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4.団らん
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その日、夕方六時頃、壱輝が帰って来た。
「おかえり。壱輝」
「……」
俺はキッチン内から声をかける。洗い物をしていた為、俺の代わりに出迎えには初奈がでてくれたのだ。
帰ってきた壱輝は、相変わらずのブスッとした表情のまま、リビングに姿を見せた。後に初奈が続く。
壱輝はそのまま黙って何かをキッチンカウンターに置いた。カウンターにはブルーのストライプに包まれた物体。置かれたのは弁当箱だ。
「おお! 全部食ったな?」
持ち上げた弁当が軽く、空なのがうかがえる。ナフキンを取り去ってカパッとフタを開けると、見事に空になっていた。米粒一つない。嬉しくてテンション爆上がりだ。
「すげー! ホント空だ。なあ、なんかリクエストあるか? 初奈はハンバーグが好きだって──」
「てか、キャラ弁、止めてくれない? あれ、恥ずかしいんだけど…」
「似てただろ?」
ニヤリと笑うと、更にムッとした顔になる。俺は得意気になって。
「岳から写メ見してもらったんだ。お父さんと写ってる奴。ぶすっとした顔から笑顔にすんの、結構、大変だったんだって。いつかあれくらい笑って欲しいところ──って、どこ行くんだ?」
俺が話し終える前に、リビングを出ていこうとする。
「…部屋。シャワー使う」
「あ! 今シャワー、真琴が使ってる。直に終わると思うけど…」
「真琴?」
「言ったろ? 友達だって。弁護士してる──」
言い終わる前にリビングのドアが開き、まだしっとりしている髪をかきあげながら、真琴が入って来た。
男ぶりが何時にもまして上がって見える。男が見たってドキッとする色気があるのだ。もちろん、それは岳にも亜貴にも言える事だが。
俺には欠けているものの一つで。どんなに頑張って背伸びしても、水浴びしたてのコツメカワウソだろう。
今日の真琴の仕事は午前中までで、午後は休みとの事だった。明日から休日。大きな案件が終わり、一足先に休みを取ってきたのだとか。
「大和、先に済まなかったな。シャンプーがあと少しで終わりそうなんだが、替えは──」
言いかけた真琴は、リビングに見知らぬ顔を見つけて、おやと片眉を上げた。
「君が壱輝か。俺は洲崎真琴、ここで岳達と一緒に住んでいるんだ。真琴でいい。よろしく」
にこりと笑んで右手を差し出した。俺の時と同じだ。壱輝はスマートな真琴の物腰に気おされたのか、
「…はい」
大人しく右手を差し出し握り返した。
オイオイ。っとおに。俺の時とは大違いだな…。
俺は弁当箱を洗いながら、
「いつもは化粧台の下の棚にいれてるんだけど、買い置き入れ忘れて、ここにまだあるんだ。後で入れとく。壱輝、シャワーがすんだら夕飯な」
「別に、待たなくっていい…」
「うちは出来る限り、いるなら皆揃って食べてんの。特別な事じゃない。それが普通だからさ。ここにいる間はそうしてくれると助かる」
「……」
壱輝はこちらをちらと見た後、不貞腐れた様に無言で浴室へと向かった。真琴はそんな壱輝を見送った後。
「岳から聞いたが、なかなかだな」
「ま、下手に素直で裏でってよりはいいって。思ってること全部でてるから。な、初奈。お兄ちゃんはあのまんまだろ?」
「…うん」
少しだけ首をかしげるようにしながら、頷いた。初奈はリビングのテーブルで、学校から出されたプリントと格闘している最中だった。
「君が初奈か。真琴だ。よろしく。──それは算数か?」
真琴は近寄ると、その手元を覗き込む。プリントは何度か書いては消してを繰り返したせいで、だいぶ紙がよれていた。
「うん…」
「手が少し止まっている様だな。何か分からない所があるのかな?」
「ここ…。どうして、こうなるのか、良く分からくて」
「どれ、見てみよう」
そう言って、初奈の傍らに座ると一緒に宿題のプリントを囲んだ。亜貴も真琴も優しくて助かる。言わないとにちゃんと面倒を見ようとしてくれているのだ。仕事で疲れているのに。
そうしていれば、
「大和、夕飯だけ食べに来た…」
そう言って、隣の事務所から一旦、戻ってきた岳がリビングに入ってくる。まだ仕事途中の様で。すっかりくたびれ果てた表情だ。
「壱輝がシャワー終わったら食べる予定だ。少し休めよ」
「ん。わかった…」
俺の言葉に、ソファにどっかと座り込み、顔を撫でるように額に手をあてた。向かいでは真琴が初奈の宿題を見てる。
「仕事の引継ぎは終わりそうか?」
真琴が問題を解いている初奈から視線をはずし、声をかけた。
「ああ…。そっちはなんとかな。ただ、どうしても今週中に終わらせたいって言う、撮影の仕事が入ってな。北村さんは他で手が空いてないし。なんとかスタッフと俺とで終わらせる予定だが、かなり予定が詰まりそうでな…」
そう言ってため息を漏らす。俺は皿やら茶碗やらを取り出しながら。
「岳。俺も手伝えることがあれば言ってくれよ?」
「そうだな…。どうしても手が足りなくなったら頼むかもしれない。──けど、大和には別にやってもらうことがあるからな」
「別? なんだ? 別って」
聞き返せば、岳の口元が意味ありげにニッと笑みを象る。
「大和にしかできない、大事な事だ…」
それで、なんとなく言いたいことを理解した。
それって。それってさ。そーゆーこと、だろ…?
