12 / 84
第1章 出会い
10
しおりを挟む
その日の夕食も、初日より豪華なものとなった。
とは言っても、品よく皿に盛り付けられ飾られたものではない。
ごくありふれたシチューにパンと言ったもの。後は小屋の庭先で採れた果実が並んだ程度。
この果実は、元々伸び放題だったのを手入れしたお陰で、大きな実をつける様になったものだ。
それでも、シチューには時間をかけ煮込まれた鹿肉が入っているし、パンは焼き立て、フルーツは採ったばかりの梨、リンゴが並んでいた。
アレクは所狭しと並べられた料理を前に席につくと、遠慮なくそれらを口にする。
「昨晩もそうだったが、君の作る料理は美味しいな? 誰かに教わったのか?」
ソルは追加で切り分けた、まだ湯気の立つパンを中央の皿に盛りながら。
「孤児院にいたときに、近所のおばさんから。失敗を繰り返すうちに覚えて、後は独学で。食材は限られてたけど、せめて上手いもん食いたかったから…」
「基本をしっかりと教わったんだな?」
「そうかな? でも、おばさんの言う通りに気をつけると、ちゃんと上手くなって。そこは大事にした」
「おばさんに感謝だな?」
ソルは頷くと。
「院にいた時は料理教わってる時と、友達といると時が一番、楽しかったな…」
「友達?」
「一人だけ仲良くなった奴がいて…。そいつといつも一緒にいたんだ。十歳で院を出てからはどうしてるのか分からないけど…。途中まで手紙が来てたけど、それも来なくなって。俺もあちこち転々としてたから…」
「そうか。それは寂しいな」
「でもきっと、俺よりはましな生活をしてると思う。アレクは? 弟がいたんだろ?」
「親の離婚で幼い時に別れたからな。私が八歳の頃だ。弟は四歳になるかならないか。私は覚えているが、弟は覚えてはいまい。私は父に引き取られ、弟は母に連れられて行った。その後、事故で母は死亡、弟も行方不明となったが…。周りの噂では、弟は父親が違うと言っていたな」
「そうなのか?」
「父は何も語らなかったから実際は分からないが…。しかし、過ぎた事だ。どこかで息災にしていればいいが…」
「生きていれば俺と同じくらいだって、本当だな。でもさ、一緒なのは歳だけで、見た目は全然違うだろうなぁ。アレクの弟だからきっと綺麗な──」
「いいや。君はとても魅力的だ。現に私を惹きつけている」
「へ? 惹きつけてって…?」
アレクは最後に残ったシチューをスプーンで掬って口に運びながら。
「料理の腕や知識の豊富さ、技術力のみではなくな。初めて君を見た時、何かを感じた。君といると素の自分でいられる…。そうする事に抵抗を覚えない」
思わず食べる手を止め、アレクを見つめる。
「……」
「なんだ。驚いたか?」
アレクは手を休め顔をこちらに向けた。
「…って、あなたみたいな人にそんな風に思われるなんて…」
信じられない。
何処にそんな価値が有るのだろう。
自分は辺境の惑星に住む単なる整備士見習いで。性格だって地味で、ひと目を引くような容姿でもない。
しかし、アレクは悪戯っぽく瞳を光らせ。
「あるさ。私は自分の直感を信じる。君は私とこれから先も関わるだろう」
まるで予言者の様な口振りでそう話す。その様に口先を尖らすと。
「からかってる…」
だってあと一週間もしない内にお別れだ。
「からかってなどない。本気でそう思っている」
言い終わると、スッと白く長い指先が伸び、唇の端を掠めていった。
「シチューが飛んでいる…」
「っ」
汚れを拭った指先は、そのままアレクの口へと運ばれ、指先を舐め取る。
ちらりと見えた紅い舌先に思わずカッと頬が熱くなった。
「安いくどき文句の様だが、君とは初めて会った気がしない。昔から知った相手の様だ」
「……」
その言葉にどんな意味があるのか、今のソルにはどう捉えていいのか分からなかった。
アレクの青い目は笑んでいる。
その日の夜も、アレクはソルを抱きしめて眠った。
とは言っても、品よく皿に盛り付けられ飾られたものではない。
ごくありふれたシチューにパンと言ったもの。後は小屋の庭先で採れた果実が並んだ程度。
この果実は、元々伸び放題だったのを手入れしたお陰で、大きな実をつける様になったものだ。
それでも、シチューには時間をかけ煮込まれた鹿肉が入っているし、パンは焼き立て、フルーツは採ったばかりの梨、リンゴが並んでいた。
