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第六章 守り神
6-12 カナート2
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「セイン、だったかな? 兄弟といえど、あまり面識がなかったので、確認するような言いようで申し訳ない」
「いえ、お会いできて光栄です、兄上」
カナートは幼い頃を実家で過ごし、成人の兆しが表れてから侯爵邸に戻って来たので、まだ幼かったセインとはほとんど交流がなかった。しかも勤勉だったカナートは、修業中のほとんどを別館で寝泊まりしていたため、その頃は本館にいたセインとは会うことすらなかったのだ。
「ずいぶん活躍しているらしいな」
ロニがテーブルにティーセットと茶菓子を置くと、カナートが自らお茶を準備し始めた。セインの後ろに立っていたサキが慌てて手を出そうとしたが、彼は笑ってそれを制した。
「……書類仕事ばかりしていると、楽しみはこんなことぐらいしかなくてね。これは、メニャン砂漠の向こう、東方の珍しい緑色のお茶だ。さっぱりして、頭がすっきりする」
取っ手の付いてない茶碗に、透き通った緑色の液体が揺れている。
このお茶を、セインは見たことがあった。あの時代の飲み物といえば、麦や餅などを炒って茶にしたものだが、一部の貴族はこのような貴重な緑茶を嗜んだ。
「うん、美味しい……」
一口飲んで、思わず感想が口をついた。味の記憶はそれほどなかったが、この緑茶はいまのセインの味覚に合うようだ。
「そうか、よかった。なんなら、いくつか持たせよう」
「ありがとうございます、兄上。すごく嬉しいです」
普段飲んでいる紅茶も美味しいが、緑茶を気に入ったセインには何よりのお土産であった。なんなら、自分で手に入れようとまで考えたほどだ。
「それで、ここへ来た用件はオアシスの件だったか?」
「あっ、はい。守護樹を癒したのが、オアシスの水……とは限らないんですが、それに関係したものらしい、という話をきいて。こちらに伝承などが残ってないかと」
セインはこれまでの経過を、情報収集の際に聞いた御伽噺を含めて、出来るだけかいつまんで話した。
「なるほど……それは、確かにオアシスの水を持っていけばいい、という話ではなさそうだな」
カナートは腕を組んで、肘を何度か手のひらで軽く叩いた。すると小さく「あ」とつぶやいて、何も言わずに部屋を出て行った。
少しすると一冊の古い手書きの書物を持ってきた。
「これは、ここを管理していた先代が置いていったものだ」
まだここがロルシー家の管理化ではなく、帝国が一時的に支配していた頃。まだ治安が悪く、帝国の兵を配置して国境を越える者を管理していた時代、それでもここは交易や休憩所としてそれなりに発展していた。
「ある吟遊詩人の歌が気にいった駐在官が、それを詩として書かせたものらしい」
あまり保存がよくなかったのか、普通にページをめくると、ぱりぱりと崩れそうな音がした。慎重な手つきでゆっくりとページを進めていくと、そこには美しくも妖しい異形と、人間の、悲しい恋物語が書かれていた。
「人魚……?」
乾燥した砂漠の地域で、よもや人魚などという言葉に出会うとは思わなかった。そんな驚きを隠しもしないセインに、まるで困った生徒を窘めるように、カナートは小さく笑った。
「セインはあまり地理が得意じゃないようだな。このメニャン砂漠の向こうには、この辺りでは有名な隣国の大きな港町がある」
またも勉強不足を実感して、セインは赤面するしかない。
そんな港が近いからこそ、このオアシスの町はより重要な拠点になっている。
他国からしてみれば、今のところメニャン砂漠を踏破し、この国境の町を経由しないことには、こちらの大都市であるマリザンに物も人も流通できないのだから。
「いえ、お会いできて光栄です、兄上」
カナートは幼い頃を実家で過ごし、成人の兆しが表れてから侯爵邸に戻って来たので、まだ幼かったセインとはほとんど交流がなかった。しかも勤勉だったカナートは、修業中のほとんどを別館で寝泊まりしていたため、その頃は本館にいたセインとは会うことすらなかったのだ。
「ずいぶん活躍しているらしいな」
ロニがテーブルにティーセットと茶菓子を置くと、カナートが自らお茶を準備し始めた。セインの後ろに立っていたサキが慌てて手を出そうとしたが、彼は笑ってそれを制した。
「……書類仕事ばかりしていると、楽しみはこんなことぐらいしかなくてね。これは、メニャン砂漠の向こう、東方の珍しい緑色のお茶だ。さっぱりして、頭がすっきりする」
取っ手の付いてない茶碗に、透き通った緑色の液体が揺れている。
このお茶を、セインは見たことがあった。あの時代の飲み物といえば、麦や餅などを炒って茶にしたものだが、一部の貴族はこのような貴重な緑茶を嗜んだ。
「うん、美味しい……」
一口飲んで、思わず感想が口をついた。味の記憶はそれほどなかったが、この緑茶はいまのセインの味覚に合うようだ。
「そうか、よかった。なんなら、いくつか持たせよう」
「ありがとうございます、兄上。すごく嬉しいです」
普段飲んでいる紅茶も美味しいが、緑茶を気に入ったセインには何よりのお土産であった。なんなら、自分で手に入れようとまで考えたほどだ。
「それで、ここへ来た用件はオアシスの件だったか?」
「あっ、はい。守護樹を癒したのが、オアシスの水……とは限らないんですが、それに関係したものらしい、という話をきいて。こちらに伝承などが残ってないかと」
セインはこれまでの経過を、情報収集の際に聞いた御伽噺を含めて、出来るだけかいつまんで話した。
「なるほど……それは、確かにオアシスの水を持っていけばいい、という話ではなさそうだな」
カナートは腕を組んで、肘を何度か手のひらで軽く叩いた。すると小さく「あ」とつぶやいて、何も言わずに部屋を出て行った。
少しすると一冊の古い手書きの書物を持ってきた。
「これは、ここを管理していた先代が置いていったものだ」
まだここがロルシー家の管理化ではなく、帝国が一時的に支配していた頃。まだ治安が悪く、帝国の兵を配置して国境を越える者を管理していた時代、それでもここは交易や休憩所としてそれなりに発展していた。
「ある吟遊詩人の歌が気にいった駐在官が、それを詩として書かせたものらしい」
あまり保存がよくなかったのか、普通にページをめくると、ぱりぱりと崩れそうな音がした。慎重な手つきでゆっくりとページを進めていくと、そこには美しくも妖しい異形と、人間の、悲しい恋物語が書かれていた。
「人魚……?」
乾燥した砂漠の地域で、よもや人魚などという言葉に出会うとは思わなかった。そんな驚きを隠しもしないセインに、まるで困った生徒を窘めるように、カナートは小さく笑った。
「セインはあまり地理が得意じゃないようだな。このメニャン砂漠の向こうには、この辺りでは有名な隣国の大きな港町がある」
またも勉強不足を実感して、セインは赤面するしかない。
そんな港が近いからこそ、このオアシスの町はより重要な拠点になっている。
他国からしてみれば、今のところメニャン砂漠を踏破し、この国境の町を経由しないことには、こちらの大都市であるマリザンに物も人も流通できないのだから。
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