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第4章 芸術家変死事件
窓際のピクニック 信頼関係
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まじ頭痛い。そう思って起きあがると、旨そうな匂いが漂ってた。
なんだと思って見回すと、キッチンの方でハルが何か作ってた。
ハルまじ天使。いやでも悪魔。うーぅ、頭、痛い。
ハルならうちに住んでいい。むしろ住んでくれないかな。
「公理さん、置きた?」
「うん」
「昼飯にしようぜ。だからそのテーブル、窓際にうつして」
「頭痛いんだけど」
「いつものことだろ」
うん、まあ大体寝起きは二日酔いだ。
一緒に全面ガラスな窓際にローテーブルを運ぶ。
煌く春の光が緩やかに世界を照らしている。目の前の辻切の高層ビル街がキラキラとその光を反射して、その更に向こうには標高の高い籠屋山の緑が悠然と横たわっている。
これまであんまり昼に景色を眺めることってなかったな。いつも酔っ払ったまま家を出てた。思ったよりもいい景色。なんだかピクニック気分だ。自然とにこにこしてきちゃう感じ。そう思えば頭痛もちょっとずつ収まってくる。
目の前にはご馳走が並んでる。カラフルなお皿に妖精みたいなピンチョスがたくさん並ぶ。
メインはサワークリームの入った少し酸味のあるクリームスープ。痛んだ胃に優しい。それからスモークサーモンとクリームチーズ、パセリを和えたトマトマリネの2種類のブルスケッタ。それから炙ったベーコンとウズラの卵、黄パプリカと緑オリーブ、表面だけ炙った生マグロのキューブとアボカドのバルサミコがけ、椎茸のマリネの4種をそれぞれカラフルなピックでさしたピンチョス。どれもかわいくて美味しい。なにより、食べても気持ち悪くならない。
ハルは芸術はわからないとか言ってたけど、十分奇麗だよ。綺麗なら、それでいいんじゃないのかな。駄目なのかな。
フライドオニオンをトッピングしたグリーンサラダ。めっちゃカラフルだ。やっぱりパーティみたい。それがローテーブルの上のデニム地の紺のランチョンマットに並んでる。ちょっと楽しくなってくる。
うん。やっぱこれ外でもなかなか食べられない味とクオリティだぞ。専属シェフで雇いたい。でもハルは大人になったら俺より稼ぐんだろうな。すでにできる大人感あるもん。医学部なんだっけ? そうするとお医者さんかぁ。なんだか遠い人になりそうだ。
そう思ってハルを見たら、丁度窓からふわふわと絹みたい降りてくる光に当たって、なんか現実感がなかった。エルフっぽい。でも弓持ってガチで戦う方の。視線が鋭い。姿勢が正しい。思慮深そう。戦士長の風格。本当は170歳とかじゃないの? で、今はオレンジを剥いてる。
「それで今も扉割れてる?」
温かな日差しを受けるハル、の後ろの扉に目を移す。
ハルは呪いの家に直結した扉に挟まれている。春の陽を拒むような冷たく暗いその扉。その表面は冬に池の氷を踏み割ったみたいにチリヂリに割れていて、その上からまた新しい氷がはるように透明な何かが薄っすらと表面を満たしていた。前回と同じなら、この新しい表面がだんだん分厚くなって、その奥のひび割れを埋めていく。でも、その扉はやっぱり冬につながっている。
ここだけ冬だ。ハルは冬と春の間に挟まっている。戦士長から下賜されるオレンジを恭しく受け取る。
「見えないこともないけど、まだ結構ヒビは入ってるかな」
「覗くとしたら、時間を置いてからがいいかな」
「わかんない。けど割れたらまずいような気がする。見えなくなるだけとかならまだましだけど、割れて穴が開いて向こうと繋がりっぱなしはぞっとしない」
ピンチョスを摘むハル。顔色は悪くない。よく寝たからかな。体調は悪くなさそうだけど大丈夫かな。昨日急に倒れて扉も割れた。
「昨日は何があったの?」
「友達と目が合った」
「ん?」
「目が合って弾き飛ばされて気絶した。なんとなく最初に家に呪われた時みたいな衝撃があった」
「えっ? こっちが見えるの?」
「どのレベルで見えるかはわからない。けど、存在を認識はしてると思う」
柚……。俺は家と反対側を向いていたからな。
「公理さんは友達が好きなのか?」
「うーん、好きと言えば好きだけど、えっとその、恋愛とはちょっと違うかな」
柚のことはこの間ハルに話したくらいのことしか知らないや。
あとは夢のことかな。俺が夜中酒ばっか飲むのは理由が2つあってさ。1つ目は夜になると怖いお化けが増えるから。酔っ払うとなんだか気が大きくなって、大丈夫に鳴る。2つ目は俺はものすごく夢見が悪いから。怖くて寝られない。だから寝るときは酒が欠かせないんだ。夢を見ないように。それでも見ることはあるけど、酔って寝た時は覚えてないことが多い。
前に飲んでるとき、たまたま柚と夢の話をした。
柚は強い。
俺みたいに酒に逃げることはなくて、毎晩酷い夢を見ていると苦しそうに言っていた。柚の夢ははっきり覚えてないことも多いらしいけど、その内容は自分の夢とは違ってひどく具体的みたいだ。俺みたいにゾンビやら吸血鬼やらファンタジーなものに追い回されるわけじゃなくて、すごくリアルに普通の人が人を殺していたりするらしい。それはそれで嫌。だから同じ不眠仲間で少し気になって。
柚が好きと言えば好きだけど、方向性としては戦友とかそんな感じかな。恋愛とは少し違うみたいだ。距離感がちょうどいい。
距離感といえばハルも凄く居心地がいい。絶妙な距離感で、こっちに変に踏み込んでこない。この距離感はちょっと独特で、知り合い以上友達未満。とても都合がいい感じ。俺はこの都合の良さに甘えてる。
これまで本気でハルに関わろうとはしてなかった、気がする。ちょうどいい距離感で都合がいいときだけ付き合って。今もその距離感でいてくれる。俺がフラッといなくなって呪いの中を見れなくなっても、多分怒らずに諦めそうだ。それほど俺は、期待されていない。
でも俺は俺の手でハルを不幸にしてしまった。家に呪わせた。なのに卑怯にも、この期に及んでこの距離感に留まりたがっている。本当に卑怯で、無責任だ。駄目だ。
「昨日クラブに行ったらさ、俺の知り合いが2人行方不明になってた。しばらく前から見ないそうだけど、リクって人とナギって人。柚が殺したのかな」
「さあな。まだわからないだろ。たまたま連絡取れないところにいるだけかもしれないしな」
そうだな。
でも柚なんだろうな、多分。2人とも柚と仲が良かったから。あの2人は柚を狙ってた気がする。ナンパ目って奴かな? 多分家に招かれたら、ついていくだろう。
ハルが窓の外を眺める。正面にあるのはツインタワー。そこで柚が働いてる。
……俺は多分、ハルが1人でなんでもできると思い込みたがってる。俺の手伝いなんていらないと思い込もうとしてる。でも昨日見た寝顔は戦士長じゃなくてまだ子どもだった。本当に。
俺、大人なのに。
「扉の中を見れないとなるとどうしたものかな」
「無茶は駄目だよ。また直接見に行ったりは、しないよね?」
「呪いは見えるしヤバくなったら逃げるという手もある」
「ダメダメ、気が付いたら死んでたとか俺、後悔するからさ。絶対駄目。扉も夕方くらいまでは回復しそうにないし、ゆっくり寝たら?」
「それも捨てがたいけど」
ハルが凄いイイ笑顔で笑う。嫌な予感しかしない。
「じゃあ友達に会いに行こうか」
その笑顔でわかる。
ハルは俺をあまり当てにしていない。それはなんとなく、この距離感でわかってる。ハルは俺に踏み込まないし、俺もハルに踏み込まない。
ハルは全部自分で解決しようとしている。
この俺にとってとても都合のいい距離感のままで。ほっといたら解決してくれそうな大人の表情。イイ笑顔。でも本当は子どもが無理に無理を重ねてる、それだけ。それで今はその限界点だ。本当のハルは危うい。そして俺を信用していない。だから昨日、俺に何も言わずに見に行った。
