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第6章 味方は選べと言われたよ⁈

075話 寛容の勇者

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「凄い人気ですね」

    カオリが書いた本は今や、書店では高価な魔導書と同様に、鍵付きのショーケースに飾られている。
    出版元は、布教の為に発展した製紙技術がある大罪教会で、売り上げの半分近くを教会に納めている。そのおかげで、かつて移動を進めていた司祭も、移動しろとは言わなくなった。
    司祭曰く、前例の色欲魔王の様に淫魔達で人々を無理矢理色欲に溺れさせるよりも、色欲の感情を争い無く広範囲に拡散する画期的な方法だと絶賛していた。因みに、教会内ではBL本が人気である。
    色欲本を書いている時の快感を感じたくて、次々に新作を書き進めている。
    ハァハァと高揚しながら書いてる姿は、側から見たら変態だよね…。
    アイズ達はもう慣れたみたいな顔をしているけど。

「アイズ、今から新しい羽根ペンとインクを買いに行きたいんだけど」

「ええ、付いてくわ」

    カオリ達は今、教会の宿舎ではなく貸家を借りて暮らしている。それも自立するだけの収入源を得たからだ。共同生活が続くに連れて、5人の配下達とも仲良くなり、今では友達と呼んでも通るかもしれないと思うんだよね。友達がいた試しがないから確信が持てないけど。

「出かける時は、俺も呼べって!」

    部屋から出て行こうとするカオリ達を、気配を感知したフットが慌てて付いてくる。
    行き先はバルグ商会、食品から雑貨まで揃う大型商店だ。あそこは羽ペンの品揃えが豊富だし、アイズの鑑定からしても品が良いとお墨付きだ。

「いらっしゃいませ~」

    店員の対応も、まるで前世界の様だなぁと感心してしまう。目的の羽根ペンとインクを見つけた後は、店内を軽く物色して回る。実は万年筆があれば、そろそろ変えようかなぁとも思っているんだけどね。この世界にはまだ無いのかな。
    因みに、ここにも私の本は置かせてもらっている。ここでは官能物が、奥様方に売れているらしい。

「ありがとうございました~」

    商店を後にして、繁華街通りを歩いて帰る。昼前時とあって、行き交う人々の量も多くなってきている。店先から漂ってくる料理の匂いが、カオリのお腹を準備できたよと鳴らす。

「ああ、お腹空いたね」

「帰ったらクーパーが美味しい料理を用意してますよ」

     調理師である彼の料理LV3の腕前は流石で、安い食材であっても高級レストラン張りの味を引き出してくれる。
    今のカオリの、執筆に続く楽しみ(幸せ)である。

「2人共、そこで止まれ」

     先頭を歩いていたフットが、貸家の入り口で険しい表情になる。初めて見るフットの緊張している顔に、カオリは不安になりアイズにしがみつく。アイズはしっかりと受け止めてくれたが、反対の手にはナイフを取り出して辺りを警戒している。

(やはり、3人の反応は無い。鍵は…開けられているな)

    扉をゆっくりと開き、フットはその場にしゃがむ。入り口の床に両手を付くと技能スキル【痕跡視認】を発動した。

「‼︎」

     視界に浮かび上がる無数の足跡と、抵抗した痕跡。消臭された血の匂いまでもが痕跡視認により伝わってくる。

「この場は放棄する!直ぐに離れるぞ!」

「えっ⁉︎ちょ、ちょっと待ってよ!中に3人が居るんでしょ⁈」

「…中には居ない!どうやら大罪教会に行ったようだ。だから俺達も向かうぞ!」

「教会に?一体何があったの⁈」

「居場所がバレたようだ!」

    3人は人混みを避け、路地裏から教会へと向かう事にした。人混みの中では、気配感知が過敏に反応してマークが絞れないからだ。
    小雨が降り出し、石畳の道に小さな水溜りが出来てくる。

「クーパー達は大丈夫なんだよね?」

    荒い息を吐きながら、カオリはフットに3人の安否を尋ねる。

「……奴等も厳しい訓練を積んできた。そう簡単にはくたばらないさ」

「……」

    アイズも沈黙のまま頷く。大丈夫だと信じたい気持ちはカオリだって一緒だ。

(これは私の所為だ!私のわがままで王都に残った為に、居場所がバレてしまったに違いない)

    王都の生活の中で、美徳教会と大罪教会のいざこざは一切無く、国民の生活に普通に溶け込んでいた。
    教会でも勇者と魔王が争っているという噂や片鱗も全く無く、自分は狙われていないと錯覚していたのだ。

