132 / 137
第七章 海への道
7-17 玄武
しおりを挟む
夕闇が近づき日が傾きかけた頃、セインはようやく宿屋へ戻った。ガイとの会談が終わったのち、足を延ばして夕の市場に寄っていたため、少し遅くなってしまった。人魚の卵の見張りに宿屋に置いてきたコウキとハクへお土産と、ガイに聞いた話を確認するための情報収集のためでもあった。
「ただいま」
宿屋の二階、自分の部屋の扉を開けると、窓辺で寝ていたハクと、その毛皮に埋もれていたコウキが、ぱっと顔を上げる。
セインが木製のテーブルに皿を置き、包をほどいて、赤い木の実と肉の串焼きをそれぞれ置くと、さっそく二匹がが嬉しそうに寄って来た。セインは下の食堂で食事を取るが、他の客の手前、コウキたちはこうして部屋でのご飯が常であった。
もっとも、彼らに食事は必須ではないが、単純に美味しい物を食べたいだろうと、セインが与えているうちに、その習慣というか、ほぼ娯楽のように定着してしまったようである。それに肉体を持つ以上、単純にエネルギーになる食事は、それはそれで効率がよかったのかもしれない。
『おかえり、どうだった?』
木の実をつつくコウキを見ていると、一番初めに声を掛けてきたのは天空だ。相変わらず能天気な声に、セインはちょっと苦笑しつつ「うん……」と曖昧に答える。
正直、なんと答えたらいいものか、と額を人差しで押さえた。なにしろ本題の方は保留で、別件を押し付けられた格好である。
『難しい顔をしておるの? なんじゃ、なにかあったのか』
ベッドに胡坐をかいて目を閉じていたツクが、片目を開けて口を開く。
「……いや、問題というか、とりあえず人魚の卵は情報を待つことになっていて、今は出来ることがないんだけど」
『あの、なにかトラブルですか?』
窓辺に控えていたゆらが遠慮がちな声で聞いた。
「うーん、そうだね。実は、ちょっとだけ悪い予感がする。なにしろうちの事業に少なからず関わりがあるかもしれないからね。でもまあ、それは後で詳しく話すよ。それで、卵は変わりない?」
こけら族のことと同様、いま慌てふためいたところでどうにもならないので、セインは一旦、話を戻した。毎日見ているのだから、毎回毎回確認したところで変化はないだろうけれど。
「……え、あれ? ちょっと……いつの間に?」
『ふふふ、びっくりしたでしょ』
なにげなく卵を覗き込んだセインは、瞬きしたのち二度見してしまった。それを見ていた天空が、まるで自分の手柄のように自慢げに笑った。
「ああ、びっくりした、急にこんな」
セインは驚きのあまり感嘆して、思わず素直に頷いていた。おそるおそる卵を抱えて、掲げるようにして部屋の明かりに内部を照らした。
そこには手のひらほどの大きさの、誰が見ても亀とわかる姿が、ゆらゆらと漂っていた。身体が真っ黒すぎて、いまだ手足や頭がはっきりしないが、影のような姿には、なぜか頭が二つあるように見えた。
『いや、蛇……じゃな。もう一つは蛇の頭じゃ。ほれ、あやつがいつも首に巻いておったじゃろ』
セインが卵を回転させて確認していると、一緒に覗き込んでいたツクがポンと手を叩いて結論付けた。ゆらも同意見のようで頷いている。
「ああ、そういえば。本性化したときも、そのような姿だった、か」
十二天将には本性の姿がある。本性自体が人のような姿のこともあるが、朱雀などのように鳥の姿であったり、こうして玄武のように亀の姿の者もいる。仕える晴明に合わせて、基本的に人の姿を取っていたが、彼らは妖としてのいわゆる本来の姿を持っているのだ。
どうやら肉体をもった四神は、元来の姿に寄せて顕現しているようだった。
その後、しばらく卵を見守っていたセインたちだったが、すぐに変化が現れる様子もなく、仕方がないのでいつものように、窓辺で丸まったハクの腹に抱かせた。食事を終えたコウキも、身体を膨らませて卵の上に乗った。
「じゃ、僕は下に夕食を食べに行ってくるよ」
セインは彼らに留守を任せて、ジャズ夫婦への報告もかねて、下の階へと夕食を食べに行くため、部屋を後にした。
「ただいま」
宿屋の二階、自分の部屋の扉を開けると、窓辺で寝ていたハクと、その毛皮に埋もれていたコウキが、ぱっと顔を上げる。
セインが木製のテーブルに皿を置き、包をほどいて、赤い木の実と肉の串焼きをそれぞれ置くと、さっそく二匹がが嬉しそうに寄って来た。セインは下の食堂で食事を取るが、他の客の手前、コウキたちはこうして部屋でのご飯が常であった。
もっとも、彼らに食事は必須ではないが、単純に美味しい物を食べたいだろうと、セインが与えているうちに、その習慣というか、ほぼ娯楽のように定着してしまったようである。それに肉体を持つ以上、単純にエネルギーになる食事は、それはそれで効率がよかったのかもしれない。
『おかえり、どうだった?』
木の実をつつくコウキを見ていると、一番初めに声を掛けてきたのは天空だ。相変わらず能天気な声に、セインはちょっと苦笑しつつ「うん……」と曖昧に答える。
正直、なんと答えたらいいものか、と額を人差しで押さえた。なにしろ本題の方は保留で、別件を押し付けられた格好である。
『難しい顔をしておるの? なんじゃ、なにかあったのか』
ベッドに胡坐をかいて目を閉じていたツクが、片目を開けて口を開く。
「……いや、問題というか、とりあえず人魚の卵は情報を待つことになっていて、今は出来ることがないんだけど」
『あの、なにかトラブルですか?』
窓辺に控えていたゆらが遠慮がちな声で聞いた。
「うーん、そうだね。実は、ちょっとだけ悪い予感がする。なにしろうちの事業に少なからず関わりがあるかもしれないからね。でもまあ、それは後で詳しく話すよ。それで、卵は変わりない?」
こけら族のことと同様、いま慌てふためいたところでどうにもならないので、セインは一旦、話を戻した。毎日見ているのだから、毎回毎回確認したところで変化はないだろうけれど。
「……え、あれ? ちょっと……いつの間に?」
『ふふふ、びっくりしたでしょ』
なにげなく卵を覗き込んだセインは、瞬きしたのち二度見してしまった。それを見ていた天空が、まるで自分の手柄のように自慢げに笑った。
「ああ、びっくりした、急にこんな」
セインは驚きのあまり感嘆して、思わず素直に頷いていた。おそるおそる卵を抱えて、掲げるようにして部屋の明かりに内部を照らした。
そこには手のひらほどの大きさの、誰が見ても亀とわかる姿が、ゆらゆらと漂っていた。身体が真っ黒すぎて、いまだ手足や頭がはっきりしないが、影のような姿には、なぜか頭が二つあるように見えた。
『いや、蛇……じゃな。もう一つは蛇の頭じゃ。ほれ、あやつがいつも首に巻いておったじゃろ』
セインが卵を回転させて確認していると、一緒に覗き込んでいたツクがポンと手を叩いて結論付けた。ゆらも同意見のようで頷いている。
「ああ、そういえば。本性化したときも、そのような姿だった、か」
十二天将には本性の姿がある。本性自体が人のような姿のこともあるが、朱雀などのように鳥の姿であったり、こうして玄武のように亀の姿の者もいる。仕える晴明に合わせて、基本的に人の姿を取っていたが、彼らは妖としてのいわゆる本来の姿を持っているのだ。
どうやら肉体をもった四神は、元来の姿に寄せて顕現しているようだった。
その後、しばらく卵を見守っていたセインたちだったが、すぐに変化が現れる様子もなく、仕方がないのでいつものように、窓辺で丸まったハクの腹に抱かせた。食事を終えたコウキも、身体を膨らませて卵の上に乗った。
「じゃ、僕は下に夕食を食べに行ってくるよ」
セインは彼らに留守を任せて、ジャズ夫婦への報告もかねて、下の階へと夕食を食べに行くため、部屋を後にした。
11
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
【完結】死ぬとレアアイテムを落とす『ドロップ奴隷』としてパーティーに帯同させられ都合よく何度も殺された俺は、『無痛スキル』を獲得し、覚醒する
Saida
ファンタジー
(こちらの不手際で、コメント欄にネタバレ防止のロックがされていない感想がございます。
まだ本編を読まれておられない方でネタバレが気になる方は、コメント欄を先に読まれないようお願い致します。)
少年が育った村では、一人前の大人になるための通過儀礼があった。
それは、神から「スキル」を与えられること。
「神からのお告げ」を夢で受けた少年は、とうとう自分にもその番が回って来たと喜び、教会で成人の儀を、そしてスキル判定を行ってもらう。
少年が授かっていたスキルの名は「レアドロッパー」。
しかしあまりにも珍しいスキルだったらしく、辞典にもそのスキルの詳細が書かれていない。
レアスキルだったことに喜ぶ少年だったが、彼の親代わりである兄、タスラの表情は暗い。
その夜、タスラはとんでもない話を少年にし始めた。
「お前のそのスキルは、冒険者に向いていない」
「本国からの迎えが来る前に、逃げろ」
村で新たに成人になったものが出ると、教会から本国に手紙が送られ、数日中に迎えが来る。
スキル覚醒した者に冒険者としての資格を与え、ダンジョンを開拓したり、魔物から国を守ったりする仕事を与えるためだ。
少年も子供の頃から、国の一員として務めを果たし、冒険者として名を上げることを夢に見てきた。
しかし信頼する兄は、それを拒み、逃亡する国の反逆者になれという。
当然、少年は納得がいかない。
兄と言い争っていると、家の扉をノックする音が聞こえてくる。
「嘘だろ……成人の儀を行ったのは今日の朝のことだぞ……」
見たことのない剣幕で「隠れろ」とタスラに命令された少年は、しぶしぶ戸棚に身を隠す。
家の扉を蹴破るようにして入ってきたのは、本国から少年を迎えに来た役人。
少年の居場所を尋ねられたタスラは、「ここにはいない」「どこかへ行ってしまった」と繰り返す。
このままでは夢にまで見た冒険者になる資格を失い、逃亡者として国に指名手配を受けることになるのではと少年は恐れ、戸棚から姿を現す。
それを見て役人は、躊躇なく剣を抜き、タスラのことを斬る。
「少年よ、安心しなさい。彼は私たちの仕事を邪魔したから、ちょっと大人しくしておいてもらうだけだ。もちろん後で治療魔法をかけておくし、命まで奪いはしないよ」と役人は、少年に微笑んで言う。
「分かりました」と追従笑いを浮かべた少年の胸には、急速に、悪い予感が膨らむ。
そして彼の予感は当たった。
少年の人生は、地獄の日々に姿を変える。
全ては授かった希少スキル、「レアドロッパー」のせいで。
S級【バッファー】(←不遇職)の俺、結婚を誓い合った【幼馴染】を【勇者】に寝取られパーティ追放されヒキコモリに→美少女エルフに養って貰います
マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
~ 開幕バフしたら後は要らない子、それが最不遇職といわれるバッファーだ ~
勇者パーティでバッファー(バフスキル専門の後衛職)をしていたケースケ=ホンダムはある夜、結婚を誓い合った幼馴染アンジュが勇者と全裸で結合している所を見てしまった。
「ごめん、ケースケ。あなたのこと嫌いになったわけじゃないの、でもわたしは――」
勇者と乳繰り合うアンジュの姿を見てケースケの頭は真っ白に。
さらにお前はもうパーティには必要ないと言われたケースケは、心を病んで人間不信のヒキコモリになってしまった。
それから3年がたった。
ひきこもるための資金が尽きたケースケは、仕方なくもう一度冒険者に戻ることを決意する。
しかしケースケは、一人では何もできない不遇の後衛職。
ケースケのバフを受けて戦ってくれる仲間が必要だった。
そんなケースケの元に、上がり症のエルフの魔法戦士がやってきて――。
カクヨムで110万PVを達成した不遇系後衛主人公の冒険譚!
辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界で小料理屋の女将始めます!
浦 かすみ
ファンタジー
狙ったとおりに婚約破棄を言い渡された私…。にんまり笑いながら颯爽と城を出て、自分のお城『小料理屋ラジー』を開店した!…はずなのに婚約破棄したはずの王子が何故か常連客に…小料理屋の女将を気取りたいのに…いつの間にかここは城の政務室なのか?揉め事困り事の相談所じゃないって!小料理屋だから!
のんびりまったり小料理屋のラジー開店です!《不定期掲載》☆こちらは、小説家になろう様に掲載していた作品と同一のものになります。再掲載の際に、一部修正しておりますが内容に変更はございません。『パーティーから外されたメンバー同士でまったり冒険者ラブライフ』の前作シリーズという位置づけの作品です。【追記】アルファ様に掲載時に追加シナリオを掲載予定です。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる