクネラの冷淡なその視線に、フローラ達はビクッと震える。
 もはや、私達は眼中に無いらしい。苦楽を共にしてきたこのパーティを馬鹿にされた気がして、フローラは奥歯を鳴らした。

(一度、領域を解除して物理攻撃を仕掛ける!見たところ、彼も魔術士タイプ。魔法を唱える前に抑え込めれたら、次の領域発動で動きを完全に封じれる。大丈夫、私達はこのままじゃ終わらない!)

 フローラは片手を背に回し、背後にいる配下の2人に領域解除による行動パターンの合図を送る。

「復かーーつ‼︎」

 フローラ達が動こうとした矢先に、移動できるようになったクリスチャートが落ちて来た。

「クリス‼︎」

「急に動けるようになった!」

 粉塵を巻き上げ、ダクネラの中距離グラビティを警戒している。

「おや、彼は君の契約精霊なのでは?」

 クリスチャートの肩に乗るスカルゴを見て、ダクネラは理由が分からないと首を傾げる。

「友よ、君は質問がしたかったのではないのかね?」

「ああ、私はそう望んでいたのだが、スカルゴは私の契約精霊ではないのでね」

「…何?」

 ダクネラの意識がベルフェルに向いていると見たクリスチャートが、一瞬で間を詰めて来た。

「懲りぬ奴だ」

 捕まえる直前、ダクネラは目前から消え、そしてクリスチャートの背後に居た。

「‼︎⁉︎」

 今度は地面へと強力な力で押さえつけられる。

『か、解除なんだなっ!』

 押さえつけられた力が和らぎ、クリスチャートは直に再び距離を取った。

『け、ケイオス様は、別に止めないんだな。だ、だ、だから目一杯邪魔してやるんだな』

 スカルゴはかなり震えているが、しっかりと勇者の肩にしがみついている。
 本来、契約者でなければ精霊は直接触れるという干渉はできない。
 よく見ると、勇者の肩の一部だけ透明だが加護で光っている。

(なるほど、仮に加護を与えたのか。ベルフェルから切り替えたわけではなさそうだな。…いや、彼は契約者ではないと言った。という事は…?)

 ダクネラは辺りを見渡す。彼等以外に、契約者になれそうな者は見当たらない。

 未熟な契約精霊は、契約者から魔力供給できない距離まで離れる事はしない。
 又、契約者も加護の力が薄れる為に離れ過ぎる事はしない。
 見て分かるが、あの契約精霊はまだ中位精霊にもなっていない。
 つまりは未熟で、魔力を提供している契約者が近くにいる筈なのだ。

「調子が悪いのか?だが好都合だ!今度こそ拘束する!」

 クリスチャートは考え込むダクネラを、3度目の正直と捕まえに突進した。

「やはり脳筋は思慮が足りないな」

 彼が軽く手をかざしただけで、クリスチャートは躱しきれずに勢いよく突っ伏す。
 その刹那、ダクネラの背後から【不可侵領域】を解除したフローラの錫杖が振り下ろされていた。

シャン‼︎

 錫杖は空鳴りした。確実に捉えた筈のダクネラの姿は無く、空振りしていたのだ。
 直後に来る全身にのし掛かる重力に、フローラは両膝を地に着けた。

「どうかね?この神殿には数刻前から、ケイオスの力でグラビティが掛けられている。安全地帯に居た君には分からなかっただろう?身体強化を持たない配下の者達は、動く事すら無理の様だよ?」

 不可侵領域を解除した事で、配下の2人は既に倒れていた。
 フローラは、身体強化をLV2まで持つ為にこの程度で済んでいるに過ぎない。

「まぁ、この重力下であれだけ動ける彼は、流石は勤勉の勇者と言ったところか。だが、私の使える力は重力だけで無いと理解していなかったな」

「じ、時間…か?」

 なんとか顔を起こすクリスチャートに、ダクネラは指差す。

「正解。だが自在に操る事はできない。それはケイオスが許可しないのでね。私にできるのは、多少の時間経過を。まぁ、ベルフェゴールの【怠惰感染】の上位互換だと思ってくれて良いよ」

「時間を…止め…⁉︎」

 ここにきて初めて、クリスチャートの目に絶望感が浮かんだ。
 巨大で理不尽な力を相手に、どう足掻いても勝てる未来が浮かばない。
 彼は、気力で上げていた顔を遂には下ろした。

「ん?契約精霊が居ない?」

 足掻くことをやめた勇者達の側に、あの契約精霊が見当たらない。
 膝をつきかろうじて耐えているベルフェルの側にも居ない。

「おかえり、スカルゴ」

「⁉︎」

 階層入り口から声が聞こえた。しかも1人ではなく多くの声がする。

「来たか、契約者!」

 ダクネラは、浄化に抗う人間達だと直感的に感じ、心が高鳴り顔が緩むのを抑える事ができないのだった。
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