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22.嵐
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その日、出先からの帰り、古山は突然、寄りたい場所があると口にした。
時刻は夜九時過ぎ。街の灯りが眩しく輝き出す時間帯だ。
ハンドルを握る部下に、徐ろに行き先を告げる。そこは埠頭近くのクラブ。古山の縄張の一つだった。
「この前、言ったろ?」
紫煙を一筋吐き出しながらそう口にする。
古山は片時も煙草を手放さない。安ものではないのだが、岳にとってはどれも同じで。正直、その煙にも匂いにも辟易していた。
「はい…?」
聞き返す岳に古山は口の端をニッと釣り上げると。
「例のお前の元いろ。そいつに今日、話しをつけると報告があった。もう、来てる頃じゃねぇか──?」
言いながら腕時計に目を落とすと、再び顔を上げ。
「──あいつらだけじゃ、無茶しねぇか心配でな。会長に言われた手前、放ってもおけねぇ。様子を見に行こうかと思ってな。…お前も来るか?」
古山の目が一瞬、ギラついた気がした。岳はその古山を見返すと。
「今更、会っても…。でも、俺に会わない──と言う選択肢はないんでしょう?」
既に目的地に向かっているのだ。途中で降ろすつもりなど無いのだろう。
「分かってんのか。何だ、もっと会わせろと頼み込まれるかと思ったが──」
「終わった事です…」
事も無げに答えたが。内心は違う。
しかし、それを古山に気取られるわけには行かない。着いた早々、正嗣達に連絡を入れなければと思った。
「…お前も情がねぇな。まあ、いい。お前はそう言う方があってる…」
古山は煙草を備え付けの灰皿へ押し付ける。半分以上残ったそれは、クシャリと情けなく縮んだ。
何があっていると言うのか。
俺の何も知りはしないくせに──。
岳はしかし、おくびにも出さず軽く笑んでさえ見せ。
「そうですね。性に合っています…」
「着いたらお前んとこに置いてる浅倉がいるはずだ。…回収しとけ」
「浅倉を──使ったんですか?」
それは聞いていなかった。古山はこちらの反応を窺うように視線を向けて来る。
「勝手に使って済まなかったな? お前に言うのを忘れてた。元いろを呼び出すのに使わせて貰っただけさ」
「…そうですか」
すると、古山は急に下衆な顔つきになって。
「あいつとはもうやったのか? かなりいいって話しだが…」
「いえ──。俺は部下には手を出さないと決めていますから」
逆に襲われかけはしたが。
あれ以降、様子を見守りつつも、距離は取るようにしていた。
「そうか。真面目だなぁ。えぇ? お前も俺の下にいるんだ。もっと楽しめよ?」
豪快に笑ったあと、車が停車した。向けた視線の先には、綺羅びやかな夜景の下に、黒い海が揺れている。
部下の到着を告げる声に古山は、
「行くか。岳、選択を──間違えんなよ?」
「…はい」
それが何を指しているのか。
これから起こる事を暗示しているのは明白だった。
+++
古山の声を合図に、奥にあったドアがゆっくりと開いた。見覚えのある、待ち焦がれたその姿が目に入る。
いつ振りだろうか。やや垂れ気味の涼やかな目元も、長めの後ろ髪も。以前と変わりなくそこにある。
俺を認めて、目を細く歪ませた。
岳…。
こんな状況なのに、不覚にも涙が出そうになる。
会いたかった…。
古山に押えつけられてさえいなければ、長時間留守にしていた主人に飛びつく犬さながら、駆け寄って抱きついていた事だろう。
実際はコツメカワウソだが。カワウソが飼い主に飛びつくかは不明だ。
「岳。こいつはお前を自由にしろと言ってるが、お前はどうなんだ? …戻りてぇのか?」
