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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆
推しの幸せを
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空もどんよりした今日はええと、たぶん、5月12日。
引きこもりました。
もうお外出たくありません。
呆れたようなため息が聞こえてきます。
「お姉ちゃん、自業自得だから」
あーちゃんも朝、戻ってきて、その時は心配してくれたんですけど今はあきれ顔です。今は昼頃ですね。
「ううっ、わかってますよ。ええ、でも人前に出れる顔、出来る気がしません」
それというのもエリックが、今まで恥ずかしいとか葛藤があるとかで言わなかった言葉をがっつりと聞いてしまったのが原因です。
その時はお互いに重いわ……で済んだんです。ただ、冷静になって反芻しちゃったんです。
瀕死の重症になりました。
愛に溺れるみたいな、あ、これが溺愛。違う気がしますけど。
まあ、とにかく、顔を覆って死ぬと呟く物体になりましたよ……。
元々好かれている自信はありました。しかし、どこか不安にも思っていたことはあるんですよ。あたしだけがものすごく好きなんじゃないかって。押し付けて断れないからじゃないかと。
もっと良い人がいたら、離れなきゃいけないなと自分に言い聞かせていたのもこのあたりが原因なんですが。
杞憂でした。
全く少しもあたし以外にそういう意味での興味持ちそうにありません。
その全振りっぷりに逆にちょっと戸惑うくらいで。なんでも、これが、魔導師の普通、らしくて。
重いってレベルじゃねぇぞと遠い目をしてしまったのは些細なことでしょう。
なるほど、魔導師を落とすのは簡単だが、あとが大変ってこういう……。そりゃあ、眠り姫を作るくらいに思いつめたりもするでしょうよ。
大体の魔導師はしれっと隠しているようですよ。
なお、心変わりには冷淡な対応でさっさとお別れする派が大多数。よりを戻すなんてありえないという塩を超えた極寒対応になるそう……。一部の例外が、拉致監禁だの洗脳だのをやらかすらしいですよ。どちらかというとエリックって……。
うん、観測しないことにしましょう。みなければ、未確定です。
「そんなすごかったの?」
「お子様には見せられません」
「ふぅん?」
興味あるのかないのかちょっと不明な感じが不穏です。帰らないとか言いださないですよね? 元はあたしの一部。エリックのこと好きです。あたしが総取りするのも後ろめたいところはあります。
「そういえば、打合せどこまでしたんですか?」
「基本の体は決まってるからあたしはすぐに終わった。素材の選定とか色々あるみたいだけど、あたしは関係ないし次に呼ばれるときは調整する時だって。
弟君がね。もっと大人がいいと言いだして。元の体は実年齢に従うけど、生まれた後はご自由にということになってる」
「なんで大人になりたいんでしょ」
「そりゃあ……。
子供だと面倒だからでしょ。保護者が常に必要」
「監視は嫌ですか。まあ自由行動ばかりでしたからね」
なぜだかあーちゃんがやれやれと言いたげに肩をすくめています。あーちゃんも人のこと言えないと思いますけど。
「あたしはしばらく寝てるよ。活動が多いと混ざる分が増えるみたい」
「わかりました。夢を見ない良い眠りを」
「うん。おやすみ」
そう言ってするりとあたしの中に入っていきます。温かいものが奥に潜っていき止まります。温度も少しずつ馴染んで違いが分からなくなるくらいに。
少し体調も良くなった気がします。これだとあーちゃんが抜けあたと、相当体調崩しますね。そのことを想定して段取りしないとまずい気がします。
やることはいっぱいあります。
ロブさんたちもちゃんと引き取らねばなりませんし。彼らに同行していた孤児たちとマルティナさんもどうにかしたいところではあります。
ユウリに丸投げとも思ったんですが、町の住人じゃないほうを優先するのも難しいでしょうから。
英雄様は外聞も大事ですからね。
それからそれから……。
「……むりー」
真面目に考えようとしても元に戻っていきます。ううっ。顔がニマニマしてますよね。
駄目です。人間としてダメななんかです。あんな囁きがいかんのです。甘い毒みたいに愛してるなんて言われて正気でいられるわけないんですから。
推しに愛されちゃうなんてなんて妄想ってやつですよ。それも旦那様なんて。ほんとに現実感ないですけど、現実なんですよね。
推しの幸せを願ってここにきちゃったのに、あたしが幸せになっちゃっていいんでしょうか?
