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第5章 自重が足りてないって言われたよ⁈

072話 テンプレ?

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    その日の私は、いつもと同じ私だった。
    日々の学校生活に何の刺激も感じない。
    ただ教本の内容を語るだけの、やる気の無い先生。
    近寄るどころか、見えない壁を築いていく周りの同級生。
     
「ふぅ…」

    洗面台の鏡に映る、自分の眼鏡を整えて心の扉を閉める。こうして、今日も身にならない学校生活を乗り越えるだけだ。
    そうすれば、今日も自宅で至福の読書タイムが待っている。
    教室の扉を開けようとした時、背後から走って来る音が聞こえて振り向く。

「わぁっ、ごめん!」

   どいてくれという手振りで、1人の少年が走って来る。彼の走って来た勢いは、急ブレーキしても止まれにずに、派手に顔面から転ぶ事となった。

「…」

    足元で痛みに悶える少年に、大丈夫?の一言が口に出来ない。それは、彼は実は同級生で少年ではなく青年という理由では無く、学年アイドルの告白を断り、グループからのイジメや学年全員からハブられているからという理由でもない。

(く、倉戸新矢にいや⁉︎)

    彼女は普段、彼にだけは関わらないようにしていた。彼に関わるとイジメの対象になるからというわけでもない。

「ああ、ごめん。打つからなかったよね?」

    彼は服に付いた埃を落としながら、ギリギリ衝突しなかったよねと顔を上げると、その場には誰も居なかった。

「あれ?」

     もう一つの教室入り口へと素早く逃げた私は、教壇前の自分の席へと平静装いながら座る。

(ま、全く!今日はついてないわ!)

     心臓がバクバクと動悸が早い。突然の事だったのだから仕方ない。軽く呼吸を整えて自らを落ち着かせる。
     彼女が少年を避けているのは、当然だが理由がある。決して生理的に受け付けないというわけではない。

(あの男は私の一年生の目標を奪った!高校の図書室の本を、一年生で全冊読破達成の目前で本の無返却、その後の紛失!貸出し名簿の最後にはあの男の名前!倉戸新矢にいやめ!新刊を二回も紛失するなんて!絶対嫌がらせに決まってるわ!大体、あの男は、本屋で見かけた時もラノベコーナーにしか興味が無い様だったし!本の深淵を覗くには、好き物ばかりでは駄目なのに!いつか絶対に分からせてやるわ‼︎)

    本人以外には、大した理由では無いかもしれないが、幼い頃から本が友達であり、その読破数と空想世界への逃避行回数は常人の理解を超えていた。彼女はそこに悦を見出していたのである。

   「ふざけてるのか⁈俺はメロンソーダを頼んだだろうが!」

    教室の後方で怒鳴り声が聞こえてきた。声の主は振り返る必要も無く分かる。この学校には似つかわしくない生徒の1人、坂東 礼二という不良だ。
    彼がこの学校に居る理由も簡単だ。坂東の両親は、荒垣グループの土木会社で働いている。荒垣議員の息子である慎太郎の護衛兼身代わり要員として、両親は息子を送らざるを得なかったのだ。

「それじゃ、視界から消しとくか」

    この台詞も何度目かな?何も抵抗しない倉戸を、最後にはロッカーに閉じ込めて授業をボイコットさせる。

「全員席に付け。ん?…授業を始める」

    現代国語の先生である伊藤先生が入って来たが、倉戸の姿が無い事に気付きながらも授業を始めると宣言した。
    この先生のやる気の無さは、他の先生の群を抜いている。この先生は黒板を滅多に使わないし、同じ解説も二度はしない。
    以前、倉戸はどうした?という質問を一度したきり、彼のその後など気にもしていないようだ。

「ん?何か、床が光ってね?」

「変な文字も浮かんでるよ⁈」

    突然の現象に騒然となる教室。彼女の足元にも光の線が現れ、文字や円と形成されていく。
    今まで読んだ、どの本にも載っていない文字だ!一番近いのは、ゲーム雑誌に載っていたルーン文字というゲルマン人の音素文字かも。

「何これ?…まさか、アレなの?ラノベで言うところのテンプレ…?」

    教室を覆う光が強まり、全ての円が繋がり始めて魔方陣が完成する。
    刹那、空間から腕が現れて凄い力で引き寄せられた。

ドサッ‼︎

「痛いっ!」

    彼女は、冷たい石床の上に投げ出された。目が、まだ光から回復しておらず、辺りを見回してもはっきりとは分からない。
    ただ、空気だけは全く別の物だと、体が理解している。

「おい!これはどういう事だ!誰か説明しろ!」

「誰だ!俺を掴むんじゃねぇ!」

「シン君!シン君どこ⁈」

    どうやら他のクラスメイトも居るらしい。これがラノベのテンプレ通りなら、目の前に居るのは女神様か、はたまたイケメンな創造神様か⁉︎
     だんだんと視界がクリアになってきて、自分の腕が拘束されている事に気付いた。

(えっ⁉︎えっ⁈何で縛られてるの⁈)

