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第4章 新旧時代大戦

魔術師ノゾム

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 左肩を押さえながら、彼女は階段を壁に寄り掛かりながら登っていた。
 肩当ては破損し、おそらく骨にはヒビが入っている状態だろう。

(何故こうなった⁈)

 ポシェットからポーションを取り出して、一口飲んだ後は残りは肩に浴びせる。
 完治ではないが、少しだけ外傷と痛みが和らぐ。

「タケル…!直ぐに行くから無茶はしないで…!」

 階段は途中で崩されていた。この塔には東西に階段があり、そのまま上り続けられないように、各階ごとに破壊されていた。
 必ずそのフロア内を通るように仕向けられているのだ。当然、罠や敵が待ち構えている。
 しかし、この階は既に罠も敵も動かない。なぜなら、十数分前に通ったばかりなのだから。

「くっ…10階程落とされたというの?」

 焦燥感に駆り立てられながら、一度通った場所を再び辿る。自分の走る足音以外の音を探るが、戦闘の音すら聞こえない。かなり離されてしまったようだ。

「タケル…!」

 彼女はブロンドの髪をなびかせ、更に走る速度を上げていった。


「シャルル…!」

 床に広がる黒い液体は、そこに居た筈の仲間を一瞬で消してしまった。

「一体、どうなった⁉︎」

 スキンヘッドの父親は娘の安否を心配そうな表情で聞いてくる。彼は今も続く銃撃を、コンクリート壁の大きな破片を盾代わりにして受け流している。

「大丈夫!かなり下だけど、上を目指して移動している」

 索敵サーチの反応は、ちゃんと彼女の居場所を捉えていた。父は無事という知らせに安堵の表情を見せる。

「まだ油断は禁物だ!さっきの攻撃を受けると俺達まで飛ばされてしまう」

  先刻も一瞬の出来事だった。
 銃撃をウィルソンが防ぎながら進み、タケルが把握する敵の位置を、シャルロットが銃に劣らぬ速さの射撃で的確に射抜く。
 その作戦で狂戦士化バーサークとなった人間達を撃退しながら階を上がっていた。
 人間の兵士達の使用している武器は主に銃で、単発型と連射型があるようだ。偶に小型の爆弾を投げてくる事もあったが、そのまま返してあげた。
 順調に進んでいて、気が緩んだのかもしれない。索敵サーチにその反応が出たのは一瞬だった。
 現れたのはタケルの左背後。突如、空間が縦に割れ、その中から三人の兵士が飛び出してきた。
 一人はナイフを持ってタケルに飛び掛り、別の一人は小型の筒をウィルソンに向けて弾を発射し、最後の一人はシャルロットの頭上に小型の爆弾をばら撒いた。

「「「‼︎‼︎」」」

  瞬時の判断で各々が行動していた。
 タケルは筒の軌道を手持ちの剣で斬り上げてズラし、シャルロットはナイフを持つ腕を掴み顎を蹴り上げて、ウィルソンは盾代わりのコンクリート壁で爆弾を弾き打った。
 奇襲の初撃は防いだかのように見えたが、人間の一人が体に爆弾を巻いていた。咄嗟にタケルを庇ったシャルロットが肩から爆破の衝撃を受けて後方に飛ぶ。
 素早く受け身を取り、見上げた瞬間。突如頭から伝わった濡れる感触。
 足元に散らばり落ちるガラス瓶の破片を見て、彼女は姿を消したのだ。

「おそらく強制移動魔法デジョンのアイテム版だと思う。俺が飛ばされたら集まれないかもしれない」

 唯一の索敵サーチ持ちのタケルが居なければ、一箇所に集まる事が困難になる事は明白だ。

「とにかく戦いながら一ヶ所に留まるのは危険だ。フロア内を早いうちに片付けよう」

「オシッ!やるか!」

 ウィルソンは手持ちのコンクリート壁を、敵の多い場所へ手裏剣のように投げた。爆砕する破片で敵が怯んだ。そのタイミングに合わせてタケルが特攻をかける。
  三人を死角から意識を刈り取り、体制を立て直しにかかった兵士には指を切り落としてから気絶させた。
 残りの兵士が、壁に隠れながら射撃をしてきたが、ウィルソンが壁ごと破壊して気絶させた。