ハルはそんな奴だ。本当は昔から気がついていた、気がする。
俺も俺にできる何かをしよう。せめて。
なんだと思って見回すと、キッチンの方でハルが何か作ってた。
ハルまじ天使。いやでも悪魔。うーぅ、頭、痛い。
ハルならうちに住んでいい。むしろ住んでくれないかな。
「公理さん、置きた?」
「うん」
「昼飯にしようぜ。だからそのテーブル、窓際にうつして」
「頭痛いんだけど」
「いつものことだろ」
うん、まあ大体寝起きは二日酔いだ。
一緒に全面ガラスな窓際にローテーブルを運ぶ。
煌く春の光が緩やかに世界を照らしている。目の前の辻切の高層ビル街がキラキラとその光を反射して、その更に向こうには標高の高い籠屋山の緑が悠然と横たわっている。
これまであんまり昼に景色を眺めることってなかったな。いつも酔っ払ったまま家を出てた。思ったよりもいい景色。なんだかピクニック気分だ。自然とにこにこしてきちゃう感じ。そう思えば頭痛もちょっとずつ収まってくる。
目の前にはご馳走が並んでる。カラフルなお皿に妖精みたいなピンチョスがたくさん並ぶ。
メインはサワークリームの入った少し酸味のあるクリームスープ。痛んだ胃に優しい。それからスモークサーモンとクリームチーズ、パセリを和えたトマトマリネの2種類のブルスケッタ。それから炙ったベーコンとウズラの卵、黄パプリカと緑オリーブ、表面だけ炙った生マグロのキューブとアボカドのバルサミコがけ、椎茸のマリネの4種をそれぞれカラフルなピックでさしたピンチョス。どれもかわいくて美味しい。なにより、食べても気持ち悪くならない。
ハルは芸術はわからないとか言ってたけど、十分奇麗だよ。綺麗なら、それでいいんじゃないのかな。駄目なのかな。
フライドオニオンをトッピングしたグリーンサラダ。めっちゃカラフルだ。やっぱりパーティみたい。それがローテーブルの上のデニム地の紺のランチョンマットに並んでる。ちょっと楽しくなってくる。
うん。やっぱこれ外でもなかなか食べられない味とクオリティだぞ。専属シェフで雇いたい。でもハルは大人になったら俺より稼ぐんだろうな。すでにできる大人感あるもん。医学部なんだっけ? そうするとお医者さんかぁ。なんだか遠い人になりそうだ。
そう思ってハルを見たら、丁度窓からふわふわと絹みたい降りてくる光に当たって、なんか現実感がなかった。エルフっぽい。でも弓持ってガチで戦う方の。視線が鋭い。姿勢が正しい。思慮深そう。戦士長の風格。本当は170歳とかじゃないの? で、今はオレンジを剥いてる。
「それで今も扉割れてる?」
温かな日差しを受けるハル、の後ろの扉に目を移す。
ハルは呪いの家に直結した扉に挟まれている。春の陽を拒むような冷たく暗いその扉。その表面は冬に池の氷を踏み割ったみたいにチリヂリに割れていて、その上からまた新しい氷がはるように透明な何かが薄っすらと表面を満たしていた。前回と同じなら、この新しい表面がだんだん分厚くなって、その奥のひび割れを埋めていく。でも、その扉はやっぱり冬につながっている。
ここだけ冬だ。ハルは冬と春の間に挟まっている。戦士長から下賜されるオレンジを恭しく受け取る。
「見えないこともないけど、まだ結構ヒビは入ってるかな」
「覗くとしたら、時間を置いてからがいいかな」
「わかんない。けど割れたらまずいような気がする。見えなくなるだけとかならまだましだけど、割れて穴が開いて向こうと繋がりっぱなしはぞっとしない」
ピンチョスを摘むハル。顔色は悪くない。よく寝たからかな。体調は悪くなさそうだけど大丈夫かな。昨日急に倒れて扉も割れた。
「昨日は何があったの?」
「友達と目が合った」
「ん?」
「目が合って弾き飛ばされて気絶した。なんとなく最初に家に呪われた時みたいな衝撃があった」
「えっ? こっちが見えるの?」
「どのレベルで見えるかはわからない。けど、存在を認識はしてると思う」
柚……。俺は家と反対側を向いていたからな。