アレクは所狭しと並べられた料理を前に席につくと、遠慮なくそれらを口にする。
「昨晩もそうだったが、君の作る料理は美味しいな? 誰かに教わったのか?」
ソルは追加で切り分けた、まだ湯気の立つパンを中央の皿に盛りながら。
「孤児院にいたときに、近所のおばさんから。失敗を繰り返すうちに覚えて、後は独学で。食材は限られてたけど、せめて上手いもん食いたかったから…」
「基本をしっかりと教わったんだな?」
「そうかな? でも、おばさんの言う通りに気をつけると、ちゃんと上手くなって。そこは大事にした」
「おばさんに感謝だな?」
ソルは頷くと。
「院にいた時は料理教わってる時と、友達といると時が一番、楽しかったな…」
「友達?」
「一人だけ仲良くなった奴がいて…。そいつといつも一緒にいたんだ。十歳で院を出てからはどうしてるのか分からないけど…。途中まで手紙が来てたけど、それも来なくなって。俺もあちこち転々としてたから…」
「そうか。それは寂しいな」
「でもきっと、俺よりはましな生活をしてると思う。アレクは? 弟がいたんだろ?」
「親の離婚で幼い時に別れたからな。私が八歳の頃だ。弟は四歳になるかならないか。私は覚えているが、弟は覚えてはいまい。私は父に引き取られ、弟は母に連れられて行った。その後、事故で母は死亡、弟も行方不明となったが…。周りの噂では、弟は父親が違うと言っていたな」
「そうなのか?」
「父は何も語らなかったから実際は分からないが…。しかし、過ぎた事だ。どこかで息災にしていればいいが…」
「生きていれば俺と同じくらいだって、本当だな。でもさ、一緒なのは歳だけで、見た目は全然違うだろうなぁ。アレクの弟だからきっと綺麗な──」
「いいや。君はとても魅力的だ。現に私を惹きつけている」
「へ? 惹きつけてって…?」
アレクは最後に残ったシチューをスプーンで掬って口に運びながら。
「料理の腕や知識の豊富さ、技術力のみではなくな。初めて君を見た時、何かを感じた。君といると素の自分でいられる…。そうする事に抵抗を覚えない」
思わず食べる手を止め、アレクを見つめる。
「……」
「なんだ。驚いたか?」
アレクは手を休め顔をこちらに向けた。
「…って、あなたみたいな人にそんな風に思われるなんて…」
信じられない。
何処にそんな価値が有るのだろう。
自分は辺境の惑星に住む単なる整備士見習いで。性格だって地味で、ひと目を引くような容姿でもない。
しかし、アレクは悪戯っぽく瞳を光らせ。
「あるさ。私は自分の直感を信じる。君は私とこれから先も関わるだろう」
まるで予言者の様な口振りでそう話す。その様に口先を尖らすと。
「からかってる…」
だってあと一週間もしない内にお別れだ。
「からかってなどない。本気でそう思っている」
言い終わると、スッと白く長い指先が伸び、唇の端を掠めていった。
「シチューが飛んでいる…」
「っ」
汚れを拭った指先は、そのままアレクの口へと運ばれ、指先を舐め取る。
ちらりと見えた紅い舌先に思わずカッと頬が熱くなった。
「安いくどき文句の様だが、君とは初めて会った気がしない。昔から知った相手の様だ」
「……」
その言葉にどんな意味があるのか、今のソルにはどう捉えていいのか分からなかった。
アレクの青い目は笑んでいる。
その日の夜も、アレクはソルを抱きしめて眠った。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
そんなお前が好きだった
chatetlune
BL
後生大事にしまい込んでいた10年物の腐った初恋の蓋がまさか開くなんて―。高校時代一学年下の大らかな井原渉に懐かれていた和田響。井原は卒業式の後、音大に進んだ響に、卒業したら、この大銀杏の樹の下で逢おうと勝手に約束させたが、響は結局行かなかった。言葉にしたことはないが思いは互いに同じだったのだと思う。だが未来のない道に井原を巻き込みたくはなかった。時を経て10年後の秋、郷里に戻った響は、高校の恩師に頼み込まれてピアノを教える傍ら急遽母校で非常勤講師となるが、明くる4月、アメリカに留学していたはずの井原が物理教師として現れ、響は動揺する。
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる