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2.デュラはんと機械の国の狂乱のお姫様
赤と黄色と緑の世界
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「母上! 何故こちらに。これ以上ここに留まられればお体が保ちません」
「大丈夫ですよリシャール。先程より魔力が薄まっているでしょう?」
「それはそうですが……一体何が?」
「イレヌルタ様とデュラはん様にご協力頂きました。アストルム山を取り巻くアブソルトの魔力回路を壊しています」
「何のためにです?」
「この聖域に溜め込まれた魔力を少しでも減らして『初期化』時に安全になるようにです」
[調査:アブソルト回路>破損]
[調査:ラルフュールたんの家>魔力]
僕は急いでアブソルトの回路状況と聖域の魔力量を調べた。確かにアブソルトの魔力回路の中でも地表に極めて近い場所で魔力回路の破損が生じている。そしてこの破壊の移動速度は空を飛んだとでもいわれなければ信じられない速さと距離。
今もまた一つ魔力回路が破損して、そしてリアルタイムだからこそ、その部分からこの聖域に溜まりきっていた魔力が流れ出してアストルム山の外に排出されるのが確認できた。そしてこれまで破損した箇所からも継続的に魔力が放出されていた。
「な、なんで?」
「マルセスとデュラはん殿が仰るには水を入れた皮袋に穴をあけると水が流れ出るようなものということでしたが本当にこのようになるとは……」
ーあの、魔力は水ではないのですが……。
水? 袋?
ここは聖域で、聖域が袋? 魔力が水?
袋????
何でそんな発想がわくのかさっぱりわからないんですけど!?
けれども魔力が減れば噴火の危険は低くなる。おそらく封印が解けてもたくさんの破損箇所からも魔力が漏れるようになると思う多分。多分?
でもこれで安全になった? それでも魔力は未だに僕の周りに堆積して溢れかえっている。
結局のところ問題点は変わっていなくて、僕が『初期化』をするだけだ。『再インストール』に必要な現在のアブソルトの術式情報は先程僕がすでに『コンパイル』してラルフュール様にお渡ししたから『初期化』の術式を唱えるだけ。
けれども2人に聖域から出ていただかないと僕は術式を唱えられない。
「あの、今はここの魔力は減っていますが、王都カレルギアの破損自体は修復しなければなりません、よね」
「そんなことはわかっておる」
「だから、お2人ともここを出てください」
「断る」
どうしよう。
魔力の圧力は低まったとは言え、ここで言い争っているだけでリシャールさんが魔力体になる危険性は依然消えてはいない。でも出ていってくれそうな気配はない。
それから気になることがある。今アブソルトの魔力回路の破損は11箇所。多分このアブソルト山の外周に沿って破損させているとしたらあと半分弱じゃないだろうか。
これがデュラはんが『スピリッツ・アイ』を使用して破損しているのだとするとデュラはんは大丈夫かな。デュラはんは『スピリッツ・アイ』を使うと魔石になってしまう。
それと最初の方は同じくらいの大きさの破損だったのに直近の3つくらいの大きさはバラバラだ。1回使っただけでもあんなに苦しそうだったのに10回も『スピリッツ・アイ』を使うなんて大丈夫だろうか。
心配だ。すでに制御が効かなくなってたりするのかもしれない。全部魔石になってしまうと死んじゃう、よね。だから早く封印を解かないといけないのに。
「リシャール、ボニ様。このままではただ時間がすぎゆくだけです。そこで1つご提案があります」
「母様?」
「ボニ様、私は先程体の方に戻ってみたのですが、やはり元の体に戻れませんでした」
「そう、ですか……」
この聖域のような高魔力の場所に長時間いれば、魂の器が壊れて魔力に侵食されて、魔力体になってしまう。
皇后様は僕が帝都カレルギアで接続した時から聖域にこもられていたはずだ。あの高濃度の魔力の中で6時間以上はおられただろう。それにおそらく神子としての長年の積み重ねも考えると。
僕のせいで……。僕は何てことを。
「ボニ様、そこでご提案なのですが私に術式をお伝え下さい。私は消滅してもかまいませんので」
「何をおっしゃるのです!? それに私は誰にも術式を教えるつもりはありません!」
「ボニ様、私はもう体には戻れません。ですからここで聞いたことを話すことはできません。話そうと思っても誰にも。それにアブシウムの制約も体ではなく魂で存在するこの場では効力を有しません」
「確かにそれは、そうなのでしょうが……」
皇后様は既にほぼ魔力体になられているのだろう。神殿で見た時ですらすでに体から魔力が漏れている状態だった。だから本当にもう、体には戻れない、んだと思う。体がないと動くことも話すこともできない。後悔で目の前が暗くなる。
体に戻れないのなら、外の世界にいてもいずれ魔力体が体から流出してしまって空気中に拡散されてしまう。人間は精霊のように魔力の姿では存在できないんだ、特に精霊ですら存在できないこの領域では。
けれども……。
「ボニ様、私の体から魔力がどんどんと抜けていき、私がこのまま消滅してしまったら術式の秘密は守られます」
「しかし」
「ボニ様しっかりなさいませ。ボニ様がいなくなられては、村で待っておられるというたくさんのお友達やデュラはん様が悲しんでしまいます。それにこれはこの領域の神子としての私たちの役目です。考えてもみてくださいませ。今回の破損がなければ、そしてボニ様がこちらにいらっしゃらなければ、アブソルトの封印はこのまま放置されることになります。そうなればラルフュール様は200年後におられなかったかもしれません」
「そうだぞ、ボニ。お前はまるで自分のせいみたいにグチグチ述べておるが、結局これはこの領域の問題なのだ。だから我々が解決すべき問題にすぎない。我らとて領外の者に任せておいて『何があったかわかりません』では困るのだ」
この領域の問題?
僕は。でも。
「デュラの言う通りだ。お主は本当に頭が硬いな。そもそもだな。お前、デュラをどうするつもりなんだ」
「デュラはん?」
「あんな魔物の首だけで領境を超えられるわけがなかろう。当然ながら私の部隊の者も故郷には連れていけぬぞ? 他領の王族や軍部が魔物を他領に持ち込めば戦争ものだ。畢竟デュラは故郷に帰れぬ、それでよいのか?」
「それは……」
「それにな、うーん、言うとデュラが怒るようにも思うが、お主が危険と知った時のデュラの取り乱し用はなかなかだったぞ。戻らねばこの山の神殿に戻ってでもお主を探す勢いだった。今も無理をしておるのではないか?」
デュラはん……。
教都コラプティオにも僕を助けに単身乗り込んできてくれて、それで体を失って。それで今度も僕のためにまた危険を……侵しそうな気がする。
それはダメ、絶対ダメ。そもそも僕はここにデュラはんの体を作りに来たんだから!
僕がなんとかしないといけないのに!
「お主がここで死んでも意味はないのだ。母上は引かぬ。だからただ時間が過ぎてみなが魔力体になるだけの無駄死にだ。早く戻れ。お主が戻ればマルセスがすぐにデュラに連絡を取るだろう」
そのリシャールさんの声の直後、また新しくアブソルトの回路の破損が発生した。けれどもそれは今までのものよりだいぶん弱い。デュラはん!