「教会は協定により安全地帯になっている。中に入ればきっと大丈夫だ」

    フットはそう言うが、ついこの前、教会にまで乗り込んで来たという話を聞いたんじゃなかったかな?完全には安心できないが、身を隠す事はできるかもしれない。

「着いたぞ、中へ…」

     3人が教会の敷地内に入ろうとした時、いきなりフットが背後にナイフを投げた。
    ナイフは何も無い空中で止まり、刃先から血が滴る。

「ククク…。驚いたな。姿は完全に消えていた筈だが?」

     ナイフを起点に、だんだんと姿が浮かび上がってきたのは、左肩にナイフが刺さった状態のフードの男だった。
    男はナイフを抜き取り、石床へと捨てる。

「隠密技能の高レベル者か。だがあいにく、俺の気配感知からは隠れられないようだな」

    フットは新たなナイフを取り出して、両手に構える。そしてアイズに、アイコンタクトで今の内に行けと送る。
    アイズはカオリをゆっくりと教会側へと移動させる。

「いやぁ、斥候が居ない部屋への侵入は楽だったよ。結界らしいものが張られていたようだけど、俺にかかればちょちょいと片付くからね?後は背後からサクッとね?」

「貴様‼︎」

    怒りで飛び出したフットは、男に両手持ちのナイフで斬撃のラッシュをかける。冷静に対処する男に、カオリは危険と感じて気が付けば手を伸ばしていた。

「ヘイスト!」

    カオリはフットを加速させたのだ。途端に速度が上がったフットは、男の防御を超えて斬り込みを入れる。

「くっ‼︎モア様、お願いします!」

    腕を斬り裂かれ、堪らず距離を取った男がそう叫ぶと、突如として空から何かが降ってきた。
    それは、全身鎧フルプレートアーマーの槍兵だった。
    槍兵はゆっくりと兜を取り外す。そこから現れたのは金髪白人の美青年だ。

「初めましてだね、色欲の魔王さん。僕は寛容の勇者、ユートプス=モアだ。前世界では槍投げの選手だったんだけど、まさかこんな世界に呼ばれる事になるとはね~。君はスポーツを何かしてたかい?」

    何この男!平然と話しかけてきたんだけど⁉︎この状況でおかしくない⁈

「話を聞いては駄目!」

    アイズがフレイムをユートプスへと向けて放つ。小雨が降っているせいか威力が弱い。ユートプスは放たれたフレイムを全てはたき落とした。

「話の邪魔はいけないなぁ」

   言った直後に姿が消えて、次の瞬間にはアイズは体をくの字に曲げて吹き飛ばされていた。ガハッと口から血を吐いている。
    カオリには速くて何も見えなかった。

「速…く、に、逃げて…!」

   アイズは血を吐きながらも、何とか立ち上がり中級魔法の詠唱を始める。今できる自身最大の火属性中級魔法、フレイムフォールでカオリの逃げる隙を作るのだ。

「邪魔をしなければ、楽に終わらせてあげたのに」

    ユートプスを兜を被ると、何故か槍を地面に刺して手ぶらになった。

「…全てを灰塵と化す瀑布に飲まれよ!フレイムフォ…」

「お前の全てを許そう」

     瞬時にアイズの背後に現れたユートプスは、魔法を発動しようとしていたアイズの手を掴む。

「受罪寛容!」

    放たれる筈だった膨大な魔力の炎が、2人の体を包み込む。

「ガアァァァァァァァッッッ‼︎‼︎」

「アイズッ‼︎」

    己の炎に焼かれたアイズは、瞬く間に腕を残して灰となった。同じくして焼かれた筈のユートプスは、熱でやや軋む兜を取り外してゆっくりと立ち上がる。
    火傷すら負っていないその顔に、カオリは我を忘れてしまった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

「カオリ!駄目だ‼︎」

    叫ぶフットの声も、カオリの耳には届かなかった。ただ無謀に走り、ユートプスを掴みに掛かる。ユートプスは抵抗せずに体を揺すられているままだ。

(よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも‼︎‼︎‼︎)

「あー、貴女に恨みは無いんだけどなぁ」

「させるかぁ‼︎」

   まだヘイストの効果が残るフットが、カオリを奴から引き離そうと斬りかかる。しかし、フットの斬る速さよりも速く、ユートプスの手刀が彼の胸を貫いていた。

「ガハッ!そ、そん…な…」

    ドサっと倒れ落ちるフットを、視界に捉えたカオリは動きを止めた。

「私達が、何をしたって言うのよ…⁉︎絶対に、絶対に許さないから‼︎」

「ああ、君達が悪人だろうが、善人だろうが関係ないんだよね。僕は全てを許して無に返してあげる事が使命だから」

     ユートプスの手がカオリの額を掴む。

「僕の技は、受けた罪を倍にして対象に返す技だ。必ず受け止めてあげるから、君も自身の罪を受け止めるんだ」

   涙が止まらない。
    死ぬのが嫌だからではない。悔しくてたまらないからだ。
    この理不尽な死を呪ってやる。強く、強く。この男に届くようにと。

「受罪寛容!」

     ミシッと、頭の中で聞こえた気がして、視界が横向き変わり地面へとたどり着く。雨でできた水溜りに人影が見えた気がしたが、意識は暗闇へと呑まれて消えていった。
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