9 / 22
お菓子
しおりを挟む
「美味しい、ですけれど……」
お腹がすいたと言ったら、純は机の引き出しの中にあったものを出してくれた。
どうしてこんなところに食べ物が置いてあるのか不思議に思ったが、ともかくその袋は、振るとがさがさと軽い音がした。
なんとも光沢のある珍妙な袋に入っていたのは、丸くて薄っぺらい食べ物だった。
それはカリッと小気味よい歯ごたえで、少々塩辛いが、すぐに舌が「美味しい」と感じた。これは、この身体が反射的に覚えている味覚なのかもしれない。けれどその後、舌に膜が張ったように、おかしな感覚を感じた。
「なんでしょう、舌に違和感があるような……薄い紙を乗せたような、というか。そう、つるっとしますわ!」
『なんだよ、つるっと、って』
そう言われてもグレイシーには、他にたとえようがなかった。
「なんだとおっしゃられても、そうとしか。後味が、おかしいのですわ。あと油の匂いが、少しダメですわ」
『いちいちうるさいな、俺は美味しいんだよ! もっと食えよ。俺も腹減ってるんだから』
「……他に何かありませんの?」
どうしても手が進まないグレイシーに、ため息をつくように「仕方がねえな」とぼやきつつ、彼の部屋からは他のお菓子が次々に出てきた。冷蔵庫もあるので、なんだかわからない蛍光色の炭酸のジュースもコップに注いだ。
「……つるっとしますわ」
『だからなんだよ、それは。ったく、どれもダメなのかよ』
グレイシーが食べられたのは、チーズなどを乗せて食べるタイプのプレーンクラッカーや、ビスケット、あとはナッツ類くらいだった。
「どれも美味しいとは感じますのよ。でも、後口がどうしても」
純の味覚で美味しいと感じても、グレイシーの世界にない味や添加物に違和感があるのかもしれない。
そんな時、ナイスタイミングというべきか、部屋の扉がノックされた。
「ごはん出来たって、食べるなら降りてきなさい」
姉の恵美である。
その声はどこか投げやりで、返事を期待していないのか、すぐさま足音が遠ざかっていった。いつの間にか、外はすっかり日が暮れて夜になっていた。家族は父親以外は帰宅しており、母親が夕食を作ってくれていたようだ。
朝も食事に呼ばれたが、純がどうしても行きたくないといったので、グレイシーは諦めた。
――だけど。
『おい、こら。どこ行く気だよ』
「夕食なのでしょう? わたくしお腹が空いていると申し上げたではありませんか。今度こそ、きちんとしたお食事を頂きたく思いますわ」
『だから、ここにたくさんあるだろうが』
「…………申し訳ございませんが、わたくし我慢するのやめましたの」
『は? 何言って、ってこら、行くな』
封を開けたままの菓子と、毒々しい炭酸水を顧みて、グレイシーは首を振った。
それは、この食事の話に限ったことではない。
グレイシーは、常に肩肘を張っていた。周りに馬鹿にされないように、貴族として完璧であるように、王族の妻になるために、どんなに厳しくても、辛くても、そして理不尽な誹りにも耐えてきた。
「この状態がいつまで続くかわからない以上、この身体の管理は、わたくしにとっても他人事はありませんわ。どうぞ体調管理は、ぜひこのグレイシーにお任せくださいませ」
『いや、まてよ。俺の身体だぞ、好き勝手は……おいこら! ちょっ、こらー……』
頭の中で大騒ぎする純をよそに、廊下に出たグレイシーは、階下からの鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに、すっかり意識を囚われていた。
お腹がすいたと言ったら、純は机の引き出しの中にあったものを出してくれた。
どうしてこんなところに食べ物が置いてあるのか不思議に思ったが、ともかくその袋は、振るとがさがさと軽い音がした。
なんとも光沢のある珍妙な袋に入っていたのは、丸くて薄っぺらい食べ物だった。
それはカリッと小気味よい歯ごたえで、少々塩辛いが、すぐに舌が「美味しい」と感じた。これは、この身体が反射的に覚えている味覚なのかもしれない。けれどその後、舌に膜が張ったように、おかしな感覚を感じた。
「なんでしょう、舌に違和感があるような……薄い紙を乗せたような、というか。そう、つるっとしますわ!」
『なんだよ、つるっと、って』
そう言われてもグレイシーには、他にたとえようがなかった。
「なんだとおっしゃられても、そうとしか。後味が、おかしいのですわ。あと油の匂いが、少しダメですわ」
『いちいちうるさいな、俺は美味しいんだよ! もっと食えよ。俺も腹減ってるんだから』
「……他に何かありませんの?」
どうしても手が進まないグレイシーに、ため息をつくように「仕方がねえな」とぼやきつつ、彼の部屋からは他のお菓子が次々に出てきた。冷蔵庫もあるので、なんだかわからない蛍光色の炭酸のジュースもコップに注いだ。
「……つるっとしますわ」
『だからなんだよ、それは。ったく、どれもダメなのかよ』
グレイシーが食べられたのは、チーズなどを乗せて食べるタイプのプレーンクラッカーや、ビスケット、あとはナッツ類くらいだった。
「どれも美味しいとは感じますのよ。でも、後口がどうしても」
純の味覚で美味しいと感じても、グレイシーの世界にない味や添加物に違和感があるのかもしれない。
そんな時、ナイスタイミングというべきか、部屋の扉がノックされた。
「ごはん出来たって、食べるなら降りてきなさい」
姉の恵美である。
その声はどこか投げやりで、返事を期待していないのか、すぐさま足音が遠ざかっていった。いつの間にか、外はすっかり日が暮れて夜になっていた。家族は父親以外は帰宅しており、母親が夕食を作ってくれていたようだ。
朝も食事に呼ばれたが、純がどうしても行きたくないといったので、グレイシーは諦めた。
――だけど。
『おい、こら。どこ行く気だよ』
「夕食なのでしょう? わたくしお腹が空いていると申し上げたではありませんか。今度こそ、きちんとしたお食事を頂きたく思いますわ」
『だから、ここにたくさんあるだろうが』
「…………申し訳ございませんが、わたくし我慢するのやめましたの」
『は? 何言って、ってこら、行くな』
封を開けたままの菓子と、毒々しい炭酸水を顧みて、グレイシーは首を振った。
それは、この食事の話に限ったことではない。
グレイシーは、常に肩肘を張っていた。周りに馬鹿にされないように、貴族として完璧であるように、王族の妻になるために、どんなに厳しくても、辛くても、そして理不尽な誹りにも耐えてきた。
「この状態がいつまで続くかわからない以上、この身体の管理は、わたくしにとっても他人事はありませんわ。どうぞ体調管理は、ぜひこのグレイシーにお任せくださいませ」
『いや、まてよ。俺の身体だぞ、好き勝手は……おいこら! ちょっ、こらー……』
頭の中で大騒ぎする純をよそに、廊下に出たグレイシーは、階下からの鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに、すっかり意識を囚われていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる