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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

ある兄弟 5

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 その後、ユウリなども寄ってきたのですが、事情聴取はお断りしました。死にそうなくらい疲れてるんです。その主張は皆も同じようで無事だった宿屋を乗っ取りました。
 宿泊予定だった宿屋がったのは良い偶然だと思いたいです。なんか部屋に残してきた荷物がやらかしてんじゃないかと思わなくもないですね。
 宿屋を見たゲイルさんがおまえな、とエリックに言っていたので。当人はすっとぼけてましたけどね。
 さて、厩でずっと待っていたジャスパーですが、無事でした。顔を合わせた瞬間になでろ、ブラシを使えと迫られましたが今日はお断りしました。代わりといってはなんですが他の馬も追加されているからそっちと仲良くしてください。よりどりの美女ぞろいとか聞きましたよ。

 その日は、さすがに泥のように眠りましたね。起きたらエリックに抱き枕にされてましてびっくりしましたけど。寝るときはいなかった。
 ひっそり、いえ、じっくり観察した結果によると、ちょっと年上っぽく見えます。微妙に顔のラインが違ってくるんですね。
 そうしてまじまじと見ていたらぱちっと目が開きました。
 ひぅっと小さい悲鳴を上げてしまいましたよ。なんか、いつもは眠たげに小さく唸ったり前兆があるんです。予備動作なしは心臓に悪いですよ。

 金茶色の目があたしを見て、目を細めました。な、なんでしょう。ぞわってしました。触れられている全部拒否したいような違和感。

「ねぇ、はなししていい?」

「…………。
 ど、どちらさまで?」

 エリックと話し方が、全く違います。少し幼く、話すのに慣れてないみたいな。要するに子供っぽい感じですね。
 ……ってことは?

「兄がお世話にとか言えばいい?」

 少し不本意そうに見えるのはなぜですかね?
 乗っ取られるとかは考えてませんでしたね。まあ、とりあえず。滅しますか。助けてと言われたわけではないので恩義を感じる必要はございませんが、これはだめなやつです。うん、定着しなかったみたいですねって……。

「ちょ、ちょっと待った。今は、本気で疲れて意識がないから出てきてるだけで、普通は出てこれないよ」

「そうですか」

 残念です。

「怖い。なんで、こんな怖い人と結婚してんの」

「それはあたしも不思議なんですが、それで、なんです? 弟よ」

 ざっくりいきましょ。エリックの弟なら義弟です。温度差、温度差、なに……とぶつぶつ言っていますが、気にしませんよ。物事には優先順位というのがあるのです。あと、少し気が立っているのもあります。体調が思わしくないんですよね。

「本人が言うかわかんないから呪いの話をしとくよ。
 魂を消滅させる呪式が刻まれてるんだよね。魂に」

「……ええと、いつ?」

「この町を出る前。師匠に拾われたってときってほんとは災厄に捧げられる直前で、儀式をぶっ潰して連れて帰ったんだ」

「聞いてた話と全然違いますよ?」

「よくわかんないけど、ここ離れると災厄の話は覚えてないらしい。だから、別の話にすり替わっててもおかしくはない、かも?」

 死亡フラグよ。消えてはくれまいかと項垂れそうになります。

「消し方はしらないですよね」

「消えかかってはいると思うよ。そのころより、魂、目減りしてるから」

「魂って目減りするんですか?」

「魔導師は世界とつながるために、魂の一部を壊して回路を作るんだ。少しなら問題ないけど、兄さんの回路はかなり大きい。壊れた部分が多いから呪式は発動しないかもしれない」

「逆に問題ありますよね?」

「もう、魔法は捨てたほうがいいと思う。これ以上は、魂のほうが持たないんじゃないかな。
 というのが直接見てきた感想」

 じゃあね。早く体用意して。
 眠たげにそう言って彼は去っていきました。
 魔導師に魔導師やめろってのは酷ですよね……。それも、こんなに好きなものを。
 しばし、考え込んでいたつもりがかなり時間が経過していたようです。眠たげなあくびが聞こえてきました。