「……わかりました。リシャールさんは先に出てください」
「おい、ボニ」
「皇后様にだけお伝えして、その後戻ります」
「本当だな? 帰らねばまた来るぞ?」
僕が頷くとリシャールさんは聖域を出られた。これでデュラはんに連絡をしてくれて、おそらくこれ以上デュラはんが傷つくことはなくて。
「皇后様、あの」
「それ以上言ったらそろそろ怒りますよ? デュラはん様の気持ちを考えたことはあるのですか。残されたものの気持ちを」
「残されたもの」
「私は親子なのに長年リシャールには会えませんでした。それはとてもつらいことなのです。一緒にいたくて、一緒にいられるならいるべきなのです」
「一緒に……」
「私はデュラはん様を私と同じ気持ちにさせたくはないのです。大切なお友達なのでしょう? だからこそあなたは進むべきなのです。どうか約束してください。あなたのお友達と一緒にこれからを歩むと」
デュラはん。いつも僕を助けてくれた。
悲しむ? 悲しむかも。
僕もデュラはんがいなくなったら悲しい。
だから……進む。
デュラはんと一緒に。
僕は一緒に村に帰る。デュラはんと。
「……術式ですが、最初に[初期化]のコマンドを宣言します。そうすると『本当に初期化しますか。初期化によって全ての設定がリセットされます』という確認があるそうです」
「慎重なのですね」
「この初期化によって機甲を含めた術式が全て失われますので。そこで『はい』と答えるとパスワードを入力してくださいと問われます」
「はい」
「パスワードは『バロスダブリューダブリュー』です」
「何か意味があるのでしょうか」
「それはわかりませんが……そのあとの『再インストール』はラルフュール様にお願いしてあります」
「わかりました。バロスwwですね。ではもうお戻り下さい。デュラはん様がお待ちですよ」
そう言って皇后様は少し笑ったような、気がした。
ごめんなさい。僕がいなければ皇后様が今亡くなられることはなかった。
心の中だけでそう謝って、僕は聖域外に戻る。
その途端、体がふわりと浮き上がってくらくらと気持ちが悪くなった。今まで体中を締め付けるような魔力の中にいたから、急に血行が良くなったみたい。開放感で酔いそう。ふらふらと目を開けると心配そうなリシャールさんとその隣に頭のひしゃげた粘土人形が見えた。うん?
いやそれどころじゃない。急いで起き上がろうとするとまたクラクラして、なんとかマルセスさんの肩を借りて体を起こす。同時にこれまで感じたことのない揺れを感じ、不思議な細長い部屋の机の上に置かれたさまざまな器具がガタガタと崩れ落ちてマルセスさんが悲痛な声を上げる。
「ああっ貴重な機材がっ」
「それよりデュラはんは!?」
「すでに連絡はした。まもなく帝都に戻ってくるだろう」
「迎えに行かなくちゃ。僕は友だちなんだから」
「あ、おい」
グラグラと振動を続ける部屋の壁をなんとか伝って進むと隣の部屋の惨状はさらにひどく、床にたくさんのよくわからないものが散らばって、それに埋もれて機甲を纏った皇后様がお眠りになられていた。おそらくもう目覚めることはないのだろう。
心がズキリと痛むけど、ぼくは先に進まなきゃ。皇后様に約束したんだから。
「私も共に行こう。城から門へは少しある。先程のことは頼んだぞ、マルセス」
「了解しました。何とかしてみせますとも!」
「ここはお城なのですか?」
「そうだ。城内のアブソルトの秘密の部屋だ」
奇妙な部屋を抜けて城を出ると、街中は阿鼻叫喚だった。機甲が使えなくなった、こんな時にどうしたらいいんだ、そんな叫び声。でも大丈夫、それはもうすぐ元に戻るはず。そんな喧騒を聞き流しながら門を潜り抜ける。丁度、真っ黒で巨大な龍が嵐と轟音を伴って降り立ち、竜巻のようにバリバリと砂と赤土が舞う。そしてその背からするりと小柄な人影が降り立った。
「コレド! 大丈夫か!?」
「僕は平気ですがデュラはんが魔力切れです。ポーションを取ってくるのであとお願いします」
「デュラはん!?」
駆け寄って慌てて受け取ったカゴを覗くと真っ青な顔をしたデュラはんが入っていた。
魔力切れ!? 魔石化は!?
「デュラはん!? 大丈夫!?」
「あるぇ? ボニたんがおるぅ。んん、でもあと何個かあるんよ」
「もう封印は解けたよ。デュラはんのおかげで噴火もしなかった。だからしっかりして?」
「ううん? 解けたん? ほんま? 本物のボニたん?」
「うん、本物だよ」
「よかったぁ。なんかもう駄目やってん。力全然入らへん」
「デュラはん!?」
「お腹空いてお腹空いてほんまに……」
お腹空いて?
お腹空いたの?
それだけ?
