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第15章 その力は偉大らしいですよ⁉︎

221話 勇者参戦

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 王都の東部地区。
 工場や貧民街が多いこの地区は、その因果関係は不明だが、毒耐性持ちの者達が多く住んでいた。
 故に、街全体が霧に包まれ視界が悪くなっても、住民達は避難区域には移動していなかった。この様な状況だろうと、彼等は見下される事を知っている。わざわざそんな場に身を置くよりも、徘徊するゴブリン等の個体で弱い魔物なら対処できるからだった。

「アルバス、やはり誰も南区の避難区域には行かないつもりらしい!」

「案外、防衛ラインもしっかりとできている。東区ここは彼等に自衛してもらって、我々は被害の大きい北区に向かうべきじゃないか?」

 6人組の冒険者パーティー【弦月の牙】。そのリーダーであるアルバスは、彼等が設置したバリケードを機能が万全か確認する。

「確かに、東門入り口と区間街道をこのバリケードが有れば、ある程度の魔物は防ぐ事はできるかもな。しかし、徒党を組む魔物が現れないとは限らない。俺はもう少し様子を見るべきだと思う」

「…ったく、リーダーは心配性だからなぁ。霧を出した悪魔も見つかってないし、まぁ、確かに用心に越した事は無いか」

 彼が言い出したらなかなか意見を曲げない事を知っている弓使いのスタンは、移動は諦めようと屋根の上に飛び乗ると、支給された魔鉱石を取り出して先の路地に放り投げた。
 魔力を込められた魔鉱石は、大きな弧を描きながらも霧を吸い始め、落ちた先でも視界を良くする働きをしてくれている。

「バルグ商会様様だな」

「私はこのマスクっての?あまり好きじゃないなぁ。動き回ると息苦しく感じるし」

 退屈そうにコキコキと首を鳴らす拳闘士のアニは、自身のマスクをずらして深呼吸した。結果、咽せてマスクを付け直す事になる。
 耐性が無い彼女も、マスクの価値は分かってはいる。ただ、慣れていないだけだという事も。
 だが、その一部始終を見ていた者が居た。

『あの小さな布っきれで、奴等は霧が効いて無いのか?』

『だったら奪ってしまえ!』

 隠れて様子を伺っていたガグリード達は、ゴブリン達を正面から向かわせ、背後から建物に火を放とうと迂回を始めた。

『先ずは布付きを孤立させ、嬲り殺してやろう』

 案の定、耐性持ち達は現れたゴブリンに気を取られている。布付きの素手の女は、魔法使いを守る為に後方に居た。

『さぁ、火を放て』

 後方に回った仲間に合図を送り、自身は陣形を分断する位置に構えていると、予定通りに火の手が上がる。

「良しって思ったろ?」

 飛び出そうと構えていたガグリードの頭上から声が聞こえ、見上げたガグリードは視界が半分に割れた。

「お前達の動きは、俺が把握している。残念だったな!」

 今まで気配を消していたザップが現れ、分断を目論んでいたガグリードとゴブリンを斬り捨てる。火を放った場所には、魔術士のフロウがバブルショットを放ち消化。驚いたガグリードの頭をアニの鉄拳が打ち抜いた。

「【弦月の牙】は伊達でAランクのパーティーを名乗ってるんじゃないからね?」

 拳に付いた緑色の血を振り飛ばし、再び陣形を整える。まだまだ気配は残っているからだ。

「こりゃあ、リーダーの言う通り、まだ東区ここも安全じゃないようだな」

 弦月の牙のメンバーは、東区の防衛にもうしばらく残留を決めたのだった。



 一方、王城を挟んだ先にある西区は、貴族達が住む富裕地区である。その為か、各貴族が護衛と称した用心棒を数人雇っていた。
 彼等は元兵士か元冒険者で、それなりに腕の立つ者達ばかりだった。

『クハハハァァァア‼︎さぁ、踊れぇぇっ‼︎』

 但し、それは彼等に耐性が有ればの話だった。現状は初日の段階で明らかになった。
 突如現れた悪魔は高らかな笑い声を上げ、王都全体に毒の霧を撒いた。
 貴族達はおろか、護衛達も軒並み影響を受けた。もちろん、耐性を持つ者も居たが、その事態に命の対価を払う者は少なく逃げ出す者が多かったのだ。
 残された護衛達は体は麻痺毒に侵され、ゴブリン如きに遅れを取る。かろうじて倒せても、数の暴力には勝てない。

「ぐ、ぐうっ…嫌だ…。止めてくれぇっ!」

 言語傀儡により、操り人形となった貴族や護衛達は、身内や近隣の者達を襲い、犯し、殺し合いをした。
 命辛々逃げ出した者は、正に地獄絵図を見たと精神を病んでしまう程だった。

