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第3章 大量不審死事件
大量不審死事件 第二事件の全体像
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『北辻 大量 死体』 313件
検索窓に打ち込んだ結果がこれだ。思わずため息をつく。
多いな。まあ、センセーショナルだもんな。目的を絞ろう。
『北辻 大量 死体 身元』 125件
一番上に出てきた神津新報の記事を開く。
18名の不審死、神津市
1月18日午前10時40分。神津警察地域生活安全課が近隣住民から「生ゴミが放置されていると思う」との相談を受け、警察官2名が被通報者宅に臨場。インターフォンを押しても反応はなく、1階リビングに面した窓ガラスが割れているのを発見し、その窓の割れ目から強い異臭を確認した。呼び掛けたが返事がないため相談者の立ち会いのもと家に立ち入り、同宅2階から計18体の死体が発見された。新しい死体は死後3日程度、最も古い死体は死後4ヶ月程度と見られる。
その中で所持品等により身元が判明したものは9名、残り9名は未だ人物特定ができていない。
……うわぁ。
立ち会いの近隣の人はお気の毒だな。
部屋は2階、大勢がいるというなら公理さんの証言からも正面の部屋だ。とするとあのリビングの真上。……腐乱死体の下にあった部屋の真下だろ? ちょっと待て。この間天井からぼたぼた溢れてきたあれってまさか、十数人分の腐汁か? いやいや、それであれば天井まで満ちるわけがない。あまりの気持ち悪さに嘔吐感がせりあがる。
違う断じて違う、あれは呪いだ。その、おそらく死んだ人間たちから湧いた、呪いだ。……とりあえずそういうことにしておこう。胃がむかむかしてきた。まじでアレが口まで来る前に逃げ出せてよかった。
それはともかくとして、2階にあった大量の死体。
それがこの家の呪いの発生源であれば、つまり、貝田弘江は2回に上がった時に何らかの呪いが発動し、あの黒いものが溢れ出てすべてを飲み込んだ、のだとしたら辻褄が合う。貝田弘江が何らかのトリガーになったのだろう。
ひょっとしてこの大量不審死事件で立ち会った隣家の人間というのは貝田弘江だったりするのかな。そうであれば、家に住んで死体を見ていない橋屋家よりも隣家で死体、の片鱗を見たかもしれない貝田弘江のほうが呪われても不思議はないのだろうか。
『北辻 喜友名 宝』 0件
新聞では宝の記事は無しか。
法医学の講義を思い出す。少なくとも冬で死後3日ならば、死体に腐敗はそれほど現れない。直近の行動を探れば、被害者が何故この家に来たのか手がかりは残っているはずだ。それが宝探しだとすれば、情報規制がなされたのかもしれない。宝があるなどの報道がなされれば、今後も宝を目を当てに侵入する人間が集まれば困るからだ。
公理さんに悪いことしたな。数ヶ月前となると夏。夏の死体は10日ほどで腐乱し白骨化する。おそらく何人かは酷い状態だったのだろう。死者はその死が悲惨であるほど、その姿に囚われる、か。公理さんの言葉を思い出す。それが公理さんが見たものだ。
けれども公理さん視覚は必要だ。酒を飲んでいない公理さんはそれなりに繊細で、だから毎回一瞬で気絶されても困る。なるべく俺が夢で下調べを進めないといけないのか。夢で下調べ。その言葉に違和感を感じるが、そもそもの現状が荒唐無稽なのは間違いない。
夢で大量の死体を調べると考えると憂鬱になる。夢の中では五感はそれほど働かなさそうだから、まだましかもしれない。
うん? 腐乱死体?……何か違和感がある。
何だ。何かを見落としているような。
……思い浮かばないからとりあえず保留。
当時の雑誌も探そう。あった。手に取ったのは橋屋事件を調べたときに被害者6人の顔写真を掲載していた雑誌。今回も被害者の写真を掲載している。『スクープOK!』。OKなのかな、いや駄目だろ。
