33 / 137
第二章 四神
2-14 暴走
しおりを挟む
「待てっ! 一度止まれ!」
昨晩泊まった村を出発して数時間経った頃、前方の護衛がいきなり注意を促し、馬車が急停止した。ウトウトしていたセインは、その声で驚いて目を覚ました。リュックを抱えて座っていたので、危うく椅子から転がり落ちるところだった。
やがて、後ろにいた護衛も前の護衛と合流して、前方を指さして何やら相談しているようだった。
セインは身を乗り出して、馬車の前方を確認した。
「これは……オーク?」
引き裂かれて血まみれの死骸が、ずっと先まで点々と続いている。目を凝らしたが、その先は砂煙がもうもうと立ち込めてよく見えない。
「もしかして、昨日のあの馬車か?」
「お客さん、あまり顔を出すと危ないですよ。どうやら前方の馬車が、戦闘中のようです」
御者台の男の言うように、馬車を走らせながら魔物を倒しつつ逃げて、あそこで捕まってしまったようだ。
「旦那、どうします? オークはほとんど倒されてるようだが、なにぶん砂煙でよく見えないし、なんだか少し様子がおかしいんっすよね」
「……様子がおかしい?」
マッチョな方の護衛の言葉に、御者は小型の単眼鏡を出して確認する。
「なんだ、あれは……暴れているのはオークじゃないぞ」
やがて、オークがすべて倒されたのか、徐々に砂煙がおさまって、肉眼でも状況がわかるようになってきた。壊れかけの傾いたボロ馬車と、その車輪の側に複数のオークが積み上げられている。
その周辺に立っている人影は一つで、すでに息絶えたオークを手当たり次第に投げ飛ばしている。少なくとも、解体しているとか、そんな場面ではなさそうである。
「すみません、それ貸してください」
御者はすでに護衛の人と話していたので、セインは特に咎められることなく単眼鏡を覗き込んだ。
そこには、驚くべき姿が映っていた。
「ばかな……あれは、まさか!」
かろうじて人型とわかる姿だが、二本の足は蹄のようであり、かなり大型の獣人と思われる姿がそこにあった。
もともと着ていた服は、身体の変化に無残に引きちぎられたのか、所々に引っかかているだけだった。頭の両脇からは、不気味に曲がりくねった太い角が、前に突き出すように上を向いていた。その髪は、赤いティッキングが入った黒灰色で、首に逆立つ鬣と繋がり、背中まで続いている。
姿こそ変わり果ててはいたが、ところどころにセインの記憶に残る特徴が、とある人物と重なった。
「たっ、助けてください! まだ、馬車近くに乗客が……」
そんな時、少し離れた岩影に身を隠していたのか、一人の男がいきなり飛び出してきた。護衛の一人が素早く両手にナイフを持ち、臨戦態勢に入ったが、その男は馬車の手前で力尽きたようにばたっと倒れた。
警戒を解かずにそこへ向かった護衛は、やがて肩を貸してその男を馬車まで連れてきた。
「前の馬車に乗っていた商人の部下のようです」
近くまでやって来ると、セインにも見覚えがあった。荷下ろしのチェックをしていた男だ。
「間違いないか? それで、馬車主は」
「それが、その……」
そう御者に聞かれて、男はおもわず言葉を濁した。無意識に視線を泳がした先でセインに気が付いたのか、その口が「あ」という形になって固まった。
――あ、いやな予感。
「こ、公子様、ああ……良かった! どうか、穢れを……お願いです、助けてください」
身元バレしないようにフード付きの上着を買った意味が、一瞬で無に帰した。
昨晩泊まった村を出発して数時間経った頃、前方の護衛がいきなり注意を促し、馬車が急停止した。ウトウトしていたセインは、その声で驚いて目を覚ました。リュックを抱えて座っていたので、危うく椅子から転がり落ちるところだった。
やがて、後ろにいた護衛も前の護衛と合流して、前方を指さして何やら相談しているようだった。
セインは身を乗り出して、馬車の前方を確認した。
「これは……オーク?」
引き裂かれて血まみれの死骸が、ずっと先まで点々と続いている。目を凝らしたが、その先は砂煙がもうもうと立ち込めてよく見えない。
「もしかして、昨日のあの馬車か?」
「お客さん、あまり顔を出すと危ないですよ。どうやら前方の馬車が、戦闘中のようです」
御者台の男の言うように、馬車を走らせながら魔物を倒しつつ逃げて、あそこで捕まってしまったようだ。
「旦那、どうします? オークはほとんど倒されてるようだが、なにぶん砂煙でよく見えないし、なんだか少し様子がおかしいんっすよね」
「……様子がおかしい?」
マッチョな方の護衛の言葉に、御者は小型の単眼鏡を出して確認する。
「なんだ、あれは……暴れているのはオークじゃないぞ」
やがて、オークがすべて倒されたのか、徐々に砂煙がおさまって、肉眼でも状況がわかるようになってきた。壊れかけの傾いたボロ馬車と、その車輪の側に複数のオークが積み上げられている。
その周辺に立っている人影は一つで、すでに息絶えたオークを手当たり次第に投げ飛ばしている。少なくとも、解体しているとか、そんな場面ではなさそうである。
「すみません、それ貸してください」
御者はすでに護衛の人と話していたので、セインは特に咎められることなく単眼鏡を覗き込んだ。
そこには、驚くべき姿が映っていた。
「ばかな……あれは、まさか!」
かろうじて人型とわかる姿だが、二本の足は蹄のようであり、かなり大型の獣人と思われる姿がそこにあった。
もともと着ていた服は、身体の変化に無残に引きちぎられたのか、所々に引っかかているだけだった。頭の両脇からは、不気味に曲がりくねった太い角が、前に突き出すように上を向いていた。その髪は、赤いティッキングが入った黒灰色で、首に逆立つ鬣と繋がり、背中まで続いている。
姿こそ変わり果ててはいたが、ところどころにセインの記憶に残る特徴が、とある人物と重なった。
「たっ、助けてください! まだ、馬車近くに乗客が……」
そんな時、少し離れた岩影に身を隠していたのか、一人の男がいきなり飛び出してきた。護衛の一人が素早く両手にナイフを持ち、臨戦態勢に入ったが、その男は馬車の手前で力尽きたようにばたっと倒れた。
警戒を解かずにそこへ向かった護衛は、やがて肩を貸してその男を馬車まで連れてきた。
「前の馬車に乗っていた商人の部下のようです」
近くまでやって来ると、セインにも見覚えがあった。荷下ろしのチェックをしていた男だ。
「間違いないか? それで、馬車主は」
「それが、その……」
そう御者に聞かれて、男はおもわず言葉を濁した。無意識に視線を泳がした先でセインに気が付いたのか、その口が「あ」という形になって固まった。
――あ、いやな予感。
「こ、公子様、ああ……良かった! どうか、穢れを……お願いです、助けてください」
身元バレしないようにフード付きの上着を買った意味が、一瞬で無に帰した。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
とある辺境伯家の長男 ~剣と魔法の異世界に転生した努力したことがない男の奮闘記 「ちょっ、うちの家族が優秀すぎるんだが」~
海堂金太郎
ファンタジー
現代社会日本にとある男がいた。
その男は優秀ではあったものの向上心がなく、刺激を求めていた。
そんな時、人生最初にして最大の刺激が訪れる。
居眠り暴走トラックという名の刺激が……。
意識を取り戻した男は自分がとある辺境伯の長男アルテュールとして生を受けていることに気が付く。
俗に言う異世界転生である。
何不自由ない生活の中、アルテュールは思った。
「あれ?俺の家族優秀すぎじゃね……?」と……。
―――地球とは異なる世界の超大陸テラに存在する国の一つ、アルトアイゼン王国。
その最前線、ヴァンティエール辺境伯家に生まれたアルテュールは前世にしなかった努力をして異世界を逞しく生きてゆく――
【完結】壊死回生〜寝てたら異世界に転移しちゃってた!?ならここでスローライフ始めます~
都築稔
ファンタジー
瑞田明里は現代社会に疲れ果て、逃げ出す気力もなく毎日を過ごしていた。いつもの如く眠りについて、目が醒めると・・・ここはどこ?!知らない家に知らない青年。もしかしてこれは、第二の人生を始めるにはいいチャンスかも?のんびり、たまに刺激的に、スローライフ始めます!
私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!
hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。
ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。
魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。
ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。
元チート大賢者の転生幼女物語
こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。)
とある孤児院で私は暮らしていた。
ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。
そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。
「あれ?私って…」
そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる