森のエルフと養い子

マン太

文字の大きさ
上 下
35 / 36

その後 ー君を思うー

しおりを挟む
 タイドが王都フンベルを去って数ヶ月。
 将軍フォーティスはため息をつく日々が続いていた。
 人をこれほど恋しいと思ったのは、いつぶりだろうか。大体、人を本気で好いたのも何年ぶりか。
 
 しかし、タイドはとっくに心に決めた相手が──いたんだな。

 何度目かのため息をつく。
 フォーティスは、通りかかった外廊下のテラスから、階下の庭先の東屋で、ベルノと二人、歓談するタイドを見下ろす。
 久しぶりに遊びに来たのだ。
 今日はスウェルを伴っていないらしい。いつもベッタリ張り付いていると言うのに。

 珍しいな。

 ちらとベルノから耳にしたが、目や耳の代わりにエルフは野生の動物を使役するらしい。

 と、言うことは──。

 素早く周囲に目を走らせた。野鳥が鳴き、リスが木々の間を走り抜ける。

 あいつ、どっかで見てやがんのか…。

 あれだけベッタリの奴が、何もせずタイドを自由にするはずがない。

 まったく。これじゃ、手も足も出せない。

 傍にいないのなら──等と、不埒な事を考えていたのだが、そうも行かないようだ。
 と、こちらに気づいたタイドが手を振って来た。

「フォーティス! 時間はある? 下で話さないか?」

 さて、どうするか。

 どこでスウェルが見ているか分からない。とっくにこちらの思いなど見通しているだろう相手に、わざと挑戦的な振る舞いに出るのもどうかと思ったが。
 こちらに笑いかけて来るタイドの眩しさに、迷いは吹き飛んだ。別に話すだけならスウェルに気を使う事もない。

「暇を持て余していた所だ。今行く!」

 その返答に、タイドはまた笑った。

「暇って、そんなはず無いだろ? 仮にも一国の防衛を任される将軍なのに…。フォーティスは相変わらずだな?」

 階下に下りて東屋に向かうと、タイドが立ち上がって出迎えてくれた。空いた席を勧められる。

「いや、本当に暇なのさ。ベルノ様を前にこんな事は言いたくないが、オークも盗賊も大人しいもんだ。殊にオークはろくに出てこない。暇過ぎていとまを貰いたいくらいだ」

「平和はフォーティス達がしっかり見張ってくれているお陰だ。ありがとう」

 ベルノは笑みを浮かべて答える。その間に、タイドが手際よくお茶を淹れてくれた。
 品のあるいい香りが漂う。どちらかと言えば──いや、どちらかも無く、アルコールを好むが、今はまだ時間が早い。

 まあ、仲間内なら飲む所だが──。

 と、既に察していたタイドが笑いながら。

「フォーティスは、アルコールの方がいいだろうけど、今は我慢してくれ」

「なんだ。バレてたのか?」

「前は良く飲んでいただろ? 勤務中でも関係なく」

「おいおい。ベルノ様の前でバラすなよ。大体、勤務中ったって、一応、全部終わらせてからだったろう? タイド、お前だって飲んでたんだ。共犯だな?」

「フォーティスの誘いを断る訳には行かないだろう? 本当は困ってたんだ…」

 わざとらしく、弱った表情を見せるタイドに。

「あぁ? それは聞き捨てならんな」

 フォーティスはその頭をクシャリと撫でた。タイドは避ける素振りを見せるが、嫌そうではない。
 以前と変わらないやり取りだ。けれど、あの頃はタイドに思い人はいなかった。いや。いないことになっていた──の方が、正しいのだろうが。

 無理にでも、ものにしておけばな…。

 好意の種類は違うにしろ、タイドに好かれているという自負はあった。手を出していれば、今頃、満更でもない関係になれていたかも知れない。

 昔の記憶も戻らず、二人きり。今頃、仲良く──。

 タイドは養ってくれていた、エルフの王子、スウェルの事を一時忘れたのだと言う。あとから聞けば、自分でそう望んだのだとか。
 セルサスの王子として生きるためだったらしいが、他にも理由があったのかも知れない。
 しかし、フォーティスは心の内で否定する。

