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第21章 その存在は前代未聞らしいですよ⁉︎

312話 火の大精霊ムルキベル

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「聞き間違いかな?」

 羅針盤式通信機から聞かされた報告に、グルケニア帝国皇帝フィリオ=パオロ2世は聞き直していた。

「もう一度、ご報告します。本日、ヨハネス様からの連絡を受け、調査員を派遣したところ、厄災の悪魔アーリマンは、空中公国月の庭モーントガルテンの者達により討伐され、ボリスンの街に居たソードムの兵士達も制圧。街は既に解放されております!」

「ううむ、先日に節制の勇者は失敗したばかりというのに、こうも容易く討伐できるとは…。これでは、世間的には我々帝国軍が弱いと見られてしまうのではないか?」

「恐れながら閣下、我々が以前、アーリマン討伐に向かわせた帝国兵士は凡そ200。何れも訓練が行届いた精鋭でありました。決して我国の軍が弱い訳ではありません。その空中公国の者達が異常なのです」

「宰相の言う通りです閣下。奴等は危険です。ヌル虚無教団と対峙する以前に、奴等を味方に付けておかねば、本土が狙われる可能性がありませんか?」

「一刻も早く、同盟関係に持ち込むべきだと進言致します」

 午後の会食に同席していた宰相や貴族達が、パオロ皇帝に空中公国モーントガルテンと同盟を結ぶように提言する。

「同盟か…しかし、我は建国に反対したからなぁ。今更こちらから同盟を持ち掛けるのは体裁が悪い」

 何を悠長な事を言っているんだ?と、宰相達はイライラしているが、皇帝の背後に控える忠義の勇者コーリー=スナイプスが睨みを効かせているので何もできない。

「閣下、この機を逃すと、他国に先を越されるやもしれませんぞ?空中公国は中立と謳っていても、同盟国を優先するのは明白でしょう。先にラエテマ王国に同盟を結ばれでもしたら、尚更同盟の機会は遠退きます」

「宰相、だが、此度は美徳教団からの要請で奴等は厄災の悪魔討伐に動いただけ。結果として我国の助けとはなったが、感謝するのは美徳教団にであって奴等ではない。当然、奴等も美徳教団からは相応の見返りはあった筈だ。同盟を向こうから申し出があれば受けてはやるが、我からは申し出ない。話は以上だ」

 肝心な事は、いち早く同盟を結ぶことであり、理由はなんでも良かった。
 今や、飛行戦艦よりも空を制する公国の脅威を理解していないのは、皇帝だけかもしれない。
 貴族達は項垂れ、それ以上は黙るしか無かった。


       ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 元浮遊邸は、現在は空中公国モーントガルテンとなったわけだが、名前だけで終わるつもりは無い。
 領地拡大を図り、グルケニア帝国の領地に降りたアラヤ達は、アースクラウドで大地を吸収していた。
 もちろん、人目の付かない山林を選び隠蔽工作はしているが、1箇所で大量に土地を取る訳にもいかない。

「ノーム、あとどれくらい必要?」

『理想としては、あと一回は回収したいな。今回で居住地や畑は足りるが、訓練場の建物用の土が足りない』

 建物もほとんど鉱石建築なため、土地だけでなく建物用にも大量の土が必要だった。

『やあ、精が出るね』

「ああ、ミフル様」

 光の大精霊ミフルが現れ、公国内をサッと一周する。

『流石に君でも、何も無いところから生み出す事はできないか』

「それは流石に無理ですよ。それができるのは創造神くらいじゃないですかね?」

『確かにそうだね。それはそうと、風の大精霊エアリエルはまだ戻らないのかい?』

「まだですね」

 水の大精霊アーパスの下にいるアラヤの分身体から、風の禁呪魔導書を受け取りに向かって、未だに帰らないところをみると、アーパスの移動するフレイア神殿遺跡(寝床)の居場所を見つけることがまだできていないのかもしれない。

『どうする?エアリエルを待たずに火の大精霊ムルキベルの下に向かうかい?』

「そうですね。ただ待っているよりは、やれることは済ませておきましょうか」

『良し、それならば、早速今からムルキベルの寝床向かうとしようか?』

「今直ぐですか?やけに急いでいるんですね。そういえば、契約者パートナーのヨハネスはどうしたのですか?約束では、他の遺跡の場所を教えて頂く手順でしたが


『ヨハネスは今、美徳教団の総会的な集まりに出ている。あれでも一応、教団のトップだからな』

 禁呪魔導書は、アラヤ達が火、水、風、闇の4つ。ヌル虚無教団が、光、闇、土、無の4つ。今現在、全て世に出回っている。
 つまりは、魔導書探しの遺跡回りの意味はもう無くなったと言える。だが、再召喚を防ぐために祭壇を破壊することは必要かもしれない。
 先日、アーリマンは封印したわけだが、祭壇破壊はなされていない。
 その遺跡の在処を、知っていて損は無いと思う。

『まぁ、終わり次第連絡は来ると思うけど、君達も暇してるわけじゃ無いだろう?』

「そうですね。大罪教側からも今一度訪問したいとの要望がありましたし、パガヤ王国の状況も知りたい。やらなければならない事は多くあります」

『なら、優先すべきは大精霊の加護を得るのが最も重要な事だろう?加護の力は、必ず役に立つからな』

「分かりました。では、ムルキベル様に会いに行きましょう。案内をよろしくお願いします」

『心得た』

 ミフルは光の球体となると、空高く舞い上がった。
 アラヤ達も後を追う為にモーントガルテンを浮上させる。土地が増えたせいか、通常よりも重く感じるようになった。
 早いうちに、グラビティの特大魔鉱石を増やす必要があるな。