見開きのページには、イニシャル又は実名付きで8枚の顔写真が載っていた。どっから写真持ってきてるんだろう。この会社大丈夫か? 他人事ながら心配になる。
その中に1人、昨日最後に窓際で見たシルエットに似た女性がいた。最後の被害者のようだ。
小藤亜李沙。神津大学文学部3年生。先輩だが当然面識はない。テニス部。雑誌によれば交流関係の多い明るい人物。写真の中の小藤亜李沙は腰までの真っ直ぐ長い茶髪に黄色いポロシャツを身にまとい、朗らかに笑っていた。
館内に鐘の音がなり正午を知らせる。思ったより時間がかかった。天井の高い図書館を支える大きな窓ガラスからは、ちらちらと柔らかな光が降り注いでいる。
公理さんはそろそろ起きてるかな? 寝ているのを起こすのは忍びない。
……これから多大なストレスを与えることを考えると、質の良い休息が必要だ。
そう思いながらもLIMEにメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。
ハル:起きてる? 11:23
智樹:さっき起きた 調べもの中? 11:24
ハル:一応終わったところ。昼飯外で食う? それとも何か作ろうか? 11:24
智樹:出る。1日に1回くらいが外にでないとさ。駄目な大人になりそう。そっちいくよ 11:27
ハル:わかった。今図書館の前にいるからさ。近くにきたら連絡して 11:28
酒乱という時点で、本質的にすでに駄目な大人な気はする。
図書館の外、桜の街路樹の下にあるベンチに腰掛けた見上げた桜は2分咲きくらいだろうか?
俺の通う神津大学は山寄りにある。寮に咲く大きな桜は最も日が当たる位置で枝を伸ばしているから、高層ビルの陰に隠れるこのあたりの桜より芽吹くのが早いのだろう。そんな気がした。
そよそよと心地よい春の風が髪を揺らす。緊張ばかりしていても精神がもたない。イヤフォンを耳にかけ、スマホで音楽をランダムに流す。なるべく何も考えないように。そう思ってぼんやりと目の前を通り過ぎる人波を眺めるともなく眺めていて、突然両肩に手を置かれて顔を上げれば、公理さんが見下ろしていた。
少し顔色が悪い。公理さんの頭上に広がる明るいブルーの空と白い雲との対比で、余計そう感じたのかもしれないけれど。
「ハル、何食べたい?」
「軽いものがいいな」
「そうだね、じゃあとっておきのカフェに行こう」
図書館から5分ほど繁華街に向かって歩いたところにあるカフェ。
入口に設置された黒板には『quies conclave』と書かれている。
大きく開け放たれた木調の入り口はウッドパネルが張られ、店内に入ると右手にシックな色合いの長いカウンターが設えられ、客が並んでいる。所々にさりげなく設置されたラティスに絡まるポトス。自然を感じる都会的なカフェ。どことなく、公理さんに似合ってる。
「おすすめはパンケーキなんだけど、軽めだとサンドイッチのセットかな。ここのフルーツサンドはクリームをサワークリームにチェンジできるんだ」
「甘くないのがいい」
公理さんは生クリームが散らばるベリーにミントがトッピングされたスフレパンケーキ。俺は野菜多めのBLTサンド。ドレッシングが香り高い。ヴィネガーがオリジナルなんだろう。バルサミコ、オリーブオイル、はちみつ、マスタード、ライム、赤ワイン、あとはなんだ? 美味い。値段はランチにしてはやっぱ高い。
「あの人公理智樹じゃない?」
そんな声がそこかしこから聞こえるけれど、公理さんに動じる様子はなかった。美味そうにパンケーキを頬張る公理さんにカフェ内の視線が集まっている。そういえばカリスマ美容師らしいから慣れてるのかもしれない。
今日はシンプルに白黒ボーダーの細身のシャツに紺のシューカットのデニム。モデルでも全然通りそうだ。モテるんだろうな。このざわざわと注目された状況で腕相撲するのは嫌だ。おそらく、この店のチョイスはそれが狙いなんだろう。けれども俺も切羽詰まってるんだ。
