Take On Me 3

マン太

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21.発端

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「大和、メールで送られて来たデータ、それぞれ内容順、日付け順にフォルダに入れて置いてくれ。後で確認する」

「了解!」

 俺は向かっていたパソコンから顔を上げ、返事を返す。
 岳はこれからクライアントとの打ち合わせだ。俺は事務所で岳の手伝い中。山小屋から帰って来た次の日の日常だ。
 アナログ生活が長かった俺も、すっかり鍛えられて、大抵の事はこなせる様になっていた。データの分類はお手の物だ。
 パソコンに向かう俺をチラと見て、笑む岳。
 モニターの向こうにそれを認め、まともに視線が合った俺は、ボボっと頬が熱くなる。
 
 ったく。仕事中だっての!

 岳の笑みは、破壊力満点だ。
 いつもと変わらない日常。
 その後も岳とはいつも通り。七生はあれ以来、俺に気を使っているのが分かったけれど、変わったのはそれくらいだ。
 岳とはいつも通り──とは言ったが、前より更に束縛が強くなったのは気のせいではない。
 もちろん、行動を束縛するとかじゃなく。
 以前だってベッタリだった気がするのだが、なにかにつけ、スキンシップが激しくなったのだ。
 視線もその一つ。さっきの様に気がつくと、見つめられている。
 ちょっとやりすぎだろ? と突っ込めば、せめてこうしていれば、会わない時も余計な誤解を生まなくて済むだろう? と言われた。
 愛情表現の一種らしい。
 まあ、これだけスキンシップされれば、嫌でも好きじゃないなんて誤解はしない。
 俺は気を取り直して、画面に写るデータに目を向けた。メールを開く度に唸り声が出る。

 うーん。明らかに前と仕事依頼の内容が変わって来たな…。

 やたら、モデルや俳優のブロマイドやら写真集やらの撮影の仕事が増えている。これがラルフ効果──なのだろう。
 と、そこで事務所の電話が鳴った。スタッフが急いで応対する。暫く話した後、

「岳さん、ラルフさんのマネージャーからです」

「分かった、すぐ出る」

 接客中だったクライアントに断りをいれてから、岳は電話にでる。
 ラルフと聞いてピクリと身体が反応したが、ちらと岳がこちらに目を向け、笑んで見せた。
 もう、大丈夫だと岳は言っているのだ。ホッと息をつく。
 その後、無事撮影も終わり事なきを得たらしい。かなりいい出来に仕上がって、当のラルフもマネージャーも、スポンサー受けも良かったらしいが。

 あれだけ綺麗だったしな。

 性格は別にして、岳の腕にかかれば、さらに魅力が引き出されたことだろう。
 確かに人ざらなるものの様だったのは認める。あんな接触がなければ、感嘆の声を漏らしただろう。
 が、ただの事務的な連絡だったと思ったそれが、だんだんと話すうちに岳の表情が変わって行った。

「──分かりました。すぐにそちらに向かいます」

 電話を切るとスタッフに何事か告げ、クライアントと挨拶をかわし、打ち合わせを終えた。
 そのまま足早に車のキーを机の上から取り、出ていこうとする。俺はジャケットを差し出しながら、

「何かあったのか?」

「まあ、なにか行き違いがあったようだ。話せばわかると思う。ちょっと出てくる」

「…ん」

 ポンと俺の頭に手を置くと、俺が差し出したジャケットを受け取り岳は笑みを浮かべ、

「そんな顔すんなって」

 クシャリと撫でてから出ていった。

 なんだろう。何か不都合が起きたんだろうか?

「なあ、何があったんだ?」

 岳が出ていったあと、先ほど電話に出た女性スタッフに声をかければ。少し視線を落とし、困ったように首をひねりながら。

「ラルフ。撮った写真が気に入らなかったみたい。思っていたのと違うって。マネージャー通して言ってきたみたいで…。でも、今更でしょ? あれだけ打ち合わせもしたのに…。刷り上がり前のもの確認していたし。きっと虫の居所が悪いのよ。…あいつ顔は最高だったけど、嫌な奴だったし」

