グランドレース

刀根光太郎

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最後の戦い

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 陽葵はかなり離れた位置から、最速、最善の行動を心掛ける。
馬本を待つことはしない。もっと早く。もっと上手く。
全身全霊をかけて勝つ。

 やがて陽葵の集中力が極限まで高まって行く。
前をだけを見る。段々と静かになる。
機械音は消え、静寂がやって来る。
そして、鼓動が全身に喜びを伝えた。


 難所も中盤に差し掛かる。
凄まじいアップダウンと、
狭い谷を通る。ゲートがあらゆるところに配置されている。
左右に揺さぶられ、時には急上昇からの回転を迫られる。
凄まじいGが常に二人を襲う。

 馬本が差を縮めると、
陽葵は一番危険なルートを通り、
再び振り出しに戻す。
少しでも気を抜けば一気に持っていかれる。


 咲希は馬本の軌跡を追って驚いていた。
確かに陽葵に似ているところがある。

「あそこまで力を隠してたなんて」

「陽葵はどうやってあの子を越えられるのか。越えられないのか。
結果が楽しみ」

「あんた、どっちの味方とね?」


 微笑んだだけで、
その問いには答えなかった。
咲希がモニターを見ると状況が変わっていた。

「陽葵!」

 陽葵と馬本が並ばれた。
そして、暫くそれが続いた後に、
馬本が陽葵を抜いた。
その激戦を見て、観客が歓声を上げた。

 咲希は苦しそうな表情で唸る。
差が縮められたという事は馬本の方が、
総合的に強いのかと考えた。
心配そうにしている彼女に、
恵麻は声をかける。

「劣っている事が多くても、
咲希が勝てるって教えたんじゃないの?」

 そうだ、その通りだと。
彼女は落ち着きを取り戻す。

「確かに陽葵はまだまだ未熟。
でも。だからこそ。ここからだよ、咲希っ」

 その一言に納得し、
咲希も覚悟を決める。
しっかりと陽葵の成長を見守る。



 亜里沙と月乃と兎原は三位争いをしていた。
一番有利なのは月乃であった。
兎原は燃料を意識しながら戦い、
亜里沙は腕と太腿の怪我を庇いながら、
戦っていた。

 それを理解したうえで、
月乃は容赦なく全力で飛んでいた。
二人の眼は闘志に溢れていたからだ。
きっとゴールするその時まで諦めない。

 そして、自分もだ。
目指すのはあくまでも一位。
全ての技術をここで出し切る。

 難所を抜けた瞬間、
全員が超音速に到達する。
亜里沙が表情を歪ませた。

「アリサちゃん、
リタイヤした方がいいんじゃないのっ?」

「誰がっ。月乃……分かってると思うけど、
全力で来ないと一生恨むから」


 月乃は二つの理由から亜里沙に話しかけた。
一つ目は体調を心配して。
もう一つは彼女の状況を理解している事を伝えたかった。
彼女の心を守る為に。


 普段の亜里沙ならそれに激怒していただろう。
しかし、今は感謝していた。
自分らしくないと自嘲した。

 これは敗北なのだろうかと考えもした。
だが、すぐに否定した。力が湧いて来る。
結果はどうであれ、
今持てる全てをぶつけよう。
完走しようとする意志がそこにはあった。


 兎原はその誇り高い姿を見て反省する。
機体のおかげだと何も知らない人に、
そう言われただけで動揺した事に。
自身の努力を裏切った事を恥じた。

 ここまで来れたのは、
コーチや整備士と共に歩んで来たからだという事を思い出した。
もう騙されないように、心身共に鍛えようと。


 月乃は亜里沙に敬意をはらった。
その傷で見事復活を果たしたのだ。
さすが自分が憧れた人だと。心から称賛した。

 しかし、同時に少し謝る。
陽葵にも憧れたからだ。
あの小さな身に宿る力を目の当たりに、
正直、今まで一番心が躍った。
できれば先ほどの獣人では無く、
自分が倒しに行きたかったと、
少し顔を曇らせた。

 それも一瞬だ。
ならば自分にも出来るはずだと、
力が湧きあがる。
陸に入ると、二人がWABMを停止させる。
だが、月乃はそれを止めずに、
二人を置いて飛び去って行った。

