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4章 僕らと神津市の怪談 ~向日葵のかけらと腕だけ連続殺人事件~

『僕とキーロ』の抵抗

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 どうすれはよかったんだろう。
 あの蛇と話し合うのは無理だ。『口だけ女の子』も花子さんたちも、これまで僕が会った怪異は一応みんな会話ができた。
 でもあの蛇は、最初から僕と交渉する気はない。そして、サニーさんもキーロさんを逃すつもりがない。
 幸いなことは、今回はナナオさんは巻き込まれていない。
 ナナオさんには昨日は先に帰ってもらった。それで今日の放課後に相談する約束をしていた。でもなんて話をしていいのかも見当がつかない。
 キーロさんが殺される?
 その後には僕も?
 ナナオさんは絶対止めようとする。僕はもうナナオさんを巻き込みたくない。

 授業中、何処かで間違えたのか、何とかする方法はないのか考え続けていたら、昼休みの初めに藤友君が話しかけてきた。

「お前、またわかりやすく呪われたな」

 思わずびくっとして藤友君を見る。

「なんでわかったの」
「その腕のやつ、昨日までなかった、そっからすげぇ嫌な感じがする。……リスク、考えなかっただろ」

 藤友君は机の上で右腕を枕にしながら、ぼくの左手首のアザを指差す。
 その図星な言葉に僕は思わず手首を隠す。藤友君は僕の様子をじっと見て、口を開いた。

「別に責めてないしやっちまったことは仕方がない。この前も言った通り、手伝いはしないが、相談だけなら乗るぞ」
「面目ないです……」
「まぁ東矢だからな、仕方がない」

 確かに、藤友君の目からは僕を心配するような感情しか感じなかった。

「飯でも食いながら話そうか」

 藤友君はさっさと教室を出た。僕は追いかけて屋上に出ると、ぴゅうと遠くの神津湾から届く風が吹いていた。
 新谷坂高校は新谷坂山の麓に建っていて町を遠くまで見通せる。その屋上からの景色は、僕の不安とは無関係にいつも通り綺麗で、少し心が落ち着いた。青々と葉を広げる校庭の桜の木、上から見下ろす紅林邸の白と紺の佇まいが明るい木々の色によく映える。

「東矢、お前はどうせ何でこうなったかとかクヨクヨ考えてるんだろ。時間の無駄だ。今更後悔しても意味はない。そいつを喜ばせるだけだ。とっとと切り替えろ。何をやって呪われた」

 藤友君は僕の心を見透かすように呟きながら隣でサンドイッチをかじった。藤友君の言葉は僕を現実に引き戻す。
 昨日の経緯を話す。蛇の怪異に会ったこと、怪異に呪われ、怪異が僕を殺すつもりなこと。サニーさんはキーロさんを逃すつもりがないこと。
 藤友君は静かに僕の話を聞いたあとに出た言葉は何の躊躇いもなかった。

「簡単だ、殺される前に殺せ。殺しにきてるやつに遠慮はいらない。さて、どうやって殺すかだな」

 僕があの蛇を……殺す?
 その、僕が『殺す』という単語は、妙に現実感がなかった。それにあの恐ろしい蛇を殺せるとも思えなかった。
 当然のように『殺す』という単語を出した藤友君に僕は混乱する。
 僕のそんな様子に気づいた藤友君は、少しだけしまったな、というように眉を斜めにして、僕を気遣うように見た。

「悪い、普通『殺す』とは考えないよな……。ただ、聞いた話からはそいつは人を襲う典型的なやつだ。そいつにとってお前はただの餌だ」

 そう言って藤友君は自分のかじってたサンドイッチを示す。

「サンドイッチが食うなと話しかけてきても気にせず食うだろ? ……ひょっとしたらお前は違うのかもしれないが」

 話しかけられたら食べられない気はする。けれども藤友君のいうことはわかる。あいつはなん躊躇いも見せずに食べるタイプ。むしろ面白がって。
 藤友君の言葉に頷くと、藤友君は励ますように僕の肩にポンと手を置いた。

「なら、対策をねらなきゃな。弱点はありそうか?」
「わからない。呪われたせいもあるのかもしれないけど、僕はにらまれただけで動けなくなった」
「それなら、次に会った時にも動けないと思った方がいいな」