そう言うと、古山は俺の襟元をさらに掴み上げ、口元に血のにじんだ顔を岳に見せつけるように突きつけた。
「まあ、こいつがどうなってもいいって言うんなら、好きにするといいが…」
「っ…! っざけんな! お前なんかに──」
その腕を振り払おうともがくがビクともしない。相当場数を踏んでいるのだろう。暴れる人間をどう押さえて置けばいいのかを知っているのだ。
すると岳が一歩進み出て。
「古山さん。そいつに手を出すのは止めてもらえませんか? …もう、関係ありません」
「おう。だったらどうすればいいか、分かってんだろ? こいつの前で言ってやれよ…」
古山の目には意地の悪い色が浮かぶ。
岳は視線を落としひとつ息を吐き出すと、再び顔を上げてこちらをひたと見つめた。
「俺はもう戻るつもりはない。大和、お前とは別れる。…浅倉」
岳に呼ばれてその背後から大希が現れる。
乱れたシャツは先ほどの男とのやり取りの所為か。やつれた顔に、頬には叩かれたような跡があった。こちらを見ようともしない。
「俺の面倒はこいつが見てくれる。…そう言う事だ」
俺は岳から視線を反らさないし、岳もそれは同じだった。
それだけで、十分──。
俺には伝わった。
岳にその気が無いことが。
「分かった…」
「ほう。物分りがいいな…」
古山が一瞬、手の力を緩めた瞬間。
俺は古山の手を逃れ、逆にその首に腕を巻き付けた。
「──っ!」
古山の表情が驚きに歪む。
一瞬のすきも与えない。一気に形成逆転だ。息ができず古山がぐぅっと潰れた声を上げる。
「大和…っ!」
これには流石に岳も声をあげた。
俺が何をしようとしているか気づいたからだろう。古山の部下が直ぐに懐から銃を取り出しこちらに向ける。
俺は構わず、岳に目を向けると。
「…岳が、ほかに好きな奴が出来て、そいつと生きて行きたいって言うなら、俺は止めない。…けど、岳が自分の夢を諦めるって言うなら、俺は認めない。それを邪魔する奴がいるなら──」
ドクリ、とまた心臓が鳴る。
俺はクッと古山の首にかけた腕の力を強めた。古山の顔色が青黒くなる。呼吸がろくにできないのだ。
「てめぇ! 殺すぞ!」
部下が銃を構える。岳は構わず腰を落とし、こちらに手を差し出して来た。
「大和──。手を離せ」
けれど、俺はじっと岳を見つめたまま、離さない。
「こいつがいなくなれば、岳を追う奴はいなくなる。そうだろ? 何バカやってんだって思う…。けど、これが一番、手っ取り早い…。岳が自分を殺して生きるくらいなら──」
部下が殺気立つ。
もし、このままあと少し力を入れれば、古山はもう動かなくなる。
それが、何を意味するのかわかっていた。
人、ひとりの命を奪う──。
そんな権利は俺にない。分かってる。
けど。
岳が自分を殺して生きるのは、死んでいるのに等しい。生きてさえいればいい、なんて、そんな風には思えない。
岳が岳らしく生きられないのなら──。
岳を殺す人物をこのままにしておくなんて、俺にはできない。
「大和。俺の声を聞くんだ…」
岳がじっとこちらを見つめたまま、声をかけて来る。暗い炎が灯った目を、岳に向けた。
「お前にそんなことをさせて、俺が夢を追えると思うか? きっと、カメラは二度と持たない──。持てなくなる…。ずっと後悔して生きることになる。それは俺を殺したも同然だ。そいつとやることは一緒。けれど、大和、お前はそいつとは違う。…お前はそんな事はできない──だろ?」
岳は更に近づくと、そっと俺の肩に手を置いた。置いた所から、じんわりと確かな温もりが伝わってくる。
「俺は、大和を失いたくない…」
岳。
「もういい…。大丈夫だから。こっちに、こい。大和は俺と生きる、そうだろ?」