うんと小さくデュラはんは頷いた。
なんだかその言葉にほっとして、すっかり安心したら妙におかしくて、喉の奥から笑いが込み上げてきた。見るとデュラはんも目をしぱしぱさせながらふふと微笑んだ。
その後くてっと気を失ったデュラはんにものすごく動転したけど、コレドが走って戻ってきた手に握られた魔力ポーションを3本くらい無理やり飲ませたら、ぱちっと目を覚ました。
「えっなんで?」
「どうしたの?」
「さっきまでめっちゃお腹空いとったん治ってもうた。抹茶パフェは?」
「抹茶パフェ?」
「今やったら食べれる思たのにもう」
「よかった元気になって! ほんとに!」
「えぇ、でも抹茶パフェ……」
そう思っているうちに地面の振動が少しずつ小さくなっていく。たぶん封印が解けて、魔女様が魔力回路を制御され始めているんだと思う。
ふわりと妙な、何かが満ちていくような不思議な感覚がした。これが、魔力?
なんだかすっかり元気になってがっかりしているデュラはんと一緒にアストルム山を見上げると、そびえ立つ赤と黄色の大地がいつもより黒く湿っていて、ほんの少しだけどその2色の色合いの隙間にわずかな黄緑色が生えているのが見えた。
「大丈夫ですよリシャール。先程より魔力が薄まっているでしょう?」
「それはそうですが……一体何が?」
「イレヌルタ様とデュラはん様にご協力頂きました。アストルム山を取り巻くアブソルトの魔力回路を壊しています」
「何のためにです?」
「この聖域に溜め込まれた魔力を少しでも減らして『初期化』時に安全になるようにです」
[調査:アブソルト回路>破損]
[調査:ラルフュールたんの家>魔力]
僕は急いでアブソルトの回路状況と聖域の魔力量を調べた。確かにアブソルトの魔力回路の中でも地表に極めて近い場所で魔力回路の破損が生じている。そしてこの破壊の移動速度は空を飛んだとでもいわれなければ信じられない速さと距離。
今もまた一つ魔力回路が破損して、そしてリアルタイムだからこそ、その部分からこの聖域に溜まりきっていた魔力が流れ出してアストルム山の外に排出されるのが確認できた。そしてこれまで破損した箇所からも継続的に魔力が放出されていた。
「な、なんで?」
「マルセスとデュラはん殿が仰るには水を入れた皮袋に穴をあけると水が流れ出るようなものということでしたが本当にこのようになるとは……」
ーあの、魔力は水ではないのですが……。
水? 袋?
ここは聖域で、聖域が袋? 魔力が水?
袋????
何でそんな発想がわくのかさっぱりわからないんですけど!?
けれども魔力が減れば噴火の危険は低くなる。おそらく封印が解けてもたくさんの破損箇所からも魔力が漏れるようになると思う多分。多分?
でもこれで安全になった? それでも魔力は未だに僕の周りに堆積して溢れかえっている。
結局のところ問題点は変わっていなくて、僕が『初期化』をするだけだ。『再インストール』に必要な現在のアブソルトの術式情報は先程僕がすでに『コンパイル』してラルフュール様にお渡ししたから『初期化』の術式を唱えるだけ。
けれども2人に聖域から出ていただかないと僕は術式を唱えられない。
「あの、今はここの魔力は減っていますが、王都カレルギアの破損自体は修復しなければなりません、よね」
「そんなことはわかっておる」
「だから、お2人ともここを出てください」
「断る」
どうしよう。
魔力の圧力は低まったとは言え、ここで言い争っているだけでリシャールさんが魔力体になる危険性は依然消えてはいない。でも出ていってくれそうな気配はない。
それから気になることがある。今アブソルトの魔力回路の破損は11箇所。多分このアブソルト山の外周に沿って破損させているとしたらあと半分弱じゃないだろうか。
これがデュラはんが『スピリッツ・アイ』を使用して破損しているのだとするとデュラはんは大丈夫かな。デュラはんは『スピリッツ・アイ』を使うと魔石になってしまう。
それと最初の方は同じくらいの大きさの破損だったのに直近の3つくらいの大きさはバラバラだ。1回使っただけでもあんなに苦しそうだったのに10回も『スピリッツ・アイ』を使うなんて大丈夫だろうか。
心配だ。すでに制御が効かなくなってたりするのかもしれない。全部魔石になってしまうと死んじゃう、よね。だから早く封印を解かないといけないのに。
「リシャール、ボニ様。このままではただ時間がすぎゆくだけです。そこで1つご提案があります」
「母様?」
「ボニ様、私は先程体の方に戻ってみたのですが、やはり元の体に戻れませんでした」
「そう、ですか……」
この聖域のような高魔力の場所に長時間いれば、魂の器が壊れて魔力に侵食されて、魔力体になってしまう。
皇后様は僕が帝都カレルギアで接続した時から聖域にこもられていたはずだ。あの高濃度の魔力の中で6時間以上はおられただろう。それにおそらく神子としての長年の積み重ねも考えると。
僕のせいで……。僕は何てことを。
「ボニ様、そこでご提案なのですが私に術式をお伝え下さい。私は消滅してもかまいませんので」
「何をおっしゃるのです!? それに私は誰にも術式を教えるつもりはありません!」
「ボニ様、私はもう体には戻れません。ですからここで聞いたことを話すことはできません。話そうと思っても誰にも。それにアブシウムの制約も体ではなく魂で存在するこの場では効力を有しません」
「確かにそれは、そうなのでしょうが……」
皇后様は既にほぼ魔力体になられているのだろう。神殿で見た時ですらすでに体から魔力が漏れている状態だった。だから本当にもう、体には戻れない、んだと思う。体がないと動くことも話すこともできない。後悔で目の前が暗くなる。
体に戻れないのなら、外の世界にいてもいずれ魔力体が体から流出してしまって空気中に拡散されてしまう。人間は精霊のように魔力の姿では存在できないんだ、特に精霊ですら存在できないこの領域では。
けれども……。
「ボニ様、私の体から魔力がどんどんと抜けていき、私がこのまま消滅してしまったら術式の秘密は守られます」
「しかし」
「ボニ様しっかりなさいませ。ボニ様がいなくなられては、村で待っておられるというたくさんのお友達やデュラはん様が悲しんでしまいます。それにこれはこの領域の神子としての私たちの役目です。考えてもみてくださいませ。今回の破損がなければ、そしてボニ様がこちらにいらっしゃらなければ、アブソルトの封印はこのまま放置されることになります。そうなればラルフュール様は200年後におられなかったかもしれません」
「そうだぞ、ボニ。お前はまるで自分のせいみたいにグチグチ述べておるが、結局これはこの領域の問題なのだ。だから我々が解決すべき問題にすぎない。我らとて領外の者に任せておいて『何があったかわかりません』では困るのだ」
この領域の問題?
僕は。でも。
「デュラの言う通りだ。お主は本当に頭が硬いな。そもそもだな。お前、デュラをどうするつもりなんだ」
「デュラはん?」
「あんな魔物の首だけで領境を超えられるわけがなかろう。当然ながら私の部隊の者も故郷には連れていけぬぞ? 他領の王族や軍部が魔物を他領に持ち込めば戦争ものだ。畢竟デュラは故郷に帰れぬ、それでよいのか?」
「それは……」
「それにな、うーん、言うとデュラが怒るようにも思うが、お主が危険と知った時のデュラの取り乱し用はなかなかだったぞ。戻らねばこの山の神殿に戻ってでもお主を探す勢いだった。今も無理をしておるのではないか?」
デュラはん……。
教都コラプティオにも僕を助けに単身乗り込んできてくれて、それで体を失って。それで今度も僕のためにまた危険を……侵しそうな気がする。
それはダメ、絶対ダメ。そもそも僕はここにデュラはんの体を作りに来たんだから!
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「お主がここで死んでも意味はないのだ。母上は引かぬ。だからただ時間が過ぎてみなが魔力体になるだけの無駄死にだ。早く戻れ。お主が戻ればマルセスがすぐにデュラに連絡を取るだろう」
そのリシャールさんの声の直後、また新しくアブソルトの回路の破損が発生した。けれどもそれは今までのものよりだいぶん弱い。デュラはん!