「勝ちなさいよ……月乃……」



 陽葵は馬本の背中を追う。
追い抜かれているのに、
満面の笑みを浮かべていた。

(ここで速度を落とす……)

 馬本が僅かに速度を落とす。
それを見越して、速度を上げると再び並んだ。
上下左右のゲートをくぐり抜けるが、
お互いに互角。その時、僅かに機体が接触した。
弾き飛ばされる。
すぐに立て直して飛ぶと、
頭一つ陽葵がリードする。

 しかし、きついのはここからであった。
難所を抜けると直線になる。
三周目が終わろうとしていた。

 最後一周。序盤と比べると、
およそ三分の一ほどの時間で駆け抜ける。
体力面では陽葵が不利である。

 そのまま超音速で観客席を通り抜けると、
観客が跳びあがって喜んだ。
陽葵が疲労した表情をあからさまに見せ始める。
僅かに操作を誤り、追い抜かれた。

(きつい……スピードを落としたい……)

 さらに疲労してきた時、
トレーニングを。恵麻の整備する姿を。
そして、恵麻たちと一緒にいる整備士の皆や、
自分の家族や地域住民を思い出す。
何故今、脳裏にそれが浮かんだのか分からない。
なんだか支えられている気がした。

 荒くなった呼吸を聴き、
心音に耳を傾ける。

(……ぁ……)

 陽葵は思い出す。
大地を駆け巡り、息を切らしながら、
山を駆け上がった時の事を。
確かあの時も止められなかった。
ロードバイクに乗った時も。
理由は分からない。
けれども陽葵はVH2の速度を落とさない。

(絶対に勝つ……)



 陽葵が速度をさらに上げるのを見て、
恵麻が小さくガッツポーズをする。
そのための機体構成。陽葵のためのVH2だ。
最短経路に吸い込まれる様に、
綺麗な軌道を描く馬本に反し、
雑に無理やり曲がる陽葵。

 不思議なのは、
何故そんな曲がり方が出来るのか、
一見遠回りに見えるのに何故、
差が縮まるのか、イメージが湧かない。
実際に見ているのに、
何故そうなるかが理解出来ない。
分かるのは、またしても互角な戦いになったという事だ。

 観客がそれに魅了され、
無言でその軌跡を見ている。


 ある時、前だけを見ていた馬本が、
ようやく反応した。
初めて気が付いたという様子だった。

「陽葵……」

 お互いに目が合う。
そして、同時に僅かに口元を釣り上げた。
さらに二人は加速する。
青緑系の機体と黒い機体が複雑に絡み合う。


 観客はプロでもそうそう起こらない接戦に歓喜していた。
ここに山下亜里沙が居れば、さらに面白かったと、
悔しがる人もいた。
けれども、彼等はそう言いながらも楽しんでいた。
基本は皆どちらも応援し、
誰かがアクションを起こす度に感嘆の声が漏れる。

 観客は自身の経験から思わず恐怖で眼を閉じる。
しかし、彼女たちは事故らない。
当たり前のように、自由に空を飛んでいた。
そういう方法でも行けるのだと、さらに驚きの声が漏れる。

 速度、それに対する軌道を俯瞰すると、
見た事のない不可解な操縦であった。
だが、結果だけを見ると、
それしかないと不思議と思わされる。
これはそういう戦いだった。


 その頃、月乃は自身の最速で飛んでいた。
一向に陽葵と馬本を視界にとらえられない。

(あんな二人が今まで隠れてたなんて……
世の中は広いですわね)

 とっくに気が付いている。
今の自分には勝てない事を。
しかし、最後まで諦めずにゴールを目指す。
負けると分かっていても最後まで全力戦う。
彼女はずっと前にそう覚悟をしたのである。



 陽葵と馬本は長崎から福岡に戻ろうとしていた。
最後の難所。そこを越えるとほぼほぼ直線。
陽葵は頭一つ分、リードしていた。

 陽葵は親指でホバーを調整し、
急下降した。馬本もそれに難なく付いて来る。
剥き出しの巨石をかわし、ゲードをくぐる。

 目の前には急カーブがあった。
機体を回転させて無理やり速度を落とす。
サイドブーストと片方のブレーキを利用し、
一気に旋回をする。
凄まじいGを受けながらも曲がり切る。