岳はそう言うと、俺の固まった身体を引き寄せぐっと抱きしめる。それで、古山の首を拘束していた腕の力が抜けた。
「岳…。俺──!」
俺──こんなこと、したくない。けど──。
俺には他に術がなくて。岳を、守りたかったんだ。
「大丈夫だ。大和…」
岳が耳元でささやく。懐かしい香りに包まれ、ようやく深く呼吸ができた。
岳──。ごめん。
+++
大和の腕に入った力が抜けた事で、古山はようやく新鮮な空気を吸う事が出来た。
古山が咳き込みながら身体を起こすより先、岳は大和を腕に抱えるようにして引き寄せると立ち上がり。
「古山さん。もう、この辺で終わりにしていいですか?」
「岳? 何言って──」
古山は訝し気に顔を上げる。
「もう、限界です。手伝えるのはここまで…」
「なんだと?」
古山は気色ばむ。
「鷹来、見せてやれ」
すると、いつの間にか背後に控えていた鷹来が、手にしていた封筒から書類の束を取り出した。古山は怪訝な顔をする。
「なんだ? それは──」
答えたのは鷹来だ。
「あなたがお持ちの土地の権利書。その他重要なもの全てです。全部、あなたの金庫から拝借しました。──これはコピーなのでいくらでもどうぞ」
そう言って、鷹来はそれらをまだ座り込んだままの古山の足元へと放る。岳はあとを引き取ると。
「これ以上、手伝えと言うなら、これを全て楠に渡します。これはあなたのサインも入った正当な取引だ」
「…金庫は俺しか開けられねぇ。いつ盗った?」
古山は唸る。
「あなた自身が開けたでしょう? サインもあなたがして、ケースもあなたが選んだ…」
あの時。
取引の為、古山自ら金庫を開け、それを鷹来が確認しアタッシュケースへと閉まった。
その際に鷹来が、店の権利書以外の重要な書類も取り出していたのだ。
古山は権利書の表しか見なかった。その書類が必要以上に分厚いのも気に留めていなかったのだ。
サインすべき書類は上だけ上手くすり替え。その後、その他権利書が入ったケースを、古山自身が取り違えた。
古山が手にしたのは、たいして価値もない、もともと持っていた店の権利書だけ。
正嗣の持ってきた多大な利益を生む店の権利書も、自身の土地の権利書も、全て置いて行ったケースの方に入っていたのだ。
鷹来はただ、取り出して手続き後確認し、元に戻しただけ。
ただ、戻したケースを上手く置き換え、コートを上にかけてやったのだ。あたかも玉置が持ってきたケースのように…。
この取引は多々ある権利書を古山から奪うため岳が仕組んだものだった。
古山は自身が金庫を開け、その後の取引にも自分がケースを取ったことを思い出し、ちっと舌打ちする。
「…あの時か。じゃあ、あの話も──」
応と言う代わりにニッと岳は口元に笑みを浮かべ。
「それと…、ここ最近のあなたの不貞行為も上に報告させていただきます」
「ああ? なんだそりゃ──」
「会長には話さず、他の組の縄張を荒らす指示を出した。会話はすべて録音してあります。なんなら動画もありますが…。会長はそういった筋の通らないことは望まない。知っているでしょう? かなり上前もはねた筈。それを全部懐に入れていたことも。多少なら会長も目をつぶるでしょうが、見過ごせない額です。調べは全部ついているんですよ。これを報告します」
「お前…。俺を脅す気か?」
「それは古山さんを見習ったまで。あなたの十八番ですから。俺はあなたにもこの世界にも今後一切、かかわるつもりはありません。これに懲りて、二度と手を出さないと誓っていただけますか?」
「…っ」
古山は岳を睨みつける。岳は幾らでも反撃できると示して見せたのだ。古山も馬鹿ではない。これだけ痛手を負わせた相手を手元に置こうとは思わないだろう。
すると、突然、弾かれた様に古山は笑いだした。いまだに座ったまま、肩を揺らしだす。
