晴明、異世界に転生する!

るう

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第七章 海への道

7-7 人魚の卵

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「いやあ、さすがは天下のロルシー家のご子息様でいらっしゃいますね。依頼して正解でした」

 しばらくの間ぽかんと口を開けていたルーカスは、一時の驚きが去ると、今度はセインを持ち上げまくって褒めたたえた。なにしろ不要なものが積み上げられ、何年も物置と化していた倉庫まるまる、一瞬にして穢れ払いが済んだ状態になったのだ。
 依頼品のほかにも、いくつか崩れ去った品物が有ったのでセインはやりすぎたかと心配したが、知らぬ間に穢れが積み重なった不浄なものが消えたのだから、ルーカスにしてみれば棚ぼたもいいところである。

『灰色の子供が来て、ひどくがっかりしていたのはどこの誰だったかのう? のう、主よ』
「まあまあ、あれだけ何度も依頼不履行になってたんだ、仕方がないよ」

 ツクの嫌味たっぷりの物言いに、セインは苦笑いでこっそり返した。
 倉庫の状態からして本当に困っていたのか、ルーカスの喜びようと言ったらなかった。それほどまでに、この町の穢れ払いが滞っているのが明らかである。しかも、この商会はこうして積極的に動いているからいいものの、この分では近く、穢れ者、または魔物の出現があっても不思議はない。
 もっとも、友好国とはいえ所詮は他国のこと、セインがそこまで気にすることはないのかもしれない。
 そう思いなおし、好奇心とおせっかいの虫が頭をもたげるのを振り払った。
 ご機嫌なルーカスは、出迎えてくれた時とは違って「ぜひお茶でも」とあまりにも引き留めるので、依頼完了のサインを貰いがてらお呼ばれすることにした。

『おい待て、晴明。このまま行っては後悔するぞ』

 いきなり話しかけられて、部屋を出ようとしたセインは振り返って足を止めた。後ろに続こうとしたサキが、セインの背中にぶつかって鼻を押さえている。

「どうかされましたか? まだ何か?」
「あ、いえ、今声が……」

 ルーカスも振り返ったが、それは声が聞こえたからではなさそうだ。

『……おぬし、ようやく出てくる気になったのか? 相変もかわらず無礼な奴じゃな、わしらに挨拶もなしか』
『るせえ、ババア。俺は清明に話してんだ、邪魔するんじゃねえよ』
『なんじゃと、このはみ出し者が! とうに目覚めておったくせにこれまでシカトを決めおって』
『ああもう、うるせえ。なんで寄りにもよって、こいつらなんだよ。他の奴らはまだ目覚めてねえのかよ、晴明』
『清明晴明と、気安いですよ。それにこちらでは、セイン様です。そのように……』

 ツクに続いてゆらが説教を始めたところで、声の主は完全に無視を決め込むことにしたようだ。

『おい、晴明。あれだ、あの珠だ。俺の眷属に近しい者が生み出したモンだからわかる。さっきの浄化の際に、お前の力に反応して変化しつつある』

 その声が指し示す場所はすぐにわかった。なぜならセインを呼ぶように、青白く揺らめくように淡く光っていたからだ。セインは引き寄せられるように近づいて、それを手に取った。
 すべすべとして、けれど決してガラスのような感触ではなく、手に吸い付く様なマットな感触。透き通ったその外郭の中には、水のような液体が入っている。
 なぜそれがわかったかというと、手を触れるとポコポコッと細かい水泡が現れたからだ。

『清明にさっさと力を取り戻してもらわねえと、ろくに自由に動けやしねえ。じゃあな、俺はまだ眠いからあとはよろしく』

 それだけ言うと、声の気配はすうっと跡形もなく消えた。どうやら目覚めてはいるが、まだ力のほとんどが眠っている状態のようだ。性格にやや問題はあるが、それなりに格が高い式神なので、どのみち今のセインでは完全に扱いきれないのも確かだ。
 騰蛇、炎を司る蛇の姿の式神。
 人型では大柄な成人の男性体で、正直なところ晴明が手綱を放したが最後、いつ災厄を起こすやもしれぬ最凶の妖である。

「騰蛇の眷属に近い……ということは蛇の?」

 形は真ん丸で、大きさは例えるならバスケットボールくらいの大きさ。重さがそこそこあるので、子供のセインが持ち上げようとすると、かなり辛いものがある。どんな大きい蛇だというのか、相変わらずセインが触れるとぽこぽこと水泡が立ち上る。

「それは、人魚の卵ですね。かなり以前に手に入れたものですが、興味がおありですか?」
「え? 人魚の、卵」

 あまりにセインが釘付けになっているのでルーカスが引き返してきた。

「ええ、縁起物なんですよ。数年育てると、中に海水晶と呼ばれる青い結晶が現れることがあって、それを取り出して幸運のお守りを作るんです。この港町の有名な名産だったんですが、産地との取引がなくなって久しく、すっかり忘れ去られてしまいましたけれど」

 セインは「へえ」と呟いて、興味深そうに目を凝らして珠の中を見た。

「あ、だめですよ。それハズレだったんで、なにもないです。確率としては九割方アタリなんで、かえって珍しいハズレではあるんですけどね」

 そう言ってルーカスは笑った。

「人魚の卵……」
「もちろん、本物じゃないですよ」
「え? 違うん、ですか」
「それはそうですよ、本当に人魚の卵ならそれこそ大変です。恐ろしい人魚族が黙っているはずないじゃないですか」

 改めて話を聞くと、これは空卵と呼ばれる、はじめから中身のない状態の、とある種族の卵なのだという。それ以上の話は聞けなかったが、ルーカスは興味があるならと、この空卵を今回のお礼として譲ってくれた。
 こうして初の新天地でのギルドの依頼は、思ったよりスムーズに無事終えることが出来たのだった。
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