ぼぼっと頬が熱くなって視線を逸らす。ここの所、岳は非常に情熱的で、なかなか離してくれないし、二人きりになるとすぐにスイッチがオンになるのだ。
向かいに座る真琴も察してため息をつくと。
「相変わらず、誰がいようがお構いなしだな…。ただ、今は彼女もいる。気をつけろ」
岳は真琴の傍らで宿題をしている初奈に目を向けた。真琴に教えられた方法で懸命に解いている。
「分かってる…。俺だって時と場所は心得てるさ。ただ、当分、会えなくなると思うとな…」
視線がこちらに流される。ドキリとした。寂しさが一気に胸に込み上げてくる。
が、すかさず真琴は。
「お前がいなくとも、大和にはちゃんとフォローを入れるさ。心配するな」
「余計心配だ…。大和」
「な、なんだよ?」
俺は頬が赤らんだまま、岳に目を向ける。
「親切な顔をして近づいてくる狼にはくれぐれも気を付けるんだぞ」
そう言って、視線を真琴へと向けた。真琴は大袈裟なほど大きなため息をつくと。
「まったく。大和を信用していないのか?」
「大和は信用しているさ」
岳の表情はふざけている様でも、目には冗談の色が見えない。二人の間に沈黙が流れるが。先に真琴が視線を逸らし。
「…何もしないさ。ちゃんと大和を守って、タケの帰りを待つ」
そう言ってから、初奈の解き終わったプリントに目を落とした。
「初奈は覚えが早いな? さっき教えた通り解けている。ちゃんと理解できた証拠だ。他のも同じように考えていけばいい」
「うん…」
岳はそんなやり取りを暫く眺めていたが。
「仕方ない…。信じるさ」
そう呟いた。
俺はなんだか切なくなった。
岳だって離れたいわけじゃない。だが今回は仕方なかったのだ。自分で決めたことだし、俺もそれは了承した。
けれど──。
俺はすっかり支度の整った夕餉にそこを離れると、岳の背後から近づいて、その肩に手を置く。
「肩をおもみましょうか? 旦那さま」
「ふふ。頼んだ」
「了解!」
岳の栗色の髪がさらと手の甲をすべる。最近、髪を伸ばしだしたせいで肩甲骨辺りまで伸びてきていた。
それも、行く前に切ると言っていた。洗髪の手間も省きたいらしい。あちらに行けば、早々満足いく入浴などできなくなる。
街中ならまだしも、トレッキングが始まれば、途中にある村でも水は貴重になった。身の回りは身軽にした方が賢明で。
せっかくここまで伸ばしたのにな。
肩を揉みながら髪を見つめていた。
この髪が頬や胸もとをくすぐるのが心地よく。サラサラとした髪を指でもてあそぶのも好きだった。もちろん、二人の時だけだ。
ま、短くしたらしたで、カッコいいとは思うけどさ。
「…大和」
「なんだ?」
「次は絶対、連れてくから」
「…おう!」
俺は真琴も初奈も見ていないのを確認してから、岳の頭、栗色の髪にそっとキスを落とした。
つきまとう寂しさを、スキンシップで紛らわす。情熱的になるのは、岳だけではないのだ。
