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十日間の関係 side 浅井樹
1日目(2)
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「え? はい」
何故、余所余所しい。
丁度湧いたお湯をカップの1つに注ぎ、樺島の前に差し出す。その額にふれる。特に熱はなさそうだ。その様子をやはり、樺島はぼんやりと眺めていた。すぐに自殺をする様子も、なさそうだ。けど、それ以前の問題な気はする。何故だか酷く落ち着かない。目の前のその存在がとても不安定に思えた。
急いでシャワーを浴びてリビングに戻れば甘い香りがした。樺島がキッチンに立って、フレンチトーストを焼いている。
「あの?」
「ご飯を作っています」
「なんでフレンチトースト?」
「朝ご飯にフレンチトーストはおかしいでしょうか?」
朝?
鼻に漂う香りに、そういえば樺島がジンジャーティーを飲むのは大抵は朝だと思い出す。
「今は夜ですよ」
「そう……ですか。作ってしまいました」
「えっと、じゃあ食べましょう。俺も晩飯はまだなんで」
「そう。よかった」
やはり頭が混乱で占められる。何故、丁寧語? でもその微笑みは、先程よりいつもの樺島に近づいた。
皿を出せばその上に少し焦げ目のついた甘ったるいトーストが乗せられ、その脇にカットされたトマトが加わる。包丁を隠していなかったことを思い出し、けれども頭から振り払って皿をテーブルに運ぶ。
「頂きます」
慌てて俺も同じように呟き、フォークとナイフを取る。食事前に頂きますと言うのはいつもの樺島と変わらない。食べる姿も。そして甘ったるいはちみつたっぷりのこの味も。では何が、違う。
「あの、なんで丁寧語なんですか?」
「丁寧語? ……ああ、まだ少し混乱して」
急に晦い冬の海と冷たさが浮かぶ。そうして嫌な想像も。自殺をしようとしたあとなら、例えばあの海で溺れたら、寒さや酸欠とかで脳をやられてしまったりするんだろうか。
「先生、病院にいきましょう。今からでも」
「病院?」
「ええ。なんか変です。先生に何かあったら困りますから」
「変……」
樺島はそっと目を閉じる。そうして数秒経過する。
「……ごめん、ちょっとぼーっとしてただけだ」
「先生?」
「心配かけたかな、大丈夫だよ」
急に、目の前の樺島が記憶と一致する。話し方はいつもと同じ。けれども表情はまだ少しぎこちない。
「先生って病院嫌いな人でしたっけ?」
「……そうじゃないけど、大丈夫。多分ちょっと疲れてるだけ」
「そう……ですか」
疲れている。樺島はあの冷たい海にどのくらい浸かっていたのだろう。
「じゃあ今日は早く寝ましょう。明日の朝、どこか変だったら病院にいきましょう」
「わかった」
食べ終わった食器をシンクでさっと洗って食洗機にかけていると、樺島に背後から抱きしめられて硬直した。
「あの、先生?」
「樹」
なぜ、名前? そうして首筋に息がかかり、ぞわりとした感覚に肩が震えた。気持ち悪い。慌てて振り返れば額にキスをされ、酷く動揺する。
「先生、いったい何を?」
「え? あ……ごめん、なんだかまだ頭が働かないな。寝よっか」
その表情が上手く読み取れない。
そういえばこれまでこの人はやたら距離が近いと思うことはあった。でもキスをされたことなんてなかった。彫りが深い顔を眺めれば、そういえばこの人はクオーターなんだなと思い出す。生まれつきの大げさなスキンシップの一貫、なんだろうか。ふと眺めた時計の時刻は午前3時8分。寝ないと明日の仕事に差し支える。
「そうですね、もう遅いですし」
そう思って部屋に戻ろうと思った時、また呼び止められた。
「一緒に寝ないの?」
「え、一緒に、ですか?」
妙に読めない表情と先ほどの行動に異常を感じる。けれども何より、ふと、下手に断ればまた死のうとしないだろうかという思いがよぎる。別々の部屋で寝るよりは? そうして左手首が握られた。無意識に手を振りほどこうとしたけれど、今はあまり刺激したくない。
スキンシップが過剰じゃないか? でも樺島が珍しく酔っ払ったときはこんな感じだった気も、する。様子がおかしいのは自殺しようとしたからかもしれない。
「あの、何もしません?」
「何も? ……ああ。一緒に寝るだけ」
樺島はそう呟いて自室に入り、香のスティックに火をつけて振り返る。
「駄目?」
白檀の香りが広がる。部屋に入った後の行動はいつもどおりに見える。大きめのベッドに向かう樺島の姿を目で負う。一緒に、寝る? なんで?
ベッドのサイズ的には2人で寝ても問題ない広さだ。
「本当に変なことしません?」
「しないよ。樹と一緒にいたいだけ」
一緒に……。樺島は寂しがり屋といえば寂しがり屋なのだろう。だから俺たちは一緒に住むことにした。
一緒にいたがるのはわりにいつものことで、いつも一緒にテレビ見ようとか言われる。食事もなるべく、というか朝と夜は樺島が作るから、用事がない限り一緒に食べている。あまり干渉はしてほしくはないけれど、誰かと一緒にいたい。樺島はそんな矛盾を抱えた人だ。
恐る恐る隣に寝転がる。布団がかけられれば、樺島の匂いがした。つまりいつも部屋で焚いている香の残り香だろう。
「おやすみ、樹」
「……おやすみなさい」
一旦目を閉じれば体はぐったりと重い。よく考えれば大変な夜だった。海に飛び込んだりして。そんなことを思い浮かべれば、いつのまにか微睡みに落ちていた。
何故、余所余所しい。
丁度湧いたお湯をカップの1つに注ぎ、樺島の前に差し出す。その額にふれる。特に熱はなさそうだ。その様子をやはり、樺島はぼんやりと眺めていた。すぐに自殺をする様子も、なさそうだ。けど、それ以前の問題な気はする。何故だか酷く落ち着かない。目の前のその存在がとても不安定に思えた。
急いでシャワーを浴びてリビングに戻れば甘い香りがした。樺島がキッチンに立って、フレンチトーストを焼いている。
「あの?」
「ご飯を作っています」
「なんでフレンチトースト?」
「朝ご飯にフレンチトーストはおかしいでしょうか?」
朝?