「っとうに…。やっぱりお前はその辺の奴とは違うな…」
そういうと、岳を鋭い眼差しで見つめ。
「──気に入った。俺は何が何でもお前を下に置く。…そのガキも道連れだ。そいつを使えばお前が簡単に言うことを聞くってのはよく分かったからな? そいつを捕まえてどっかに監禁でもしとけば、お前は手も足も出せねぇだろ? そいつを海外に送ったっていい。お前の手の届かない所にそいつを連れていく。お前ら、岳からそいつを引き離せ…!」
古山の言葉に銃口が岳と大和に向けられる。
「っ…」
岳は渡さないとばかりに、ぎゅっと大和の身体を抱きしめる腕に力を込めた。
腕の中の大和は一瞬、岳の胸元を掴んだが、次の瞬間、その胸を強く押し返した。岳の腕から逃れようとする。
「大和?」
見上げてくる大和の瞳が潤んでいた。こんな時なのに、それを見て愛おしいと感じてしまう。
「俺が──お前の足を引っ張る…。前もそうだった…。俺が、いるからだ」
そういうと、思いっきり岳を突き飛ばし、近くにいた男に体当たりした。
男は手にした銃を取り落とす。それを素早くつかんだ大和は銃口を古山に向けた。
「あんたを消す──」
「…撃てンのか?」
古山が薄ら笑い浮かべ大和を見返す。
「大和!」
部下が銃口を大和に向けた。
大和は引き金に指はかけていない。それが岳からは見える。
だいたい、銃を扱ったことはないはずだ。撃つつもりがないのだ。しかし、部下達はそんなことに気付くはずもなく。
自分を──撃たせる気か?
古山の言葉に、自分がいなくなれば、岳が自由になれると、そう判断を下したのだ。
それにもし、大和を誰かが撃てば、一般人を巻き込んだとして事件にもなるだろう。古山らはただでは済まされない。
「大和! やめろっ!」
時刻は夜九時過ぎ。街の灯りが眩しく輝き出す時間帯だ。
ハンドルを握る部下に、徐ろに行き先を告げる。そこは埠頭近くのクラブ。古山の縄張の一つだった。
「この前、言ったろ?」
紫煙を一筋吐き出しながらそう口にする。
古山は片時も煙草を手放さない。安ものではないのだが、岳にとってはどれも同じで。正直、その煙にも匂いにも辟易していた。
「はい…?」
聞き返す岳に古山は口の端をニッと釣り上げると。
「例のお前の元いろ。そいつに今日、話しをつけると報告があった。もう、来てる頃じゃねぇか──?」
言いながら腕時計に目を落とすと、再び顔を上げ。
「──あいつらだけじゃ、無茶しねぇか心配でな。会長に言われた手前、放ってもおけねぇ。様子を見に行こうかと思ってな。…お前も来るか?」
古山の目が一瞬、ギラついた気がした。岳はその古山を見返すと。
「今更、会っても…。でも、俺に会わない──と言う選択肢はないんでしょう?」
既に目的地に向かっているのだ。途中で降ろすつもりなど無いのだろう。
「分かってんのか。何だ、もっと会わせろと頼み込まれるかと思ったが──」
「終わった事です…」
事も無げに答えたが。内心は違う。
しかし、それを古山に気取られるわけには行かない。着いた早々、正嗣達に連絡を入れなければと思った。
「…お前も情がねぇな。まあ、いい。お前はそう言う方があってる…」
古山は煙草を備え付けの灰皿へ押し付ける。半分以上残ったそれは、クシャリと情けなく縮んだ。
何があっていると言うのか。
俺の何も知りはしないくせに──。
岳はしかし、おくびにも出さず軽く笑んでさえ見せ。
「そうですね。性に合っています…」
「着いたらお前んとこに置いてる浅倉がいるはずだ。…回収しとけ」
「浅倉を──使ったんですか?」
それは聞いていなかった。古山はこちらの反応を窺うように視線を向けて来る。
