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第1章 なりゆき おどろき うしろむき

第10話 記憶共有

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 モブダリア・アスタロテ・リッテンゼリア・トゥル・フレバース。
 彼女のその幼少期。

 場所は、見慣れない異様な街並みから始まる。

 フィヨルドのような切り立った崖が立ち並び、その崖に街が存在しているのだ。

 崖の間には吊り橋が幾つもあり、鳥顔、もとい、鳥が進化したと思われる鳥人達が住んでいた。

 シュクリヤハの世界でも、モブリアが住んでいた星は鳥が進化をした鳥人文化の星で、その最奥の横穴に、彼女は母はひっそりと2人で暮らしていた。

 当然、母の容姿も鳥人の女神であり、美しい毛並みと鮮やかな色彩の羽根が、彼女を美と健康を司る女神としての象徴であった。

 住民に女神としての認識がある母は、目撃されると皆に拝まれていた。
 しかし、人間の容姿であるモブリアは、鳥頭の被り物で過ごし、住民とは極力触れ合わずに幼少期を過ごす。
 その為に母から、人と関わらずに生きるすべと、万能である神力の使い方を学んだ。

 モブリアが15歳を迎えた頃は、母は神界への仕事が復帰した事で、この住居へ帰る事が少なくなっていた。

「モブリア、くれぐれも神力を使い過ぎないようにね?神力を集めるには信仰心を持たない神には大変な事だから」

「大丈夫です、お母様。必ずや父を見つけ出し、お母様への謝罪と私を認知して頂きます」

 半神である為に、成人を迎えてもシュクリヤハの神界で働けないモブリアは、父を探す事を決意した。

 父が母への貢物として残した物をバックパックに詰め込み、気合いを入れて背負い込む。

「異世界へのゲートは多大な神力を使います。一度渡る度に、消費した神力が戻るまでしばらくはその星から動けないでしょう。急激に歳は取らないとはいえ、何十年、何百年も探さねばならないかもしれないわ。それでも、貴女は行くと言うの?」

「お母様の重荷になりたくはありませんし、シュクリヤハに私の居場所は無いようなので…」

「モブリア…」

 実際のところ、人間の容姿であるモブリアは神界でも異端な存在だろう。
 いずれ神界に認められたとしても、母の肩身が狭くなる事は目に見えている。

「それに、他世界の神々が創った世界を見てみたいんです」

 母を安心させようと、モブリアは満面の笑みを見せた。

「せめて、初めの行き先へのゲートは私の神力で送るわ」

 彼女が創り出したゲートは、彼女が外した指輪を媒体として作られた。
 その指輪は父からの贈り物であり、母が絶えず身につけていた最後の品だ。
 父の痕跡を辿るゲートには、関連する品を媒体にしなければならない。
 一度媒体にした品は失われてしまう為、これは母の決意でもあっだのだろう。