「公理さんは友達が好きなのか?」
「うーん、好きと言えば好きだけど、えっとその、恋愛とはちょっと違うかな」
柚のことはこの間ハルに話したくらいのことしか知らないや。
あとは夢のことかな。俺が夜中酒ばっか飲むのは理由が2つあってさ。1つ目は夜になると怖いお化けが増えるから。酔っ払うとなんだか気が大きくなって、大丈夫に鳴る。2つ目は俺はものすごく夢見が悪いから。怖くて寝られない。だから寝るときは酒が欠かせないんだ。夢を見ないように。それでも見ることはあるけど、酔って寝た時は覚えてないことが多い。
前に飲んでるとき、たまたま柚と夢の話をした。
柚は強い。
俺みたいに酒に逃げることはなくて、毎晩酷い夢を見ていると苦しそうに言っていた。柚の夢ははっきり覚えてないことも多いらしいけど、その内容は自分の夢とは違ってひどく具体的みたいだ。俺みたいにゾンビやら吸血鬼やらファンタジーなものに追い回されるわけじゃなくて、すごくリアルに普通の人が人を殺していたりするらしい。それはそれで嫌。だから同じ不眠仲間で少し気になって。
柚が好きと言えば好きだけど、方向性としては戦友とかそんな感じかな。恋愛とは少し違うみたいだ。距離感がちょうどいい。
距離感といえばハルも凄く居心地がいい。絶妙な距離感で、こっちに変に踏み込んでこない。この距離感はちょっと独特で、知り合い以上友達未満。とても都合がいい感じ。俺はこの都合の良さに甘えてる。
これまで本気でハルに関わろうとはしてなかった、気がする。ちょうどいい距離感で都合がいいときだけ付き合って。今もその距離感でいてくれる。俺がフラッといなくなって呪いの中を見れなくなっても、多分怒らずに諦めそうだ。それほど俺は、期待されていない。
でも俺は俺の手でハルを不幸にしてしまった。家に呪わせた。なのに卑怯にも、この期に及んでこの距離感に留まりたがっている。本当に卑怯で、無責任だ。駄目だ。
「昨日クラブに行ったらさ、俺の知り合いが2人行方不明になってた。しばらく前から見ないそうだけど、リクって人とナギって人。柚が殺したのかな」
「さあな。まだわからないだろ。たまたま連絡取れないところにいるだけかもしれないしな」
そうだな。
でも柚なんだろうな、多分。2人とも柚と仲が良かったから。あの2人は柚を狙ってた気がする。ナンパ目って奴かな? 多分家に招かれたら、ついていくだろう。
ハルが窓の外を眺める。正面にあるのはツインタワー。そこで柚が働いてる。
……俺は多分、ハルが1人でなんでもできると思い込みたがってる。俺の手伝いなんていらないと思い込もうとしてる。でも昨日見た寝顔は戦士長じゃなくてまだ子どもだった。本当に。
俺、大人なのに。
「扉の中を見れないとなるとどうしたものかな」
「無茶は駄目だよ。また直接見に行ったりは、しないよね?」
「呪いは見えるしヤバくなったら逃げるという手もある」
「ダメダメ、気が付いたら死んでたとか俺、後悔するからさ。絶対駄目。扉も夕方くらいまでは回復しそうにないし、ゆっくり寝たら?」
「それも捨てがたいけど」
ハルが凄いイイ笑顔で笑う。嫌な予感しかしない。
「じゃあ友達に会いに行こうか」
その笑顔でわかる。
ハルは俺をあまり当てにしていない。それはなんとなく、この距離感でわかってる。ハルは俺に踏み込まないし、俺もハルに踏み込まない。
ハルは全部自分で解決しようとしている。
この俺にとってとても都合のいい距離感のままで。ほっといたら解決してくれそうな大人の表情。イイ笑顔。でも本当は子どもが無理に無理を重ねてる、それだけ。それで今はその限界点だ。本当のハルは危うい。そして俺を信用していない。だから昨日、俺に何も言わずに見に行った。
ハルはそんな奴だ。本当は昔から気がついていた、気がする。
俺も俺にできる何かをしよう。せめて。
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