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推された天使様は困惑する
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どうしよ?
最近の彼の頭をぐるぐる回るのはその問いだ。回答はない。気の利いた返答の一つもあれば困りもしていない。
現地時間で半年ほど前、ちょっとしたミスをした。自分はともかく相手側は若干の意図的なものもあったのでミスともいえるか疑わしいが、表立ってはそれで通している。
一人の天使が担当する人間はかなり多い。多いと濁すのは具体的な数を認識したら仕事を放棄したくなるからだ。
彼もそれを知っていて、多い以上の認識はしていない。まず、やることに追われるところから始める。秘書を雇っているものもいるが、その場合、秘書を拾ってくるところから始める。どこで出会うのかというところから話は少しも進まない。
ある意味、恋人がほしいけど、出会いがないと嘆くのと似ている。仕事が忙しすぎてそんな暇あるかというブラックさだ。
だから油断することもある。
疲れたわーと珈琲を飲んでふはーと息をつき、休憩している間に、あ、やばいと止める間もなく終了した担当する人間の人生。
うっそ。やだー。あと一口くらいコーヒー飲めると思ったのが間違いだったの!? 思わず、口調も変わるほどのことに魔が差した。
おもむろに連絡用端末を取り出す。連絡先の一つをぽちっと。
「あー、どうも、いつもお世話に、ええ、こちらこそ、それで、ですね、ちょっと困ったことが、ああ、そちらも、では、後ほどお伺いします」
そっと証拠隠滅を図ることにした。
この世の中は多重世界だ。よく似た、違う世界が多く存在する。どうしてそうなったのかは神ならぬ身では理解しがたい。
暇がないので、考えたこともない、というのが本当の所だが。
他の世界の死ぬはずなかった魂を別の世界の体に入れて交換するという暴挙にでたのは、やはり疲労があったせいだろう。
今、それで彼は苦労している。
いや、正しくは困惑している。
これも仕事だからと言いわけしながらものぞき見した先では、黒髪の女性が機嫌よく仕事をしていた。深夜12時の出来事である。
え、なんで? と手元の端末からここ数日の記録を確認する。日常的な項目は見ず、仕事の部分だけ確認すると彼はため息をついた。なんだか分かる理由で残業している。
深夜残業の理由は後輩が引継ぎせず突然の退職をしたせいだ。彼女が抱えていた仕事を皆で割り振り阿鼻叫喚だったのは昨日のこと。どうにか終わって、ふと気づくと自分の案件が悲鳴を上げる状況に。
一日で終わるような仕事なのでと他の人を帰しての一人残業である。
そこまではわかる。
それでなぜに機嫌が良いのか。
彼からしたらそこから突っ込みたい。あれは社畜ではない。仕事中毒だ。
彼女の名前は藍里という。中身は異世界で虐げられる侯爵夫人をやっていたアイリス。高貴な女性は仕事をするものではないという世界から来たせいか、お仕事楽しいモードに入って早半年。未だに日々楽しく過ごしている、らしい。異世界を満喫している。
給料日には感謝のお布施をしたいと言い、仁王様って天使様に似てますよねと仏像を巡ったりしている、らしい。
らしいと濁したいのは、直視したくない心境の表れだ。
時々様子を見にきては、発見され、キラキラした目で見上げられたり、天使様って素敵ですよねと言われて赤面して逃げ出すのはよくあることだ。
なんだあの生き物と元の世界の天使に問い合わせたこともある。いやぁ、それ、よくわかんないなーと相手も困惑していた。
異世界行ってはっちゃけちゃった、じゃないかなぁと遠い目をしたのは最近の話だ。
彼からしてみれば心臓あったんだな、俺にもという新しい発見かあった。それが、良かったのかはわからない。
天使様は私の推しなので、貢ぎたいのです、と言われたのが最近一番困ったことだ。二番目に困ったことは、ミニスカニーハイで仕事に行って、え、天使様、この服、可愛くないですか? と聞かれたこと。風邪をひきそうと言えばなるほどと今度はスパッツを着ていた。そうじゃないと総ツッコミされたらしい。
そうであろう。
