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第2章 橋屋家撲殺事件
橋屋家の女の子 2 隣家の主婦の供述
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おかしい、絶対におかしいわ。
女の子はいるんだもの。
橋屋さんのお宅に回覧板を持って伺ったとき、確かに奥の階段のほうから女の子の声を聞いたわ。誰かと何か話しているみたいだった。
……毎晩聞こえてくる声はその子の声に思える。それに最近は人の声が増えている。あの家で毎晩大勢集まって騒いでいる。そうとしか考えられない。
毎晩毎晩、ひどい声でおかしくなってしまいそう。主人はどうして気にしないのかしら。私の耳がおかしいのかしら?
いいえ確かに聞こえている。今もまるで悲鳴のような声が。
もう嫌。どうしてこんな人達が隣に引っ越してきたのかしら。
「もうやめてくれ。橋屋さんのお宅に女の子はいない」
「どうしてそんなことを言うの?」
食後のお茶を入れる。2人きりの小さなリビング。私たちは2人きりの夫婦で、食後にお茶を飲みながら話をするのが日課だった。
私達には子供がいない。何故産まれないんだと主人の両親に散々責められて、神社に百度参りをしたり病院に通ったりいろいろやったけどだめだった。主人の両親は私を責める口を閉ざす事はなく、だから主人は私を守るために両親との縁を切ってくれた。それが30年ほど前のこと。
それからはずっとここで2人、穏やかに暮らしている。真面目な主人はいつも静かに隣にいてくれて、喧嘩をした事もほとんどなかった。でも。あの家族が引っ越してきてからは変わってしまった。そういえばあの家に前に住んでいた人の時から夜に悲鳴が聞こえることがあった。
けれども誰も住まなくなって静かになったと思っていたのに。
あの家に無断で入り込んだ人の死体が見つかって大騒ぎになったこともあった。あの家は……そう、呪われているのかもしれないわ。
けれどもこれまで特に揉めたこともなかったから、あそこに住む人とは仲良くやってきた気がする。
爽やかなお茶の香り。温かな湯気が立つ。やっと少しだけ心が落ち着く。
主人は湯飲みを口から離して、ほぅ、と一息をついて優しく笑いかける。
「今度休みを取るから一緒に温泉にでも行こうか」
温泉、いいわね。
……でも、私の家はここなのよ。旅行から帰ってきたらまたこの毎日が続く。それは嫌。
「それもいいわね、でも……」
「いいかげんにしてくれ!」
主人は勢いよく湯飲みを机に叩きつけた。緑の液体が波紋をたてる。
そんなことをするのも主人が声を荒げるのも珍しく、思わず顔を上げて目を見た。そしてハッとした。この目……この目は主人が両親と絶縁した時に両親に向けた、もう話し合えないと言う決意の目?
そのことに、愕然とする。
主人は私の顔を見て、ふっと悲しい顔をする。
「この話はもうやめようと、俺は何度もお前に言った、よな」
「けれども」
何故? そんな、あなた……。
「もう。やめてくれ」
「はい……」
その全てを拒絶するような主人の目に、思わずうなずいた。
そうすると、先程までの目は一瞬で消え、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
けれども。再び口から出ようとした言葉をなんとか飲み込む。
「気のせいだよ、一度ゆっくりしよう?」
けれどもその確認するような呟きをもたらしたその目は、じっと私を観察していることに気がついた。もう一度繰り返せば、全てが終わりそうなそんな目。私はその目の衝撃に、思わず湯飲みを取り落としてしまって、緑が机に広がった。
「布巾をとってくるわ」
ぎこちなくそう言って台所に急いで足を止める。布巾を握りしめたものの、どんな顔をしてリビングに戻っていいかわからない。しばらく迷ってリビングを振り向くと、主人はもういなかった。
そんな……。
主人との間にこれまで感じなかった距離感ができてしまった気がする。どうしよう。
……これは、あの家のせいだ。あの家の。
いいえ、気のせいなんかじゃない。あの家には女の子がいる。今も大勢が叫んでいる。あなたにそんな顔をさせたのも全てあの家のせい。でも、確かに、私は女の子が外に出てきたのを見たことはない。だから主人も信じてくれないんだろう。
大好きなあなた、私は必ずその女の子を見つけるわ。そうしたらきっと、信じてくれるわよね?