「勝手に使って済まなかったな? お前に言うのを忘れてた。元いろを呼び出すのに使わせて貰っただけさ」
「…そうですか」
すると、古山は急に下衆な顔つきになって。
「あいつとはもうやったのか? かなりいいって話しだが…」
「いえ──。俺は部下には手を出さないと決めていますから」
逆に襲われかけはしたが。
あれ以降、様子を見守りつつも、距離は取るようにしていた。
「そうか。真面目だなぁ。えぇ? お前も俺の下にいるんだ。もっと楽しめよ?」
豪快に笑ったあと、車が停車した。向けた視線の先には、綺羅びやかな夜景の下に、黒い海が揺れている。
部下の到着を告げる声に古山は、
「行くか。岳、選択を──間違えんなよ?」
「…はい」
それが何を指しているのか。
これから起こる事を暗示しているのは明白だった。
+++
古山の声を合図に、奥にあったドアがゆっくりと開いた。見覚えのある、待ち焦がれたその姿が目に入る。
いつ振りだろうか。やや垂れ気味の涼やかな目元も、長めの後ろ髪も。以前と変わりなくそこにある。
俺を認めて、目を細く歪ませた。
岳…。
こんな状況なのに、不覚にも涙が出そうになる。
会いたかった…。
古山に押えつけられてさえいなければ、長時間留守にしていた主人に飛びつく犬さながら、駆け寄って抱きついていた事だろう。
実際はコツメカワウソだが。カワウソが飼い主に飛びつくかは不明だ。
「岳。こいつはお前を自由にしろと言ってるが、お前はどうなんだ? …戻りてぇのか?」
そう言うと、古山は俺の襟元をさらに掴み上げ、口元に血のにじんだ顔を岳に見せつけるように突きつけた。
「まあ、こいつがどうなってもいいって言うんなら、好きにするといいが…」
「っ…! っざけんな! お前なんかに──」
その腕を振り払おうともがくがビクともしない。相当場数を踏んでいるのだろう。暴れる人間をどう押さえて置けばいいのかを知っているのだ。
すると岳が一歩進み出て。
「古山さん。そいつに手を出すのは止めてもらえませんか? …もう、関係ありません」
「おう。だったらどうすればいいか、分かってんだろ? こいつの前で言ってやれよ…」
古山の目には意地の悪い色が浮かぶ。
岳は視線を落としひとつ息を吐き出すと、再び顔を上げてこちらをひたと見つめた。
「俺はもう戻るつもりはない。大和、お前とは別れる。…浅倉」
岳に呼ばれてその背後から大希が現れる。
乱れたシャツは先ほどの男とのやり取りの所為か。やつれた顔に、頬には叩かれたような跡があった。こちらを見ようともしない。
「俺の面倒はこいつが見てくれる。…そう言う事だ」
俺は岳から視線を反らさないし、岳もそれは同じだった。
それだけで、十分──。
俺には伝わった。
岳にその気が無いことが。
「分かった…」
「ほう。物分りがいいな…」
古山が一瞬、手の力を緩めた瞬間。
俺は古山の手を逃れ、逆にその首に腕を巻き付けた。
「──っ!」
古山の表情が驚きに歪む。
一瞬のすきも与えない。一気に形成逆転だ。息ができず古山がぐぅっと潰れた声を上げる。
「大和…っ!」
これには流石に岳も声をあげた。
俺が何をしようとしているか気づいたからだろう。古山の部下が直ぐに懐から銃を取り出しこちらに向ける。
俺は構わず、岳に目を向けると。
「…岳が、ほかに好きな奴が出来て、そいつと生きて行きたいって言うなら、俺は止めない。…けど、岳が自分の夢を諦めるって言うなら、俺は認めない。それを邪魔する奴がいるなら──」
ドクリ、とまた心臓が鳴る。
俺はクッと古山の首にかけた腕の力を強めた。古山の顔色が青黒くなる。呼吸がろくにできないのだ。
「てめぇ! 殺すぞ!」
部下が銃を構える。岳は構わず腰を落とし、こちらに手を差し出して来た。