+++
その後、壱輝がシャワーを浴び終えると、夕飯となった。
今日のおかずはコロッケだ。真琴の好物で。毎週、疲れて帰って来る真琴用に、この日は好きなものを作る事にしていた。
ひとり二個。大きめのだからそれなりにボリュームはある。ただ、初奈の分は少し小ぶりなのにしてあった。流石に男性陣と同じ量は厳しいだろう。
後は付け合わせにマカロニ添えのトマトとキュウリ、レタスのサラダに、ダイコンの漬物、えのきとマイタケのニンニク炒め。冷ややっこに、ご飯に味噌汁。漬物はみんなで突けるように小ぶりな鉢に盛ってある。甘めの味付けだ。
岳と真琴は勿論だったが、初奈も美味しそうに食べてくれている。問題の壱輝は──。
よし。食ってるな。
サクサクとした衣をけっこうな大口を開けて放り込んでいた。岳はご飯を口に運びながら尋ねてくる。
「今日も亜貴は遅いのか?」
「うん。家庭教のバイト。それほど遅くはならないってさ。土日も色々予定は入ってるようだけどな」
「大学に入った途端、殆ど夕飯の時間には帰って来なくなったな…」
岳がぼやく。俺は皆の食べ具合に気をくばりつつ。
「無理はしてないようだし。そっちが充実してるんならいいんじゃないのか?」
「あいつ、誰か特定の奴、いるのか?」
「うーん…。聞いてはねぇけど…」
高校卒業時、ひと悶着があった。あれ以来、浮いた話は聞かない。
ひと悶着とは、高校で同じクラスで友だちでもあった男女が二人で告白してきたのだ。どちらも亜貴と付き合いたいと言ってきた。
友人二人に告白された亜貴だったが、結局、どちらとも付き合わず。すると、その二人がなぜかくっつき今、付き合っているというのを、後日聞いてびっくりしたのだった。
亜貴にしてみれば、それで良かったのだという。
どちらもいい友人ではあったが、付き合うまではいかず。それに、どちらかともし付き合ってしまえば、もう一方とは付き合い辛くなる。
どちらか大切な友人を失くすことに繋がり。それは避けたかったらしい。だから、二人が付き合いだしたと知って、亜貴は心から祝福できたという。
「ちょっとは付き合っているみたいだけどなぁ。そこまで本気かどうかは…」
時々、電話で楽し気に話しているのを目にしている。相手は女友だちだと教えてくれた。
多分、軽く付き合う相手はいるのだ。今の所、異性のみだったが。時々、家まで迎えに来る娘もいる。
真琴は丁寧に箸でコロッケを切り取ると、
「見た目は派手になったが、亜貴は昔から固いからな。相手は選ぶだろう」
大事そうに口に運んだ。真琴の言葉に俺は唸る。
「亜貴のタイプって謎だもんなぁ。時々家にくる娘は一定じゃないしな…」
すると岳と真琴は互いにちらと視線を交わしたあと、
「小柄で活発ってのは一致してるな」
岳がそう口にした。
そう言えば──そうか?