布団にくるまりながらごろごろ転がり懊悩している時間は果てしなく無駄な気がしますね……。それはそれとして棚上げしときましょう。出来れば一生棚上げ。
「起きよ」
もぞもぞと布団から抜け出すと。
「あ、やっと起きる気になった?」
「!!!」
声にならない悲鳴をあげましたよっ!
「ななななんでいるんですかっ!」
フラウとローゼがっ! 気配どこやったんです?
「時差ありで三回くらい、扉を叩いて反応なかったから心配して中にはいってきたんだよ」
「声かけてくれたって」
「なんか、面白かった」
うんうんとローゼもうなずいてます。
……。
なにかまずいこと口走ってないかおもいだしますが、ないと言い切れないのが深刻です。あーちゃんが言うにはあーもーむりーというのは無意識で駄々洩れしていたそうです。
なにそれ怖い。
「で、なにが無理なの?」
「なんでもありません」
もう一度布団の潜り込みました。そのはなし、したくない。
「ほら、起きて。ロブさんって人が面会申し込みしてるよ」
「え? なんかありましたっけ」
「大きな声では言えませんが、薬を都合してもらいたいみたい。前にあげたっていってた」
「病気の人がいるんですよね。供給が間に合ってませんか」
「普通の薬は余裕があるんだけど、ちょっと重い症状の人向けはなくなりそう。
素材があれば作るって魔導師の人は言ってたけど、素材を集めるのに苦労してるみたい」
「うん。ここ魔導師いなかったから魔法薬作る素材ない。
教会は燃えちゃった」
そんな状況ならコネを活用しますよね。
着替えをして行くことを伝えると二人は部屋の外へ出ていきました。ワンピースに着替えて荷物を探していると扉を叩く音が聞こえました。
「もうちょっとしたら行きますよ」
時間かかりすぎたかと思って、そう答えておいたんですが。
「下にはディレイもいるから気をつけろよ」
「あ、ゲイルさん。どうしたんですか、旅装で」
振り返ればもう出立といった感じのゲイルさんがいました。
「そろそろ落ち着いたみたいだから帰る」
全く全然落ち着いてなさそうなんですが、ゲイルさんが役に立つ場面はもうないでしょうね。
「わかりました。リリーさんと師匠によろしくお伝えください。
後日お詫びに行きます」
「わがままに振り回されることを覚悟しとくんだな」
「そのくらいで済みますかね?」
「お嬢様の本気のわがままはすごいぞ」
「……覚悟しときます」
師匠もリリーさんも生粋の公爵家ご令嬢ですもんね。
「そういや領地には予定通りいくのか?」
「行きますけど、ずっといるかはわかりませんね。早めに王都に戻ってきてほしいってユウリから聞きました。社交シーズンが前倒しになりそうだって」
「じゃあ、王都でまた会おう」
「良い旅を」
こちらの定型文で返しました。ゲイルさんは少し驚いたようですけど、なぜですかね。
ゲイルさんを見送って薬や材料になりそうなものをまとめて別の袋に入れます。さて、行きますか。
そうして準備をしてから下に降りていき固まりました。食堂はいっぱい人がいましたがその問題じゃなくって。
「起きてももう大丈夫か?」
心配そうにエリックに声をかけられました。
そ、そーいえば、エリックがいるってゲイルさん言ってた!
わーい、エリックだぁって抱きつこうとする欲望をとっ捕まえて澄ました顔で平気ですよといったあたし、偉すぎます!