「大和──。手を離せ」
けれど、俺はじっと岳を見つめたまま、離さない。
「こいつがいなくなれば、岳を追う奴はいなくなる。そうだろ? 何バカやってんだって思う…。けど、これが一番、手っ取り早い…。岳が自分を殺して生きるくらいなら──」
部下が殺気立つ。
もし、このままあと少し力を入れれば、古山はもう動かなくなる。
それが、何を意味するのかわかっていた。
人、ひとりの命を奪う──。
そんな権利は俺にない。分かってる。
けど。
岳が自分を殺して生きるのは、死んでいるのに等しい。生きてさえいればいい、なんて、そんな風には思えない。
岳が岳らしく生きられないのなら──。
岳を殺す人物をこのままにしておくなんて、俺にはできない。
「大和。俺の声を聞くんだ…」
岳がじっとこちらを見つめたまま、声をかけて来る。暗い炎が灯った目を、岳に向けた。
「お前にそんなことをさせて、俺が夢を追えると思うか? きっと、カメラは二度と持たない──。持てなくなる…。ずっと後悔して生きることになる。それは俺を殺したも同然だ。そいつとやることは一緒。けれど、大和、お前はそいつとは違う。…お前はそんな事はできない──だろ?」
岳は更に近づくと、そっと俺の肩に手を置いた。置いた所から、じんわりと確かな温もりが伝わってくる。
「俺は、大和を失いたくない…」
岳。
「もういい…。大丈夫だから。こっちに、こい。大和は俺と生きる、そうだろ?」
岳はそう言うと、俺の固まった身体を引き寄せぐっと抱きしめる。それで、古山の首を拘束していた腕の力が抜けた。
「岳…。俺──!」
俺──こんなこと、したくない。けど──。
俺には他に術がなくて。岳を、守りたかったんだ。
「大丈夫だ。大和…」
岳が耳元でささやく。懐かしい香りに包まれ、ようやく深く呼吸ができた。
岳──。ごめん。
+++
大和の腕に入った力が抜けた事で、古山はようやく新鮮な空気を吸う事が出来た。
古山が咳き込みながら身体を起こすより先、岳は大和を腕に抱えるようにして引き寄せると立ち上がり。
「古山さん。もう、この辺で終わりにしていいですか?」
「岳? 何言って──」
古山は訝し気に顔を上げる。
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「なんだと?」
古山は気色ばむ。
「鷹来、見せてやれ」
すると、いつの間にか背後に控えていた鷹来が、手にしていた封筒から書類の束を取り出した。古山は怪訝な顔をする。
「なんだ? それは──」
答えたのは鷹来だ。
「あなたがお持ちの土地の権利書。その他重要なもの全てです。全部、あなたの金庫から拝借しました。──これはコピーなのでいくらでもどうぞ」
そう言って、鷹来はそれらをまだ座り込んだままの古山の足元へと放る。岳はあとを引き取ると。
「これ以上、手伝えと言うなら、これを全て楠に渡します。これはあなたのサインも入った正当な取引だ」
「…金庫は俺しか開けられねぇ。いつ盗った?」
古山は唸る。
「あなた自身が開けたでしょう? サインもあなたがして、ケースもあなたが選んだ…」
あの時。
取引の為、古山自ら金庫を開け、それを鷹来が確認しアタッシュケースへと閉まった。
その際に鷹来が、店の権利書以外の重要な書類も取り出していたのだ。
古山は権利書の表しか見なかった。その書類が必要以上に分厚いのも気に留めていなかったのだ。
サインすべき書類は上だけ上手くすり替え。その後、その他権利書が入ったケースを、古山自身が取り違えた。
古山が手にしたのは、たいして価値もない、もともと持っていた店の権利書だけ。
正嗣の持ってきた多大な利益を生む店の権利書も、自身の土地の権利書も、全て置いて行ったケースの方に入っていたのだ。