見た目は色々だったが、確かに元気そうな娘が多かった気がする。亜貴より小柄で、身長はどっちかと言えば俺に近いくらいで。
真琴はふっと笑うと。
「分かり易いんだ。亜貴はな」
「分かりやすい?」
俺には分からないが。
「…ご飯、お代わり」
会話の途中で、遮る様にぐいとお茶碗がこちらに差し出される。壱輝だ。
「お、おう! どれくらい食べるのか?」
俺は腰を浮かして茶碗を受け取ると、炊飯器に向かいながら問いかける。
「さっきの半分…」
「了解」
大きめの茶碗だから、半分といっても、普通のお茶碗一杯分くらいはある。それを盛り付け渡すと、
「はい。って、壱輝も、うちに友だち連れて来ていいからな? 夜、遊びに行くのは禁止だけど、相手の親がいいなら、呼んでもいいぞ? な、いいだろ?」
そう言って岳を振り返った。
「そうだな。別に呼びたければ呼べばいい。ただ、その時はリビングで過ごせよ。部屋に初奈がいるからな?」
「てか…呼ばねぇし」
「そうなのか? まあ、呼びたくなったら、いつでも言ってくれ。夕飯も用意できるからな?」
壱輝はむすっとした顔のまま、無言で頷いただけだった。
今は岳も真琴もいる。二人の手前、生意気な口はきけないのだろう。今だって、きっと俺だけなら山の様に、文句を付け加えたに違いない。
どうやったって、舐められてんな…。
どこかで挽回しなければ、預かり終了までこのままだろう。
たって、どこで挽回するか。
壱輝に信頼され、尊敬されるような事案は今の所、発生する気配はなかった。
だいたい、俺が小柄なのがいけないんだろう。今の所、壱輝に若干ではあるが、身長は負けている。
岳や真琴の様に、きっちり成人男性体形ならいいのだが、身長も伸びず、骨格も高校生の頃からほとんど変わらず。気をつけないと未成年と間違えられることもしばしば。
けど、こればっかりはなぁ。
努力ではどうにもならない。
岳がいなくなり、真琴がまた仕事が忙しければ、ここにいるのは自分だけになる。となれば、壱輝の態度が急変するのは目に見えていた。
「壱輝は仲良くしている友だちはいるのか?」
岳が尋ねれば、壱輝は俯きながら。
「二人。同じクラスの奴…」
「そうか。この前、夜行こうとしたのもどっちかの家か?」
壱輝はやや間を置いた後、首をふった。
「そっちは、別…」
「そうか。俺や真琴がいなくても、大和の言うことをちゃんと聞けよ? 大和を見た目だけで判断して、舐めた態度でいると痛い目をみるからな?」
視線は上げなかったが、付け合せのミニトマトをつついていた箸が一瞬止まった。岳には、俺に対する壱輝の態度などお見通しらしい。
「…はい」
大人しく返事をした壱輝はその後も黙って食べ続けた。
「あ、そうだ。壱輝。来週は初奈と一緒に朝行けるか?」
その件を思い出した俺は、続けとばかりに声を上げた。約束を取り付けるなら今だ。
「…行ける」
「なら、良かった。よろしくな?」
これで、睡眠時間を削る必要はなさそうだった。壱輝は不満げに、ちらとこちらを見て、
「分かってる…」
相変わらずのムスッと顔だった。
「おかえり。壱輝」
「……」
俺はキッチン内から声をかける。洗い物をしていた為、俺の代わりに出迎えには初奈がでてくれたのだ。
帰ってきた壱輝は、相変わらずのブスッとした表情のまま、リビングに姿を見せた。後に初奈が続く。
壱輝はそのまま黙って何かをキッチンカウンターに置いた。カウンターにはブルーのストライプに包まれた物体。置かれたのは弁当箱だ。
「おお! 全部食ったな?」
持ち上げた弁当が軽く、空なのがうかがえる。ナフキンを取り去ってカパッとフタを開けると、見事に空になっていた。米粒一つない。嬉しくてテンション爆上がりだ。
「すげー! ホント空だ。なあ、なんかリクエストあるか? 初奈はハンバーグが好きだって──」
「てか、キャラ弁、止めてくれない? あれ、恥ずかしいんだけど…」
「似てただろ?」
ニヤリと笑うと、更にムッとした顔になる。俺は得意気になって。