ここで理性ぶん投げてはまずいどころではありませんっ! なんたって今は脳みそ茹ってます。普通のつもりで普通な行動がとれている自信がないのにさらになんて目も当てられません。
マルティナさんとロブさんはあたしにすぐに気がついたようで、近寄ろうとしてちょっとためらっていました。
目立ちますからね。この食堂にはあたしも知っている人だけではなく、町の人とかもいるようです。それなら特にここで薬のやり取りは避けたほうがいいでしょう。それにすぐに話すのも駄目そうですね。特別扱いに見えそうです。
声をかけてきた人に当たり障りなく答えてからマルティナさんのところにたどり着きました。
「子供たちは元気ですか?」
みたいなところから話始めて外にでも行きましょうかね。マルティナさんは察してくれたのか、みんな会いたがってますよとさりげなく外へ行く話をすすめてくれました。そのまま裏口から外に。
子供たちは相変わらず街はずれの屋敷に住んでいるそうです。こちらまでは連れてこないどころか、今は孤児院がわりになっているそうで。
「シスターがうるさい」
とロブさんがぼやいていました。エリックも頷いています。
少し広めの場所についてから、荷物を広げました。
薬の説明などはあたしに出来ないものもあり、エリックがマルティナさんに話しています。ロブさんとあたしは暇なんですよね。邪魔しないように少し離れて二人で見てる感じです。
「今後はどうするつもりですか?」
そんな話をする隙もありませんでしたのでいい機会です。
それなりに対応する気はあるんですが、本人たちの意向も聞いておきたいところです。
「このままここで暮らすのも悪くない、とは思うんだが故郷に一度戻ろうと考えてるよ」
「そうですか。仕事なら色々ありそうですね」
「短期的にはな。長く住めるかは疑わしい」
「そういうもんですか。
じゃあ、すぐという話でもないんですけど、あたし、一応、領地を持ってまして」
怪訝そうにロブさんが見てきます。
「なんでも新任領主は規定で私設の騎士団なるものを作らねばならないらしいです。
団長と副団長はいるんですけど以下部下いなくて困ってます。よろしければご検討いただければ」
不審そうに見られましたね。あたしが侯爵なのも、その界隈では有名なだけで外れると全く知られてないこともありえますね。
「ま、考えといてください」
「おう。
そういえば、あの三人が報酬って言ってたがどうする?」
「紹介状で良ければ用意しますよ。ご希望のお仕事とかあれば知り合いに聞いてみますし。
即現金だけは難しいですね。魔導協会に預金が入ってるんですが、ここに魔導協会ないので」
「じゃあ、そっちも聞いておく。無謀なことを言いだしたら絞めておくから安心していいぞ」
「ほどほどにしてあげてくださいね」
そんな話をしているうちにエリックのほうも終わったようです。
「マルティナさんも個人的になにか欲しいものがあったらお伺いしますよ。お世話になりましたので」
「寄付」
「個人的な、といいました。全く、教会の人ったらすぐそう言うこというんですから」
「そうは言っても……。あ、縁談潰してくれる?」
「縁談、ですか」
「わりと教会のシスターって貴族の子が多いの。政略結婚するにも何人も娘とかいらないじゃない? ってことで入れられるんだけど。上が問題起こすと呼び戻されて結婚させられがち」
「あー、わかります」
カリナさんがそっち系でした。
「どこかの後妻に入れとか一年位前に話が来てたのよね。忘れてたわ」
「援助とかの引き換えですか?」
「という話だけど、うち浪費家だからどうかしらね」
言い方がちょっと困った、程度に聞こえるのが不思議です。資金援助の代わりに娘を後妻に入れるってよほどのことのような気がするんですけど。
「なにに浪費してるんですか?」
「薬草マニアで、すぐに新しいもの仕入れて生育条件そろえてとかするの」
別な意味でダメ人間がいましたっ!
「浪費の件は魔導協会に相談します。興味持つと思いますから。縁談の件はこちらでも調べてみますね」
マルティナさんは軽く無理はしないでねと言っていますが、貴重な情報です。場合により手もつけられない薬草産地ができるかもしれませんが……。
縁談の件もそっちで手を回してもらえばなんとかなるでしょうね。他力本願極まりませんが。
二人は宿の中に戻らずそのまま立ち去りました。微妙に口げんかしながらというのは仲が良いのか……?
「あー、そういう」
エリックが不思議そうに見てきましたが答えませんでした。とりあえず、人目もありませんし抱きついて誤魔化しましょう。
マルティナさんも多少は意識してるってことでいいでしょうかね。教会にいればのらりくらりと縁談回避できるようなんですよ。カリナさんがそんな感じで教義がとかなんとかで煙に巻いていたし。
「体調も良くなってきましたし、そろそろ旅立ちません? ジャスパーも暇してるでしょうし」
「そうだな」
新婚旅行の仕切り直しです。
ですが、その前にやることはあるんですよね。お墓参りに行きたいですけど、一つ問題がありまして……。
「あのお花ってどこかで調達できますかね?」
「ん? 無理じゃないか」
「ですよね……。じゃあ、墓地、どうなってるか知ってます?」
「……焼かれた、かも?」
やっぱり……。教会の裏手が墓地です。教会も隣接孤児院もほぼ全壊であると聞いたので嫌な予感はしてました。
「お墓参りできないじゃないですかっ!」
本来の目的完遂出来てませんっ!
後日、お参りして確認したところ墓地は焼けただけで、煤けているけど原形を留めていました。これ、再建費用工面しなきゃいけないところでしょうね。
それはさておき。
墓前でちゃんとお約束しておきます。
「頑張って幸せにしますねっ!」
推しの幸せを願うんじゃなくて、あたしが幸せにするんですっ!
引きこもりました。
もうお外出たくありません。
呆れたようなため息が聞こえてきます。
「お姉ちゃん、自業自得だから」
あーちゃんも朝、戻ってきて、その時は心配してくれたんですけど今はあきれ顔です。今は昼頃ですね。
「ううっ、わかってますよ。ええ、でも人前に出れる顔、出来る気がしません」
それというのもエリックが、今まで恥ずかしいとか葛藤があるとかで言わなかった言葉をがっつりと聞いてしまったのが原因です。
その時はお互いに重いわ……で済んだんです。ただ、冷静になって反芻しちゃったんです。
瀕死の重症になりました。
愛に溺れるみたいな、あ、これが溺愛。違う気がしますけど。
まあ、とにかく、顔を覆って死ぬと呟く物体になりましたよ……。
元々好かれている自信はありました。しかし、どこか不安にも思っていたことはあるんですよ。あたしだけがものすごく好きなんじゃないかって。押し付けて断れないからじゃないかと。
もっと良い人がいたら、離れなきゃいけないなと自分に言い聞かせていたのもこのあたりが原因なんですが。
杞憂でした。
全く少しもあたし以外にそういう意味での興味持ちそうにありません。
その全振りっぷりに逆にちょっと戸惑うくらいで。なんでも、これが、魔導師の普通、らしくて。
重いってレベルじゃねぇぞと遠い目をしてしまったのは些細なことでしょう。
なるほど、魔導師を落とすのは簡単だが、あとが大変ってこういう……。そりゃあ、眠り姫を作るくらいに思いつめたりもするでしょうよ。
大体の魔導師はしれっと隠しているようですよ。
なお、心変わりには冷淡な対応でさっさとお別れする派が大多数。よりを戻すなんてありえないという塩を超えた極寒対応になるそう……。一部の例外が、拉致監禁だの洗脳だのをやらかすらしいですよ。どちらかというとエリックって……。
うん、観測しないことにしましょう。みなければ、未確定です。
「そんなすごかったの?」
「お子様には見せられません」
「ふぅん?」
興味あるのかないのかちょっと不明な感じが不穏です。帰らないとか言いださないですよね? 元はあたしの一部。エリックのこと好きです。あたしが総取りするのも後ろめたいところはあります。
「そういえば、打合せどこまでしたんですか?」
「基本の体は決まってるからあたしはすぐに終わった。素材の選定とか色々あるみたいだけど、あたしは関係ないし次に呼ばれるときは調整する時だって。
弟君がね。もっと大人がいいと言いだして。元の体は実年齢に従うけど、生まれた後はご自由にということになってる」
「なんで大人になりたいんでしょ」
「そりゃあ……。
子供だと面倒だからでしょ。保護者が常に必要」
「監視は嫌ですか。まあ自由行動ばかりでしたからね」
なぜだかあーちゃんがやれやれと言いたげに肩をすくめています。あーちゃんも人のこと言えないと思いますけど。
「あたしはしばらく寝てるよ。活動が多いと混ざる分が増えるみたい」
「わかりました。夢を見ない良い眠りを」
「うん。おやすみ」
そう言ってするりとあたしの中に入っていきます。温かいものが奥に潜っていき止まります。温度も少しずつ馴染んで違いが分からなくなるくらいに。
少し体調も良くなった気がします。これだとあーちゃんが抜けあたと、相当体調崩しますね。そのことを想定して段取りしないとまずい気がします。
やることはいっぱいあります。
ロブさんたちもちゃんと引き取らねばなりませんし。彼らに同行していた孤児たちとマルティナさんもどうにかしたいところではあります。
ユウリに丸投げとも思ったんですが、町の住人じゃないほうを優先するのも難しいでしょうから。
英雄様は外聞も大事ですからね。
それからそれから……。
「……むりー」
真面目に考えようとしても元に戻っていきます。ううっ。顔がニマニマしてますよね。
駄目です。人間としてダメななんかです。あんな囁きがいかんのです。甘い毒みたいに愛してるなんて言われて正気でいられるわけないんですから。
推しに愛されちゃうなんてなんて妄想ってやつですよ。それも旦那様なんて。ほんとに現実感ないですけど、現実なんですよね。
推しの幸せを願ってここにきちゃったのに、あたしが幸せになっちゃっていいんでしょうか?
