少年と執事

マン太

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23.思惑

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 両家の面談はつつがなく行われた。
 アストン夫妻とその娘は、今日はこのまま屋敷に泊まり、明日帰ることになる。
 ついてきた娘はただただ大人しい、良く言えば淑女の見本のような娘で。名前をビクトリアと言った。
 金色の髪に薄い菫色の瞳。目鼻は小作りだが整い、顔は美しい部類にはいるのだろうが、いかんせん、派手さにかけ、純朴な田舎のお嬢様、というのが印象だった。
 良家の子女と言えるが、満足できないのは目に見えていた。

 正直、食指も動かない相手だな。

 つまらない、そう思った。ただ、黙ってだ両親の後に続く娘の姿に落胆のため息が漏れる。
 傍らで控えるシーンに目を向けた。彼は黙々と従者としてそこに付き従っているだけ。嫉妬の色などまるでない。
 むしろ、ここで娘を見た自分が心を入れ替えれば、その方が喜ぶのだろうが。

 そうはなるものか。

 流石に今日明日は主賓の為、この場を離れることは出来ないが、明後日にはこの鬱屈した思いを晴らすべく、友人に連絡を取ろうと思った。
 いわゆる悪友だ。彼の家にはよく遊びにも行くし、一緒に遊びにも出かける。もちろん、関係も持っているうちの一人で。
 以前はこの屋敷にも呼び、逢瀬を楽しんだこともある。そこをわざとシーンに見せつけた事もあった。

 全部、シーンがいけないんだ…。

 自分に目を向けないばかりに、こんなことになったのだ。シーンが自分に思いを向けてさえいてくれれば、ここまで自堕落にはならなかったのに。

 僕を邪険にするからだ…。

 それが今のヴァイスの考えで、今後も変えるつもりはなかった。

+++

 昼の会食が終わった辺りで、伯父リオネルが屋敷へ帰ってきた。
 父クライヴはなんとしてもアストン伯爵夫妻には会わせたくないらしく、リオネルとは入れ替わりに、そそくさと馬車に乗って領地の見学に、アストン夫妻らと共に出ていった。

「まったく。兄貴もそこまで私を嫌わなくてもね」

 居間で一息ついていた伯父リオネルは、優雅に足を組み、出された紅茶に口をつけていた。
 しかし、言葉とは裏腹にどこか機嫌が良さそうで。様子を見に来たヴァイスに楽しげに声をかけた。

「しかし、ここで思わぬ物を見つけたよ…」

「なにをですか?」

 すると意味深な笑みを浮かべ、カップをソーサーに戻すと。

「以前、逃げられた少年だよ。あの時、たまたま、仕事の所用行った先の売春宿の前で見つけたんだ。一晩、買ったんだが最後まで出来なくてね。それでも十分、楽しめたんだが…。ここで雇われていたとは。否定していたが、間違いはしない。足の悪いのも一緒だ」

「…それって、誰のこと?」

「厩番の少年だ。名前を──」

「ハイト…」

 ヴァイスの目が光る。

「そうだ。そう言ったな。かわいい子だ。当時は私が初めてだったらしくてね、かなり抵抗されたが…。最後は互いに楽しめたはずだが──」

「そう。そんなことがあったんだ…」

「あの子なら兄も譲ってくれるだろう。厩番など幾らでも代わりはいる。時期を見て兄に伝えよう。ヴァイスからも頼んでみてくれないか? 譲ってもらえるなら、君のお披露目では大人しくするとね」

「分かりました…」

「そうか。よろしく頼んだぞ? では、そろそろ行くか」

 そうしてリオネルは機嫌よく屋敷を後にした。

 そうか。あいつ──。

 馬車を見送りながら、ヴァイスはほくそ笑む。
 やはり下等な暮らしをしていたのだ。身体を売って生計を立てていたのだろう。初めてのはずがない。
 伯父リオネルが言う様な、ハイトの良さなど一片もわからないが、気に入ったと言うなら、父に進言してリオネルに押し付けてしまえばいい。

 これで、万事解決する。
 
 ハイトのそんな事実を知れば、シーンは幻滅するだろう。潔癖な男だ。ヴァイスの行為でさえ、批判的なのだ。許せるはずがない。

 二度とハイトを傍らになど置こうとは思わないはず…。

 いい子ぶった所で、下賤な性質を隠せるはずもない。せいぜい、今のうちに仲良くしていればいい。

 暗い笑みを口元に浮かべた。

+++

 アストン夫妻が帰った次の日、シーンは仕事の合間にとある牧場を訪ねていた。
 以前、その牧場主に、息子に何か仕事を紹介して欲しいと頼まれていたのだ。
 息子は五人いて、流石に手に余っていたらしい。ハイトの件がなければ、まずこちらの青年をキエトに薦めていたはずだった。
 面接代わりに軽く話をしてみたが、働き者の好青年だった。万が一、お屋敷に何かあっても、また実家の農場に帰って来ればいいのだ。彼なら打って付けだ。

 キエトには申し訳ないが、ハイトを置いてはいけない。

 シーンは屋敷を出る決意をしていた。
 ハイトがそのきっかけになったのは確かで。やはり、自分の気持ちを無視はできない。手に入れて、更にその思いが増した。
 どちらかと言えば、暗い方へ傾いたはずの天秤が、ハイトの存在で光のさす方へ傾いたのだ。
 もし、自身を犠牲にすれば、暗い暗雲の垂れこめた日々に疲弊し、いずれは破綻をきたす。
 そんな人生は本意ではなかった。
 自分が自分らしく生きられるにはどうすればいいか、素直に考えて出した答えは、この屋敷を去るという決断。
 幼い頃の夢も捨て、ヴァイスへ誓った忠誠も捨て。

 身勝手と言うだろうか。

 しかし、自身が進んで決めた決断でなければ、後々、ずっと後悔が残る。
 もし、ヴァイスとの関係をさらに濃いものにするならば、それは自分を偽ることになる。負の思いを抱えたまま、人は幸せにはなれない。

 私は、ハイトと共に幸せになる──。

 次の仕事のあてはあった。シーンの母方の祖父母が住んでいた田舎だ。
 かなり辺鄙な所だが、土地だけはある。もともと豪農で辺りの農地のほとんどを管理していたのだ。
 今はシーンの亡くなった母親の姉、叔母に任せているが、そのも叔母も歳をとり、後を継ぐ者を探している。実際、継がないかと請われてもいた。
 その時は相談に乗るだけで、自分が継ごうとは思わなかったが、この状況になって継いでもいいと思った。
 なにしろ、自分にはハイトがいる。彼は自分よりずっと農業や酪農には詳しい。

 きっと二人ならやって行ける。

 まだハイトには伝えていないが、きっと了承してくれるはずだ。

 父やクライヴ様に反対されても、この思いは突き通す──。

 シーンは未来を思い、これからある報告の気の重さも、軽いものにさせてくれた。
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