Take On Me 2

マン太

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20.大和、確かめる

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 俺はすぐに大希に会おうと決めた。

 岳に戻るつもりがないのかどうか──。

 勿論、あり得ないと思っている。
 写真を捨てる事も、あの写真に写る岳の姿も。
 俺に何も言わずに、すべてを捨てる訳が無いのだ。──そう信じてる。
 俺は必死に今までの岳とのやり取りを思い出し、大希が送ってきた画像を否定した。

 あれは岳の本意じゃない。

 けれど、岳に真実を聞こうにも、端末は自宅のコツメカワウソの縫いぐるみの前に置いて行ったまま。連絡する手立ては無い。
 大希と会って真偽を確かめる方が早かった。
 しかし、会って話したいと連絡をいれても、ずっと無視され続け。
 それでもしつこくストーカー並みに連絡を繰り返していれば──通信アプリの画面には、俺のコメントだけでみっちり埋められていた──ようやく既読が付き、今さっき、今晩なら会えると伝えてきたのだ。
 指定されたのは、郊外のとあるクラブ。夜九時過ぎなら、そこで会えるとの事だった。
 今日は週の半ば。それほど店内も混み合ってはいないだろう。端末で検索すると、店は海に近く、側に埠頭があった。面白い場所にある。

 電車を使えば行けなくないな。

 今は八時前。真琴は仕事でいなかった為、亜貴と二人だけの夕飯も既に済ませてあった。
 今から電車に乗れば丁度いい時間だ。終電は十一時過ぎ。それまでに話しが終われば十分間に合う。
 迷う時間はない。
 急いで亜貴と、今帰って来たばかりの真琴に、ジムに行くと伝える。急ではあるが、それをいちいち確認することはないため、バレる心配はないはずだ。
 黙って行くことに心苦しさを覚えるが、真琴は今仕事から帰って来たばかり。疲れているだろうし、何より亜貴を一人には出来ない。突然の事で藤にも同行は頼めなかった。
 一人で行くしかない。
 この機会を逃せば、次いつ大希に会えるか分からないのだ。
 出掛けにスーツ姿のままの真琴が声をかけてくる。

「帰りが遅くなるようだったら、藤に頼めよ?」

「大丈夫だって。もう、誰も襲わねぇよ」

 あれから、危険な目にはあっていない。岳が大人しく古山の元にいるからだろう。俺を使って脅す必要はないのだ。

「用心するに越したことはない。岳が戻るまではな?」

「…うん。気を付ける。じゃあ」

 そういってスニーカーのつま先を蹴って、靴を履き終えると玄関を出る。真琴は玄関先まで見送ってくれた。
 勢いをつけて外に出ると冷たい風が頬を撫でた。まだ肌寒い。四月末でも冬の気配がどこかに残っている。

 全て、確かめる。

 俺は孤独な主人公よろしく、着ているジャケットの襟をぐいと引き寄せ、ちょっと肩を怒らせると──気合を入れる為と雰囲気を盛り上げる為だ──駅までの道のりを歩き出した。

+++

 閉じ込められていたゲージから飛び出す小犬さながらに、大和は家を出て行った。

 あれで隠しているつもりなのだろうか? 

 岳が良く、大和は考えている事が全て顔に出ている、とは言っていたが。本当にその通りだった。
 大和の様子から、ジムに向かうつもりが無い事は明白だった。藤に先程尋ねたが今日、大和と会う予定は無いと言う。

 何処に行くつもりか。

 こんな夜遅くに。
 岳に関する事以外、思い浮かばない。岳の事を思えばじっとしてはいられないのだろう。今の所、危険な目にはあっていないが。
 今日の朝までそんな素振りは微塵もなかった。仕事から帰って来ると、突然、今日ジムに行くから──そう告げられたのだ。
 居合わせた亜貴に目配せしたが、軽く首を振って見せた。亜貴も知らなかったのだろう。