布団にくるまりながらごろごろ転がり懊悩している時間は果てしなく無駄な気がしますね……。それはそれとして棚上げしときましょう。出来れば一生棚上げ。
「起きよ」
もぞもぞと布団から抜け出すと。
「あ、やっと起きる気になった?」
「!!!」
声にならない悲鳴をあげましたよっ!
「ななななんでいるんですかっ!」
フラウとローゼがっ! 気配どこやったんです?
「時差ありで三回くらい、扉を叩いて反応なかったから心配して中にはいってきたんだよ」
「声かけてくれたって」
「なんか、面白かった」
うんうんとローゼもうなずいてます。
……。
なにかまずいこと口走ってないかおもいだしますが、ないと言い切れないのが深刻です。あーちゃんが言うにはあーもーむりーというのは無意識で駄々洩れしていたそうです。
なにそれ怖い。
「で、なにが無理なの?」
「なんでもありません」
もう一度布団の潜り込みました。そのはなし、したくない。
「ほら、起きて。ロブさんって人が面会申し込みしてるよ」
「え? なんかありましたっけ」
「大きな声では言えませんが、薬を都合してもらいたいみたい。前にあげたっていってた」
「病気の人がいるんですよね。供給が間に合ってませんか」
「普通の薬は余裕があるんだけど、ちょっと重い症状の人向けはなくなりそう。
素材があれば作るって魔導師の人は言ってたけど、素材を集めるのに苦労してるみたい」
「うん。ここ魔導師いなかったから魔法薬作る素材ない。
教会は燃えちゃった」
そんな状況ならコネを活用しますよね。
着替えをして行くことを伝えると二人は部屋の外へ出ていきました。ワンピースに着替えて荷物を探していると扉を叩く音が聞こえました。
「もうちょっとしたら行きますよ」
時間かかりすぎたかと思って、そう答えておいたんですが。
「下にはディレイもいるから気をつけろよ」
「あ、ゲイルさん。どうしたんですか、旅装で」
振り返ればもう出立といった感じのゲイルさんがいました。
「そろそろ落ち着いたみたいだから帰る」
全く全然落ち着いてなさそうなんですが、ゲイルさんが役に立つ場面はもうないでしょうね。
「わかりました。リリーさんと師匠によろしくお伝えください。
後日お詫びに行きます」
「わがままに振り回されることを覚悟しとくんだな」
「そのくらいで済みますかね?」
「お嬢様の本気のわがままはすごいぞ」
「……覚悟しときます」
師匠もリリーさんも生粋の公爵家ご令嬢ですもんね。
「そういや領地には予定通りいくのか?」
「行きますけど、ずっといるかはわかりませんね。早めに王都に戻ってきてほしいってユウリから聞きました。社交シーズンが前倒しになりそうだって」
「じゃあ、王都でまた会おう」
「良い旅を」
こちらの定型文で返しました。ゲイルさんは少し驚いたようですけど、なぜですかね。
ゲイルさんを見送って薬や材料になりそうなものをまとめて別の袋に入れます。さて、行きますか。
そうして準備をしてから下に降りていき固まりました。食堂はいっぱい人がいましたがその問題じゃなくって。
「起きてももう大丈夫か?」
心配そうにエリックに声をかけられました。
そ、そーいえば、エリックがいるってゲイルさん言ってた!
わーい、エリックだぁって抱きつこうとする欲望をとっ捕まえて澄ました顔で平気ですよといったあたし、偉すぎます!
