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バッドエンド

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 悪役令嬢の断罪。いわゆる華麗なまでのバッドエンドだ。
 
 ――ええ、やったことを否定はしませんわ。
 確かに社交界で王太子を繋ぎ留めるために、ライバルたちを蹴落としましたわ。コソコソとせず、正々堂々真正面からやってやりましたわ。
 わたくしの飲み物に何やら混ぜた令嬢に、そのまま頭から浴びせてお返ししましたし、可愛い妹の社交界デビューのドレスを切り裂いた輩には、当然倍返し、陛下の御前でドレスの裾を思いっきり踏んで差し上げました。
 大きな噴水に突き落とされそうになった時も、気が付かないふりをして寸前で躱して、代わりに本人が転がり落ちましたとも。

「それで、わたくしの罪はなんですの?」

 卒業パーティ、いわゆる断罪イベントで悪役令嬢こと、グレイシー・ヴァン・ウォルフガングは、いつも手に持っている細かな細工のある扇で口元を隠した。どこか高飛車に映るその強気な態度は、彼女にとって社交界を生きる上で身を守る鎧のようなものだ。
 
「其方には罪悪感はないのか? このようにか弱い姫たちをいたぶり傷つけて、それを……」

 ――それをおっしゃるなら、妹はドレスを引き裂かれたショックで引きこもってしまいましたわ。その件についても、正式な謝罪をうけておりませんけれど、それは解決されたのでしょうか?

 一国の王太子が、仮にも婚約者を前にして、傍らに二人の恋人を侍らせて「罪悪感」などと、よく言えたものである。心の片隅にあった彼への恋心を、グレイシーはこの時、ようやく紙屑のように地面に叩き落とした。
 ヴォルフガング家は、社交界的には落ちぶれた公爵家だった。
 二代前のクーデター騒ぎに巻き込まれ、ほぼ無関係だったにもかかわらず、家格こそ失わなかったが、すっかり中枢から外された。それでも先代の公爵が事業に大成功して、いわゆるお金持ちになったのだ。
 それゆえ商人公爵などと揶揄されたりもしたが、その財力こそが王太子との婚約を後押ししたのだ。
 公爵家が再び政治の中枢に返り咲くチャンスと、財政難の王国を十分に支える財力が、天秤にかけられた形である。
 そこのところを、この王太子は全く分かっていなかった。
 ここに国王がいれば、このバカ息子は即刻叩き出されていたかもしれない。けれど、残念ながらここには良識ある年長者は誰もいなかった。

「わかりましたわ。殿下のおっしゃる通り、婚約破棄いたしましょう」

 グレイシーは、いっそすがすがしい笑顔でバッと扇を広げて、そう宣言した。
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