「行ってきます」

「気をつけて。いついかなる時も、貴女が健やかで幸多からん事を、母は願っています」

 お互いの感触を記憶するかのように、2人は抱きしめあい、母はモブリアの頭を撫でる。
 後ろ髪を引かれる思いだったが、モブリアは意を決してゲートへと足を踏み入れた。

「これが異世界…」

 彼女が初めて訪れた星は、星全体の9割が海で覆われ、海中で文明が栄えた世界だった。


 モブリアがゲートから着いた小さな島には、灯台に似た建物があるだけで、植物すら見当たらない。

 とりあえず建物の入り口へと向かったモブリアは、第一住民と遭遇した。

「おめぇ、どこから来たんだ⁉︎」

 その住民は、人型だが色白で痩せている。身長は高いのだろうが、かなりの猫背でモブリアと目線が変わらなかった。

「銀髪ってことは、北海の奴だな?流されて来たか?」

「は、はい。そんなとこです…」

 半神でも【言語理解】の権能があるから言葉は理解できる。
 ただ、異世界から来たとは言えないし、人種や文明は未知だ。

「困ったなぁ、定期便は昨日来たばかりだ。次はだいぶ先になるぞぉ?」

 モブリアは、この住民(名をヌーという)の宿舎(建物内にあった)を間借りして、次の定期便が到着するまで同居生活を送った。

 モブリアはその間、ヌーからこの星の文化と信仰を教わった。

 海中には国や都市が沈んでおり、海水とは隔離した空間もあるらしい。

 どうやらこの星では魚が進化したらしい。
隼人が知るイメージの半魚人とは違い、エラ呼吸の弁が耳の裏にある以外は人間と変わらない。

 彼等の主食は、火を使わず主に魚やプランクトンのようで、すり身を加工して食べているようだ。

「俺っちが信仰する神?そりゃあ、ヤパ神だぁ。偉大なる漁の神だからなぁ」

「ヘルメスという名の神を知りませんか?」

「んにゃあ、知らんなぁ。北海で有名な神かぁ?」

 ヘルメス神がこの星に来た事は確かだけど、当時のモブリアには、ヘルメスの居場所は分からなかった。

 その後、神力が足りないモブリアは、潜水艇に似た定期便に乗った。

 定期便に乗った理由は、神力は時間と共に微量ずつ集まるが、食事でも取る事ができた。
 ただ、すり身やかまぼこに似た食べ物では、大した量は得られなかったからだ。

 それと、母の媒体に使用した指輪は、この星の痕跡だと分かっているから、出どころを知る為でもある。

 彼女が、無事に指輪の出どころである街の発掘屋に辿り着くのに、1年も掛かった。
 街同士の移動手段が、定期便か直で泳ぎ渡るしか無かったのも1つの理由だ。
 だがそれ以上に、彼女は困っている人を放っておく事が苦手で、事あるごとに神力を使用して助けてしまうのだ。

 結果、彼女の周りには人が集まり、悪者にも目をつけられ追われたりもした。

「…人を信じ過ぎだろ」

 騙されることも多く、見ている事しかできない隼人は、歯痒くて仕方なかった。

 発掘屋でもヘルメス神の大した情報を得られず、神力が溜まると直ぐに地上へと戻った。
 舟番をしているヌーに別れを告げた後、モブリアは次のゲートを開いて旅立った。

 1つの世界だけではなく、幾つもの異世界の昆虫の星、巨人の星、科学の発展した星、女性だけの星、燃えている星、様々な星を巡った。

 地球へと辿り着くまでに掛かった日数は、実に146324日、つまり400年近く掛かったのだ。

 彼女の成長は18歳を過ぎた頃に止まり、それから老いる事はなくなった。

 お人好しだが、少し後ろ向きな性格も最初のうちに固定された気がする。
 だが、そんな彼女だからこそ、種族の壁を越えて彼女を助けようとした者も多くいた。

 手掛かりと媒体であるヘルメスの品物も、残り僅かとなっていて、バックパックの中には例のコインを含めた数品しか無くなっていた。


『どう?彼女の事、理解したかしら?』

 いつのまにか、隼人は現実の世界に戻って来ていた。
 ペルセポネの居る前で、隼人はまだモブリアの手を握っているままだった。

「えっ?時間はどれだけ経った⁉︎」

『10秒程かしら?長い日々を体験したかと誤解したかもしれないけど、記憶を共有しただけよ?』

「私も、隼人さんの記憶を見ました」

「俺の⁉︎うわっ、恥ずかしいな!」

 黒歴史を全部見られたとか、穴があったら埋まりたいレベルだ。

『共有できる記憶期間は、前もって意識してからスキルを使えば調整できる筈よ?』

「…先に言って欲しかったです」

『フフ、それで、彼女の事はちゃんと理解できたのかしら?』

「はい」

 なにせ400年の間、彼女と一緒に過ごしてきたのと変わらないのだ。
 いくら鈍感な俺でも、流石に彼女の為人ひととなりは分かるというものだ。

『じゃあ、次は神々の社会科見学ね?』

「はい。彼女に見合う仕事、必ずや見つけてみせますよ!」

『では、ザドキエル君、後は案内をお願いね?』

『承りました』

 メリメリと壁の植物が裂け、その隙間から短髪の天使が現れた。

 長い記憶の旅を終えた2人には、もう迷いは無かった。
 触れていた手を強く握り直し、ザドキエルの後に続き進み出すのだった。
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