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成井さんの謎眉毛
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季節外れの新入社員、成井さやか。
彼女は退社した俺の部下のかわりに秋の中頃に入社してきた。事情はさっぱりわからないけど、その部下は急ぎ実家に戻らないといけなくなったとかで退社したらしい。最後に会った週末は何も言ってなかったのに月曜に出社した時には席が空になっていた。
ここは旅行代理店で秋は旅行シーズン。人事部が急遽人を探してあっという間に採用されたのが成井さんだった。
成井さんは部内の同じ島の向かいの席に陣取っている。向かいと言っても机半分だけ平行にずれている。だから俺から見ると成井さんの顔はモニタで左半分が隠れていた。
成井さんは肩甲骨くらいまでの長さの少しだけ茶色い髪をセンターで分けて、卵型の顔で、目は少し大きい奥二重なのかな。鼻は普通? それから口もなんとなく普通でピンクっぽい口紅をつけてる。どちらかというと健康そうで、全体的には明るい印象の人。美人というほどでもないけど、それだけだとそこまでは印象に残らない人だと思う。モニタの脇からのぞく顔からも、そんなに目立つ感じではない。でも。
「主任~。また成井さん見てるんすか? バレバレですよう?」
ニヤニヤと俺の隣からちょっかいを出すのは堀渕友喜。こいつも俺の部下で席は隣。
俺は村沢洋介といって、成井さんと今は席を外しているもう1人を含めた4人で1つのチームを組んでいる。俺はこのチームの主任。
「別に見てるわけじゃないよ」
「ウソウソ、絶対見てたって、バレバレだって」
「いや、だからそんなんじゃないから」
「村沢主任、何かありました?」
俺と堀渕のちょっとした言い合いに成井さんが席から立ち上がる。
うん、俺は成井さんのことを見ていてそれは確かで。でも別に堀渕が邪推しているように成井さんが好きだから見ているわけじゃなくて。その、なんていうか物凄くもやもやしているんだ。成井さんが入社してからずっと。
俺は立ち上がってにこりと微笑む成井さんを見上げる。その顔は圧倒的な存在感をたたえている。
だって。だって成井さんは。
左側の眉毛がないんだから。
ごくり。
◇◇◇
成井さんの眉毛について。
そう、それは仕事が手に付かないほど気になるわけではない。まあ仕事中はモニタに隠れて見えないし。でも休憩中とか、ふとした瞬間に成井さんが立ち上がった時とかに見えるんだ。いや、『見えない』っていったほうが正確か。
ようするに俺は思わず成井さんの『見えない左眉』に目を取られて、そこをまた堀渕に目撃される悪循環が発生している。成井さんは顔の右半分には眉毛がある。左半分には眉毛がない。なんで。なんか、凄く気になる。もやもやして、気がついたら成井さんを見つめていた。
眉毛がない理由を色々考えた。例えば間違えて剃ったとか生まれつき半分ないとかさ。それでさらに化粧品にアレルギーがあって眉毛を書けないとか。
でも成井さんのモニタからはみ出ている顔の右半分を見ていると、眉毛があるほうの眉は奇麗に山型に整えられていて、茶色っぽい黒のアイブロウかなんかで奇麗に眉毛の端っこが描かれている。そうすると別にアレルギーとかじゃないよね。だから眉毛を書けないわけじゃないと思うんだ。顔の右半分だけアレルギーっていうのはありえるのかな。
でも1番気になっているのが成井さんの左眉がないことに誰も突っ込まないことだ。
最初はTPO的なもので誰も指摘しないのかなとも思っていたんだ。でもなんとなくそれは違う気がする。
入社の挨拶で顔を上げた時、俺はかなり動揺した。心臓がバクバクした。だって想像してみたらわかるけど、片方だけ眉毛がないって物凄いインパクト。むしろ両眉ないほうがインパクトが薄い。
でもその時、他のみんなは誰も動揺していなかった気がする。俺は成井さんの存在しない左眉に目が釘付けになって、なんだかかなり挙動不審になった、自覚がある。
それで成井さんは俺のチームに配属されて、俺は主任として成井さんに仕事の説明とか簡単な指導をした。その時も成井さんの左眉が恐ろしく気になった。心臓がキュってなった。だって眉毛がないんだよ? 片方だけ。なんで。なんでなの。
俺は心の叫びをなんとか心の底のほうに押し込めたけど、やっぱり挙動不審だった気がする。だからニヤニヤする堀渕に『一目惚れでしょ』とかつっこまれて、全然考えてなかったからそんなことはないと咄嗟に否定したけど、多分あれで堀渕の中で何かが確信になったんだ。最初否定してたら『またまた~』とか言われて悪循環に陥った気がしてやむを得ずスルーした。そしたらそっから部内の空気がなんだか温泉のように生ぬるい。
でも誤解だからって言い張ってもやっぱりよけい色々邪推されそうだから、落ち着くまでは様子をみることにした。ほら、人の噂もなんとやら。なんか災難だ。成井さんも迷惑だよね?
