Take On Me 3

マン太

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30.見えない未来

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 シャワーも浴び終え、リビングに戻ってきたが、とても食事をする気になれず。

「じゃあ、カフェオレなら飲める? 料理はからっきしだけど、コーヒーやカフェオレなら唯一、まともに淹れられるんだ。弟の影響でね…」

 パスタとサラダの軽目の夕食を取ったラルフは──パスタは茹でて市販のソースを絡め、サラダもパック詰めのものをボウルに入れただけのものだった。それでも用意するだけマシだろう──そう言うと、こちらが答える前にカフェオレを淹れだした。

 弟の影響──か。

 そこに、仲良く語らう兄弟の姿を見た気がした。
 既にエスプレッソ用に挽いてある豆を専用の器具に移す。マキネッタと言うらしい。エスプレッソメーカーだ。
 なんとはなしにその様子をじっと見つめる。
 家にあるのはエスプレッソマシーンだけだったが、あれがあれば気軽にコーヒーを楽しめそうだった。

 岳、喜ぶかな。

 と、そこまで考えて。
 今後、その機会が訪れるかどうか分からない事に気づく。

 岳が俺の隣で笑顔を見せ、語らう日が果たして来るのか。

 今のままではそんな未来は思い浮かばない。

「はい。どうぞ」

「…ありがと」

 コトリと俺の座るソファの前のローテーブルに、淹れたてのカフェオレの入ったカップが置かれる。
 コーヒーのいい香り誘われる様に手にとって口に運んだ。
 けれど、美味しく感じられるはずのそれが、味を感じなかった。普段なら、絶対美味しいと思うはずなのに。

「どう? 美味しい?」

「たぶん…」

 正直に応えれば、ラルフは肩をすくめてみせ。

「──なんだ。淹れ甲斐のない返事だね? まあ、いいや。今日はもう何も聞かないよ。早めに休んで。洗面所に新しい歯ブラシ用意してあるから。部屋はそこの廊下を出て左奥を使ってくれていいから」

「分かった…」

 ラルフは意外に気が利く。
 こまごまと俺の世話を焼きつつも、言ったようにそれ以上は何も聞いては来なかった。
 味のしないカフェオレを飲み終え、ふうっと息をつく。
 当分、眠れそうになかった。

+++

 岳は真琴と話し終えたあと、離れた場所に停めてあった車に乗り、途中で藤と合流した。
 ハンドルに腕をもたれさせながら、助手席に乗り込んできた藤に問いかける。

「藤。周囲に不審者はいたか?」

「いいえ。倒れていた連中以外は…」

 何も言わずとも、状況に応じてやるべきことは心得ていた。岳が大和を追っている間に、藤は周辺を調べていたのだ。

「そうか…。お前は──大和がやったと思うか?」

「いいえ。大和はやりません。ああ見えて、戦闘中はかなり冷静です。激昂して刺すはずがありません。余程の事がない限り、敵と一対一でも刺すことはないでしょう」

「お前もそう思うか…」

 岳は小さく息を吐き出したあと、

「大和の行方を探りたい。真琴と俺だけでは手がたりないんだ。──頼まれてくれるか?」

「勿論です」

 藤は即答した。

「早速だが、刺された男のグループに探りを入れてくれるか? 今回の件に関わらなくてもいい。どんな情報でもいいから全て知らせてくれ」

「わかりました」

「俺はくすをあたってみる」

 元鷗澤組を引継ぐ男。若頭補佐だった男だ。彼に聞けばある程度の情報は得られるだろう。

「また、連絡します…」

「頼んだ」

 それで、一旦、藤とは別れた。
 去っていく大柄な体躯を目で追いながら、大和を思う。

 今、どこで何をしているのか──。

 ハンドルにもたれたまま、深いため息を吐き出した。

+++

 その夜遅く、警察に事情を聞かれていた真琴と七生が帰って来た。
 先に帰っていた岳は二人を出迎える。そこには起きて待っていた亜貴も加わった。
 取り敢えず、今後二人が警察に呼び出される事はないらしい。