   直ぐ側には、サバト集団のような黒いフード付きマントの人達が大勢居て、ナイフの先を自分に向けている。その者の目は血走っていて、怖くて合わす事が出来ない。

(どうなってるのよぉっ⁉︎はっ!他の皆んなは⁈)

    そこは地下室のような場所で、自分以外には先生1人にクラスメイトが4人だけ。後は怪しい集団が壁側に並んでいる。
    残ったメンバーの中に居た荒垣も、腕を拘束されてナイフを突きつけられている。横にいる坂東も、今は流石に暴れる気は無いようだ。

「おい、1人足りないぞ⁉︎どうなっている!」

「俺の目には映ってはいなかった!やはり今回は呼べなかったんだろう!」

「いいや、反応は確かにあった!間違いなく召喚されていた!」

「御託は後だ!さっさと映像を出せ!」

    怪しい集団が慌ただしくしている。召喚というワードが聞こえたあたり、私達は異世界召喚されたと考えていいだろう。ちょっと対応が違うけど。大丈夫、異世界の空想世界には何度も飛んだ。読んだ本の通りにすれば、きっと切り抜けられるわ!

「ステータスウィンドウ!」

「……」

    何も現れない。おかしい、これが正攻法のはず。発音?声量が足りない?そもそもの名称が違う?どうする⁈
    自分のステータスが分からないと、チートな主人公なのか、モブキャラAなのかどうかすら分からない。

「おいメガネ!」

「…何、郷田君」

「お前は、彼奴らが喋ってる言語分かるか?英語なら分かるんだが、あれは聞いた事も無いから分からないんだ」

「分からない?」

    私には、さっきから彼等の会話は理解できている。確かに、。という事は、これが私の力なんだわ!

「ごめんなさい、私にも分からないわ」

    郷田には嘘を付き、口を閉ざす。せっかく気付いた自分の力だ、誰にも教えるものか。

「…ビジョン‼︎」

    先程からブツブツと呟いていた男が、最後にそう唱えた瞬間、目の前にプロジェクターみたいな映像が現れた。

「キャァァァァッ‼︎」

    その映像を見た香坂 茜音が悲鳴を上げる。私自身も、思わず嘔吐してしまった。そこには、逃げ惑うクラスメイト達が、緑色の化け物達に犯され、惨殺されている光景だった。

「うげっ、マジかよ!グロいなぁ~」

    割と平気そうな荒垣は、半ば楽しむようにその映像を見ている。この男は危険な奴だったようだ。

「駄目だ!もう見つかるまい!」

「仕方ない、諦めよう。それで?どの魔王が居ないんだ?」

    映像はそこで消され、荒垣が残念と呟いている。この男消えてくれないかなぁ。
     こんな男よりも、また新たなワードだ。しかもそれは魔王。勇者召喚や間違い転生系の話では無いらしい。

「居ないのは…暴食王です」

「暴食王か…。致し方あるまい。大司教様には私からお伝えする。お前達は、直ぐに此処を離れる準備を始めろ!美徳教の奴等にこの地もバレているやもしれん」

    次々と出てくるワード。それと同じくして慌ただしく動き出す集団。
    荒垣達と一列に並べられ、荒垣1人に対して後ろに5人の者が並ぶ。続いて坂東にも5人。香坂にも5人と、全員に5人ずつ割り当てられる。

「お前達、俺の言葉が分かるな?」

「‼︎」

    全員の前に立ったその男の言葉は、日本語のそれに聞こえた。つまりは、私と同じ能力、言語理解に違いない。私だけの能力だと思ったのに…

「おお、分かるぞ!」

「お前の今からの名は、シンタロウ=アラガキ。傲慢の魔王だ。配下として、斥候・翻訳士・鑑定士・調理士・魔術士を与える。ズータニア大陸にある魔人族の国に行け。そこに、お前が望む場所がある。好きに生きよ」

「ああっ?なに…」

    彼がそう言い杖を振ると、荒垣達が一瞬で目の前から消えた。驚く間も無く、次は坂東が呼ばれた。

「お前の今からの名は、レイジ=バンドウ。憤怒の魔王だ。お前にも配下を5人与える。ズータニア大陸の亜人族の国に行け。そこにはお前の理解者がいるだろう」

    また一振りで姿が消える。次は香坂が呼ばれたが、荒垣と一緒がいいとゴネて消された。舌打ちをしていたが、きっと願い通りに飛ばしたのだろう。

    その調子で、郷田は強欲の魔王としてグルケニア帝国に飛ばされ、伊藤先生は、怠惰の王としてムシハ連邦国に飛ばされた。
    そして、とうとう次は私の番だ。今は最初の頃の怖さではなく、興味が心を支配している。

「お前の今からの名は、カオリ=イッシキ。色欲の魔王だ。配下の5人を与える。スニス大陸のラエテマ王国に向かえ。そこにお前が望む知識の深淵がある。淵を覗くが良い」

   知識の深淵⁉︎その興味深いワードの聞こえた後に、視界も音も消え、彼女自身の姿もその場から消えたのだった。

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