いやそうじゃなくて成井さんの左眉の話。
みんな気がついてない気がする。でもそんなバカなことがあるのかな。俺だけ異世界にいる感じ。だから同期に聞いてみた。
「あのさ、俺のチームの成井さんのことなんだけどさ」
「なになに? 成井さんがどうかした?」
期待に満ちた目線。こいつにも俺が成井さんが好きっていう噂が伝わってるのか、はぁ。ちょっとゲンナリ。でも親しい同期にしか聞けない。下手に会社で上司や部下に聞くとパワハラになりかねない。ほんとうに世知辛い。
「成井さんの眉毛についてで」
「眉毛?」
同期は一瞬不審な顔をして、すぐにまたニヤニヤしはじめた。
「何、お前眉毛フェチなのかよ?」
「いや、ていうかそんなフェチあるのかよ。まあそうじゃないけどお前にしか聞けなくてさ。成井さんの眉毛ってどう思う?」
「うーん? あんまりよく見てはないけど、普通な印象?」
「普通? 気になるところはない?」
「いやいや、気にしてるのは村沢だけっしょ」
何人かに聞いてみたけどだいたいの反応はこんな感じで。つまり俺以外は成井さんの眉毛に違和感はないらしい。でもそう考えるとますます変で。なんだか落ち着かない。
だって変だろ?
俺にだけ見えない眉毛ってことじゃないか。
例えばさ、仮に幽霊とかで俺だけが見える存在ってのはひょっとしたらあり得るのかもしれないけど、俺だけに『見えない』存在ってのはやっぱりおかしくないかな。おかしいよね。
あんまり気になってコンタクト作るついでに眼科に聞いてみたけど、例えば顔が覚えられないとか特定のものが認識できないっていう病気はあるけど、特定の人の眉毛だけ見えないっていう病気はないよって鼻で笑われた。まあそうだよね。
そんな日がしばらく経って、とうとう恐れていたイベントが発生した。成井さんの歓迎会だ。俺と成井さんは当然のように隣り合わせで席をセッティングされた。
彼女は退社した俺の部下のかわりに秋の中頃に入社してきた。事情はさっぱりわからないけど、その部下は急ぎ実家に戻らないといけなくなったとかで退社したらしい。最後に会った週末は何も言ってなかったのに月曜に出社した時には席が空になっていた。
ここは旅行代理店で秋は旅行シーズン。人事部が急遽人を探してあっという間に採用されたのが成井さんだった。
成井さんは部内の同じ島の向かいの席に陣取っている。向かいと言っても机半分だけ平行にずれている。だから俺から見ると成井さんの顔はモニタで左半分が隠れていた。
成井さんは肩甲骨くらいまでの長さの少しだけ茶色い髪をセンターで分けて、卵型の顔で、目は少し大きい奥二重なのかな。鼻は普通? それから口もなんとなく普通でピンクっぽい口紅をつけてる。どちらかというと健康そうで、全体的には明るい印象の人。美人というほどでもないけど、それだけだとそこまでは印象に残らない人だと思う。モニタの脇からのぞく顔からも、そんなに目立つ感じではない。でも。
「主任~。また成井さん見てるんすか? バレバレですよう?」
ニヤニヤと俺の隣からちょっかいを出すのは堀渕友喜。こいつも俺の部下で席は隣。
俺は村沢洋介といって、成井さんと今は席を外しているもう1人を含めた4人で1つのチームを組んでいる。俺はこのチームの主任。
「別に見てるわけじゃないよ」
「ウソウソ、絶対見てたって、バレバレだって」
「いや、だからそんなんじゃないから」
「村沢主任、何かありました?」
俺と堀渕のちょっとした言い合いに成井さんが席から立ち上がる。
うん、俺は成井さんのことを見ていてそれは確かで。でも別に堀渕が邪推しているように成井さんが好きだから見ているわけじゃなくて。その、なんていうか物凄くもやもやしているんだ。成井さんが入社してからずっと。
俺は立ち上がってにこりと微笑む成井さんを見上げる。その顔は圧倒的な存在感をたたえている。
だって。だって成井さんは。
左側の眉毛がないんだから。
ごくり。
◇◇◇
成井さんの眉毛について。
そう、それは仕事が手に付かないほど気になるわけではない。まあ仕事中はモニタに隠れて見えないし。でも休憩中とか、ふとした瞬間に成井さんが立ち上がった時とかに見えるんだ。いや、『見えない』っていったほうが正確か。