清純派にみえる藍里がするにはギャップがありすぎる。
ただ見た目の問題で、元々の中身は野生のなにか、であったのだが。明確に表現すると次元の壁を越えて制裁されそうなので、曖昧にしておく。
「そろそろ終わりそう?」
「あ、天使様、終わりますよ」
急に声をかけたにもかかわらず、藍里がにこにこと出迎えてくれるのが地味につらい。なにか心臓がバクバクするし、どう対応するのが一番良いのか全く分からなくなる。
生物? と言われる天使も生物なのであると実感する。全くうれしくないが。
「お疲れですか? お仕事、お休みしないとだめですよ」
藍里に穏やかにたしなめられたが、その言葉はそのまま返すべきではないだろうか。
「珈琲でも出してあげたいのですけど、飲めないですもののね」
「そりゃ、次元が違うから仕方がないよ」
現在は下界に降りてきているというより、立体映像を送っているに近い。
藍里に触れたいなら、次元を引き上げるか彼が降りていくしかない。彼が予告も申請もなく降りていけばペナルティがあり、難しい。そして、彼女の次元を上げるのも生きたままは難しい。
それに楽しんでいる彼女の寿命はあと40年は残っている。揺らぎがある未来でも、幸せな家庭を築いて楽しくやる予定だ。
彼の入るところはない。
そこまで考えて、今すぐ穴か隙間にはまりたくなった。なにを考えているのだろうか。それもこれも仕事が忙しいせいだ。秘書を雇わなくては、余裕は生まれないだろう。
「残念です。少しはましになりましたよ。自炊」
「そう」
藍里の自炊の主張に彼はコメントは差し控えることにした。シリアルに牛乳をかける、パンを焼くは自炊に入れていいのか悩ましい。ゆで卵は進歩したと思う。
藍里は偏った食事が妹にばれて、生活指導が入ったり、いつもコンビニの店員にこれおすすめとサラダを差し入れされたりと色々あったらしい。
体重増加事件もあり、道場通いも再開し、日々充実している。
帰りの準備を着々と整えている藍里を見ながら、今日もミニスカかとそっと視線を外した。お姉さまの素敵な曲線美が映えるのは生足ですのにと本人が聞いたら卒倒しそうなことを聞いたなと思い出した。
確かに、ともう一度、視線がたどりそうになるのを慌てて背を向けて回避する。
いきなり背を向けた彼に藍里がきょとんとした顔をしているのが想像できた。
「そろそろ、俺もお役御免かな」
「はい?」
「もう、大丈夫でしょ」
そう言って振り返れば藍里はがちりと固まっていた。半端に椅子から立ち上がったままで。
「だ、だめです、えっとえっと、そのどこに行けばお会いできますかっ!」
「は?」
「ま、まだなにも貢いでません!」
「いや、いらないし」
がーんと効果音の付きそうな衝撃を受けた表情で彼女はどさっと椅子に座り込んだ。
「ええと、私の何が、いけないのでしょうか」
「逆で、ちゃんとしているからサポートはいらないと思うよ。胸張っていいんじゃないかな。違う世界でもちゃんとやっていけるって」
「ダメな子になれば、いいんですか」
「意図的にするのはダメ」
ちっと舌打ちが聞こえた。藍里も少しばかり、品の悪いことを覚えてきた。馴染んできたということでもあるだろうが、あの道場はガラが悪すぎないだろうか。
清楚で上品なしぐさはそのままで、藍里の姿になったのは良くも悪くもイメージ通りになった。
そのうえ、強いとかモテないわけがない。彼氏に二股かけられ、振られたので、しばらく男性はお断りと言っていなければ恋人になりたいものが殺到していただろう。
それでも告白されては仕事がしばらくは恋人なのでと強く断っていたが。
その言葉通り、仕事漬けなので言いわけとも思われていないらしい。
「ううっ。天使様に貢ぐから、頑張って仕事してるんですよ。楽しいのは確かですけど、辛いときにこう、お金と思えばやる気になるというか」
「なんだそれ」
「妹様が言ってました。人生には推しが必要だと。
ですから、私には天使様が必要なのです!」
力強く、大いに間違ったことを言いだした。
彼は、絶句する。
聞きようによってはプロポーズであると頭のどこかで考えた。完全に煮えている。
「わ、わかった。うん、もうちょっと、様子見ようか」
「はい」
なんでそんなに嬉しそうな、はい、なんだ。藍里はうきうきと帰りの準備を終え、天使様ー行きますよーと楽し気に呼ぶ。
