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4章 藤原種継の暗殺

 家持の閑話 幼少の思い出

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 大伴家は大和建国の始祖であられる神武様が熊野から吉野へ八咫烏やたがらすの導きに従い、ともに出陣した家である。当然ながらこの大和にも伴った。それ以来、大伴家は大君の伴として付き従ってきた由緒正しき武門の家だ。それから祭祀を司る家でもある。

 けれども祖父安麿やすまろの時代から藤原の寄生虫どもがさかんに騒ぎ始め、旧来より皇家に使えた我らのような豪族を追い出しはじめた。
 そして父旅人たびとは藤原に宮から追い出されて太宰府に赴任した。藤原どもが長屋王様を嵌め殺した余波だ。本当にあの陰湿な連中は好かぬ。

 けれどもその時の太宰府での暮らしが、このわしの人生の糧となったのは皮肉なことよ。わしはこの10歳の折、母と弟と共に父につき従い、太宰府に赴いた。父はもう57だ。このような齢になっての左遷は堪えるものだろう。
 そう思ったが、父は国防は武家の務めだと笑った。なるほどここ太宰府は遠の朝廷《とおのみかど》と呼ばれ、九州と壱岐・対馬を管轄し、外寇を防ぎ、外交を司っていた。
 府の北にある丘に登って北西を眺めれば、山に挟まれた博多の平地の先に対馬が見え、その先はすぐ新羅の国だ。このころの日の本は新羅との関係が悪化し、3年前に新羅はその沿岸に日の本を警戒して毛伐もぼる郡城を築城したばかり。ようは日の本とは緊張関係にあったのだ。
 わしはそれまで宮廷というものが最も煌びやかな場所であると考えていた。けれども日の本を安らたらしめることこそ我が大伴家、武門の役目。最も華々しきお勤めではないか。

 そのうち太宰府で母上が亡くなり、代わりに家をとりまわすために叔母の大伴坂上郎女さかのうえのいらつめが太宰府を訪れた。叔母は明るく奔放で歌に溢れた方で、賑やかな生活を過ごした。わしの周りはますます歌に溢れた。

 それに太宰府の景色は都と異なる趣があった。異国に繋がる場所だ。
 わしは父の跡継として父について様々な会合に出席し、山上憶良やまのえのおくら殿を始め多くの歌人とお会いした。父上が中国から渡来したばかりの梅を庭に植えて人を招いた梅の宴では、その場で読まれた歌に楽を奏し舞を舞った。白く綻んだ梅を愛でながら、この貴重な花を思い多くの歌が詠まれた。わしも多くの歌を書き留めたものだ。

 私の庭に梅の花がしきりに散っているけれども、これははるか空高い天から雪が流れてきているのでしょうか
(我が園に 梅の花散るひさかたの 天より雪の流れ来るかも)

 父上がこのように歌えば憶良殿がこのように返される。

 春の訪れを最初に知らせる梅の花よ、あなたさまはそれを眺めながらこの春の日をお一人で過ごされるというのでしょうか
(春されば まづ咲くやどの梅の花 独り見つつや はる日暮らさむ)

 その当時はわからなかったけれども、このような歌の隙間で憶良殿は母上をなくされたばかりの父上の独り身の心情を慮られたのであろう。このような細やかな詩情があふれる大宰府は、わしの心のなかで歌を形作る部分の器となった。

 私が14際の時、父旅人は大納言を拝命し帰京した。
 父は太宰府で都を思う歌を多く残していた。だからその道は喜びに満ちたものであったが、引き換えにその体調は崩れ、帰郷後まもなく亡くなった。憶良殿も同時期に都に帰ったが、やはり亡くなられた。祟りで多くの人間が死んだ時期だ。
 私は二人の師を失った。

 その頃の政治といえば、まさに藤原家のなすがままであった。藤原不比等の娘である光明皇后が聖武天皇を操り、まさに藤原家が寄生虫のごとく皇家の力と財を削ろうとしていた。対抗に長屋王が左大臣となったが、藤原式家の罠によって自刃して果てられ、怨霊となって藤原4家の当主を祟り殺し、その余波で都に多くの死人が出たのだ。
 そのため出仕できる公卿は参議の鈴鹿すずか王と橘諸兄たちばなのもろえと名を変えた葛城かつらぎ王しかいなくなっていた。この時点でようやく朝廷は藤原家の寄生を免れ皇家に取り戻された用に見えた。

 私は父の死に伴い、大伴家の当主となったが、若干14歳では力及ばず家は千々に乱れた。坂上郎女叔母のおかげで社交が保てていたようなものだ。その奔放な恋の影響を受けたためか、私は様々な女性に文を送り浮名を流した。坂上郎女の長女坂上大嬢おおいらつめもその一人だ。
 私は内舎人うどねりを拝命した。帝の身辺を警護するお役目である。最近は低位貴族の子弟から選ばれるのが常であり、後ろ指を刺されることがあった。だが皇の伴こそ正しく大伴家の役目である。否やもなにもない。
 その中で、聖武様のお子、安積親王と親しくさせて頂いた。安積様は皇子とはいえ、夫人の県犬養広刀自あがたのいぬかいとじ殿のお子である。皆はご母堂の身分が低く皇家を継げぬようなことを言っていたが、そもそも光明皇后も藤原家、臣下の出である。そのお子の安倍様が女性ながらに皇太子になられたのであるから、安積様が帝となられて何の問題があろうか、そう思っていた。

 そう思ったのは私も妾腹の生まれであるからだろう。だが私は父旅人の正妻大伴郎女いらつめに引き取られて大伴家当主となったのだ。
 結局の所、孝謙様で血は途絶えるのだ。最終的に男子が継ぐのであれば、安積様であることに何の問題があろうか。それに安積様はよどみ腐った藤原どもと異なり、清らかなお方であったのだ。
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