 今回は注意したほうが良さそうだな…。

 大和が出かけるまで一時間ほどある。真琴は思案し、藤にも協力してもらい、後をつけることにしたのだった。

「そろそろか…」

 端末に藤からの連絡が入った。大和が電車に乗ったら報告を受ける手筈になっている。
 先に下で待機していた藤に、大和の後をつけてもらったのだ。
 あんな巨体の癖に、妙に気配を消すことが上手い。見た目以上に身のこなしが俊敏なのだ。

 見失う訳にはいかないな。

 何となく、嫌な予感がして気が早った。
 既に身支度は整えてある。真琴は車で追う予定だった。亜貴には仕事で呼び出されたと伝えてある。そのまま玄関を出ようとすれば。

「…真琴」

 何処か不安気な声に振り返れば、亜貴が二の腕を抱える様にして廊下に立っていた
 顔色が良くない。亜貴の事は楠の下の者に任せてある。家の周囲を見張らせていた。

「どうした? 勉強は済んだのか?」

「…大和、何処行ったの?」

 亜貴も薄々勘付いている。誤魔化しきれないと分かって、真琴は軽く頭を振ると。

「黙っていても不安になるだけだな? 大丈夫だ。心配しなくていい。…危険な目には遭わせない」

「分かった…。大和、よろしく」

「ああ」

 亜貴の言葉を背に大和の後を追った。
 なんとしても、以前の二の舞いは避けたい。
 刺された大和を見舞った際、病室のベッドの上で青白い顔をし、一向に目を覚まさない大和を思い出し身震いした。

 あんな思いは二度と御免だ。

 真琴は車庫から車を出した。

+++

 今夜のこと。真琴さん、気づいてたのかな?

 先程の様子からは何も読み取れなかったが。
 真琴は隠すのが上手い。知っていたとしても、俺なんかに気づかせるはずもないのだ。
 兎に角。何も言って来ないと言うことは、好きにさせてくれているのだろう。俺の気持ちを汲んで、見守ってくれているのだ。危険な行動さえ取らなければ。
 俺は今日の予定を頭の中で順繰り見直す。
 
 ──とりあえず、危険はないはず。

 行き先はクラブではあるが、休憩時間に大希と会うだけ。クラブって何だ? とは流石に聞けなかったが、多分、お酒を飲んで踊って騒ぐ所だと予測はついている。
 何でも雅の店の他に、そこでも働いていると言う事だった。
 真琴らから見れば、薦められた行動ではないのかもしれないが、少しくらい絡まれたとしても、ラグビー選手の本気タックルでもない限り、対抗出来る自信はある。

 でも、争いに行くわけじゃない。岳の話を聞くだけだ。

 けれど俺はその時、やっぱりヤクザと繋がりがあると言う事を甘く見ていた訳で。

 店は海沿いの倉庫のような場所だった。
 下はホールになっていて、爆音が響き男女入り乱れ踊っている。
 やはり、クラブはこう言う所なのだ。俺は自分の予測と合っていた事に満足しつつ、先へ進む。
 いわゆるリノベーションしたのだろう。コンクリートの打ちっぱなしの壁は、わざと古さを残しつつ、今どきのおしゃれな建物に変えてあった。
 その二階で待ち合わせる事になっている。
 コンクリ建てのそこはかなり頑丈な造りで、その爆音も早々外には漏れては来なかった。
 辺りはすっかり闇に包まれ、対岸の夜景が綺羅びやかに様々な色を見せている。
 二階へは外階段を使って行く様になっていた。上り口に一人屈強そうな男が立っている。
 黒いスーツに身を包んだ男は堅気には見えなかった。店のボディーガードなのか。風体はヤクザの若衆の様だ。

 まあ、こう言った類いの店にはつきもの──だよな?

 別にビビった訳じゃない。俺の中の危険信号が、青色の『安全』から黄色の『やや警戒』に変わっただけだ。
 俺はひとつ息をついてから男に声をかける。

「あの俺、宮本大和って言います。ここで大希──浅倉くんと待ち合わせなんですが…」

「…行け。入って左のドアだ」

 男は行く手を阻む様に立っていた場所を空けると、顎でくいと上階を指した。感じが悪い。非常に。

「有難うございます…」

 それでも丁寧に礼を述べると、男の鋭い視線を背にうけつつ、足をかける度、甲高い音を立てる階段を昇った。


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