うわぁもう無理と彼が呟いたことを藍里は知らない。
最近の彼の頭をぐるぐる回るのはその問いだ。回答はない。気の利いた返答の一つもあれば困りもしていない。
現地時間で半年ほど前、ちょっとしたミスをした。自分はともかく相手側は若干の意図的なものもあったのでミスともいえるか疑わしいが、表立ってはそれで通している。
一人の天使が担当する人間はかなり多い。多いと濁すのは具体的な数を認識したら仕事を放棄したくなるからだ。
彼もそれを知っていて、多い以上の認識はしていない。まず、やることに追われるところから始める。秘書を雇っているものもいるが、その場合、秘書を拾ってくるところから始める。どこで出会うのかというところから話は少しも進まない。
ある意味、恋人がほしいけど、出会いがないと嘆くのと似ている。仕事が忙しすぎてそんな暇あるかというブラックさだ。
だから油断することもある。
疲れたわーと珈琲を飲んでふはーと息をつき、休憩している間に、あ、やばいと止める間もなく終了した担当する人間の人生。
うっそ。やだー。あと一口くらいコーヒー飲めると思ったのが間違いだったの!? 思わず、口調も変わるほどのことに魔が差した。
おもむろに連絡用端末を取り出す。連絡先の一つをぽちっと。
「あー、どうも、いつもお世話に、ええ、こちらこそ、それで、ですね、ちょっと困ったことが、ああ、そちらも、では、後ほどお伺いします」
そっと証拠隠滅を図ることにした。
この世の中は多重世界だ。よく似た、違う世界が多く存在する。どうしてそうなったのかは神ならぬ身では理解しがたい。
暇がないので、考えたこともない、というのが本当の所だが。
他の世界の死ぬはずなかった魂を別の世界の体に入れて交換するという暴挙にでたのは、やはり疲労があったせいだろう。
今、それで彼は苦労している。
いや、正しくは困惑している。
これも仕事だからと言いわけしながらものぞき見した先では、黒髪の女性が機嫌よく仕事をしていた。深夜12時の出来事である。
え、なんで? と手元の端末からここ数日の記録を確認する。日常的な項目は見ず、仕事の部分だけ確認すると彼はため息をついた。なんだか分かる理由で残業している。
深夜残業の理由は後輩が引継ぎせず突然の退職をしたせいだ。彼女が抱えていた仕事を皆で割り振り阿鼻叫喚だったのは昨日のこと。どうにか終わって、ふと気づくと自分の案件が悲鳴を上げる状況に。
一日で終わるような仕事なのでと他の人を帰しての一人残業である。
そこまではわかる。
それでなぜに機嫌が良いのか。
彼からしたらそこから突っ込みたい。あれは社畜ではない。仕事中毒だ。
彼女の名前は藍里という。中身は異世界で虐げられる侯爵夫人をやっていたアイリス。高貴な女性は仕事をするものではないという世界から来たせいか、お仕事楽しいモードに入って早半年。未だに日々楽しく過ごしている、らしい。異世界を満喫している。
給料日には感謝のお布施をしたいと言い、仁王様って天使様に似てますよねと仏像を巡ったりしている、らしい。
らしいと濁したいのは、直視したくない心境の表れだ。
時々様子を見にきては、発見され、キラキラした目で見上げられたり、天使様って素敵ですよねと言われて赤面して逃げ出すのはよくあることだ。
なんだあの生き物と元の世界の天使に問い合わせたこともある。いやぁ、それ、よくわかんないなーと相手も困惑していた。
異世界行ってはっちゃけちゃった、じゃないかなぁと遠い目をしたのは最近の話だ。
彼からしてみれば心臓あったんだな、俺にもという新しい発見かあった。それが、良かったのかはわからない。
天使様は私の推しなので、貢ぎたいのです、と言われたのが最近一番困ったことだ。二番目に困ったことは、ミニスカニーハイで仕事に行って、え、天使様、この服、可愛くないですか? と聞かれたこと。風邪をひきそうと言えばなるほどと今度はスパッツを着ていた。そうじゃないと総ツッコミされたらしい。
そうであろう。
清純派にみえる藍里がするにはギャップがありすぎる。
ただ見た目の問題で、元々の中身は野生のなにか、であったのだが。明確に表現すると次元の壁を越えて制裁されそうなので、曖昧にしておく。
