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第2章 流転
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しおりを挟む「あれって、アレクの趣味?」
アレク達が去った後、隊員の一人、ラスターが面白くなさそうにフンと鼻鳴らしそう口にした。
長めのプラチナの髪と瞳を持つ、幾分小柄な青年。すらりとした肢体に涼やかな容姿とあって、女性隊員に人気が高い。
アレクは主だった隊員には呼び捨てで呼ぶことを許していた。
敬称など余計な気遣いを生むだけだと、ユラナスの進言を却下したのだ。
だから隊員でも上位のものは『アレク』と名前で呼んでいる。古参のザイン含め、アルバ、ラスター、リーノはこれにあたった。
「そう言うな。あれだけ入れ込んでるってことは、相当な力の持ち主なんだろ? どんなにガキだろうと関係ねぇって所だろうな」
ザインが顎を撫でながら引き取った。しかし、ラスターは食い下がる。
「でも、あれはないよ。まだ前にいた奴の方がマシだったって。あんな子どもなんて…。並んだって保護者にしか見えないもの。アレクにはがっかりだな…」
「ラスター、あまり口が過ぎるのは良くないな。アレクが選んだんだ。彼を侮辱すると言う事は、アレクに楯突いたも同じだぞ? 気をつけろ」
あからさまにがっかりするラスターの言葉に、アルバは落ちてきた前髪をかき上げながら釘を刺す。
アルバのすらりとした姿はラスターと似ているが、こちらはザインに継ぐ長身だった。
黒髪と同じく黒い目を持ち、髪は襟足にかかる程度。
こちらは密かに人気を博していたが、ラスターと違って、愛想がいい方ではないため人気は限定的だった。
「でも、かわいいじゃん」
ラスターよりも更に小柄で茶髪の少年がグンと伸びをするとそう口にした。灰褐色の目がクリクリとよく動く。
ラスターはチラと一瞥すると。
「リーノは年の近いのが来て嬉しいだけだろ? ま、いいよ。飛行試験でじっくり見てやる。てか、ザインがわざわざ出る必要ないだろうに…」
「アレクはそのザインにも対抗できる力を持っていると判断したんだろう。…確かにお手並み拝見ではあるな」
アルバは視線の先にある、スクリーンに広がる宇宙に目を向けた。
すでに敵の空域を外れ、帝国の領域内へと侵入する頃。余程の事がない限り敵機も飛来しない。テスト飛行には持って来いの場所だった。
「俺に対抗か…。それなら十分、愉しませてもらうさ。連合相手だとちっとも手ごたえがなくてつまらなかったからな」
その腕でどれほどの敵機を撃墜してきたかわからない。
ザインの言葉を受けて、そう言えば、とアルバが話を続けた。
「さっきの戦闘で、整備士があの彼が撃ったのは尾翼やウィングの一部だったと言っていたな。どうやらそこだけ狙っていたらしい」
「なんだ? それは…。バカにしてんのか? 戦場は命の取りあいだ。そんな甘ちゃんなことじゃ、やっていけねぇな」
ザインは鼻白んだ様子で声を上げる。
「それはそうだが…。そこだけ狙うのは相当の腕が必要だ。確かに能力者でないと出来ない芸当でもある…。そうだろ? ラスター、リーノ」
ラスターもリーノもその能力者である。
特別の仕様の機体に乗って、パイロットと共に敵を撃ち落としていくのだ。
「まあ、ね。けど、そんなの時間がかかるし、普通やらないよ。撃ち落とした方が早いって」
ラスターは肩をすくめて見せる。リーノもそれには同意のようで。
「俺もそんなのやろうと思った事はねぇなぁ。…今度からやってみっか?」
「やめておけ。その間に敵に撃ち落とされる」
アルバが首を振って見せた。リーノも承知済みのようで。
「だな」
大きく頷いて見せた。
「ま、アレクには悪いが、そんな甘ちゃんは一発で仕留めてやるよ」
ザインは言いながら大きく伸びをする。余裕の様子だ。
「そうだな…」
答えながらもアルバは腕を組み思案顔だった。
それから三十分後、準備が整いユラナスに伴われたソルが再び姿を現した。
十代の隊員がいないこともないが、パイロットともなるとそうはいない。今いるのは十九才のリーノだけだった。それも直に二十歳となる。
しかも能力を持つと言うのだ。
皆、半信半疑だった。いたって平凡な少年で。目を惹くような容姿でもない。
これで並ぶユラナスにも引けを取らない容姿だったのなら、ラスター含め不信の目を向けるものも少しは減っただろう。
勿論、容姿と腕とが関係ないこと皆分かっている。
これは気持ちの問題だった。
自分たちが尊敬してやまない上官が、その辺にいるような子どもを褒めちぎっているのだ。納得が行かないのも致し方ないともいえる。
準備がなかったのか、少年兵用の白いスーツ姿なのが、余計にその気持ちに拍車をかけていた。
少し離れた所でアレクはその様子を眺めている。ユラナスはゲートに集まった全員を見渡し、揃ったのを確認すると。
「今からこの機体で飛んでもらう。先にソル、あなたが出撃し、それを後発のザインが追う。ザインがあなたの機体をロックオンしたらそこで一旦終了だ。終われば次はザインの機体をあなたがロックオンする。それぞれ三十分以内。それ以上になればそこで終了となる。いいですか?」
「はい…」
こくりと頷き、渡されたヘルメットを手に取ると。
「ザインだ。よろしく頼む」
傍らに歩み寄ったザインが手を差し出してきた。
ソルの手の倍以上大きな手。その手をおずおずと握り返すと、ぐっと力強く握り返され、指が折れるかと思った。
顔をしかめればザインが笑う。
「すまねぇ、つい、いつもの調子で握っちまった。…しかし、ユラナス。大丈夫か?」
「問題はありません。本気でいってください。アレクが保証済です」
「…わかった。そこまで言うんなら、容赦しねぇ。すぐに終わらせてやる」
そう言って、ソルにウィンクすると、先に機体へと乗り込んだ。
ソルはただ相手の圧に押されて、何も口にはできない。皆の刺すような視線に、先ほどからいたたまれなくなっていたのだ。
ここに自身が不似合いなのは十分、分かっている。自分だってそう思うのだ。
以前の様に整備士の下に入って、その手伝いでもしていた方が似合っているのは分かっている。
それでも──。
ソルはちらりとアレクを見やった。それに気付いてアレクは小さく頷く。
彼の期待を裏切る訳にはいかない。
ここでみじめにやられてはアレクの顔が立たないのだ。
それはユラナスも承知しているようで。先ほどソルの着替えを手伝いながら。
「先ほど私たちとやりあった時と同じことをすればいいだけです。ただし、失敗は許されません。もし何かあれば、あなたを連れてきたアレク様への評価が落ちます。上官に魅力がないと分かれば、彼らはいとも簡単に見限ります。あたなにかかっていると言う事を忘れずに…」
最後にきゅっと胸元のジッパーを締めたユラナスは、首でも締めそうな勢いでそう告げた。
それは分かってる。さっきと同じようにやるだけだ。
ソルは息を一つついて、機体に乗り込む。
白銀のボディ。アレクが普段機乗する機体だった。
ただ、身体に対して機体が大きいため、乗り慣れないソルは整備士の手を借りなければ乗り込めない。
と、その手を貸してくれた整備士が小さく耳打ちしてきた。
「応援してる。頑張れよ?」
その声に聞き覚えがあった。
数年前、アレクの機体を直した際に、やりとりしたあの整備士、ゼストスのものだった。
はっとして振り返れば、にっと人懐こく笑んだ顔がそこにある。
年は三十代前半といったところか。薄い茶色の髪にグリーンの目をした、人のいい顔をしていた。
「ありがとう…。ゼストス」
そこで漸くソルもぎこちなくも笑顔を浮かべることができた。
あとはハッチを閉めれば、いよいよ出発となる。
乗り込めば何処か彼の気配が感じられた。この機体は、いつか自分が修理した機体とほぼ同じだった。
あの時の──。
アレクとの懐かしい記憶がそこに蘇る。
気がつけば、機体のすぐ脇にアレクが立っていた。ハッチを閉める前。
「行って来い」
アレクはそう言って準備の整ったソルを見て送り出した。
アレクの為に──。
ソルはGOサインを受けて、機体を宇宙の闇へと発進させた。
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