 藤友君は右手を口元に当てながらじっと考え始める。

「その腕を切り落とすことは……できないか?」

 呪いがなければ追えないだろう?、と藤友君は物騒なことを当然のように言う。
 これ、あれだよね、花子さんの時の藤友君の発想。僕は少し警戒する。
 試しだ、といって藤友君は僕の左腕をつかみ、ポケットから取り出したツールナイフの刃を立てて僕の腕に軽く当てる。刃は皮ふのスレスレで何か透明なものに弾かれた。藤友君はさらに刃を鋭角に立てて力を込める。けれどもやはり、刃は僕の皮ふに刺さらなかった。
 何だこれ、僕の体、どうなってるの?
 藤友君は次はライターを出して僕の左手をつかむ。

「えっちょっとまって、流石にそれ無理っ」
「大丈夫だ、多分」

 僕は抵抗しようとしたけれど藤友君の方が体格はよくて力負けする。そして藤友君が言う通り、ライターの火は皮ふに当たってもほんのり暖かいくらいで痛くもなんともなかった。
 藤友君は、ふぅん? と言って、次に僕の首を絞めようとした。もう抵抗する気力もなかったけれど、予想された苦しさは訪れなかった。皮膚に触れる寸前で何が硬い感触があってそれ以上絞めることはできなかった。鼻と口をふさがれても微妙なすき間が空くせいか、息苦しさはあっても呼吸ができないことはない。
 はぁ、客観的に絵面がやばい、これ。誰かに見られたら殺されそうになってるとしか思えないのでは。
 それに僕からナイフに触って強く握っても、触ってる感覚はあるのに全然切れない。でも制服の裾は切れた。影響があるのは僕の皮膚スレスレのようだ。

「本当に危害を加えるのは無理そうだな、他の方法を考えないと」

 なんだか全然現実感がない。何が起こっているんだろう。
 藤友君はの呟きは独り言のように僕を置いてきぼりにして続いていく。

「なにか、武器はないのか? 怪異に効くようなやつ。できれば地雷型のもの。爆弾でも作ってみるか?」
『呪符ならある』

 急に頭の上から声が聞こえた。ぽかぽかと陽のあたる給水タンクの上から黒猫のニヤが見下ろしていた。
 僕がニヤを見ると、藤友君もつられてタンクの上を見て、少し目を細める。

「呪符って?」
「あれは味方、でいいのか?」

 ニヤは黒猫の姿をしているけれど、新谷坂山の封印のふただ。
 僕は4月の終わりに新谷坂の怪異の封印を解いた。その時、新谷坂の封印を守っていたのがニヤで、僕とニヤの意識は少しまじった結果、お互い意思疎通ができるようになった。
 僕は最終的に怪異を全て封印しなおしてニヤに役割を戻したいと思っている。
 けれどもニヤは現存している封印を守ることには積極的だけども、僕が既に外に出してしまった怪異にはあまり興味がないらしい。捕まえるかどうかは僕が決めればいいと言っている。
 だから頼めば協力してくれるけど、自発的な協力はあまり期待できない。ニヤは僕の意思を尊重する。今回は僕が積極的に蛇に関わりにいったから、僕を尊重して積極的には助けてくれないものだと思っていた。
 でも、今の発言は。

「味方かな。呪符があるんだって」
「そうかその呪符というのは蛇にきくのか? どういう効果があるんだ?」

 藤友君はニヤの声は聞こえていないはず。
 けれども僕とニヤを何往復か眺めてから、僕ではなくニヤに向かって直接訪ねることにしたようだ。

『ある程度は効くであろう。呪符は種類がある。吸収するもの、侵食するもの、崩壊させるもの、反射するもの、いろいろだ。本来は命を削って使用するものだが、蛇がそやつの身を守るならちょうどよかろうよ』
「ある程度は効くみたい。効果は吸収したり、侵食したり? 崩壊させたり、反射したり、いろいろあるって。蛇が僕を守ってるから、今なら負担なく使えるみたい」

 僕はニヤの通訳を続ける。
 藤友君はさらに呪符の詳細と使い方を聞く。
 その結果、呪符は必ずしも使い勝手がいいものではないことがわかる。
 まず僕しか使えない。おそらくそれが新谷坂の封印の力を利用するものだから。だから繋がりがあって力を引き出せる僕しか使えない。