「そろそろ終わりそう?」
「あ、天使様、終わりますよ」
急に声をかけたにもかかわらず、藍里がにこにこと出迎えてくれるのが地味につらい。なにか心臓がバクバクするし、どう対応するのが一番良いのか全く分からなくなる。
生物? と言われる天使も生物なのであると実感する。全くうれしくないが。
「お疲れですか? お仕事、お休みしないとだめですよ」
藍里に穏やかにたしなめられたが、その言葉はそのまま返すべきではないだろうか。
「珈琲でも出してあげたいのですけど、飲めないですもののね」
「そりゃ、次元が違うから仕方がないよ」
現在は下界に降りてきているというより、立体映像を送っているに近い。
藍里に触れたいなら、次元を引き上げるか彼が降りていくしかない。彼が予告も申請もなく降りていけばペナルティがあり、難しい。そして、彼女の次元を上げるのも生きたままは難しい。
それに楽しんでいる彼女の寿命はあと40年は残っている。揺らぎがある未来でも、幸せな家庭を築いて楽しくやる予定だ。
彼の入るところはない。
そこまで考えて、今すぐ穴か隙間にはまりたくなった。なにを考えているのだろうか。それもこれも仕事が忙しいせいだ。秘書を雇わなくては、余裕は生まれないだろう。
「残念です。少しはましになりましたよ。自炊」
「そう」
藍里の自炊の主張に彼はコメントは差し控えることにした。シリアルに牛乳をかける、パンを焼くは自炊に入れていいのか悩ましい。ゆで卵は進歩したと思う。
藍里は偏った食事が妹にばれて、生活指導が入ったり、いつもコンビニの店員にこれおすすめとサラダを差し入れされたりと色々あったらしい。
体重増加事件もあり、道場通いも再開し、日々充実している。
帰りの準備を着々と整えている藍里を見ながら、今日もミニスカかとそっと視線を外した。お姉さまの素敵な曲線美が映えるのは生足ですのにと本人が聞いたら卒倒しそうなことを聞いたなと思い出した。
確かに、ともう一度、視線がたどりそうになるのを慌てて背を向けて回避する。
いきなり背を向けた彼に藍里がきょとんとした顔をしているのが想像できた。
「そろそろ、俺もお役御免かな」
「はい?」
「もう、大丈夫でしょ」
そう言って振り返れば藍里はがちりと固まっていた。半端に椅子から立ち上がったままで。
「だ、だめです、えっとえっと、そのどこに行けばお会いできますかっ!」
「は?」
「ま、まだなにも貢いでません!」
「いや、いらないし」
がーんと効果音の付きそうな衝撃を受けた表情で彼女はどさっと椅子に座り込んだ。
「ええと、私の何が、いけないのでしょうか」
「逆で、ちゃんとしているからサポートはいらないと思うよ。胸張っていいんじゃないかな。違う世界でもちゃんとやっていけるって」
「ダメな子になれば、いいんですか」
「意図的にするのはダメ」
ちっと舌打ちが聞こえた。藍里も少しばかり、品の悪いことを覚えてきた。馴染んできたということでもあるだろうが、あの道場はガラが悪すぎないだろうか。
清楚で上品なしぐさはそのままで、藍里の姿になったのは良くも悪くもイメージ通りになった。
そのうえ、強いとかモテないわけがない。彼氏に二股かけられ、振られたので、しばらく男性はお断りと言っていなければ恋人になりたいものが殺到していただろう。
それでも告白されては仕事がしばらくは恋人なのでと強く断っていたが。
その言葉通り、仕事漬けなので言いわけとも思われていないらしい。
「ううっ。天使様に貢ぐから、頑張って仕事してるんですよ。楽しいのは確かですけど、辛いときにこう、お金と思えばやる気になるというか」
「なんだそれ」
「妹様が言ってました。人生には推しが必要だと。
ですから、私には天使様が必要なのです!」
力強く、大いに間違ったことを言いだした。
彼は、絶句する。
聞きようによってはプロポーズであると頭のどこかで考えた。完全に煮えている。
「わ、わかった。うん、もうちょっと、様子見ようか」
「はい」
なんでそんなに嬉しそうな、はい、なんだ。藍里はうきうきと帰りの準備を終え、天使様ー行きますよーと楽し気に呼ぶ。
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