鼻に漂う香りに、そういえば樺島がジンジャーティーを飲むのは大抵は朝だと思い出す。
「今は夜ですよ」
「そう……ですか。作ってしまいました」
「えっと、じゃあ食べましょう。俺も晩飯はまだなんで」
「そう。よかった」
やはり頭が混乱で占められる。何故、丁寧語? でもその微笑みは、先程よりいつもの樺島に近づいた。
皿を出せばその上に少し焦げ目のついた甘ったるいトーストが乗せられ、その脇にカットされたトマトが加わる。包丁を隠していなかったことを思い出し、けれども頭から振り払って皿をテーブルに運ぶ。
「頂きます」
慌てて俺も同じように呟き、フォークとナイフを取る。食事前に頂きますと言うのはいつもの樺島と変わらない。食べる姿も。そして甘ったるいはちみつたっぷりのこの味も。では何が、違う。
「あの、なんで丁寧語なんですか?」
「丁寧語? ……ああ、まだ少し混乱して」
急に晦い冬の海と冷たさが浮かぶ。そうして嫌な想像も。自殺をしようとしたあとなら、例えばあの海で溺れたら、寒さや酸欠とかで脳をやられてしまったりするんだろうか。
「先生、病院にいきましょう。今からでも」
「病院?」
「ええ。なんか変です。先生に何かあったら困りますから」
「変……」
樺島はそっと目を閉じる。そうして数秒経過する。
「……ごめん、ちょっとぼーっとしてただけだ」
「先生?」
「心配かけたかな、大丈夫だよ」
急に、目の前の樺島が記憶と一致する。話し方はいつもと同じ。けれども表情はまだ少しぎこちない。
「先生って病院嫌いな人でしたっけ?」
「……そうじゃないけど、大丈夫。多分ちょっと疲れてるだけ」
「そう……ですか」
疲れている。樺島はあの冷たい海にどのくらい浸かっていたのだろう。
「じゃあ今日は早く寝ましょう。明日の朝、どこか変だったら病院にいきましょう」
「わかった」
食べ終わった食器をシンクでさっと洗って食洗機にかけていると、樺島に背後から抱きしめられて硬直した。
「あの、先生?」
「樹」
なぜ、名前? そうして首筋に息がかかり、ぞわりとした感覚に肩が震えた。気持ち悪い。慌てて振り返れば額にキスをされ、酷く動揺する。
「先生、いったい何を?」
「え? あ……ごめん、なんだかまだ頭が働かないな。寝よっか」
その表情が上手く読み取れない。
そういえばこれまでこの人はやたら距離が近いと思うことはあった。でもキスをされたことなんてなかった。彫りが深い顔を眺めれば、そういえばこの人はクオーターなんだなと思い出す。生まれつきの大げさなスキンシップの一貫、なんだろうか。ふと眺めた時計の時刻は午前3時8分。寝ないと明日の仕事に差し支える。
「そうですね、もう遅いですし」
そう思って部屋に戻ろうと思った時、また呼び止められた。
「一緒に寝ないの?」
「え、一緒に、ですか?」
妙に読めない表情と先ほどの行動に異常を感じる。けれども何より、ふと、下手に断ればまた死のうとしないだろうかという思いがよぎる。別々の部屋で寝るよりは? そうして左手首が握られた。無意識に手を振りほどこうとしたけれど、今はあまり刺激したくない。
スキンシップが過剰じゃないか? でも樺島が珍しく酔っ払ったときはこんな感じだった気も、する。様子がおかしいのは自殺しようとしたからかもしれない。
「あの、何もしません?」
「何も? ……ああ。一緒に寝るだけ」
樺島はそう呟いて自室に入り、香のスティックに火をつけて振り返る。
「駄目?」
白檀の香りが広がる。部屋に入った後の行動はいつもどおりに見える。大きめのベッドに向かう樺島の姿を目で負う。一緒に、寝る? なんで?
ベッドのサイズ的には2人で寝ても問題ない広さだ。
「本当に変なことしません?」
「しないよ。樹と一緒にいたいだけ」
一緒に……。樺島は寂しがり屋といえば寂しがり屋なのだろう。だから俺たちは一緒に住むことにした。
一緒にいたがるのはわりにいつものことで、いつも一緒にテレビ見ようとか言われる。食事もなるべく、というか朝と夜は樺島が作るから、用事がない限り一緒に食べている。あまり干渉はしてほしくはないけれど、誰かと一緒にいたい。樺島はそんな矛盾を抱えた人だ。
恐る恐る隣に寝転がる。布団がかけられれば、樺島の匂いがした。つまりいつも部屋で焚いている香の残り香だろう。
「おやすみ、樹」
「……おやすみなさい」
一旦目を閉じれば体はぐったりと重い。よく考えれば大変な夜だった。海に飛び込んだりして。そんなことを思い浮かべれば、いつのまにか微睡みに落ちていた。
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