Take On Me

マン太

文字の大きさ
上 下
20 / 43

19.面会

しおりを挟む
親父おやじ、連れてきた」 

 病室は完全個室だった。その出入口には見張り役のいかつい男が二人立っている。
 たけるの後に続いて入室すると、そこはまるでホテルのスイートルームと見紛うばかり。
 ベッドルームの他、キッチン、ダイニング、リビングルームまである。家具も質のいい木目調で揃えられていた。
 俺は思わず感心してそちらに気を取られていたが。

「君が、大和やまと君か」

 細いがしっかりと張りのある声に、顔を正面へと向けた。そこにはベッドの上、着流しを着て上半身を起こしている人物がいる。

「はい。宮本みやもと大和です…」

 自然と背筋が伸びた。
 年の頃は六十代頭か。頭髪はだいぶ白くなり、頬もこけてはいるが、眼光は鋭くこちらを射貫くように見据えている。
 けれど威厳はあっても威嚇するような怖さはない。周囲には穏やかな空気が流れていた。

「私は鴎澤おうさわきよし。鴎澤組の組長だ。まあ、今は形ばかりのお飾り組長となってしまったがね。今回は亜貴の為に怪我を負ったようで、すまなかった。頬の傷跡は残るんだろう? 責任はすべてこちらにある。何か不都合が出てくれば岳に言ってくれ。なんでもしよう」

「その、有難うございます。でも、これは俺の責任であって、亜貴の所為じゃありません。俺の選択の結果ですから…」

 その言葉に潔は声を出さず笑う。

「そうか。いさぎよいな。岳が手元に置きたがるわけだ…」

 俺が首をかしげると、岳が引き取って。

「大和は信頼できる。いい奴と出会えたと思っています」

「いや。俺はそんな…」

 買い被られても困る。
 俺はただ思う様に動いただけで、もっと上手くやればこんな怪我を負わずに済んだかもしれない。
 それに家政婦に精を出すのも、借金を返すため、自分に出来ることを出来る範囲で精一杯やっているだけで。 
 すると潔がふと視線をこちらに向けて。

「君は借金を払い終われば元の生活に戻るのか? どうせなら、そのまま岳の側で世話になったらどうだ? 岳もそうしてくれれば助かるだろう」

「えっと。それは──」

 岳にも考えて置いてくれと言われた案件。俺はまだ、それに対して返事をしていない。
 いつぞやの岳との会話を思い起こし、その顔をチラと見るが。
 岳は厳しい表情のまま、言い淀む俺の代わりに口を開いた。

「大和は『こちら側』には置くつもりはありません。ただ、俺がこの仕事から手を引いた後、どうかとは考えています。まだ返事は貰っていませんが…」

 きっぱりそう言い切ると、視線がついとこちらに向けられた。俺は思わずドキリとする。

 返事、すべき…だよな?

 俺がゴクリと唾を飲み込んだ所で。

「そこで、話があります」

 岳は居住まいを正すと、潔に向かって切り出した。

「後継について、くすに継がせると正式に周知したらいかがでしょうか。亜貴の成人まで待つと言う話でしたが、今組で起きている諍いを治めるには、それが一番かと思います」

 俺は思わず声を上げそうになった。
 そうなれば、成人を待たず岳の側にいることが出来る。

 潔は暫く思案した後。

「そうだな。確かにこれ以上、何か起これば組も分裂しかねない。少しは荒れるだろうが、それも一時の事。もう少し時間が欲しかったが…」

 一度伏せた視線をひたと岳に向けると。

「楠を呼んでくれ。話がしたい」

「分かりました。後で洲崎すざきから連絡を入れさせます。それでは、今日はこれで…」

 要件のみの会話に反応したのは俺だった。

「えっ? ってもう? 久しぶりに出てきたってのに…」

 ついぼやくと、岳が額を押さえため息をついた。

「大和。はもう引き上げるだけだ。…少しくらいどこかで息抜きする」

「良かったぁ~。ホント、久しぶりの外の空気だからさ。もうちょっと、のんびりしたいなって。岳がいるなら安心して出歩ける。って、岳も狙われてるのか?」

「いいや。俺自身には手を出して来ないだろう。そこまで馬鹿じゃないはずだ。そんな事になれば一気に組の内紛が起きる」

「内紛…。まさにヤクザ映画の世界だな?
てか、リアルヤクザだもんな、岳。一緒にいるとつい忘れちゃうけど。若頭ってどんだけ凄いんだ。全然、それっぽくないもんな?」

 まじまじと見つめる俺に、岳はすっかり呆れ、言葉を失くした様子。

「ったく。お前は…」

 岳は苦笑を漏らす。
 そんな様を潔が笑って眺めているのに気がついた。

「仲がいいな。岳がこれ程気を許してるのは見たことがない。この分なら亜貴にも好かれている事だろうな? 大和君。これからも面倒をかけるが二人を頼む」

「はいっ」

 頬を上気させて答えれば、その肩を岳が引いた。

「帰るぞ」

「って、なんだよ? 慌ただしいなぁ。じゃあ、これで──」

 頭を下げるのもそこそこに、岳に強引に外へと連れ出された。

+++

 病室の外にいた見張りの男達は、岳を見て一礼して見せた。それに応じながら岳は切っていた端末の電源を入れる。

「んだよ。まだ親父さん、話したそうだったぞ?」

「いいんだ。あれ以上話すことはない。変に勘ぐられる…」

「何を勘ぐられるって言うんだ?」

 岳は何も言わず、こちらを見つめてくる。

「別に…」

 そう言った割には、何か言いたげではあったが。俺はいい機会だと、口を開いた。

「あの、さ…。前に考えとけって言われただろ? あの時の、返事。今しても──いいか?」

 立ち止まった俺に倣って、岳も足を止める。岳の視線が俺に注がれた。

「…勿論だ」

 個室が並ぶ廊下は人通りがなかった。防音設備の整った病院内はシンとしている。
 窓の外の木々が揺れ、緑の影を院内の白い壁に作っていた。
 自分の心音がうるさい。

 ええい、止まれ!

 いや、止まったらマズい。せっかくの答えを伝えられなくなってしまう。

 その『答え』は決まっていた。

 岳が思うように、俺だって岳と一緒にいたい。今と同じ様に過ごせるなら、こんな嬉しい事はない。
 でも、そう答えると言うことは、岳から向けられる思いも受け入れると言う事に他ならない。

 それ込みで、俺は──。

 なかなかの一代決心だ。
 ひと呼吸置いて、口を開こうとしたその矢先、岳の端末が着信を知らせて来た。
 それで、ピンと張り詰めた空気が途切れる。
 岳は小さくため息を漏らした後、すまないと断りを入れて電話に出た。ディスプレイに表示された名に無視は出来なかったらしい。

「どうした、真琴──」

 薄っすらと漏れ聞こえてくる真琴の声がいつになく厳しい。暫く話したあと、通話を切ると。

「大和。話は後だ。お前は病室に戻ってろ。親父には俺にそう指示を受けたと言え」

「えって、岳?」

 岳は俺の背を追いやる様に病室前に立つ部下に押しつけた。

「お前たちはそこを動くな。誰も中にいれるなよ」

「はっ」

 見張り役の男たちの顔に緊張が走る。
 そう言い残すと、岳はすぐに踵を返し、エレベーターを使って階下へ降りて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

SPとヤクザ

魚谷
BL
SPの進藤景(しんどうけい)は公安に頼まれ、スーパーEという薬物を取引する暴力団・旭邦会(きょくほうかい)の幹部、富永俊也(とみながしゅんや)の元にボディガードとして潜入する――。

雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤
BL
田舎の家でひっそりと暮らしている伊津向葵。 実は伊津にはヤクザの組長に叶わぬ恋をし軟禁調教されていた過去があった。手酷く扱われた挙句に捨てられたために、傷心させられただけでなく、痛みで興奮を覚える変態マゾの身体にされてしまっていた。 静かに生きることが願いだったのだが、ある日突然命を狙われた若いヤクザ——本堂八雲が逃げ込んできた。 本堂は伊津がかつて在籍していた竜善組の現若頭だ。本堂は伊津を組に連れ戻したいと迫る。トラウマであるヤクザの世界には絶対に戻りたくないと最初は拒否していた伊津だが、男に痛みだけじゃないセックスと優しさを与えられ、心をぐずぐずに溶かされていく。 *わんこ系歳下攻め×歳上綺麗めおじさん受け(口が悪いです) *暴力表現、R18シーンは予告なく入りますのでご注意を *SM含みますが、最後は甘々ハッピーエンドです。 1日3回更新予約済み 支部にあげていた話の転載 全体で6万字ちょっとの短編です。

【ガランド】羽のない天使【好きなひとに騙されて堕天してしまう話】

流離の侍
BL
 トオトセは好奇心旺盛で人懐っこい性格の天使だった。ある日、大人達の言いつけを破って、天界と魔界の境界まで近づいてしまう。何もない所だと思われたが、そこには翼を持たない謎の天使・カノがいた。どこにも飛べない彼が退屈しないようにと、トオトセは毎日話し相手になることを約束する。カノも次第に受け入れてくれるようになり、ふたりの距離はどんどん近づいていく。やがて義兄・チトセが異変を察知した時には、すでに手遅れになっていた。(こちらは作者の「ガランド MACAROON」のパロディ作品です。先にMACAROON編をお読みになってから、こちらを読むことを推奨いたします)

人違いでレンタルしたイケメンヤクザに溺愛されています

花房ジュリー
BL
気弱な公務員・優真は、アパートのトラブル解決のため、人材レンタルで『ヤクザ風の男』を雇う。 ところが人違いで、本物の暴力団組長、氷室に依頼してしまう! 氷室はスムース(?)にトラブルを解決するものの、解決料代わりとして、優真の体を要求する。 仕方なく抱かれる優真だったが、次第に身も心も氷室の虜となっていき……。 ※エブリスタ様、フジョッシー様にも掲載中。

神は可哀想なニンゲンが愛しい

丸田ザール
BL
双子の山神に愛されていた受けが、ある日山神が別の人間を連れてきた事をきっかけに転落する 可哀想な受けの話です。

【ガランド】羽切りトトセ【せっかく領主様に助けてもらったのに、結局空を飛べなくなった話】

流離の侍
BL
 カノが統治していたある領で、サーカス団所有の飛人(ひじん)の奴隷・トオトセが逃げたらしい。偶然、逃亡中のトオトセを保護したカノは、彼と少しずつ交流を重ねていくが…。(こちらは作者の「ガランド MACAROON」のパロディ作品です。先にMACAROON編をお読みになってから、こちらを読むことを推奨いたします)

花、留める人

ひづき
BL
ヘンリックは祖国で要らない王子だった。突然現れた白金髪の男に連れ出され、伸び伸びと育てられ─── 16歳の時、身体を暴かれた。それから毎日のように伽をしている。 そんなヘンリックの歪な幸せの話。 ※エロ描写、大変軽い。物足りないと思われる。

煉獄の歌 

文月 沙織
BL
ヤクザの息子である敬は、異母兄への禁じられた愛に悩んでいた。 組長である父亡きあと、窮地に陥った組を救うために、父を殺した張本人だと噂される瀬津のもとへ売られる羽目になる。 瀬津は自分の経営する娼館で敬を売るという。 男娼として客をとるべく、敬は憎い男に調教されることなった。 過激な性描写があります。十八歳未満の方は御遠慮ください。 尚、作中に今日では差別的ととられる言葉が出てくることもありますが、時代背景を鑑みてご理解ください。

処理中です...