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その長い闇の向こうへ 呪術師円城環(全8話)

遠足の行方

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 成康は少し考えスマホを取り出し電話をかけた。
 仄聞すると友人らしい。成康は四角い場所に心当たりがないかと聞いているが、当然ながら要領を得ない。友人からの問い返しにうまく答えられないのだ。なにせ不確かな夢の場所を特定しようとしているのだから。
「よろしければスピーカーにして頂けますか?」
「え、ああ」
「はじめまして、私、円城と申しまして、雑誌のライターをしております。先程から櫟井さんとお話しておりまして、夢の中に出てくる場所が気になっているのです」
「本当に夢の場所……ですか?」
 電話口から困惑げな声が響く。
「ええ。お伺いするところ、大きな建物の出入り口か洞窟のようなところだと思うのです。暗い所からとても明るい外に出る。そのような場所に記憶はございませんか?」
「記憶?」
「ええ。例えば幼少の頃の強い記憶が、櫟井さんの深層心理に影響しているのかもしれません」

 しばらく話し合った結果、環と成康は場所を変えることにした。その友人の家には小学校のアルバムがあるらしい。インターフォンに現れた友人は環の姿を見て固まり、ライターの名刺を渡してようやく、キョドキョドしながら2人を自宅に招き入れた。押し入れの中から数冊の分厚いアルバムが取り出される。顧みられることもないようで、埃にまみれていた。
「ほら、この辺が3年の時位だな」
「懐かしいな。意外と覚えているもんだな。でも暗いところか……」
「お2人は逆城さかしろ二小の出身なんですね。お二人とも神津のご出身ですか?」
 逆城は辻切つじきの東隣の町で、旧五街道が通る逆城神社の門前町だ。今も多くの観光客が訪れている。そしてその更に東に環が思い浮かべた伊弉冉山があり、逆城と辻切の間に辻切下、つまり辻切ヒルズがある。
「俺は逆城生まれの逆城育ち。櫟井も転校するまではここに住んでたよな。こいつの実家はもともと寺なんですよ」
「お寺。古い家なのでしょうか。それでしたらそのご実家に大きな建物や洞穴はありますか。あるいは蔵とか」
 環は寺や古くからある家にありそうなものとして蔵を思い浮かべた。蔵であればその扉は四角く、閉じればその中は真っ暗だ。
 けれども成康は苦笑で答えた。
「うちは小さな寺でした。それに蔵だと逃げるほど広くないでしょう?」
「普通はそうですが、子供の頃の記録であれば相対的に大きく遠く感じることもあります。印象だけ残って実際は異なることもある。それに夢は色々ねじ曲がりますから」
「ねじ曲がる?」
「ええ。走っても走っても前に進めない夢、見たことがあるでしょう?」

 しかし最初は光が見えない程に真っ暗なのなら、やはり違うのかもしれないと思い直す。
 それであればよほど長大な建物の出入り口か、洞窟のようなもの。その出口は横長の四角に切り取られているというから、洞窟というのとも何か印象が異なる。今のところ、環のイメージに一番合致するのは洞窟だ。けれども思い当たったその話には3つの四角というものは出て来ない。
 だからそもそも成康か環自身が大きな勘違いをしているのか、おそらく記憶か夢に何かが混ざっているか、あるいは無関係なのだ。それを前提に環は検証をし直す。
「どうだったかなぁ。町中の寺だったから、やっぱりそんなに大きな建物も蔵もなかったと思います。洞窟なんてあるはずがない」
「今から確認しに行っても?」
 成康は一瞬固まり、頭をかく。
「それがもうないんですよね。俺の爺さんが住職だったけど、俺たちが引っ越す直前に死んで廃寺になっちゃったから。今はマンションが建ってます」
「うん? 待ってください。廃寺になったんですか? どこかに引き継いだりすることもなく?」
「ええ。普通は予め引き継ぐものなのですか?」
 成康の表情に疑問は浮かばない。けれども環にとって、それは通常の手続きではなかった。
 寺というのは様々な理由によって廃されることはある。
 けれども寺を廃するというのは、それなりに手間なのだ。仏や墓を移さなければならないし、役所への届け出や近隣の諸寺への連絡等、諸々の手配が必要だ。
 跡継ぎがいない場合は従前より入念に手回しをするものだが、この寺には成康の一家がいる。亡くなった直後に引っ越しをするなど、夜逃げに等しい。なにか妙だ。

「最近は跡継ぎ問題もありますし、必ずしもそうではないのですが、長患いをされていたわけではないのですね」
「ええ。夏休みはピンピンしてて一緒に海水浴に行ったような……あれ? 爺さんはなんで死んだんだっけ?」
「俺は風邪をひいたからって聞いたぞ」
「風邪で死ぬようなタイプじゃ」
 成康は急に心配そうに環を見た。
 寺、突然の死、そして出口を塞ぐ3つの四角。
 寺にまつわる言い伝え。環の頭の中では様々な可能性が交錯する。
「……あの円城さん、これひょっとしてヤバい奴なんですか?」
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