食後にお湯を足してもらったミントティーのポットを公理さんのカップに傾ける。
「ゾンビ映画だった?」
検索窓に打ち込んだ結果がこれだ。思わずため息をつく。
多いな。まあ、センセーショナルだもんな。目的を絞ろう。
『北辻 大量 死体 身元』 125件
一番上に出てきた神津新報の記事を開く。
18名の不審死、神津市
1月18日午前10時40分。神津警察地域生活安全課が近隣住民から「生ゴミが放置されていると思う」との相談を受け、警察官2名が被通報者宅に臨場。インターフォンを押しても反応はなく、1階リビングに面した窓ガラスが割れているのを発見し、その窓の割れ目から強い異臭を確認した。呼び掛けたが返事がないため相談者の立ち会いのもと家に立ち入り、同宅2階から計18体の死体が発見された。新しい死体は死後3日程度、最も古い死体は死後4ヶ月程度と見られる。
その中で所持品等により身元が判明したものは9名、残り9名は未だ人物特定ができていない。
……うわぁ。
立ち会いの近隣の人はお気の毒だな。
部屋は2階、大勢がいるというなら公理さんの証言からも正面の部屋だ。とするとあのリビングの真上。……腐乱死体の下にあった部屋の真下だろ? ちょっと待て。この間天井からぼたぼた溢れてきたあれってまさか、十数人分の腐汁か? いやいや、それであれば天井まで満ちるわけがない。あまりの気持ち悪さに嘔吐感がせりあがる。
違う断じて違う、あれは呪いだ。その、おそらく死んだ人間たちから湧いた、呪いだ。……とりあえずそういうことにしておこう。胃がむかむかしてきた。まじでアレが口まで来る前に逃げ出せてよかった。
それはともかくとして、2階にあった大量の死体。
それがこの家の呪いの発生源であれば、つまり、貝田弘江は2回に上がった時に何らかの呪いが発動し、あの黒いものが溢れ出てすべてを飲み込んだ、のだとしたら辻褄が合う。貝田弘江が何らかのトリガーになったのだろう。
ひょっとしてこの大量不審死事件で立ち会った隣家の人間というのは貝田弘江だったりするのかな。そうであれば、家に住んで死体を見ていない橋屋家よりも隣家で死体、の片鱗を見たかもしれない貝田弘江のほうが呪われても不思議はないのだろうか。
『北辻 喜友名 宝』 0件
新聞では宝の記事は無しか。
法医学の講義を思い出す。少なくとも冬で死後3日ならば、死体に腐敗はそれほど現れない。直近の行動を探れば、被害者が何故この家に来たのか手がかりは残っているはずだ。それが宝探しだとすれば、情報規制がなされたのかもしれない。宝があるなどの報道がなされれば、今後も宝を目を当てに侵入する人間が集まれば困るからだ。
公理さんに悪いことしたな。数ヶ月前となると夏。夏の死体は10日ほどで腐乱し白骨化する。おそらく何人かは酷い状態だったのだろう。死者はその死が悲惨であるほど、その姿に囚われる、か。公理さんの言葉を思い出す。それが公理さんが見たものだ。
けれども公理さん視覚は必要だ。酒を飲んでいない公理さんはそれなりに繊細で、だから毎回一瞬で気絶されても困る。なるべく俺が夢で下調べを進めないといけないのか。夢で下調べ。その言葉に違和感を感じるが、そもそもの現状が荒唐無稽なのは間違いない。
夢で大量の死体を調べると考えると憂鬱になる。夢の中では五感はそれほど働かなさそうだから、まだましかもしれない。
うん? 腐乱死体?……何か違和感がある。
何だ。何かを見落としているような。
……思い浮かばないからとりあえず保留。
当時の雑誌も探そう。あった。手に取ったのは橋屋事件を調べたときに被害者6人の顔写真を掲載していた雑誌。今回も被害者の写真を掲載している。『スクープOK!』。OKなのかな、いや駄目だろ。
見開きのページには、イニシャル又は実名付きで8枚の顔写真が載っていた。どっから写真持ってきてるんだろう。この会社大丈夫か? 他人事ながら心配になる。
その中に1人、昨日最後に窓際で見たシルエットに似た女性がいた。最後の被害者のようだ。
