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おまけ

知人以上友人未満

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「置いていくぞ」

「あ、まってください」

 機嫌悪そうに立ち去る知人をルークは見送った。最近やってきた兄弟弟子が後を追う。その前にぺこりとこちらに頭を下げていた。
 ルークが渡した花束は大事そうに抱えられていた。
 知人がそれを嫌そうに見ているところに笑い出したくなってきた。

「副隊長、なにやってんですか?」

「うん? お祝いかな」

 恋人にするように甘い態度のくせに、兄弟弟子予定と言い張るのだから少しばかり焦るといいと思ったのだ。

「すっげぇ機嫌悪いですよ。燃されたりしないかな」

「しねぇよ。魔導師ってのは案外、不自由だ」

 ルークは苦く笑う。
 魔導師というものは恐いものだと思っていた。人との間の溝は深いと。


 ディレイの存在を知ったのはかなり昔だ。本人は憶えていないだろう。師匠についてたまたま訪れていたということのようだ。
 見知らぬ子供がいるという情報は、子供の間では早く伝達されていく。この町で生まれたわけではない子供というのは珍しい。教会で預かっている子供も外から来ることはほとんどなかった。

 ルークが噂を聞いたのは、かなり遅かったらしい。従兄がまた寝込んで、両親がうるさかった時期でもあったので外に出してもらえなかったのだろう。
 本当は俺が領主だったんだと言う父もそれを困ったように見る母も、あまり興味がなかった。
 いるが、遠い人のような気がしている。

 年に何度か会う従兄のほうが親しみが持てるほどだった。病弱というわけでもないが、時折寝込むようでそのたびに父は露骨に、母はひっそりと喜んでいた。
 従兄は領主である伯父の一人息子で、外に誰か他の子もいないらしい。つまり、継承者はルークに転がり込んでくると思っている。

 そんなわけはない。
 父の兄弟はあと三人もいたし、従兄弟はもっといる。特別優秀でもないのだから、選ばれるなどない。
 それにもしがあったとしても養子として連れて行かれるだけで、自分たちの好きに出来るとは限らない。

 十歳にしてそこまで達観していたのは、苦笑するしかない。

 それでも従兄が実兄になってくれないだろうかと夢想するくらいの可愛げはあった。伯父も伯母も優しかったが、よそよそしかったし、後から考えれば監視されていたのだろう。

 だから、あの時もすぐに助けがきたわけだ。

 理由はもう思い出せないくらい些細な事。
 家を出されない鬱屈が溜まっていたということだろう。抜け道を使って外に出るのは家の使用人にはばれていた。見ない振りをしてひっそりとおやつやお小遣いなどを用意してくれる程度には愛されていた。
 あるいは、哀れまれていた。

 着古した上着に着替えて、靴を変えるのも手慣れたものだ。

「あーあ」

 いつも遊ぶ仲間は今日に限って少なく、ちょっとうわさ話を聞いて解散してしまった。教会の方に行くかとぷらぷらと歩いていた。
 神官たちは困ったなと言う顔をするが、孤児院でひっそり遊ぶ分には黙っていてくれる。こっそりお小遣いをお寄付しているのが効果絶大だった。

 教会長にひっそりあめ玉をもらったことがある。坊ちゃんの寄付でみんなにおやつをあげることが出来ましたと。
 いいことをしたと時々、寄付するようになったのは今も続く習慣になっている。

 教会は少しばかり治安が悪いのだという。それでも今まで恐い目にあったことはなかった。路地などには入ってはいけないという言いつけは忘れずに守っていた。

「あれ」

 見知った馬車を教会の前で見つけてしまった。別の伯父さんの家のものだ。父とは仲は良くない。
 もっともあの人は誰かと仲良くしているというところを見たことがない。
 喧嘩をするわけでもないが、無関心に近い。例外は兄弟に対する敵愾心くらいだろうか。