「岳から写メ見してもらったんだ。お父さんと写ってる奴。ぶすっとした顔から笑顔にすんの、結構、大変だったんだって。いつかあれくらい笑って欲しいところ──って、どこ行くんだ?」
俺が話し終える前に、リビングを出ていこうとする。
「…部屋。シャワー使う」
「あ! 今シャワー、真琴が使ってる。直に終わると思うけど…」
「真琴?」
「言ったろ? 友達だって。弁護士してる──」
言い終わる前にリビングのドアが開き、まだしっとりしている髪をかきあげながら、真琴が入って来た。
男ぶりが何時にもまして上がって見える。男が見たってドキッとする色気があるのだ。もちろん、それは岳にも亜貴にも言える事だが。
俺には欠けているものの一つで。どんなに頑張って背伸びしても、水浴びしたてのコツメカワウソだろう。
今日の真琴の仕事は午前中までで、午後は休みとの事だった。明日から休日。大きな案件が終わり、一足先に休みを取ってきたのだとか。
「大和、先に済まなかったな。シャンプーがあと少しで終わりそうなんだが、替えは──」
言いかけた真琴は、リビングに見知らぬ顔を見つけて、おやと片眉を上げた。
「君が壱輝か。俺は洲崎真琴、ここで岳達と一緒に住んでいるんだ。真琴でいい。よろしく」
にこりと笑んで右手を差し出した。俺の時と同じだ。壱輝はスマートな真琴の物腰に気おされたのか、
「…はい」
大人しく右手を差し出し握り返した。
オイオイ。っとおに。俺の時とは大違いだな…。
俺は弁当箱を洗いながら、
「いつもは化粧台の下の棚にいれてるんだけど、買い置き入れ忘れて、ここにまだあるんだ。後で入れとく。壱輝、シャワーがすんだら夕飯な」
「別に、待たなくっていい…」
「うちは出来る限り、いるなら皆揃って食べてんの。特別な事じゃない。それが普通だからさ。ここにいる間はそうしてくれると助かる」
「……」
壱輝はこちらをちらと見た後、不貞腐れた様に無言で浴室へと向かった。真琴はそんな壱輝を見送った後。
「岳から聞いたが、なかなかだな」
「ま、下手に素直で裏でってよりはいいって。思ってること全部でてるから。な、初奈。お兄ちゃんはあのまんまだろ?」
「…うん」
少しだけ首をかしげるようにしながら、頷いた。初奈はリビングのテーブルで、学校から出されたプリントと格闘している最中だった。
「君が初奈か。真琴だ。よろしく。──それは算数か?」
真琴は近寄ると、その手元を覗き込む。プリントは何度か書いては消してを繰り返したせいで、だいぶ紙がよれていた。
「うん…」
「手が少し止まっている様だな。何か分からない所があるのかな?」
「ここ…。どうして、こうなるのか、良く分からくて」
「どれ、見てみよう」
そう言って、初奈の傍らに座ると一緒に宿題のプリントを囲んだ。亜貴も真琴も優しくて助かる。言わないとにちゃんと面倒を見ようとしてくれているのだ。仕事で疲れているのに。
そうしていれば、
「大和、夕飯だけ食べに来た…」
そう言って、隣の事務所から一旦、戻ってきた岳がリビングに入ってくる。まだ仕事途中の様で。すっかりくたびれ果てた表情だ。
「壱輝がシャワー終わったら食べる予定だ。少し休めよ」
「ん。わかった…」
俺の言葉に、ソファにどっかと座り込み、顔を撫でるように額に手をあてた。向かいでは真琴が初奈の宿題を見てる。
「仕事の引継ぎは終わりそうか?」
真琴が問題を解いている初奈から視線をはずし、声をかけた。
「ああ…。そっちはなんとかな。ただ、どうしても今週中に終わらせたいって言う、撮影の仕事が入ってな。北村さんは他で手が空いてないし。なんとかスタッフと俺とで終わらせる予定だが、かなり予定が詰まりそうでな…」
そう言ってため息を漏らす。俺は皿やら茶碗やらを取り出しながら。
「岳。俺も手伝えることがあれば言ってくれよ?」
「そうだな…。どうしても手が足りなくなったら頼むかもしれない。──けど、大和には別にやってもらうことがあるからな」
「別? なんだ? 別って」
聞き返せば、岳の口元が意味ありげにニッと笑みを象る。
「大和にしかできない、大事な事だ…」
それで、なんとなく言いたいことを理解した。
それって。それってさ。そーゆーこと、だろ…?