小藤亜李沙。神津大学文学部3年生。先輩だが当然面識はない。テニス部。雑誌によれば交流関係の多い明るい人物。写真の中の小藤亜李沙は腰までの真っ直ぐ長い茶髪に黄色いポロシャツを身にまとい、朗らかに笑っていた。
館内に鐘の音がなり正午を知らせる。思ったより時間がかかった。天井の高い図書館を支える大きな窓ガラスからは、ちらちらと柔らかな光が降り注いでいる。
公理さんはそろそろ起きてるかな? 寝ているのを起こすのは忍びない。
……これから多大なストレスを与えることを考えると、質の良い休息が必要だ。
そう思いながらもLIMEにメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。
ハル:起きてる? 11:23
智樹:さっき起きた 調べもの中? 11:24
ハル:一応終わったところ。昼飯外で食う? それとも何か作ろうか? 11:24
智樹:出る。1日に1回くらいが外にでないとさ。駄目な大人になりそう。そっちいくよ 11:27
ハル:わかった。今図書館の前にいるからさ。近くにきたら連絡して 11:28
酒乱という時点で、本質的にすでに駄目な大人な気はする。
図書館の外、桜の街路樹の下にあるベンチに腰掛けた見上げた桜は2分咲きくらいだろうか?
俺の通う神津大学は山寄りにある。寮に咲く大きな桜は最も日が当たる位置で枝を伸ばしているから、高層ビルの陰に隠れるこのあたりの桜より芽吹くのが早いのだろう。そんな気がした。
そよそよと心地よい春の風が髪を揺らす。緊張ばかりしていても精神がもたない。イヤフォンを耳にかけ、スマホで音楽をランダムに流す。なるべく何も考えないように。そう思ってぼんやりと目の前を通り過ぎる人波を眺めるともなく眺めていて、突然両肩に手を置かれて顔を上げれば、公理さんが見下ろしていた。
少し顔色が悪い。公理さんの頭上に広がる明るいブルーの空と白い雲との対比で、余計そう感じたのかもしれないけれど。
「ハル、何食べたい?」
「軽いものがいいな」
「そうだね、じゃあとっておきのカフェに行こう」
図書館から5分ほど繁華街に向かって歩いたところにあるカフェ。
入口に設置された黒板には『quies conclave』と書かれている。
大きく開け放たれた木調の入り口はウッドパネルが張られ、店内に入ると右手にシックな色合いの長いカウンターが設えられ、客が並んでいる。所々にさりげなく設置されたラティスに絡まるポトス。自然を感じる都会的なカフェ。どことなく、公理さんに似合ってる。
「おすすめはパンケーキなんだけど、軽めだとサンドイッチのセットかな。ここのフルーツサンドはクリームをサワークリームにチェンジできるんだ」
「甘くないのがいい」
公理さんは生クリームが散らばるベリーにミントがトッピングされたスフレパンケーキ。俺は野菜多めのBLTサンド。ドレッシングが香り高い。ヴィネガーがオリジナルなんだろう。バルサミコ、オリーブオイル、はちみつ、マスタード、ライム、赤ワイン、あとはなんだ? 美味い。値段はランチにしてはやっぱ高い。
「あの人公理智樹じゃない?」
そんな声がそこかしこから聞こえるけれど、公理さんに動じる様子はなかった。美味そうにパンケーキを頬張る公理さんにカフェ内の視線が集まっている。そういえばカリスマ美容師らしいから慣れてるのかもしれない。
今日はシンプルに白黒ボーダーの細身のシャツに紺のシューカットのデニム。モデルでも全然通りそうだ。モテるんだろうな。このざわざわと注目された状況で腕相撲するのは嫌だ。おそらく、この店のチョイスはそれが狙いなんだろう。けれども俺も切羽詰まってるんだ。
食後にお湯を足してもらったミントティーのポットを公理さんのカップに傾ける。
「ゾンビ映画だった?」
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