 ──それはないか。

 別れ際、そこまでしたと言うことは、よほど強い思いを持っていたからに違いない。そうしなければ、自分を保てる自信がなかったのだろう。

 奴をそれほど好いている。

 そんなタイドが、自分を真から好いてくれるはずが無かった。
 傍らに座るタイドは、急にだんまりしたフォーティスをキョトンとして見つめている。

「フォーティス?」

「…なんでもない。ほら、せっかく淹れた紅茶が冷めるぞ」
 
「あ、うん…」

 タイドは訝しげな顔を見せつつ、紅茶に口をつけた。

✢✢✢

 ひとしきり歓談した後、部下に呼び出されフォーティスは席を立った。
 別れ際、ベルノに断りを入れて、後を追って来たタイドはフォーティスを呼び止めると。

「フォーティス。何かあれば、遠慮せず頼って欲しい。出来ることはしたいんだ…」

 先ほどの自分の様子を気に掛けているのだろう。フォーティスは笑みを浮かべると。

「これ以上は、タイドに迷惑はかけられんさ。──だが」

 遠慮せず、と言うのなら。

「俺が──、いつかこの世を離れる時、傍らにいてくれたら嬉しい」

「フォーティス…?」

 タイドの表情が曇る。
 いつか来るその時に、もし、タイドが傍にいてくれたなら、どんなに嬉しいか。
 しかし、言ってからフォーティスは首を振る。タイドにはスウェルがいる。彼を差し置いて、そんな無理は言えないだろう。

「冗談だ。ほら、ベルノ様を一人にするな?」

「約束する…」

「タイド?」

「きっと、傍にいる。約束だ」

 言って真っすぐこちらを見つめて来た。

 まったく──。

 フォーティスは苦笑すると。

「…ああ。頼んだ」

 タイドはきっと約束を守るだろう、そう思った。
 この世を離れる最後の瞬間。愛しい人に見守られ、穏やかに旅立つのだ。最後の締めくくりには、上出来だろう。
 その時だけは、タイドを自分のものに出来る気がした。

✢✢✢

「…逝ったのか?」

 それまで窓際に佇んでいたスウェルは、ベッドの傍らに座るタイドに声をかけた。
 必要なもの以外置かれていないシンプルな部屋には、エルフの里から摘んできた花々が咲き乱れる。
 ここはフォーティスが将軍職を辞したあと、引き籠もった森の奥の小屋だ。近くには湖もあり、風光明媚な場所。のんびり余生を過ごすのはいい場所だった。
 ここでフォーティスは悠々自適に暮らしていた。何より、エルフの森が近いためタイドらも頻繁に訪れやすく。フォーティスはそれを見込んでいたのかもしれない。
 タイドはシワの増えた、それでも大きなフォーティスの手をずっと握っていた。

「…うん」

「そうか」

 タイドは眠る様なフォーティスの顔を見つめながら。

「約束…だったんだ。傍にいるって」

「そうか…」

 スウェルはタイドの傍らに立ち、その頭を自分の方へ引き寄せた。ぽすりと腹辺りに当たる。タイドは目を伏せ、されるままでいた。
 
「フォーティスのこと、嫌いじゃなかった…。好いてもらえたこと、嬉しかった…」

「ああ…。知ってる。俺以外でタイドを託せるなら、フォーティスだと思っていたよ」

「──っ…」

 日に焼けた頬の上を、涙が滑り落ちる。綺麗な涙だと、スウェルは思った。
 いつかは終わる命。
 それまでどう生きるか、幾つもの選択を迫られる。フォーティスは、その中でタイドだけをただ思い続けた。
 勿論、付き合う女性も幾人かいたが、特定の相手を作る事は無く。その女性の中には、フォーティスの子を宿した者もいた。
 しかし、婚姻関係を結ぶ事は無く。資金はふんだんなく与え、時には父親らしく世話もしたが、家族は作らなかった。
 タイドへの思いを貫き通したのだ。

 本人に問えば、そうじゃないさと、否定しただろうが。

 面倒なだけだと笑っただろう。
 けれど、同じくタイドを思う者として、フォーティスの気持ちは痛いほどわかった。

 強く思えば、思うほど。

 同じくらい、相手の幸せを願う。
 フォーティスはそうして生きて来た。
 愛した者に看取られる最後は、幸せ以外の何ものでも無いだろう。
 切ないけれど、自分の思いに忠実だった生き方に、後悔は無いはず。

 よく、分かる。

「タイド。フォーティスは、十分、幸せだったよ」

「うん…」

 タイドはそうして暫く、スウェルと共にそこへ佇んでいた。
 

 フォーティスは、こちらをじっと見つめるタイドの眼差しに満足し目を閉じた。

 ああ。今だけは──タイドは俺だけのものだ…。

 この時ばかりは、タイドはフォーティスの事のみを思っている。まさに望んだ結果だ。
 大きくひとつ、息を吐き出す。

 タイド。俺はお前に出会えて、幸せだったよ。これからも、どうか幸せに──。

 降り注ぐ日差しの中、屈託なく笑うタイドを、そこに見た気がした。

 
ー了ー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。 攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w ◇◇◇ 「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」 マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。 ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。 (だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?) マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。 王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。 だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。 事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。 もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。 だがマリオンは知らない。 「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」 王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

処理中です...