女の子はいるんだもの。
橋屋さんのお宅に回覧板を持って伺ったとき、確かに奥の階段のほうから女の子の声を聞いたわ。誰かと何か話しているみたいだった。
……毎晩聞こえてくる声はその子の声に思える。それに最近は人の声が増えている。あの家で毎晩大勢集まって騒いでいる。そうとしか考えられない。
毎晩毎晩、ひどい声でおかしくなってしまいそう。主人はどうして気にしないのかしら。私の耳がおかしいのかしら?
いいえ確かに聞こえている。今もまるで悲鳴のような声が。
もう嫌。どうしてこんな人達が隣に引っ越してきたのかしら。
「もうやめてくれ。橋屋さんのお宅に女の子はいない」
「どうしてそんなことを言うの?」
食後のお茶を入れる。2人きりの小さなリビング。私たちは2人きりの夫婦で、食後にお茶を飲みながら話をするのが日課だった。
私達には子供がいない。何故産まれないんだと主人の両親に散々責められて、神社に百度参りをしたり病院に通ったりいろいろやったけどだめだった。主人の両親は私を責める口を閉ざす事はなく、だから主人は私を守るために両親との縁を切ってくれた。それが30年ほど前のこと。
それからはずっとここで2人、穏やかに暮らしている。真面目な主人はいつも静かに隣にいてくれて、喧嘩をした事もほとんどなかった。でも。あの家族が引っ越してきてからは変わってしまった。そういえばあの家に前に住んでいた人の時から夜に悲鳴が聞こえることがあった。
けれども誰も住まなくなって静かになったと思っていたのに。
あの家に無断で入り込んだ人の死体が見つかって大騒ぎになったこともあった。あの家は……そう、呪われているのかもしれないわ。
けれどもこれまで特に揉めたこともなかったから、あそこに住む人とは仲良くやってきた気がする。
爽やかなお茶の香り。温かな湯気が立つ。やっと少しだけ心が落ち着く。
主人は湯飲みを口から離して、ほぅ、と一息をついて優しく笑いかける。
「今度休みを取るから一緒に温泉にでも行こうか」
温泉、いいわね。
……でも、私の家はここなのよ。旅行から帰ってきたらまたこの毎日が続く。それは嫌。
「それもいいわね、でも……」
「いいかげんにしてくれ!」
主人は勢いよく湯飲みを机に叩きつけた。緑の液体が波紋をたてる。
そんなことをするのも主人が声を荒げるのも珍しく、思わず顔を上げて目を見た。そしてハッとした。この目……この目は主人が両親と絶縁した時に両親に向けた、もう話し合えないと言う決意の目?
そのことに、愕然とする。
主人は私の顔を見て、ふっと悲しい顔をする。
「この話はもうやめようと、俺は何度もお前に言った、よな」
「けれども」
何故? そんな、あなた……。
「もう。やめてくれ」
「はい……」
その全てを拒絶するような主人の目に、思わずうなずいた。
そうすると、先程までの目は一瞬で消え、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
けれども。再び口から出ようとした言葉をなんとか飲み込む。
「気のせいだよ、一度ゆっくりしよう?」
けれどもその確認するような呟きをもたらしたその目は、じっと私を観察していることに気がついた。もう一度繰り返せば、全てが終わりそうなそんな目。私はその目の衝撃に、思わず湯飲みを取り落としてしまって、緑が机に広がった。
「布巾をとってくるわ」
ぎこちなくそう言って台所に急いで足を止める。布巾を握りしめたものの、どんな顔をしてリビングに戻っていいかわからない。しばらく迷ってリビングを振り向くと、主人はもういなかった。
そんな……。
主人との間にこれまで感じなかった距離感ができてしまった気がする。どうしよう。
……これは、あの家のせいだ。あの家の。
いいえ、気のせいなんかじゃない。あの家には女の子がいる。今も大勢が叫んでいる。あなたにそんな顔をさせたのも全てあの家のせい。でも、確かに、私は女の子が外に出てきたのを見たことはない。だから主人も信じてくれないんだろう。
大好きなあなた、私は必ずその女の子を見つけるわ。そうしたらきっと、信じてくれるわよね?
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