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2.デュラはんと機械の国の狂乱のお姫様
ラルフュールの現在
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[探知:ラルフュール]
魔女ラルフュール様のおられる場所はすぐにわかった。この、すぐ下。
この神殿の底から膨大な魔力の奔流を感じた。アストルム山はこの島の最も大きな魔力の供給源。それから活発な地底のマグマ、それがまるで心臓の音のようにどうどうと音をたててぐるぐる循環し振動する場所。
わざわざ探さなくても感じる魔女様の存在感。けれども確かに、何かが僕と魔女様を隔てている。これが僕が物語で聞いていたアブソルトの守り?
まさか神話の端っこに僕が関わるなんて思わなかった。場違い感が酷いけど、なんだか高揚する。
そしてこの場所全体がラルフュール様の一部であるということを実感する。全身にのしかかるような強い圧力。けれどもここにはリシャール姫はいない。皇后様も。
だからきっと2人は守りの先にいる。
カレルギアの王族には機甲を動かすために使う改変された術式以前の、アブシウム教国と同様の魔力回路へのアクセス術式が残っているのだろう。それもそのはず、これはもともとカレルギアの王族であるアブソルトが構築したものなのだから。
守りの先はきっと更に魔力に満ちている。帝都カレルギアで接続したときのことを思い出す。圧倒的な魔力で存在の全てが塗り替えられるような感覚があった。皇后様はあんな場所に、既に十時間を超えて接続されていらっしゃるのだろう。体が保つはずがない。
一度体が魔力体になってしまえば元に戻ることはできないと聞いている。皇后様はもう助からないかもしれない。せめてリシャさんだけは。僕のせいで誰かが犠牲になるなんて嫌だ。
お腹に力を入れる。この祭壇が恐らく魔女様との接続点。
[接続]
その瞬間、僕と祭壇を起点とした魔力回路を通じて直接魔女様に繋がった。
その感覚は僕が最初に帝都カレルギアで接続した時とは大分違う。カレルギアではその魔力回路に吸い込まれそうな指向性を感じたのにここではまるで全方位から押しつぶすような圧力を感じる。その力はとても強い。けれども魂を吸い出されるような帝都での感覚よりは、圧縮される感覚のほうが、まだ主観的な制御はしやすい。息が、しづらい。
そして魔女様の他に2つの魂の存在を確認した。
その奥から強い視線を感じる。
ーあなたが魔力を動かした方ですね。
「誰だ!?」
突然空気全体が揺れ、押し寄せるような思念と人の声が聞こえた。
静かだけれども強大。これが魔女という存在。人を超えた意思。
「私はボニ=アマントボヌムスと申します。この度は魔力移動がこのような影響を招くとは考えが至らず……」
「ああ、ボニか。どうやってここに来たのか解らぬが早く戻れ。魔力になってしまうぞ」
ゴムを弾いたようにブレて聞こえる声はリシャさんのものだろう。
たぶんこの振動、いや魔力の還流によってうまれる揺らぎが精神の状態でこの領域に留まる者の魂をわずかずつ砕いて魔力に変えているのかもしれない。
「けれども私には責任が」
「それは違う。そなたは確かに魔力を移動させたのだろうが、あの程度であればすぐに対処は可能なのだ。今の問題はそなたが開いた回路に新たに破損が発生したことだ。原因はお主ではない」
「破損、ですか?」
ーそうです。そこから魔力が漏れているのです。
ーあなたは回路に接続して術式を行使しただけなのですからあなたの責任はありません。
魔力回路が破損?