鷹来はただ、取り出して手続き後確認し、元に戻しただけ。
ただ、戻したケースを上手く置き換え、コートを上にかけてやったのだ。あたかも玉置が持ってきたケースのように…。
この取引は多々ある権利書を古山から奪うため岳が仕組んだものだった。
古山は自身が金庫を開け、その後の取引にも自分がケースを取ったことを思い出し、ちっと舌打ちする。
「…あの時か。じゃあ、あの話も──」
応と言う代わりにニッと岳は口元に笑みを浮かべ。
「それと…、ここ最近のあなたの不貞行為も上に報告させていただきます」
「ああ? なんだそりゃ──」
「会長には話さず、他の組の縄張を荒らす指示を出した。会話はすべて録音してあります。なんなら動画もありますが…。会長はそういった筋の通らないことは望まない。知っているでしょう? かなり上前もはねた筈。それを全部懐に入れていたことも。多少なら会長も目をつぶるでしょうが、見過ごせない額です。調べは全部ついているんですよ。これを報告します」
「お前…。俺を脅す気か?」
「それは古山さんを見習ったまで。あなたの十八番ですから。俺はあなたにもこの世界にも今後一切、かかわるつもりはありません。これに懲りて、二度と手を出さないと誓っていただけますか?」
「…っ」
古山は岳を睨みつける。岳は幾らでも反撃できると示して見せたのだ。古山も馬鹿ではない。これだけ痛手を負わせた相手を手元に置こうとは思わないだろう。
すると、突然、弾かれた様に古山は笑いだした。いまだに座ったまま、肩を揺らしだす。
「っとうに…。やっぱりお前はその辺の奴とは違うな…」
そういうと、岳を鋭い眼差しで見つめ。
「──気に入った。俺は何が何でもお前を下に置く。…そのガキも道連れだ。そいつを使えばお前が簡単に言うことを聞くってのはよく分かったからな? そいつを捕まえてどっかに監禁でもしとけば、お前は手も足も出せねぇだろ? そいつを海外に送ったっていい。お前の手の届かない所にそいつを連れていく。お前ら、岳からそいつを引き離せ…!」
古山の言葉に銃口が岳と大和に向けられる。
「っ…」
岳は渡さないとばかりに、ぎゅっと大和の身体を抱きしめる腕に力を込めた。
腕の中の大和は一瞬、岳の胸元を掴んだが、次の瞬間、その胸を強く押し返した。岳の腕から逃れようとする。
「大和?」
見上げてくる大和の瞳が潤んでいた。こんな時なのに、それを見て愛おしいと感じてしまう。
「俺が──お前の足を引っ張る…。前もそうだった…。俺が、いるからだ」
そういうと、思いっきり岳を突き飛ばし、近くにいた男に体当たりした。
男は手にした銃を取り落とす。それを素早くつかんだ大和は銃口を古山に向けた。
「あんたを消す──」
「…撃てンのか?」
古山が薄ら笑い浮かべ大和を見返す。
「大和!」
部下が銃口を大和に向けた。
大和は引き金に指はかけていない。それが岳からは見える。
だいたい、銃を扱ったことはないはずだ。撃つつもりがないのだ。しかし、部下達はそんなことに気付くはずもなく。
自分を──撃たせる気か?
古山の言葉に、自分がいなくなれば、岳が自由になれると、そう判断を下したのだ。
それにもし、大和を誰かが撃てば、一般人を巻き込んだとして事件にもなるだろう。古山らはただでは済まされない。
「大和! やめろっ!」
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わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
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