「すまなかったな…」

 岳はリビングのソファに座った二人の前にそれぞれ、淹れた紅茶を置く。
 キッチンのテーブルには、すぐに食べられるようにと、サンドイッチが置かれていた。
 野菜の多目のチキンサンドと、ルバーブのジャムとクリームチーズのサンドだ。
 小鍋にはトマト仕立てのスープも用意されていた。全て岳が用意したものだ。
 真琴はネクタイを緩めながら。

「俺達は単なる発見者だ。ナイフで刺された件は、仲間内の争いと見ているらしいが…。七生が攫われた件は話していない。話せば大和の一件も話さなければならないからな。刺された男は重傷だが、急所は外れていたらしい。時間が経てば話せるようにもなるだろう。──それで…大和は? 本当に知らない車に乗って行ったのか?」

 岳は頷く。

「そうだ。けど、大和が知らない奴について行くとは思えない。きっと、顔見知りだ。今回の件も絡んでいるかもしれない。あの時刻、都合よく居合わせたはずがない…。あそこに大和が現れると踏んで待っていたんだろう。もともと連れ去るつもりだったんだ」

「それだと、すぐには戻らないだろうな…。端末も持っていないんだったな? 確か」

 真琴が問い返せば。

「あの、僕があずかりました…」

 七生が小さな声で告げる。大和が七生を助けるため、渡したのだ。そのお陰で七生は助かった。

「それなら、連絡もつかないし、本人も何もできないな…。まして、大和をさらうのが目的なら、相手がその隙を与えないだろう」

 真琴は深いため息をつく。

「それもそうだろうが、今回、大和は自分の意思で去った。──今は帰ろうと思っていないかもしれない…」

「ええっ? なにそれ…」

 岳の言葉に亜貴が声をあげた。

「俺達に人を刺したと思われたんだ。戻るはずがない。それに、警察に連絡がいっている可能性があると思えば尚更だ。…迷惑をかけるつもりはないだろう」

「そんな…。だって、大和がやるはずないって、皆思ってる。──そうでしょ? 逃げる必要だって、戻らない理由だってないはずでしょ?」

 亜貴は岳に目を向けた。

「ここにいる皆がそう思っているだろう。けど、大和はパニックを起こしていた。あの時は逃げるより他、思い付かなかっただろう…」

 大和の考えなら、手に取るように分かる。
 血とナイフ、刺されて倒れた人。広がる血溜まり──。
 それらに動揺した大和は、冷静で居られるはずもなく。
 ここはもとより、以前住んでいたアパートへは勿論、祐二の山小屋へも行かないだろう。父親の元へは言わずもがな。

「大和。今…、どこで何をしてるんだろう…」

 ぽつりと亜貴がつぶやく。すると七生が。

「あの! 僕、明日、用事が済んだら、大和さんが行きそうな所を見て回ります! もしかしたら──」

「いや。車に乗って行った。たぶん、この近辺にはいないだろう。それに、逃げたと言うことは、大和のことだ。俺たちが行きそうな場所には現れないはずだ」

 岳の言葉に七生は視線を落す。それを受けて真琴が、

「車のナンバーは分かるのか?」

「ああ。覚えてる」

「知人に頼めば調べられるかも知れない。教えてくれ。あたってみる」

「頼んだ。亜貴と七生はいつも通りで頼む。相手の理由も探るつもりだ。大和の事は俺たちで何とかする」

 亜貴はその言葉に顔をしかめると、

「本当に? 兄さんでも大和を引き止められなかったんでしょ? …見つけたって、帰ってくるかどうか…」

「大和は見つけ出して、必ず連れ戻す」

 大和に帰る帰らないの選択をさせるつもりはなかった。

 見つけたら、有無を言わさず連れ戻す。

 七生は唇を噛みしめた後。

「僕…、それでも探します。もしかしたら…いるかもしれない」

「好きにするといい…」

 岳はそうとだけ言うと、これで解散とばかりに、その場を後に自室へと戻って行った。


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