ぼぼっと頬が熱くなって視線を逸らす。ここの所、岳は非常に情熱的で、なかなか離してくれないし、二人きりになるとすぐにスイッチがオンになるのだ。
向かいに座る真琴も察してため息をつくと。
「相変わらず、誰がいようがお構いなしだな…。ただ、今は彼女もいる。気をつけろ」
岳は真琴の傍らで宿題をしている初奈に目を向けた。真琴に教えられた方法で懸命に解いている。
「分かってる…。俺だって時と場所は心得てるさ。ただ、当分、会えなくなると思うとな…」
視線がこちらに流される。ドキリとした。寂しさが一気に胸に込み上げてくる。
が、すかさず真琴は。
「お前がいなくとも、大和にはちゃんとフォローを入れるさ。心配するな」
「余計心配だ…。大和」
「な、なんだよ?」
俺は頬が赤らんだまま、岳に目を向ける。
「親切な顔をして近づいてくる狼にはくれぐれも気を付けるんだぞ」
そう言って、視線を真琴へと向けた。真琴は大袈裟なほど大きなため息をつくと。
「まったく。大和を信用していないのか?」
「大和は信用しているさ」
岳の表情はふざけている様でも、目には冗談の色が見えない。二人の間に沈黙が流れるが。先に真琴が視線を逸らし。
「…何もしないさ。ちゃんと大和を守って、タケの帰りを待つ」
そう言ってから、初奈の解き終わったプリントに目を落とした。
「初奈は覚えが早いな? さっき教えた通り解けている。ちゃんと理解できた証拠だ。他のも同じように考えていけばいい」
「うん…」
岳はそんなやり取りを暫く眺めていたが。
「仕方ない…。信じるさ」
そう呟いた。
俺はなんだか切なくなった。
岳だって離れたいわけじゃない。だが今回は仕方なかったのだ。自分で決めたことだし、俺もそれは了承した。
けれど──。
俺はすっかり支度の整った夕餉にそこを離れると、岳の背後から近づいて、その肩に手を置く。
「肩をおもみましょうか? 旦那さま」
「ふふ。頼んだ」
「了解!」
岳の栗色の髪がさらと手の甲をすべる。最近、髪を伸ばしだしたせいで肩甲骨辺りまで伸びてきていた。
それも、行く前に切ると言っていた。洗髪の手間も省きたいらしい。あちらに行けば、早々満足いく入浴などできなくなる。
街中ならまだしも、トレッキングが始まれば、途中にある村でも水は貴重になった。身の回りは身軽にした方が賢明で。
せっかくここまで伸ばしたのにな。
肩を揉みながら髪を見つめていた。
この髪が頬や胸もとをくすぐるのが心地よく。サラサラとした髪を指でもてあそぶのも好きだった。もちろん、二人の時だけだ。
ま、短くしたらしたで、カッコいいとは思うけどさ。
「…大和」
「なんだ?」
「次は絶対、連れてくから」
「…おう!」
俺は真琴も初奈も見ていないのを確認してから、岳の頭、栗色の髪にそっとキスを落とした。
つきまとう寂しさを、スキンシップで紛らわす。情熱的になるのは、岳だけではないのだ。
+++
その後、壱輝がシャワーを浴び終えると、夕飯となった。
今日のおかずはコロッケだ。真琴の好物で。毎週、疲れて帰って来る真琴用に、この日は好きなものを作る事にしていた。
ひとり二個。大きめのだからそれなりにボリュームはある。ただ、初奈の分は少し小ぶりなのにしてあった。流石に男性陣と同じ量は厳しいだろう。
後は付け合わせにマカロニ添えのトマトとキュウリ、レタスのサラダに、ダイコンの漬物、えのきとマイタケのニンニク炒め。冷ややっこに、ご飯に味噌汁。漬物はみんなで突けるように小ぶりな鉢に盛ってある。甘めの味付けだ。
岳と真琴は勿論だったが、初奈も美味しそうに食べてくれている。問題の壱輝は──。
よし。食ってるな。
サクサクとした衣をけっこうな大口を開けて放り込んでいた。岳はご飯を口に運びながら尋ねてくる。
「今日も亜貴は遅いのか?」
「うん。家庭教のバイト。それほど遅くはならないってさ。土日も色々予定は入ってるようだけどな」
「大学に入った途端、殆ど夕飯の時間には帰って来なくなったな…」
岳がぼやく。俺は皆の食べ具合に気をくばりつつ。
「無理はしてないようだし。そっちが充実してるんならいいんじゃないのか?」
「あいつ、誰か特定の奴、いるのか?」
「うーん…。聞いてはねぇけど…」
高校卒業時、ひと悶着があった。あれ以来、浮いた話は聞かない。
ひと悶着とは、高校で同じクラスで友だちでもあった男女が二人で告白してきたのだ。どちらも亜貴と付き合いたいと言ってきた。
友人二人に告白された亜貴だったが、結局、どちらとも付き合わず。すると、その二人がなぜかくっつき今、付き合っているというのを、後日聞いてびっくりしたのだった。
亜貴にしてみれば、それで良かったのだという。
どちらもいい友人ではあったが、付き合うまではいかず。それに、どちらかともし付き合ってしまえば、もう一方とは付き合い辛くなる。
どちらか大切な友人を失くすことに繋がり。それは避けたかったらしい。だから、二人が付き合いだしたと知って、亜貴は心から祝福できたという。
「ちょっとは付き合っているみたいだけどなぁ。そこまで本気かどうかは…」
時々、電話で楽し気に話しているのを目にしている。相手は女友だちだと教えてくれた。
多分、軽く付き合う相手はいるのだ。今の所、異性のみだったが。時々、家まで迎えに来る娘もいる。
真琴は丁寧に箸でコロッケを切り取ると、
「見た目は派手になったが、亜貴は昔から固いからな。相手は選ぶだろう」
大事そうに口に運んだ。真琴の言葉に俺は唸る。
「亜貴のタイプって謎だもんなぁ。時々家にくる娘は一定じゃないしな…」
すると岳と真琴は互いにちらと視線を交わしたあと、
「小柄で活発ってのは一致してるな」
岳がそう口にした。
そう言えば──そうか?