ここで理性ぶん投げてはまずいどころではありませんっ! なんたって今は脳みそ茹ってます。普通のつもりで普通な行動がとれている自信がないのにさらになんて目も当てられません。
マルティナさんとロブさんはあたしにすぐに気がついたようで、近寄ろうとしてちょっとためらっていました。
目立ちますからね。この食堂にはあたしも知っている人だけではなく、町の人とかもいるようです。それなら特にここで薬のやり取りは避けたほうがいいでしょう。それにすぐに話すのも駄目そうですね。特別扱いに見えそうです。
声をかけてきた人に当たり障りなく答えてからマルティナさんのところにたどり着きました。
「子供たちは元気ですか?」
みたいなところから話始めて外にでも行きましょうかね。マルティナさんは察してくれたのか、みんな会いたがってますよとさりげなく外へ行く話をすすめてくれました。そのまま裏口から外に。
子供たちは相変わらず街はずれの屋敷に住んでいるそうです。こちらまでは連れてこないどころか、今は孤児院がわりになっているそうで。
「シスターがうるさい」
とロブさんがぼやいていました。エリックも頷いています。
少し広めの場所についてから、荷物を広げました。
薬の説明などはあたしに出来ないものもあり、エリックがマルティナさんに話しています。ロブさんとあたしは暇なんですよね。邪魔しないように少し離れて二人で見てる感じです。
「今後はどうするつもりですか?」
そんな話をする隙もありませんでしたのでいい機会です。
それなりに対応する気はあるんですが、本人たちの意向も聞いておきたいところです。
「このままここで暮らすのも悪くない、とは思うんだが故郷に一度戻ろうと考えてるよ」
「そうですか。仕事なら色々ありそうですね」
「短期的にはな。長く住めるかは疑わしい」
「そういうもんですか。
じゃあ、すぐという話でもないんですけど、あたし、一応、領地を持ってまして」
怪訝そうにロブさんが見てきます。
「なんでも新任領主は規定で私設の騎士団なるものを作らねばならないらしいです。
団長と副団長はいるんですけど以下部下いなくて困ってます。よろしければご検討いただければ」
不審そうに見られましたね。あたしが侯爵なのも、その界隈では有名なだけで外れると全く知られてないこともありえますね。
「ま、考えといてください」
「おう。
そういえば、あの三人が報酬って言ってたがどうする?」
「紹介状で良ければ用意しますよ。ご希望のお仕事とかあれば知り合いに聞いてみますし。
即現金だけは難しいですね。魔導協会に預金が入ってるんですが、ここに魔導協会ないので」
「じゃあ、そっちも聞いておく。無謀なことを言いだしたら絞めておくから安心していいぞ」
「ほどほどにしてあげてくださいね」
そんな話をしているうちにエリックのほうも終わったようです。
「マルティナさんも個人的になにか欲しいものがあったらお伺いしますよ。お世話になりましたので」
「寄付」
「個人的な、といいました。全く、教会の人ったらすぐそう言うこというんですから」
「そうは言っても……。あ、縁談潰してくれる?」
「縁談、ですか」
「わりと教会のシスターって貴族の子が多いの。政略結婚するにも何人も娘とかいらないじゃない? ってことで入れられるんだけど。上が問題起こすと呼び戻されて結婚させられがち」
「あー、わかります」
カリナさんがそっち系でした。
「どこかの後妻に入れとか一年位前に話が来てたのよね。忘れてたわ」
「援助とかの引き換えですか?」
「という話だけど、うち浪費家だからどうかしらね」
言い方がちょっと困った、程度に聞こえるのが不思議です。資金援助の代わりに娘を後妻に入れるってよほどのことのような気がするんですけど。
「なにに浪費してるんですか?」
「薬草マニアで、すぐに新しいもの仕入れて生育条件そろえてとかするの」
別な意味でダメ人間がいましたっ!
「浪費の件は魔導協会に相談します。興味持つと思いますから。縁談の件はこちらでも調べてみますね」
マルティナさんは軽く無理はしないでねと言っていますが、貴重な情報です。場合により手もつけられない薬草産地ができるかもしれませんが……。
縁談の件もそっちで手を回してもらえばなんとかなるでしょうね。他力本願極まりませんが。
二人は宿の中に戻らずそのまま立ち去りました。微妙に口げんかしながらというのは仲が良いのか……?
「あー、そういう」
エリックが不思議そうに見てきましたが答えませんでした。とりあえず、人目もありませんし抱きついて誤魔化しましょう。
マルティナさんも多少は意識してるってことでいいでしょうかね。教会にいればのらりくらりと縁談回避できるようなんですよ。カリナさんがそんな感じで教義がとかなんとかで煙に巻いていたし。
「体調も良くなってきましたし、そろそろ旅立ちません? ジャスパーも暇してるでしょうし」
「そうだな」
新婚旅行の仕切り直しです。
ですが、その前にやることはあるんですよね。お墓参りに行きたいですけど、一つ問題がありまして……。
「あのお花ってどこかで調達できますかね?」
「ん? 無理じゃないか」
「ですよね……。じゃあ、墓地、どうなってるか知ってます?」
「……焼かれた、かも?」
やっぱり……。教会の裏手が墓地です。教会も隣接孤児院もほぼ全壊であると聞いたので嫌な予感はしてました。
「お墓参りできないじゃないですかっ!」
本来の目的完遂出来てませんっ!
後日、お参りして確認したところ墓地は焼けただけで、煤けているけど原形を留めていました。これ、再建費用工面しなきゃいけないところでしょうね。
それはさておき。
墓前でちゃんとお約束しておきます。
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女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
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