ようするに俺は思わず成井さんの『見えない左眉』に目を取られて、そこをまた堀渕に目撃される悪循環が発生している。成井さんは顔の右半分には眉毛がある。左半分には眉毛がない。なんで。なんか、凄く気になる。もやもやして、気がついたら成井さんを見つめていた。
眉毛がない理由を色々考えた。例えば間違えて剃ったとか生まれつき半分ないとかさ。それでさらに化粧品にアレルギーがあって眉毛を書けないとか。
でも成井さんのモニタからはみ出ている顔の右半分を見ていると、眉毛があるほうの眉は奇麗に山型に整えられていて、茶色っぽい黒のアイブロウかなんかで奇麗に眉毛の端っこが描かれている。そうすると別にアレルギーとかじゃないよね。だから眉毛を書けないわけじゃないと思うんだ。顔の右半分だけアレルギーっていうのはありえるのかな。
でも1番気になっているのが成井さんの左眉がないことに誰も突っ込まないことだ。
最初はTPO的なもので誰も指摘しないのかなとも思っていたんだ。でもなんとなくそれは違う気がする。
入社の挨拶で顔を上げた時、俺はかなり動揺した。心臓がバクバクした。だって想像してみたらわかるけど、片方だけ眉毛がないって物凄いインパクト。むしろ両眉ないほうがインパクトが薄い。
でもその時、他のみんなは誰も動揺していなかった気がする。俺は成井さんの存在しない左眉に目が釘付けになって、なんだかかなり挙動不審になった、自覚がある。
それで成井さんは俺のチームに配属されて、俺は主任として成井さんに仕事の説明とか簡単な指導をした。その時も成井さんの左眉が恐ろしく気になった。心臓がキュってなった。だって眉毛がないんだよ? 片方だけ。なんで。なんでなの。
俺は心の叫びをなんとか心の底のほうに押し込めたけど、やっぱり挙動不審だった気がする。だからニヤニヤする堀渕に『一目惚れでしょ』とかつっこまれて、全然考えてなかったからそんなことはないと咄嗟に否定したけど、多分あれで堀渕の中で何かが確信になったんだ。最初否定してたら『またまた~』とか言われて悪循環に陥った気がしてやむを得ずスルーした。そしたらそっから部内の空気がなんだか温泉のように生ぬるい。
でも誤解だからって言い張ってもやっぱりよけい色々邪推されそうだから、落ち着くまでは様子をみることにした。ほら、人の噂もなんとやら。なんか災難だ。成井さんも迷惑だよね?
いやそうじゃなくて成井さんの左眉の話。
みんな気がついてない気がする。でもそんなバカなことがあるのかな。俺だけ異世界にいる感じ。だから同期に聞いてみた。
「あのさ、俺のチームの成井さんのことなんだけどさ」
「なになに? 成井さんがどうかした?」
期待に満ちた目線。こいつにも俺が成井さんが好きっていう噂が伝わってるのか、はぁ。ちょっとゲンナリ。でも親しい同期にしか聞けない。下手に会社で上司や部下に聞くとパワハラになりかねない。ほんとうに世知辛い。
「成井さんの眉毛についてで」
「眉毛?」
同期は一瞬不審な顔をして、すぐにまたニヤニヤしはじめた。
「何、お前眉毛フェチなのかよ?」
「いや、ていうかそんなフェチあるのかよ。まあそうじゃないけどお前にしか聞けなくてさ。成井さんの眉毛ってどう思う?」
「うーん? あんまりよく見てはないけど、普通な印象?」
「普通? 気になるところはない?」
「いやいや、気にしてるのは村沢だけっしょ」
何人かに聞いてみたけどだいたいの反応はこんな感じで。つまり俺以外は成井さんの眉毛に違和感はないらしい。でもそう考えるとますます変で。なんだか落ち着かない。
だって変だろ?
俺にだけ見えない眉毛ってことじゃないか。
例えばさ、仮に幽霊とかで俺だけが見える存在ってのはひょっとしたらあり得るのかもしれないけど、俺だけに『見えない』存在ってのはやっぱりおかしくないかな。おかしいよね。
あんまり気になってコンタクト作るついでに眼科に聞いてみたけど、例えば顔が覚えられないとか特定のものが認識できないっていう病気はあるけど、特定の人の眉毛だけ見えないっていう病気はないよって鼻で笑われた。まあそうだよね。
そんな日がしばらく経って、とうとう恐れていたイベントが発生した。成井さんの歓迎会だ。俺と成井さんは当然のように隣り合わせで席をセッティングされた。
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