「……わかりました。リシャールさんは先に出てください」
「おい、ボニ」
「皇后様にだけお伝えして、その後戻ります」
「本当だな? 帰らねばまた来るぞ?」
僕が頷くとリシャールさんは聖域を出られた。これでデュラはんに連絡をしてくれて、おそらくこれ以上デュラはんが傷つくことはなくて。
「皇后様、あの」
「それ以上言ったらそろそろ怒りますよ? デュラはん様の気持ちを考えたことはあるのですか。残されたものの気持ちを」
「残されたもの」
「私は親子なのに長年リシャールには会えませんでした。それはとてもつらいことなのです。一緒にいたくて、一緒にいられるならいるべきなのです」
「一緒に……」
「私はデュラはん様を私と同じ気持ちにさせたくはないのです。大切なお友達なのでしょう? だからこそあなたは進むべきなのです。どうか約束してください。あなたのお友達と一緒にこれからを歩むと」
デュラはん。いつも僕を助けてくれた。
悲しむ? 悲しむかも。
僕もデュラはんがいなくなったら悲しい。
だから……進む。
デュラはんと一緒に。
僕は一緒に村に帰る。デュラはんと。
「……術式ですが、最初に[初期化]のコマンドを宣言します。そうすると『本当に初期化しますか。初期化によって全ての設定がリセットされます』という確認があるそうです」
「慎重なのですね」
「この初期化によって機甲を含めた術式が全て失われますので。そこで『はい』と答えるとパスワードを入力してくださいと問われます」
「はい」
「パスワードは『バロスダブリューダブリュー』です」
「何か意味があるのでしょうか」
「それはわかりませんが……そのあとの『再インストール』はラルフュール様にお願いしてあります」
「わかりました。バロスwwですね。ではもうお戻り下さい。デュラはん様がお待ちですよ」
そう言って皇后様は少し笑ったような、気がした。
ごめんなさい。僕がいなければ皇后様が今亡くなられることはなかった。
心の中だけでそう謝って、僕は聖域外に戻る。
その途端、体がふわりと浮き上がってくらくらと気持ちが悪くなった。今まで体中を締め付けるような魔力の中にいたから、急に血行が良くなったみたい。開放感で酔いそう。ふらふらと目を開けると心配そうなリシャールさんとその隣に頭のひしゃげた粘土人形が見えた。うん?
いやそれどころじゃない。急いで起き上がろうとするとまたクラクラして、なんとかマルセスさんの肩を借りて体を起こす。同時にこれまで感じたことのない揺れを感じ、不思議な細長い部屋の机の上に置かれたさまざまな器具がガタガタと崩れ落ちてマルセスさんが悲痛な声を上げる。
「ああっ貴重な機材がっ」
「それよりデュラはんは!?」
「すでに連絡はした。まもなく帝都に戻ってくるだろう」
「迎えに行かなくちゃ。僕は友だちなんだから」
「あ、おい」
グラグラと振動を続ける部屋の壁をなんとか伝って進むと隣の部屋の惨状はさらにひどく、床にたくさんのよくわからないものが散らばって、それに埋もれて機甲を纏った皇后様がお眠りになられていた。おそらくもう目覚めることはないのだろう。
心がズキリと痛むけど、ぼくは先に進まなきゃ。皇后様に約束したんだから。
「私も共に行こう。城から門へは少しある。先程のことは頼んだぞ、マルセス」
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「ここはお城なのですか?」
「そうだ。城内のアブソルトの秘密の部屋だ」
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「うん、本物だよ」
「よかったぁ。なんかもう駄目やってん。力全然入らへん」
「デュラはん!?」
「お腹空いてお腹空いてほんまに……」
お腹空いて?
お腹空いたの?
それだけ?
うんと小さくデュラはんは頷いた。
なんだかその言葉にほっとして、すっかり安心したら妙におかしくて、喉の奥から笑いが込み上げてきた。見るとデュラはんも目をしぱしぱさせながらふふと微笑んだ。
その後くてっと気を失ったデュラはんにものすごく動転したけど、コレドが走って戻ってきた手に握られた魔力ポーションを3本くらい無理やり飲ませたら、ぱちっと目を覚ました。
「えっなんで?」
「どうしたの?」
「さっきまでめっちゃお腹空いとったん治ってもうた。抹茶パフェは?」
「抹茶パフェ?」
「今やったら食べれる思たのにもう」
「よかった元気になって! ほんとに!」
「えぇ、でも抹茶パフェ……」
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【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
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