 会話が僕の頭上を行ったり来たりしている。
 それでキーロさんを助けられるのか。それが問題なんだけど、たとえ僕がどれかの札を使えても、蛇が強大すぎて上手くいかせないだろうというのが藤友君とニヤの共通認識だった。
 そこをうまくクリアする方法はないだろうか。藤友君は考えを巡らせる。
 なんだか僕のことなのに、僕は何の役にもたってない……。
 それから、蛇の性質に話がうつる。ニヤはあの蛇をずっと封印していたから、ある程度はその性質を知っているらしい。

「その蛇の怪異に弱点はあるのか? 物理的に攻撃をするとすればなにがいい? 刃物や鈍器は効くのかな」
「弱点かわからないけど、目は悪いみたい。あとは寒いところは苦手なんだって。うろこはとても固いから、刃物よりは鈍器のほうがいいだろうって」
「なるほど、普通の蛇と同じような特徴か。ピット器官、温度を感知する能力や毒はあるのかな」
「温度でも見分けているみたい。毒は知らないって」
「なるほど。それを前提にもう一度考えよう。ピット器官を持つなら出血毒も持っていると考えたほうがいいだろう。あれは……いや、そもそも化け物だ。どんな毒を持っているかわからないな。捕まると恐らく逃げられない。接触はNGか……」

 藤友君は口元を手で隠してもう一度考え始める。
 僕の事なのに、僕は全然役に立ってないな……。
 それで僕と藤友君はいろいろ話し合って、おおよその方向性について検討した。

「あとは成功率をあげる方法だな。その蛇とサニーが話したことをなるべく詳しく話せ」

 僕はなるべく正確に思い出して藤友君に話す。
 途中から藤友君は不快そうに眉をひそめてなんだか投げやりそうに呟く。

「ろくでもねぇな。ただまぁ、お前が舐められてることは十分わかった。東矢……そいつに捕まるなら、死んだほうが楽だぞ。花子さんの時とは全然違うからな? キーロが殺されるところにうまく入ればうまく死ねる可能性はある」
「僕だって捕まりたくなんてないよ。けど逃げるだけならまあ、なんとかなると思う、僕は僕のためにキーロさんを危険な目に合わせたくない」

 藤友君は眉の間の皺を深めて僕を見る。
 そもそもキーロに巻き込まれたんだろ、という視線。
 でもその前のそもそもを言えば僕が新谷坂の封印を解いたからキーロさんが危険に陥っているんだ。
 順番は逆なんだよ。

 僕は体の半分以上はすでに新谷坂に封印されている。
 昨日試したけど、今のままでも封印に入ることはできそうだった。思い返せば蛇の呪いもそれを妨げたりはしなかった。僕が封印に逃げ込んで僕の全部が封印されてしまえば、少なくともヘビにつかまって殺されることだけは防げるような気はする。まあ蛇の呪いが解除されるものなのかもわからないし、封印に全部入っちゃうと封印から出られなくてそのまま死ぬかもしれないけど。
 でもそれは僕の事情だから言うべきことでもないと思う。

 それからいつ蛇が仕掛けてくるかに話はうつる。
 これまでは犠牲者がでるたびに1日はインターバルが開いていたけれど、蛇は僕を5日後に迎えに来るといっていた。今日を入れてあと4日。その間にキーロさんとサニーさんを殺すとすれば、今日キーロさんを殺しに来てもおかしくないタイミングだ。
 蛇の正確とサニーさんの今の考え方からしても、こちらが複数人で待ち構えていたとしても計画を取りやめたりはしないだろう。サニーさんは残りはキーロさんさえ殺せれば、あとは死んで終わりなんだから。
 時間帯はこれまでの傾向からも夜の可能性が高い。よっちさんは夜に会うのを拒否したから多分例外。さすがにその後を考えないとしても日中は通報されたら邪魔が入るもんな。
 最短で、今日の夜。遅くとも、明日の夜には蛇はキーロさんを殺しに来る。

 もう時間はない。
 だから、僕と藤友君はナナオさんとキーロさんを呼び出し、授業をさぼって作戦会議をすることになった。
 結果、キーロさんも苦しんで殺されるよりは、少しのチャンスにでもかけたい、と言う。
 最終的な打ち合わせは全部終わった。

「ぼっち、巻き込んで本当にごめん」
「東矢、運命は変えられるものだ」
「うん。わかった。それじゃキーロさん、行こう」

 ナナオさんは僕をぎゅっと抱きしめて、藤友君は僕の背中をたたいた。
 それでナナオさんと藤友君は立ち去って、僕はキーロさんの手を取って歩き出す。
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