「フロア内にはもう敵は居ないようだ」

 辺りには戦える兵士の反応はもう無い。シャルロットの反応も7階程下にある。

「どうする?シャルロットを待つか?」

「いや、先に進もう。彼女なら必ず追い付くよ。それよりも、先行したソドムの反応が10階上で止まっている。そのフロアに他に一人だけ反応がある。ひょっとしたら、ノゾムかもしれない」

 途中まで一緒に行動していたソドムは、フロア外から奇襲を仕掛けてきた兵士を撃退した際に、塔の頂上にある何かを見たらしく、「すまない。俺は外から先に行かせてもらう」と言い残して壁をよじ登って行ったのだ。

 タケル達は警戒を緩めることなく先に進むことにした。頂上が近くなるにつれて、敵の抵抗が強くなるに違いない。ポーションで体力回復を行い、そのフロアを後にする。


 最上階のフロアは、遮る壁が一切無い一間になっていた。中央には赤い絨毯が敷かれ、その奥には玉座が一つ置かれている。
 リザードマン将軍ジェネラルのソドムは、対峙している男に対して片膝をついていた。

「…久しいな、ソドム。して、何用があって古代ここに来た?」

 男は漆黒のフード付きローブを纏い、ゆっくりとソドムの前へと歩み寄る。その風貌は、歳が70をゆうに超えた老人でやつれ果て、手に持つ頭に球体を装飾したロッドは魔術師と呼ばれても誰も疑わないだろう。ソドムは顔を上げる事無く、床を見下ろしたままその問いに答えた。

「…ノゾム様より承った宮殿の守護に失敗致しました。その上、敵の捕虜となりこの地に降り立った次第にございます」

 その答えにノゾムはフフフと掠れた声で笑った。

「ブルゲンをあの時代に閉じ込めれなかった時点で、こうなる可能性は考えていた。予想外なのは、ソドム、お前だよ。あの地に残らず、何故付いてきたのだ?捕虜になどなるくらいなら、死を選ぶと思っていたが…」

 ソドムの喉元にロッドの先端を当て、顔を上げさせる。その目は真っ直ぐにノゾムを見つめる。

「畏れながら、ノゾム様に質問の儀がございます」

「何だ?申してみよ」

 ノゾムはロッドを離し、背を向けて歩き出し玉座に腰を下ろした。

「ノゾム様は、元の世界にはお戻りにならないおつもりですか?」

「…何故そう思う?」

「た、…人間にそう申す者が居りまして。その者が、ノゾム様はこの世界にやるべき事を見つけている。と」

 ノゾムはジッとソドムを見た後、床をロッドで軽くノックした。
 ロッドが触れた地点から水色の魔方陣が床に出現し、球体の地図が出現した。

「これはブルゲンが滞在していた時代の星の姿。そして、これが今のこの星の姿である」

「星…?」

 一度目の球体の横に、もう一つの球体が現れる。二つの球体はとても同じだったとは思えない。内海があった場所は枯渇して一つの大陸となり、巨大な大陸の半分が海に沈んだ場所もある。

「このままではこの星は死ぬ。私が物心ついた頃には既に世界は終わりに向かっていた。しかし絶望感しか持たぬ私の前に、未来から来たという怪しな奴等が現れた。エルフとドワーフだよ。実際に未来とやらに行ってみて驚愕したよ。私の住んでいた世界とは全く違う世界。全てが新鮮で希望に満ち溢れていた。何故こんなにも変わった?ブルゲンがいた世界も見て回ったよ。まだ世界中では無かったが、破滅の予兆は感じたな。破滅に導くのは間違いなく人間達だと確信したよ。それと同時に、希望溢れる未来を作り上げたのは、人間では絶対無いと理解した。だから私は友の言葉で立ち上がった」