 最後は小声で俺に言って見せた。その瞳にはいたずらっぽい色が浮かんでいたが。

「岳さんも言っていたけれど、多分、気にするほどの事じゃないわ。話せば分かるはず。たまにいるのよね。撮り終えたあとにゴネる奴」

 頭に来ちゃう、と怒り心頭の様子で、女性スタッフはぷりぷりしながら、先ほどのクライアントに出した資料を片付け始めた。
 俺は大きなため息をもらす。

 何事も無きゃいいけれど。

 嫌な予感がして、仕方なかった。

+++

 その夜、夕食も終わる頃、ようやく岳が帰ってきた。
 誰よりも先に玄関に迎えに出ると、疲れた様子の岳がそこにいて。岳が手にした資料の入ったケースを受け取ると、

「大丈夫か?」

「ああ…。まったく、散々だった」

「岳さん! 夕飯はどうされます?」

 七生がリビングから顔を出した。岳は首をふると。

「いや、いい。今日はもうあっちに戻る…」

 そう言って自室のある棟に顎をしゃくって見せた。七生はしゅんとすると、

「わかりました…」

 俺はそれを見て、思わず言葉を継ぐ。

「七生、ずっと待ってたんだ。軽いものなら食べるだろうって、おにぎりと卵焼き。具は岳の好きな梅オカカと、鮭のやつで──」

 俺が熱心に進めれば、岳は俺の頭に手を置き苦笑すると。

「…わかった。それだけ食べてからひっこむ」

「よかった」

 俺が笑むと岳は俺の頬をくいとつまむ。

「った! ふんだよ、たへる──」

「大和がいい奴でほっとする…」

 そう言うと来ていたスーツのジャケットを俺の上にかぶせてきた。

「うわっぷ! っと、もう」

「全部部屋に持って行ってくれ。ケースは事務所で」

「了解」

 俺はジャケットを腕に抱えなおすと、渡されたケースとともに隣の棟へと向かった。
 リビングに戻ると、岳はダイニングテーブルでおにぎりをほおばっていた。その向かいには、エプロンをつけた七生が座っている。
 少し前の俺と岳の様だった。
 けれど、もう前の様に誤解はしない。

 ま、ちょっと妬けるけどな。

 岳の世話を焼くのは、本当は俺だけの特権にしたいのだ。まだまだ、俺の器は小さいらしい。
 俺は肩で小さく息をした後、声を掛けた。

「岳、ゆっくり食べろよ? 七生の傑作」

 言いながら、お茶を淹れる準備をする。

「傑作って、そんな…。でも、初めてのおにぎりです! 大和さんにも一個食べてもらって、太鼓判付きです!」

「そうか。確かに、大和の握ったのと似てる」

 指先に残ったご飯粒を口に含みながらそう返す。俺はすかさずお茶を差し出しながら。

「だろ? 俺の完コピどころか上回っているからな? 俺のおにぎりなんてもう食えなくなるって」

「──それはない」

 岳はお茶を一口飲んだ後、そう答え。ちらとこちらを見返してきた。

 う。なんか、嬉しいんですけど。

 でも七生の手前、素直に喜べない。

「さて、そろそろ戻る。ありがとうな? 七生」

「はい。おやすみなさい…」

「おやすみ」

 岳はそう告げると、俺の背に手をあてせかす様に隣の棟へと戻った。

+++

「なんだよ。そんなに急がなくても──」

 七生が名残惜し気に見送っていたのを見逃さない。
 あれは、もう少し話していたかったのだろう。
 七生が他の奴を好きだと知ったが、どうにも岳へ気があるように見えて仕方がない。

 いったい、誰を好いているんだろう?

