森のエルフと養い子

マン太

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25.内と外

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 それを物陰から見ていたものがいた。
 ひとりの衛兵だ。そのものは全て見届けると報告に走る。向かった先は第三王妃、エスカの元だ。

「そんなことを…」

「はい。様子もかなり親密なものでした…」

 エスカの部屋を訪れた衛兵は、見聞きした事を事細かに伝える。
 この衛兵はもともと、エスカと同じくケイオス出身で、第三王妃になった際、引き入れた者の一人だった。

「タイドも隅に置けないわね。その話、大臣の従者に漏らしましょう。タイドには申し訳ないけれど、これも目的達成の為…。王家に迎えられたことを不運と思うしかないでしょう。この先もタイドと将軍の様子は逐一報告を。頼んだわ」

「はい」

 衛兵は退出する。
 この他にも従者や侍女として、引き連れてきたものは、エスカの手足となって動く間者となっていた。全てドローマの推薦だ。

 この強固な王国を内側から崩す──。

 当初の目的は果たされつつあった。
 タイドとフォーティス将軍が手を組んだとあれば、大臣クルメンが黙ってはいまい。
 まだ王ネムスへの報告は済ませていないようだが、これを知れば流石に疑いの目を向けるはず。そうなれば、二人には何らかの処分が下されるだろう。
 第二王子タイドが軍を司る将軍と手を組み、あまつさえ愛人と化し、国を乗っ取ろうとしている──今までなら信じようもなかっただろうが、徐々に入れた楔はきっと効いてきているはず。ベルノを襲わせたのもその為だ。

 二人にベルノ暗殺の罪をなすり付ける。

 これで、面倒な二人をまとめて排除できる。
 残されるのは、往年の勢いは既に過去のものとなりつつある王ネムスと、頭の回転は早いが武力はない大臣クルメン、終始争いを好まず大人しいベルノのみ。
 殊にベルノなど、タイドがいなければあっという間に命を落としたはず。
 実際、いつベルノが死んでもおかしくはなかった。フォーティスに罪を被せるために起こした数々の事象だが、そうなってもいい様、事を仕組んできたはずだった。
 しかし、それをことごとくタイドが防いできたのだ。

 王子の癖に、まるで従者のごとくその傍に控えている…。

 エスカにとってそれは邪魔でしかない。エルフの里で育ち、数年前に迎えられた青年。
 タイドが現れたお陰で、この計画が危ぶまれる事態になったのだ。その為、ドローマと相談し、事を急ぐため計画の進行を早める決断を下した。

 タイドには確か──エルフの王子がついていた気がしたが…。

 いつの頃か、その姿を見なくなった。
 あれはタイドが王家に引き取られると決まった頃からだろうか。
 それから、タイドは一言もそのエルフの事を口にしなくなった。
 もともと、育ったエルフの里については語ろうとしてこなかったのだ。エルフの王子の事が話題に上らなくとも不思議ではなかったが。
 王ネムスからも、エルフの里での話しには触れるなと言われている。

 まるで親子のようにも見えた間柄ではあったがけれど…。

 リオもすっかり忘れている様。

 エルフについてはこの際、考えなくてもよいでしょう。

 関係を絶ったのだとネムスから言われていた。こちらの世界で生きるのであれば、今後一切、エルフとの関わりは持たないと。それが、こちらに来る条件だったのだとか。
 関わりを絶っている方がいい。でないと、もし、タイドに何かしら不幸が起きれば、現れる可能性があるからだ。

 エルフなど、面倒だわ。

 先の戦でのエルフの活躍は史実にも残るものだった。あの時は後から森のエルフの王も出てきたのだ。その息子たちを従えて。
 そうして、オーク、ゴブリン、魔に属するすべてのものが一掃された。
 一番はオークの頭目を倒したエルフの王子だ。確か、くだんのタイドと懇意のエルフ。
 末の王子とのことだったが、その力はすさまじく、山を越えたこちらまで光に飲み込まれるのではと思えたほど。
 あんなことが起これば、こちらも無事ではすまない。王都が消滅するどころの話ではないのだ。
 タイドがエルフと縁を切っていて良かった。心からそう思った。

✢✢✢

 大臣クルメンにその報がもたらされたのはそれから間もない頃。

「フォーティス将軍とタイド様が手を組んだと…?」

 クルメンは腕を組み思案顔になる。

「して、その情報はどこから?」

「以前と同じ、将軍つきの従者からです。タイド様が手合わせの最中、そのような会話をしていたと。それに──」

「なんだ? 言いづらいことがあるのか? 今更だろう」

「その、タイド様と将軍は通じていると…。口づけを交わしている所を確かに見たと」

「なっ、なんとっ! あのくそ将軍め! 相変わらず手あたり次第──いや。すまぬ、つい本音がな。だが、あいつの事だ。手練手管でタイド様を誑し込んだに違いない。まだこちらの世界に慣れないタイド様をたぶらかすとは…。しかも、挙げ句に王として担ぎ上げ、更に手中に収めようとしておる。ふむ。これは策を練る必要がある…。お前は下がれ。引き続き調査を怠るな」