 父様は、とても、つらいことがあったの。
 母やそう言っていたが、内容を伝えてくれることはなかった。皆、墓場まで持っていってしまった。

 皆が仕方がないと諦めてしまうような、なにか、というのは何だったのかと思う。

 見つからずに教会に入ろうと路地に入り込んだのはやはり魔が差したというか、慢心があったということだろう。

「危ない」

 後ろからかかった声に聞き覚えはなかった。振り返れば、見知らぬ少年がいた。年は同じくらいと思ったのにひどく冷たい目をしている。

「さらわれるよ?」

 彼は言葉が足りないと思ったのかそう続ける。少し眠たげに聞こえるのは、どこかぼんやりとした印象があるせいだろうか。
 曖昧なぼやかされているような気がする。

「だいじょうぶっ!」

 さらわれるのはかわいい女の子だと思い込みがあった。そこいらの女の子よりもかわいいとは自覚はない。
 少年はため息をついたようだった。

「知らないよ」

「へいきだよ。いつもきてるから」

 こんなやりとりの方が目立ってはいないかと心配になってくる。ルークはきょろきょろと辺りを見回し、にこっと笑った。
 だいたい、これで皆が黙る。理由はわからない。

「危ないと思ったら、割れ」

 諦めたように少年は何かを投げた。
 小さなメダルのようなものだった。中心に綺麗な緑の石がはまっている。

「え、ちょっと」

 ルークが視線を戻したときには少年はいなかった。

 それが最初に会ったとき。案の定、危ない目にあって、メダルを割り、逃げまくった。

「おやおや、うちの坊主じゃないね?」

 唐突に上から声が聞こえた。

「こんな時のために、傘を持っているんだよ」

 場違いな老婦人が、ふわりと空から降ってきた。
 小さく笑って、銃を取り出す。

「さぁて、おしおきがいるのは誰かい?」

「そのガキを置いていけば見逃しやる」

「おや、考え違いをしているよ。一つ、魔導師に数は関係ない」

 ひゅっと音が鳴った。壁が一つ破壊される。家が、壊れないかと心配になった。

「二つ、最初から勝算もないのに始めたりはしない」

 もう一つは地にへこみを作った。

「さて、三つ目も聞くかい?」

 その場にいたものは即散っていった。

「つまらないねぇ。さて、どこの坊主か知らないが、うちの坊主を知らないかい? 急に消えたと思ったらこれだ」

「これもらって、すぐにいなくなった」

「まあ、宿にでも戻ってるだろう。後始末を師匠に押しつけるとはいい度胸だ」

「その、ありがとうございます」

「それはうちの坊主に言いな。お迎えが来たら、魔導師にあったなんて言ってはいけないよ?」

「どうして?」

「そうだねぇ。誘拐したとか言われるからね」

 冗談のように言われた。

「さあ、行きな。私は逃亡癖のある弟子を捜さなければいけない」

 気がつけば路地の入り口に立っていた。

「坊ちゃんどうしたんです?」

 見覚えのある使用人に声をかけられた。

「迷子になって」

「だから、路地には入ってはいけませんと言っているのです。教会に行って綺麗にしてもらいましょう」

 次に、それからしばらくして少年に会ったときには全く憶えていなかった。
 不思議そうに見られて、腹が立ったのは確かだ。憶えさせてやるという妙な情熱を傾けたのは、ひどく寂しそうに見えたせいかもしれない。






「楽しそうでなによりだ」

 ほっとしたような気がする。

「え、副隊長、ふられたって?」

 別の部下が楽しそうにそういいだしていた。

「振られてない。さぁて、花屋のメイファちゃんとデートでもしてくるかなぁ」

「イザベラちゃんはどうしたんですか?」

「観賞用と言われた。心底へこんだので新しい恋を求めている」

「……あー、けっこうマジだったんだ」

「ま、結婚してあげられないから仕方ないよね」

「それなんか不思議なんですけど、家から何か言われません?」

「んー、うち分家だから潰れても困らないんだよ」

「そーゆーもんすかね?」

「そーゆーもんなんだよ」

 親族同士の争いというものはルークはこりごりだった。子供にもそれを継承したくもない。

「さ、お仕事お仕事」

「へい」

 ルークはなんてことない平和な日常を維持することで満足しているのだ。


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