見た目は色々だったが、確かに元気そうな娘が多かった気がする。亜貴より小柄で、身長はどっちかと言えば俺に近いくらいで。
真琴はふっと笑うと。
「分かり易いんだ。亜貴はな」
「分かりやすい?」
俺には分からないが。
「…ご飯、お代わり」
会話の途中で、遮る様にぐいとお茶碗がこちらに差し出される。壱輝だ。
「お、おう! どれくらい食べるのか?」
俺は腰を浮かして茶碗を受け取ると、炊飯器に向かいながら問いかける。
「さっきの半分…」
「了解」
大きめの茶碗だから、半分といっても、普通のお茶碗一杯分くらいはある。それを盛り付け渡すと、
「はい。って、壱輝も、うちに友だち連れて来ていいからな? 夜、遊びに行くのは禁止だけど、相手の親がいいなら、呼んでもいいぞ? な、いいだろ?」
そう言って岳を振り返った。
「そうだな。別に呼びたければ呼べばいい。ただ、その時はリビングで過ごせよ。部屋に初奈がいるからな?」
「てか…呼ばねぇし」
「そうなのか? まあ、呼びたくなったら、いつでも言ってくれ。夕飯も用意できるからな?」
壱輝はむすっとした顔のまま、無言で頷いただけだった。
今は岳も真琴もいる。二人の手前、生意気な口はきけないのだろう。今だって、きっと俺だけなら山の様に、文句を付け加えたに違いない。
どうやったって、舐められてんな…。
どこかで挽回しなければ、預かり終了までこのままだろう。
たって、どこで挽回するか。
壱輝に信頼され、尊敬されるような事案は今の所、発生する気配はなかった。
だいたい、俺が小柄なのがいけないんだろう。今の所、壱輝に若干ではあるが、身長は負けている。
岳や真琴の様に、きっちり成人男性体形ならいいのだが、身長も伸びず、骨格も高校生の頃からほとんど変わらず。気をつけないと未成年と間違えられることもしばしば。
けど、こればっかりはなぁ。
努力ではどうにもならない。
岳がいなくなり、真琴がまた仕事が忙しければ、ここにいるのは自分だけになる。となれば、壱輝の態度が急変するのは目に見えていた。
「壱輝は仲良くしている友だちはいるのか?」
岳が尋ねれば、壱輝は俯きながら。
「二人。同じクラスの奴…」
「そうか。この前、夜行こうとしたのもどっちかの家か?」
壱輝はやや間を置いた後、首をふった。
「そっちは、別…」
「そうか。俺や真琴がいなくても、大和の言うことをちゃんと聞けよ? 大和を見た目だけで判断して、舐めた態度でいると痛い目をみるからな?」
視線は上げなかったが、付け合せのミニトマトをつついていた箸が一瞬止まった。岳には、俺に対する壱輝の態度などお見通しらしい。
「…はい」
大人しく返事をした壱輝はその後も黙って食べ続けた。
「あ、そうだ。壱輝。来週は初奈と一緒に朝行けるか?」
その件を思い出した俺は、続けとばかりに声を上げた。約束を取り付けるなら今だ。
「…行ける」
「なら、良かった。よろしくな?」
これで、睡眠時間を削る必要はなさそうだった。壱輝は不満げに、ちらとこちらを見て、
「分かってる…」
相変わらずのムスッと顔だった。
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気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
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