「分りました」

 従者が下がった後、クルメンは大仰にため息をつき、背後に向けて声をかける。

「──今のは本当か? フォーティス将軍…」

 と、少しだけ開け放たれていたドアが押し開かれ、大柄で美丈夫な男が姿を現す。

「まあ、嘘と真実が混ざっていますな」

 頭を掻きつつそう答えた。クルメンはツカツカとフォーティスに詰め寄ると、ビシッと指をさし。

「なぜ、タイド様に手を出した! ええ? わかっておるのか? あの方は第二王子だぞ! お前のような者が触れていい相手じゃない! 分を弁えろ!」

「たって、タイドは妾腹でしょう? それに、ずっとエルフの里で育ってきた。生粋の王族ってわけじゃ──」

「それは問題ではない! 大事なのはネムス様の血を継いでいるという点だ! お前のような何処の馬の骨ともわからん奴の手に入るものではないのだ! そ、それを!」

「まあ、そう興奮しなさんな。老体に響くぞ? それに俺はきっぱり断られている。キスは──まあ、駄賃としてもらっただけだ。ちょっとくらいいいだろう?」

「そう言う問題ではない! それにわしはまだ六十代だ! 老体などではないわっ!」

 ぐぬぬと歯を食いしばったあと、クルメンは興奮を自ら治めるように大きく肩で息をつき。

「とにかく。あちこちに間者が紛れておる…。それの元を絶たねばならぬ。タイド様の仰る通りだ」

「あんたは、タイドや俺を疑わないのか?」

 腕を組んでクルメンを見返せば。ふんと鼻で息を吐き出した後。

「わしの目は老いても節穴ではない。見るところは見ておる。伊達にセルサス王国の大臣をしているわけではないのだからな? わしをただの小うるさいだけの爺だと思っている輩は多いだろう。だがそれでいい…。侮る輩は全て敵だと自ら言っているようなものだからな?」

 不敵に笑う大臣にうすら寒さも感じたが、流石、セルサスの大臣であった。
 腹黒い大臣に、どこぞの馬の骨とも知れぬものを将軍に据えるこの国の王、ネムスはどれほどの大物なのか。
 ネムスの心は読み辛い。自分を認めたと言う事は、呆けたものではないだろうが。

「ベルノ様が一番、まともに思えるな…」

 そう呟けば、大臣クルメンはふふんと笑み。

「そうだ。平和な時代の王はそれでいい。民衆と変わらない心の持ち主、それが一番、民に受け入れられるのだからな? それがベルノ様の素晴らしい所だ」

「なるほど。──で、今後はどうする? 腐った元を辿れそうか?」

「策はある。偽の情報を流す。相手はまだ私と貴様が反目しあっていると思っているだろうからな。そこを突く」

「成る程。なら、それっぽく演じなければな?」

「そうだ。案はある。だが──お前は一時、辛い立場になるかもしれぬが、いいのか?」

「良いも悪いも、タイドの為なら、火の中水の中──」

「お、お前! まだそんな不届きな事を思っているのか!」

「なんだよ。いいだろ? 別に忠臣でいる分には問題ないだろう?」

「それはそうだが…。うむ。仕方ない。だが、上手くやれ。かなりのヒール役だが」

「お安い御用だ。それにはタイドにも一役買ってもらうことになるが。いいのか?」

「既にご了承を得ている。ただ、ベルノ様には心労を増やしたくないと、内密にとの事だった」

「分かった。しかし、どちらにしろ、ベルノ王子には辛い状況になるだろうな?」

「仕方ない。フォローはきちんとする。さあ、もういけ。来た時と同じ、裏通路を使うようにな。誰にも見られるなよ?」

「俺を誰だと思っている?」

 クルメンは一瞬、間を置いたのち。

「──セルサス王国一の将軍だ。さっさといけ」

「了解!」

 それに破顔すると、フォーティスはそこを後にした。

✢✢✢

 いったい、なにが起こっている?

 既に定位置となっている、城内の大樹の上でスウェルは思案顔になる。
 数日前。
 タイドに対する許しがたい行為を目撃し、スウェルのはらわたは、怒りと嫉妬で煮えくり返っていたのだが。
 この国で何かが起きようとしていることは確かだった。大臣クルメンといい、フォーティス将軍といい。

 何か企んでいる。

 不穏な空気と共に、何かが動きだそうとしている、そんな予感がした。

 にしても。

 許せないのは、フォーティスがタイドにして見せたキスだ。
 タイドからしたのなら、百歩、いや、一万歩譲って仕方ないと言おう。だが、実際は無理やりだ。

 タイドは泣いていた。そう──。泣いていたのだ。

 タイドは時折、涙を見せる時がある。
 その涙がいったいどこから来るものなのか、スウェルには分からない。だが、何かを感じている事は確か。

 記憶は封じた筈なのに、どこかで覚えているのだろうか…。

 寝ていても、泣いて飛び起きることがままある。不安に押しつぶされそうになって、そうなるのだ。

 その不安は何処から来る? どうしたら治まる? 

 側に寄り添って、声をかけ背中を撫で、抱きしめることはできない。ただ、窓の外、そんな様子を眺めている事しかできないのだ。
 自分で選んだ選択だ。全て受け入れなければならない。

 だが、辛い──。

 タイドはこちらに気付き、いつも木の実や穀物を窓辺に置く。

 俺はもう、タイドの悲しみを拭うことができない。ただ見つめるだけだ。

 どうか幸せに──。

 それだけで。この国に漂う不穏な空気に、そう願わずにはいられない。

 しかし、このままだと見守るだけでは済まなそうだな…。

 大臣はコソコソと動き回り、憎たらしいあの将軍は逆に何事もなかったかのように、過ごしている。
 タイドも変わらない。ただ、思いつめたような表情をすることが多くなった。

 まさか──将軍に心揺れているのか? 

 いやいや。そんなはずはない。だいたい、タイドはきちんと断っていた。

 なら、その顔を曇らせる原因はどこにある?

 数週間後。
 そうこうしているうちに、城内が騒がしくなった。スウェルは鳥にその様子を探らせた。

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