 ノゾムはスッと立ち上がり、現在の球体をロッドで消し去る。

「セルゲン王は、こう言った。それなら、過去の世界を救い出し、未来を私達で作り上げようと!」

「だから貴方はこの地に残る筈だと言ったんだよ」

 フロア入り口から声が聞こえてソドムは振り返る。タケルは息を切らしながら、ようと軽く手を上げた。

「タケル…!」

「…フフ。役者は揃った様だな。付いて来い。面白いものを見せてやろう」

 ノゾムはロッドを天井へと突き上げる。魔法により天井は破壊され、その瓦礫で階段が瞬時に出来上がる。
 ノゾムはタケル達を一瞥するとその階段を上って行った。

「ソドム、大丈夫か?」

 タケルとウィルソンは、未だに動こうとしないソドムに駆け寄る。

「…この世界を救う為…?」

「ああ。彼はその為にこの世界に残る事を決心したんだよ」

 自問自答するようにソドムは頭を抑えた。

「救う為に何をした…?」

「それは人間達の争いを利用して、亜人が誕生するきっかけ・環境を作った」

タケルは答えながら階段を上って行く。

「バッジシステムを各地に作り、魔物を誕生させた」

「それが!それが世界を救い⁈この世界に残る理由⁈だと言うのか⁈」

 ソドムは理解できないと頭を振る。同胞達も巻き込んで、この人の為にと従ったのは紛れもなく自分であった。未来で酷い扱いを受けているリザードマン達を救って下さると、信じて疑わなかった。しかし、彼がこの世界で行動を起こさなければ、亜人は、リザードマン達は誕生しなかったのだから。

「争いを続ける人間達に必要なもの。それは共通の敵。だから彼は、この世界に残り一番の嫌われ者になると決めたのさ」

 階段を登り切り、そこで待っていたノゾムと視線が合う。

「魔物を操る生物共通の敵。嫌われ者魔王になるってね。そうでしょう?ノゾム=タチバナ!」

「⁈何故、私の本名を知っている⁈」

 ノゾムは落ち着いた態度を一変させ、タケルを睨み付ける。

「ノゾムという名を聞いた時、俺は思い出した人物がいる。マルスの冒険日誌の一節に載っていた。古代都市マンハッタンで見つけた書物に、古代には無いはずの、現代の魔法書があり、その名が刻まれていたと。我々よりも先に上陸した者がいるかもしれない…とね」

「…そうか。其方の本名を教えてくれないか?」

 ノゾムの生い立ちを知るわけではなく、偶然に本名を知っただけだと分かると、彼は態度を落ち着かせた。

 「タケル=ハザマ。元々は鑑定士だったけど、今は勇者になるべく奮闘中さ」

「タケル=ハザマか。覚えて置こう。其方が無事に未来へと帰る事が出来たなら、敬意を持って相手をしてやろう」

 ノゾムは空に向かってロッドを振る。巨大な魔力の渦が発生して、空を覆っていた雲が払われていく。

「タケル、一人だけで行くな」

 ウィルソンとソドムがタケルの元に駆け寄る。そして三人は空を見上げた。

「何だアレは‼︎」

 雲が払われた青空に、異様に映る超巨大な岩の塊。その塊は大気を震わせながら、赤く燃え放物線を描いて落ちて来ている。

「宇宙から引き寄せた魔石の塊だ。これでこの世界にも魔石が誕生する」

 ノゾムは空に浮かび、タケル達を見据えている。

狂戦士化バーサークは解いてやる。ここから無事に逃げ仰せたなら、ドワーフ達を連れて未来へと帰るがよい!」

 今度はタケル達の前にロッドを振る。彼等の頭上に大きな魔方陣が現れて、ゆっくりとそれが現れた。

魔眼の巨人サイクロプス⁉︎」

巨大な体躯が生み落とされる前に、タケル達は下のフロアへと走り出していた。このサイクロプスとは決して戦うなと、三人は本能で感じたのだ。
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