他に原因があるなんて全く思いもしなかった。
僕は魔力回路というものは空気の流れのようなものだと思っていた。だから破損という概念がよくわからないけど、それはどんな結果をもたらすの? そこから魔力が流れ出し続けるということ? 蛇口が壊れて水が出っぱなしになるように魔力が放出されたら、どうなるんだろう。
「このままだと魔力が枯渇してしまうのでしょうか」
「垂れ流される魔力はたいした量ではないゆえ枯渇の恐れはひとまずない。けれども時間が立つに連れ破損はどんどん大きくなる。砂山に水をかけるがごとくだ。そしてその魔力をたどって竜やはぐれ龍種が帝都カレルギアを襲うだろう。そうすればカレルギアが滅ぶ。つまりこの領域の人が滅ぶ。だから速やかに破損は修繕されなければならない」
「先程龍種が竜種を狩るという形で人間種と龍種が協力していると伺いました。龍種が守ってくれるのではないのですか」
「……あぁイレヌルタ殿と話したのか。だが今はイレヌルタ殿が生まれた300年前と少し状況が異なるのだ。龍種は数を減らしている。龍は魔力でできている。魔力の少ないこの土地では大きく成長することができぬ」
「それではどのように?」
「人間種が機甲で自らを守っているのだ。その上で龍種の多くがこの島を去った。イレヌルタ殿が神官となられて以降だからよくはご存じないのだろう。一方竜種はその旺盛な繁殖力で増え満ちている。すでに龍種が竜種を押さえられる状態ではない」
そう言えば龍が竜を倒す姿なんて道中でも見ていない。
この山の上空で見張っていたのもたった3匹の龍だけだった。
機甲の多くは帝都カレルギアで作られている。機甲の技術は国に厳しく管理されている。帝都カレルギアが滅べば機甲が作れない。そうするとこの『灰色と熱い鉱石』の領域で竜種に対抗するすべはなく、人間種は滅ぶ。
確かに回路に穴を開けたのは僕じゃないとしても僕が回路を開かなければ恐らく破損は生じなかった。それに破損の原因は予想はつく。多分デュラはんだ。
どういう作用かわからないけれど、魔力回路を開いてデュラはんを探していたら急に酷い目眩が起こって動けなくなった。あの時は解らなかったけれど、きっと回路が破損して大量の魔力が僕に降り注いだ、んだと思う。そしてそのタイミングはデュラはんがスピリッツ・アイを使った瞬間だ。スピリッツ・アイがどういう機序でスキル効果を生んでいるのかはわからないけれども、きっとそれが魔力回路に干渉して破損したのだと、思う。
そうするとやっぱり僕が原因で!
「あの、なんとかする方法はないのでしょうか。原因は多分デュラはんです。デュラはんがスキルを使った時、膨大な魔力で押しつぶされそうになりました」
「やはりそうか。だが原因はともかく帝都カレルギアを竜種に襲撃されるわけにはいかぬ。現在は魔女様が魔力が流れ出ぬよう力を抑えることに注力されておられ、私と母上はその調整をお助けしている」
「あの、魔力回路は魔女様が作られたものですよね。外に出られれば直すことは可能でしょうか」
「何を言っておる。魔女様はここを離れることができぬ」
けれども封印を解けば出られる、はず。
僕はアブシウム教国に伝わるその呪文を知っている。
「魔女様の封印を解けば魔力回路を直接修正することは可能なのでしょうか」
「封印?」
ーあなたは解除術式をご存知なのですか? あぁ、ようやくお約束頂いた時が来たのですね。
ー正直なところこのままでもあと200年ほどでこの内部の魔力が飽和するところだったのです。
「ラルフュール様&!?」
魔女様のお言葉でふと気がついた。ここは魔力が濃厚すぎる。
魔女様がいらっしゃるからかと思っていたけれども、魔女様というのは魔力を調整する存在だ。一部の例外を除いて魔女様自身が膨大な魔力を生み出す存在ではない。
いくらここが魔力の供給源であるとはいえその量が膨大すぎるんだ。アブシウム教国の大型教会は魔力が生み出される場所に建てられる。見学に行ったこともあるけれど、ここの魔力はそれとは比較にならないほど濃縮されていた。意識をしっかり保っていなければ吹き飛ばされそうになるほど。
おかしい。そうだ濃縮。ここには魔力が極度に圧縮され、大量に溜め込まれている。
「あの、ひょっとしてこの780年間この山で生成された魔力というのはこの封印の内側にたまり続けている……のでしょうか」