 そんな西区に、王都西門入り口から意気揚々と入って来る者達が居た。

「うぉぉぉっ!滾るねぇっ‼︎」

 銀の鎧に身を纏い、高い身長と同程度の長さを持つ大剣を背に帯剣するのは、勤勉の勇者クリスチャート=高須=スタディである。

「ちょっとクリス、美徳教団からの指令は途切れたままなのですよ?これは独断行動になる。一度、違う街で指示を仰ぐべきだと思いますわ」

 美徳教団の白衣姿、聖女の証である銀の錫杖を振るう純潔の勇者フローラ=ミュゲットは、錫杖を鳴らす度に辺りの毒の霧を浄化している。

「何を言うフローラ。勇者たる者、この様な時に動かずして何の意味があるというのだ?」

「それはそうなのですが、勇者の貴方と私はともかく、2人は耐性が無いのですよ?」

 彼等の配下として美徳教団から付けられたのは、運び屋トレーガー鍛治師シュミートと教団で呼ばれる役職で、どちらも戦闘職では無い。

「もちろん、2人はフローラが守ってくれ。我々の武器は極めて特殊、2人のメンテナンスが無ければ、長期戦はままならないからな」

「私だって、戦闘職ではありません。いい加減、分かっていただけませんか⁉︎」

 腕を組み、頬を膨らませている姿は、まだ少女の一面がある様に見える。

「何の問題も無い。君の強さは皆が知って…グフッ!」

 錫杖の柄で頬を一閃されたクリスチャートは、歯が欠けた顔でほらな?と笑う。

「まぁ、安心しろ。いつものように、とだ」

 フローラは、ハァ~と諦めの溜め息を吐くと、気持ちのスイッチを切り替えた。
 彼女がスイッチを入れた事で、パーティーの雰囲気が一瞬にして張り詰める。

「ふふっ、こうでなくてはな!良しっ、トレーガー、今回はバスターソードと投剣で頼む」

 トレーガーは亜空間収納から、指定された武器を取り出してクリスチャートに渡す。
 4人はゆっくりと進み始める。呻き声や荒い息が感じられる距離まで来ると、フローラは錫杖を地に突け強く鳴らす。
 すると、フローラを中心に薄い光のサークルが広がっていく。その光は彼女から5m程度で止まった。

「良いですわ、クリス」

「心得た!」

 サークルから1人飛び出したクリスチャートは、木箱の陰に隠れていたゴブリンを木箱ごとそのまま突き殺し斬り上げる。
 彼の気配感知の熟練度LVは4と高く、自身から半径300m程度なら難無く感知できる。
 故に、敵が2手に分かれようが、屋根に登り頭上から狙っていようが、先回りした行動が可能だ。
 その間に、当然フローラ達が狙われる事も分かっている。だが、そうならない戦い方が彼には可能だった。
 それは、身体強化LV5の実力。それは、全てのステータスが2倍になる効果。
 身体強化では最高とされる闇属性魔法のベルセルクルの3倍に比べると劣るも、ノーリスクで時間制限も無い。
 つまりは、一騎当千に値する強さを彼は持っていた。無論、死角は無いに等しい。弓や魔法を唱える敵には、鏢を投擲して目や喉を潰す。
 こうして、次々と隠れているゴブリンやガグリードは、反撃の機会も無く斬り伏せられていく。

「移動式溶鉱炉設置します」

「火種投下」

 トレーガーが亜空間から溶鉱炉と固形燃料を取り出すと、シュミートはすかさず燃料を入れて火種を入れた。
 この一連の作業は毎回の事で、今から始まる戦いの必要事である。

「シュミート、ソードは重心を2センチ前に!今回は投剣は鏢よりも4刃手裏剣に変えてくれ!」

 クリスチャートからリクエストが上がるやいなや、即座にトレーガーが亜空間から武器と素材を取り出し、シュミートが最速鍛錬を行う。全てが魔法と技能による強制的な仕上げだ。
 打ち終わったばかりの冷めない熱は、水で冷やすのでは無くスノースライムの体液で作った溶液に漬ける。一瞬で熱を奪われた武器は、即座にクリスチャートへと渡される。

「良しっ!次だ!」

 身体強化が強過ぎる事と、荒っぽい戦い方に武器がついてこない。
 故に、美徳教団が考えたのは、絶えずリクエストに応じる武器庫である。
 武器が壊れても、新たな武器を渡して廃品は回収して素材にする。
 高価な【業物】や【大業物】を渡しても直ぐに潰される為、背中の大剣以外は鈍でも構わないのだ。

「おっと、そうきたか」

 クリスチャートは新たな反応に気付き、フローラ達の下に後退する。

「どうしました?まさか大物?」

 背中の大剣を使用する様な大物の魔物が現れたかと、フローラ達は緊張する。もう古竜クラスは懲り懲りだからだ。

「違う。だ」

 暗闇からゴソゴソと這い出て来るその姿に、フローラ達は吐き気と嫌悪感で満たされた。

「酷い事を…!」

 もはや人とは呼べない程に悲惨な姿(裸で関節が有り得ない向きになっている)の住民が、意識の無い兵士を乗せる馬代わりにされていたのだ。
 勇者達の前に、贄が群れになって現れ、彼等の怒りは最高潮になろうとしていた。
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