『こっちだ』

 ミフルが先導を始めたので、魔鉱石作りはカオリ達に頼み、アラヤは移動に集中する事にした。
 ミフルは、ラエテマ王国側へと飛んでいる。方角的に、アルローズ領のようだ。

「この山は…コアノフ山?」

 休火山であるコアノフ山には天然温泉があり、アラヤ達も来た事はある。
 しかし、標高1500m程度の山なので、山としては中程度の山だ。

『ムルキベルが居るのは地底だよ?山の高さはあまり関係無い。むしろ、この山はマグマ溜まりが近いんだ。呼び出すには最適の山なのさ』

 モーントガルテンを山頂に停泊させると、ミフルと共にアラヤ達は火口へと降り立った。
 古くに固まったゴツゴツとした溶岩の中を歩いていくと、降りれそうな縦穴を見つけた。

『さぁ、降りようか。向かうのは君と火の精霊君だけで良いよ?』

 アラヤと火の中位精霊サラマンドラだけが降りることになり、他のみんなには見張りとモーントガルテンの整地作業をお願いした。

『かなりの深さまで降りなきゃならないから、ちょっとだけ急ごうか』

 ミフルが照らす後を、置き去りにされないように急いで着いていく。
 1500m程度はあっという間に過ぎ、まだまだ下へと降り続ける。
 やがて、下からの熱気を感じるようになり、マグマが近いことが分かった。

『着いたよ。落ちないように気をつけて』

 開けた空間に出た瞬間、目下にはマグマの海が広がっていた。
 直ぐさま壁から土台を形成して飛び乗る。間に合わなければ、そのままマグマにドボンとなるところだった。

「熱いですね…」

 体温調節の熟練度不足か、汗が大量に噴き出す。熱さで汗を出すのは久しぶりな気がする。

『対策をしてから、ゆっくりと降りようか』

 アラヤは全身に保護粘膜を張り、アイスを辺りに張り巡らせた。
 徐々に高度を下げていくと、アイスはみるみるうちに溶け始める。

『ムルキベル、私だ。ミフルだ。少し、話をしよう。出てきてはくれまいか?』

 ミフルの呼びかけが届いたのか、マグマの海に波紋が立ち、ボコッ、ボコっと泡を弾かせながら、ムルキベルがその姿を現した。

『どの面を下げて会いに来たんだ?貴様の契約者のせいで、儂の眷属竜は減ったというのに…』

 その姿は、一言で表すならマグマ人間。ただ、その大きさは巨大で、マグマから出した上半身だけで10mはある。

『ああ、リンドウル君には悪いことをしたね。でも、あれは、私の契約者の命令ではなく、ヌル虚無教団の差し金だよ?』

『どうだかな。勇者とやらは楽しんでいたようだったが』

 勤勉の勇者クリスチャート=高須=スタディが、デピッケルのレニナオ鉱山で古代赤竜こと火の眷属竜リンドウルを討伐した事は記憶に新しい。

『貴様の眷属竜を差し出せば、帳消しにしてやろう』

『ああ、それなら丁度良い。彼を差し出すよ』

「はい⁉︎」

 あろう事か、ミフルはアラヤを眷属竜の代わりみたく紹介した。

『何だこの童は?眷属竜では無いではないか!』

 ですよねー?見た目通りの可愛い人間ですよ?だからあまり近付かないで?

『よく見るんだ。彼にはちゃんと、私の加護があり眷属だろう?』

『む…確かに。………待て、この加護の量は何だ?』

『分かった?私の加護だけじゃないんだよ。エアリエル、土の大精霊ゲーブ闇の大精霊プルートーの加護も受けているんだ。まぁ、1番最初に加護を与えているのはエアリエルだけどね?』

『……』

 なんだか、凄い凝視されているんですけど。熱いのに、冷や汗が出てる気がするよ。

『よもや、ここに来た理由は…儂の加護か?』

『察しが良いね、その通りだよ』

『何を企んでいる?いや、それ以前に、地上では何が起きているというのだ?』

『それはね…』

 ミフルが、地上で起きている争いにより、エアリエルを始めとした大精霊達が怒っていることを説明した。

『そうか…。しかし、そんな大役をこんな童に?儂ら大精霊は、どちらかと言えば、加護を与えるのは勇者寄りではなかったか?』

 えっ?そうだったのか。まぁ、勇者に精霊の加護って似合う気がするのは確かだね。

『とにかく、だよ。今なら、出し渋っているアーパスがいるから、カッコ悪い大トリじゃなくて済むよ?』

『いや、そういう問題で決める事じゃ無いだろう?』

『そうかい?ほら見なよ、彼の契約精霊を。彼には立派な君の眷属も居るんだよ?』

 サラマンドラは急に注目されて慌てるも、力強く頭髪を燃やしてアピールした。

『さ、サラマンドラです‼︎お会いできて光栄ッス‼︎』

『ウム、気に入った!立派な眷属を従えているこの童は、確かに加護を受けるだけの器を持つようだな!』

「あ、ありがとうございます」

 あれ?意外にも眷属にはチョロいのかな?

『良かろう!受け取れ、儂の加護を‼︎』

 次の瞬間、噴き上げるマグマにアラヤは呑み込まれた。
 瞬く間に焼け死ぬかと思ったが、ただの水を浴びたかのように何事も無くマグマは流れ落ちた。

『これで、アーパスも慌ててる筈だよ?フフフ、君は正にこの世界史上、前代未聞の存在になるんだね!』

 喜び興奮するミフルとは裏腹に、アラヤはその存在が意味する理由を全く理解できないのだった。
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