ーはい。大穴が空いた当時は全ての魔力が吸い取られる勢いでございました。そのためアブソルト様にご協力いただきまして調整を行うわたくしごと結界を設置したのでございます。
「ボニ、どういうことだ」
「恐らくですが、現在の『灰色と熱い鉱石』の領域の魔力の枯渇はアブソルトが魔力の供給源ごと魔女様をここに封印したことが原因と思われます。封印を解いた後に他の魔女様の領域のような状態に戻るかはわかりませんが、封印を解けば少しずつ魔力不足は解消されると思われます」
「なんと、やはりアブソルトのせいか……」
ーリシャール様、アブソルト様はあくまでご協力を頂いたのみで当時は仕方がない状況でした。
「ラルフュール様はアブソルトに騙されておられます!」
ラルフュール様の反応を見るとアブシウムに残る伝承のほうが正しそうだけど、ずっとここに閉じこもって状況がわからないでいらっしゃるから否定のしようがないのだろう。
けれども僕は当事者じゃない。
「ええと、僕は魔女様の封印を解く術式を知っています。でもその前に問題があります」
「問題?」
「この780年分溜め込まれた魔力を開放すると天変地異が起きかねません」
「天変、地異」
「それから大変言いにくいのですが、神殿へ至る通路に破損が生じませんでしたか」
ーそうですね、先程亀裂が。
「そうするとこの神殿でも魔力が漏れています。これまでの魔力変動事例を元に考えればアストルム山が噴火する可能性があります。少なくとも神殿は崩壊する可能性が高いと思います」
「どうすればいいというのだ!」
「神殿から必要なもの全てを引き上げて下さい。僕が魔女様と協力して噴火を抑えます。だからお二人は戻ってください」
「何故だ? 私たちも手伝う」
「ダメです。神殿は恐らく崩れます。デュラはんが壊してしまったので。だから体を持って外に出て下さい」
……私が残ります。
「母様!?」
……私はもうあの体には戻れません。
か細く優しそうな声がする。
皇后様が残られた場合、どうなる。ラルフュール様が封印されたままということはカレルギアには解呪の術式は残されていない。ここで行使すれば皇后様に術式を知られることになる。知られれば僕は制約で死んでしまうかもしれない、というのはこの期に及んで最早仕方がないけれど、今後も神子という制度が継続するなら皇后様に術式が知られればカレルギアに術式が残る可能性がある。
魔女様を再び封印することができる術式が。
「お2人とも出て下さい。僕がこれからやろうとしていることは『初期化』と『再インストール』です」
「何? しょき?」
「アブソルト=カレルギアの施した術式を一度解除し、必要な範囲で再構築します」
「……そのようなことができるのか?」
ーリシャール様。私にもよくわからないのですが、アブソルト様は異世界ではぷろぐらまーというお仕事をされていたそうです。
ーもともとの魔力回路はこの島に魔力を均等に行き渡らせるために私が作った物なのですが、大穴が空いた時にアブソルト様ご自身が遠隔の地でも使用できるよう回路自体の中心であるここにそのぷろぐらむというものを施されました。
「それが諸悪の根源……」
ーあの、それは私が許可したことなのですが。許可といえばあなたにも許可しますね。
ふいに体が軽くなった。押し寄せる魔力は軽減された。
おそらくラルフュール様が魔力回路への干渉を許可してくれたのだろう。
だんだんとこの場の魔力が身に馴染んでくる。その分この場の振動が直接体に響くようになる。ざりざりとした振動は直接僕の何かを削っていく。これが、精霊化。
「カレルギアが術式を秘匿するように僕もこの術式を口外するつもりはありません。お2人が残るのであれば術式は行使しません」
「そういうわけには」
「駄目です。出て下さい」
ーリシャール様、エウドキナ様。どうぞお願いいたします。
微かに頷く気配。よかった。
デュラはんを避難させてもらわなくては。
魔女ラルフュール様のおられる場所はすぐにわかった。この、すぐ下。
この神殿の底から膨大な魔力の奔流を感じた。アストルム山はこの島の最も大きな魔力の供給源。それから活発な地底のマグマ、それがまるで心臓の音のようにどうどうと音をたててぐるぐる循環し振動する場所。
わざわざ探さなくても感じる魔女様の存在感。けれども確かに、何かが僕と魔女様を隔てている。これが僕が物語で聞いていたアブソルトの守り?