 距離は離れないし、縮まらない。
再びホバーを使い、今度は急上昇をする。
ゲートをくぐると、再び急下降。
低空飛行になった。
天然の障害物をかわしながら、
散りばめられたゲートを何度もくぐり抜ける。

 短い期間で上下左右に何度も動かされる。
流石の馬本も余裕が無くなり、苦しそうだ。

 そんな中、馬本が陽葵と並んだ。
次のゲートをくぐった瞬間、
馬本が僅かにリードした。
難所が終わり、最高速度へと至る。

 重くのしかかるGに耐えながら飛び続ける。
二分もかからずにゴールが見えて来た。
二人は同時に考えた。もっと最短で飛ぶ、と。
直線に近いが僅かにずれているゲートをくぐり抜ける。
観客は立ち上がり、二人を迎える。
そして、凄まじい速度で二人ともゴールを通り過ぎた。

 どちらが勝ったかの判定が出ると、
同着を出ていた。

 陽葵はUターンをして、
滑走路の方へと着陸する。
恵麻たちの所に行って喜ぶ陽葵。

 馬本は暫くボーっと飛んでいた。
遅れてゴールした事に気が付くと、
申し訳なさそうに戻って来た。
状況が分かっていない様子。

 コーチらしき人物が驚きながら状況を説明すると、
馬本も驚いていた。
遅れて月乃、亜里沙、兎原の順番でゴールをしていく。
勝利を喜ぶ陽葵の元に垂れ耳の獣人、
月乃が近づいて来た。

「優勝おめでとうございます」

「あ、月乃お姉ちゃん。ありがとう」

 その満面の笑みを見ていたら、
自然と持ち上げて抱きしめる。
陽葵はじたばたと動くが、力が強くて抜け出せない。

「本当に可愛いですわね!」

「月乃……その子、相当消耗してるから」

 狐の獣人、亜里沙も来て、
淡々とした声でその行為を止めるように促す。
それを聞いて、謝りながら残念そうにソッと陽葵を下ろす。

「ええっと……」

「山下亜里沙よ。亜里沙だけで良いわ」

「私は陽葵!」

 亜里沙は気まずそうに横を向いていた。
そして、意を決して喋り出す。

「開始前は悪かったわね。
でも! 余り調子に乗らないことね。
今回は怪我をしてたから抑えめで飛んだけど、
次は倒す。それを言いに来たのっ」

「うん!」

 怪我をしたとか、
運が悪かったとかも実力の内だと言う事は理解している。
でも倒すなら慢心していない陽葵を倒したかった。
その本心に気が付いているのは、
付き合いの長い月乃だけだろう。
それだけ言うと去って行ったので、
月乃も追うように離れた。

 月乃はニヤニヤしながら、
亜里沙の顔を覗き込む。
彼女の本心に気が付いているのでからかっていた。
さらに、念願の亜里沙に勝つという目標も叶ったからだ。

 一位じゃないから無効だと必死に訴えるが、
それに聞く耳を持たない。
本人は否定するだろうが、
遠くから見ると二人は仲良くじゃれ合っているよう。
それを見ていると背後から声がかかった。

「吉田陽葵さん」

 突然名前を呼ばれ、
誰だろうと思考を張り巡らせながら振り向くと、
黒い髪と黒い耳、兎の獣人が背後にいた。

「あ、赤い機体のお姉ちゃん?」

「そうそう。私は兎原美奈」

「あの時は楽しかったね!」

 満面を笑みを浮かべていた。
純粋な眼差しに話しかけた方が僅かに硬直していまった。
しばらく見つめ合い、口を開いた。

「……あの時、何で私の方を見てたの?」

「この人とも戦いたいって思ったから!」

 ただただ純粋な回答であった。
それに納得した兎原は、試合前の力強い表情に戻った。


「そっか。今回は私の判断ミスで最後まで無理だったけど、
次会った時はもっと速くなってるから……その時はまた戦おうね」

「うん! 楽しみ!」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆

一位 吉田陽葵
二位 馬本恵
三位 田中月乃
四位 山下亜里沙
五位 兎原美奈

☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 表彰式を済ませると賞金を受け取った。
陽葵は跳びはね、喜んだ。
それを見て恵麻と咲希も嬉しそうな表情を浮かべる。


 かくして陽葵の長い一日は幕を閉じたのであった。
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