「あそこで大和を抱いても良かったのか?」

 抵抗する間もなく、事務所に入った途端、岳に抱きすくめられる。
 まだ着替えてもいない岳は、外でついただろう煙草の香りがした。

「はっ、はぁ?!」

 いきなりの言葉に素っ頓狂な声をあげる。

「本当は帰ってすぐ抱きしめたかった。けど、七生がいるからできなかった。だからこっちに来て抱きしめたかったのに…」

 恨めしげな声に、済まない気持ちになる。俺はポンポンとその背を叩きながら。

「ごめん…。疲れてるのは分かってたけど、七生があんまり頑張ってたから、つい…」

「やっぱり、…七生が好きか?」

 どこかからかい加減ではあるが。再度聞かれ、俺は腕の中から岳をムムッと睨むと。

「どうしてそうなる?」

「だって、お前。事あるごとに、七生、七生って。やっぱり、あいつに気を移したのかと思うだろ?」

「違うって分かってんだろ?」

「どうだろうな?」

 そう言って笑うと、近くにあったソファへ、睨む俺を抱きかかえたまま座ってしまう。

「こら! 答えろ! 俺を信じてるって言え」

 俺は両の手で岳の頬を挟み込んだ。

「勿論、信じてるさ。…けど。大和は優しいからな…」

 そう言うと、ギュッと抱きしめてくる。俺は岳の肩口で訴えた。

「いくら優しいからって、俺だってこんな風にしたいのも、されたいのも岳だけだぞ。…それは分かってんだろ?」

「…俺だったら、好きな奴はずっと独占したいから、他の奴との時間なんて作らせるつもりは無い」

 言われて見れば、確かに岳は亜貴や真琴にも厳しい。逆に仲睦まじい姿を見せつけるのが常だ。

 となると、俺はおかしいのだろうか?

 むむっとなっていると、岳は俺を抱き締める腕を緩め、見下ろして来た。

「それが、大和のいい所だ。優しいんだ…。たまに、もどかしくなるけどな?」

「うーん…。いいのか悪いのか…」

 岳は笑うと、

「大和はそれでいい。俺は分かってるから…」

「そ、そうか?」

 俺を再び抱きしめ直す。
 まるで赤ん坊にでもなった心地だが、今は二人きり、誰に気を使うこともない。そのまま、岳の腕の中に身を委ねた。
 心から甘えられる相手がいると言う事は、どんなに幸せな事か。
 岳はひとつ、息を吐くと。

「…今日、ラルフに会えなくてな」

「ええっ?」

 驚いて顔をあげる。

「マネージャーは捕まったんだが、彼じゃ話しにならなくてな。で、当人を捕まえようとしたんだが、どこほっつき歩いてるのかまったく捕まらないんだ…。兎に角、明日は必ず話せるようにアポを取り付けてきた」

「何が気に入らないって?」

「それがマネージャーも詳しく聞いてないって言うんだ。急にそう言われて、一方的に連絡が絶たれたって。直に草稿の締め切りだしな…。不満のある作品を世に出すわけにはいかない。今週中にまとまれば、なんとか出版には間に合う。とにかく、話してみないことにはなんともな」

「…いったい、なんだろうな? スタッフに聞いたけど、全部確認済みだったんだって?」

「そうだ。どの画像にも注文はつかなかった。だからマネージャーもどうしてそんな事を言い出したのか分からないって言ってな。話しにならないんだ…」

「とんだ無駄骨だったな? でも明日話せればなんとかなるだろ?」

「そう願ってる…。──な、今すぐ抱きたい。…いいか?」

 耳元でささやかれる声音はどこか切羽詰まっている。今日のやり取りで疲れたのだろう。岳も癒やされたいのだ。
 ぼぼっと耳が熱くなった俺は、首筋にぎゅっと抱きつくと。

「…別に岳なら、いつだってオーケーだ…」

 するとふっと笑ったあと。

「じゃ、遠慮なく──」

「!」

 ぐいと身体を抱えられ肩に担ぎあげると、そのまま、上の寝室まで連れていかれた。まるで運ばれる米俵状態だ。
 部屋に入るとすぐにベッドに投げ出され、声を上げる間もなくキスが落ちてくる。
 岳はじれったそうに上着を脱ぐと、上から覆いかぶさってきた。いつになく性急さを感じる。

「たけ──」

「おしゃべりは後だ。──今は静かに…」

「──っ!」

 ニッと笑んだ岳は野性味を帯びた目をする。
 ドキリとして継ぐ言葉を失くせば、岳はうっすらと口元に笑みを浮かべたまま、キスをしてきた。
 外国映画さながらのキスシーンを演じているのが自分だとは思えないのだが、実際、これは自分の身に起こっていることで。
 何度もキスを交わしているのに、いまだに慣れない俺に岳は笑う。
 笑うけれどそれはバカにしているわけじゃない。それもいいと言って楽し気に笑うのだ。
 岳の手が、俺の投げ出されていた左手に重なり、指を絡めて来る。
 岳に愛されているのを今更ながらに実感した。幸せを噛みしめる時間でもあった。

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