まさか神話の端っこに僕が関わるなんて思わなかった。場違い感が酷いけど、なんだか高揚する。
そしてこの場所全体がラルフュール様の一部であるということを実感する。全身にのしかかるような強い圧力。けれどもここにはリシャール姫はいない。皇后様も。
だからきっと2人は守りの先にいる。
カレルギアの王族には機甲を動かすために使う改変された術式以前の、アブシウム教国と同様の魔力回路へのアクセス術式が残っているのだろう。それもそのはず、これはもともとカレルギアの王族であるアブソルトが構築したものなのだから。
守りの先はきっと更に魔力に満ちている。帝都カレルギアで接続したときのことを思い出す。圧倒的な魔力で存在の全てが塗り替えられるような感覚があった。皇后様はあんな場所に、既に十時間を超えて接続されていらっしゃるのだろう。体が保つはずがない。
一度体が魔力体になってしまえば元に戻ることはできないと聞いている。皇后様はもう助からないかもしれない。せめてリシャさんだけは。僕のせいで誰かが犠牲になるなんて嫌だ。
お腹に力を入れる。この祭壇が恐らく魔女様との接続点。
[接続]
その瞬間、僕と祭壇を起点とした魔力回路を通じて直接魔女様に繋がった。
その感覚は僕が最初に帝都カレルギアで接続した時とは大分違う。カレルギアではその魔力回路に吸い込まれそうな指向性を感じたのにここではまるで全方位から押しつぶすような圧力を感じる。その力はとても強い。けれども魂を吸い出されるような帝都での感覚よりは、圧縮される感覚のほうが、まだ主観的な制御はしやすい。息が、しづらい。
そして魔女様の他に2つの魂の存在を確認した。
その奥から強い視線を感じる。
ーあなたが魔力を動かした方ですね。
「誰だ!?」
突然空気全体が揺れ、押し寄せるような思念と人の声が聞こえた。
静かだけれども強大。これが魔女という存在。人を超えた意思。
「私はボニ=アマントボヌムスと申します。この度は魔力移動がこのような影響を招くとは考えが至らず……」
「ああ、ボニか。どうやってここに来たのか解らぬが早く戻れ。魔力になってしまうぞ」
ゴムを弾いたようにブレて聞こえる声はリシャさんのものだろう。
たぶんこの振動、いや魔力の還流によってうまれる揺らぎが精神の状態でこの領域に留まる者の魂をわずかずつ砕いて魔力に変えているのかもしれない。
「けれども私には責任が」
「それは違う。そなたは確かに魔力を移動させたのだろうが、あの程度であればすぐに対処は可能なのだ。今の問題はそなたが開いた回路に新たに破損が発生したことだ。原因はお主ではない」
「破損、ですか?」
ーそうです。そこから魔力が漏れているのです。
ーあなたは回路に接続して術式を行使しただけなのですからあなたの責任はありません。
魔力回路が破損?
他に原因があるなんて全く思いもしなかった。
僕は魔力回路というものは空気の流れのようなものだと思っていた。だから破損という概念がよくわからないけど、それはどんな結果をもたらすの? そこから魔力が流れ出し続けるということ? 蛇口が壊れて水が出っぱなしになるように魔力が放出されたら、どうなるんだろう。
「このままだと魔力が枯渇してしまうのでしょうか」
「垂れ流される魔力はたいした量ではないゆえ枯渇の恐れはひとまずない。けれども時間が立つに連れ破損はどんどん大きくなる。砂山に水をかけるがごとくだ。そしてその魔力をたどって竜やはぐれ龍種が帝都カレルギアを襲うだろう。そうすればカレルギアが滅ぶ。つまりこの領域の人が滅ぶ。だから速やかに破損は修繕されなければならない」
「先程龍種が竜種を狩るという形で人間種と龍種が協力していると伺いました。龍種が守ってくれるのではないのですか」
「……あぁイレヌルタ殿と話したのか。だが今はイレヌルタ殿が生まれた300年前と少し状況が異なるのだ。龍種は数を減らしている。龍は魔力でできている。魔力の少ないこの土地では大きく成長することができぬ」
「それではどのように?」
「人間種が機甲で自らを守っているのだ。その上で龍種の多くがこの島を去った。イレヌルタ殿が神官となられて以降だからよくはご存じないのだろう。一方竜種はその旺盛な繁殖力で増え満ちている。すでに龍種が竜種を押さえられる状態ではない」
そう言えば龍が竜を倒す姿なんて道中でも見ていない。
この山の上空で見張っていたのもたった3匹の龍だけだった。
機甲の多くは帝都カレルギアで作られている。機甲の技術は国に厳しく管理されている。帝都カレルギアが滅べば機甲が作れない。そうするとこの『灰色と熱い鉱石』の領域で竜種に対抗するすべはなく、人間種は滅ぶ。
確かに回路に穴を開けたのは僕じゃないとしても僕が回路を開かなければ恐らく破損は生じなかった。それに破損の原因は予想はつく。多分デュラはんだ。
どういう作用かわからないけれど、魔力回路を開いてデュラはんを探していたら急に酷い目眩が起こって動けなくなった。あの時は解らなかったけれど、きっと回路が破損して大量の魔力が僕に降り注いだ、んだと思う。そしてそのタイミングはデュラはんがスピリッツ・アイを使った瞬間だ。スピリッツ・アイがどういう機序でスキル効果を生んでいるのかはわからないけれども、きっとそれが魔力回路に干渉して破損したのだと、思う。
そうするとやっぱり僕が原因で!
「あの、なんとかする方法はないのでしょうか。原因は多分デュラはんです。デュラはんがスキルを使った時、膨大な魔力で押しつぶされそうになりました」
「やはりそうか。だが原因はともかく帝都カレルギアを竜種に襲撃されるわけにはいかぬ。現在は魔女様が魔力が流れ出ぬよう力を抑えることに注力されておられ、私と母上はその調整をお助けしている」
「あの、魔力回路は魔女様が作られたものですよね。外に出られれば直すことは可能でしょうか」
「何を言っておる。魔女様はここを離れることができぬ」
けれども封印を解けば出られる、はず。
僕はアブシウム教国に伝わるその呪文を知っている。
「魔女様の封印を解けば魔力回路を直接修正することは可能なのでしょうか」
「封印?」
ーあなたは解除術式をご存知なのですか? あぁ、ようやくお約束頂いた時が来たのですね。
ー正直なところこのままでもあと200年ほどでこの内部の魔力が飽和するところだったのです。
「ラルフュール様&!?」
魔女様のお言葉でふと気がついた。ここは魔力が濃厚すぎる。
魔女様がいらっしゃるからかと思っていたけれども、魔女様というのは魔力を調整する存在だ。一部の例外を除いて魔女様自身が膨大な魔力を生み出す存在ではない。
いくらここが魔力の供給源であるとはいえその量が膨大すぎるんだ。アブシウム教国の大型教会は魔力が生み出される場所に建てられる。見学に行ったこともあるけれど、ここの魔力はそれとは比較にならないほど濃縮されていた。意識をしっかり保っていなければ吹き飛ばされそうになるほど。
おかしい。そうだ濃縮。ここには魔力が極度に圧縮され、大量に溜め込まれている。
「あの、ひょっとしてこの780年間この山で生成された魔力というのはこの封印の内側にたまり続けている……のでしょうか」
ーはい。大穴が空いた当時は全ての魔力が吸い取られる勢いでございました。そのためアブソルト様にご協力いただきまして調整を行うわたくしごと結界を設置したのでございます。
「ボニ、どういうことだ」
「恐らくですが、現在の『灰色と熱い鉱石』の領域の魔力の枯渇はアブソルトが魔力の供給源ごと魔女様をここに封印したことが原因と思われます。封印を解いた後に他の魔女様の領域のような状態に戻るかはわかりませんが、封印を解けば少しずつ魔力不足は解消されると思われます」
「なんと、やはりアブソルトのせいか……」
ーリシャール様、アブソルト様はあくまでご協力を頂いたのみで当時は仕方がない状況でした。
「ラルフュール様はアブソルトに騙されておられます!」
ラルフュール様の反応を見るとアブシウムに残る伝承のほうが正しそうだけど、ずっとここに閉じこもって状況がわからないでいらっしゃるから否定のしようがないのだろう。
けれども僕は当事者じゃない。
「ええと、僕は魔女様の封印を解く術式を知っています。でもその前に問題があります」
「問題?」
「この780年分溜め込まれた魔力を開放すると天変地異が起きかねません」
「天変、地異」
「それから大変言いにくいのですが、神殿へ至る通路に破損が生じませんでしたか」
ーそうですね、先程亀裂が。
「そうするとこの神殿でも魔力が漏れています。これまでの魔力変動事例を元に考えればアストルム山が噴火する可能性があります。少なくとも神殿は崩壊する可能性が高いと思います」
「どうすればいいというのだ!」
「神殿から必要なもの全てを引き上げて下さい。僕が魔女様と協力して噴火を抑えます。だからお二人は戻ってください」
「何故だ? 私たちも手伝う」
「ダメです。神殿は恐らく崩れます。デュラはんが壊してしまったので。だから体を持って外に出て下さい」
……私が残ります。
「母様!?」
……私はもうあの体には戻れません。
か細く優しそうな声がする。
皇后様が残られた場合、どうなる。ラルフュール様が封印されたままということはカレルギアには解呪の術式は残されていない。ここで行使すれば皇后様に術式を知られることになる。知られれば僕は制約で死んでしまうかもしれない、というのはこの期に及んで最早仕方がないけれど、今後も神子という制度が継続するなら皇后様に術式が知られればカレルギアに術式が残る可能性がある。
魔女様を再び封印することができる術式が。
「お2人とも出て下さい。僕がこれからやろうとしていることは『初期化』と『再インストール』です」
「何? しょき?」
「アブソルト=カレルギアの施した術式を一度解除し、必要な範囲で再構築します」
「……そのようなことができるのか?」
ーリシャール様。私にもよくわからないのですが、アブソルト様は異世界ではぷろぐらまーというお仕事をされていたそうです。
ーもともとの魔力回路はこの島に魔力を均等に行き渡らせるために私が作った物なのですが、大穴が空いた時にアブソルト様ご自身が遠隔の地でも使用できるよう回路自体の中心であるここにそのぷろぐらむというものを施されました。
「それが諸悪の根源……」
ーあの、それは私が許可したことなのですが。許可といえばあなたにも許可しますね。
ふいに体が軽くなった。押し寄せる魔力は軽減された。
おそらくラルフュール様が魔力回路への干渉を許可してくれたのだろう。
だんだんとこの場の魔力が身に馴染んでくる。その分この場の振動が直接体に響くようになる。ざりざりとした振動は直接僕の何かを削っていく。これが、精霊化。
「カレルギアが術式を秘匿するように僕もこの術式を口外するつもりはありません。お2人が残るのであれば術式は行使しません」
「そういうわけには」
「駄目です。出て下さい」
ーリシャール様、エウドキナ様。どうぞお願いいたします。
微かに頷く気配。よかった。
デュラはんを避難させてもらわなくては。
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