「……起きた?」

 幼くも聞こえますが、やっぱり過剰な色気がありますよ……。甘えたようにすりっとかなんですかっ! おお、理性よ、悲鳴上げて逃げないでってばっ! そうだもっとやれーじゃないんですよ! 正直すぎる欲望を押し込めて穏やかに微笑むのは苦労しました。

「起きましたよ。いつはいってきたんですか?」

「昨日の夜、様子を見に来たんだがアリカが離さなかった」

 眠たげな声があたしの失態を告げております。あ、なんか、夢かなと処理したあれが……。
 ……。
 忘れたふりをしましょう。そうしましょう。理性と感情の間でそう話がつきました。恥ずかしいを超えて死にたくなります。

 ただ、抱きついておきましょう。黙ってられますし、あたしにお得です。

「いまのうちに伝えておきたいことがあるんだが」

「なんです?」

「しばらく、魔法は使えなくなるからそのつもりでいてほしい」

 思いのほか自覚していたようですね。まあ、あれだけ無茶したらそうでしょうけど。

「あ、あたしも普通の魔法は回路壊れたそうで使えません」

 しばしの沈黙。

「本拠地に行くのは後回しにしようか」

「ですね……」

 魔窟を超えた場所と聞く魔導協会本部。丸腰で行くには怖すぎます。きちんと保護者つきでいかないといけません。師匠とゲイルさんもつれていきましょう。お二人とも嫌だと表明してましたが、無理くり連れていきますよ。

「そういえば、エリックに相談しておきたいことがあったんですけど」

 今まで言えなかったこともあるんですよね。

「今度はなんだ」

「ちょっと血をもらっていいですか?」

「……まて、なにをするんだ」

「あたしの中にもう一人いるのは気がついてましたよね?」

「ああ、あの小さいの」

「あの子の体を作っておきたいんですよ。分離するって言うんですかね?」

 あーちゃんは災厄対策で体を用意してなかったんです。もう、そろそろ同居もおしまいにしたいところです。末端が同化してきてるような感じなんですよね。引きはがせなくなったらもうこの手段は使えなくなります。

「どうやって?」

「詩神様がおっしゃるには、親の血を用意して、光る粘土に入れ込んでなんか作るって言ってました」

「それ、人工生命体をつくるのと同じだぞ」

「え。そういうことになるんですか? 魔法的に可能であると聞きました」

「禁忌だな」

「あちらでやっていただきましょう。追われるのは嫌です」

 可能であることと合法であることは同じではありませんでした。

「それに両方の血を入れるとなると親子にも等しい」

「……いきなり子持ちに!?」

 妹作る予定が娘になりそうですよ!?

「俺は普通に、普通の子供が欲しいんだが」

「え?」

 思わずまじまじと見てしまいますよ。初めて聞きました。

「こども、ほしいです?」

 カタコトで聞いちゃいました。
 エリックは少し不思議そうに見返してきて、すぐに真っ赤になっちゃいました。

「そ、そのうちであって、その、アリカが嫌じゃなければで」

 以下、黙ってしまいました。そ、そうですか。にまにましちゃいますね。

「じゃあ、そこはあたしだけの血であーちゃんを作ってもらいましょう。分身って感じでよいですね。では、弟さんのほうはエリックの血でよろしく」

「は?」

「器、いりますからね」

 ものすっごい渋々頷いてくれました。

 早速、ツイ様に連絡したらすぐに予定がやってきました。
 これから半年後、あーちゃん10才と弟さん12才が爆誕することに! 赤ちゃんスタートじゃない!? まあ、いいんですけど。
 そこから何年か慣らして、あたしのいた世界に送られることになります。予定では、ですが。

 さて、問題は一つ片付きました。とりあえず、起きますかと思っていたら。扉が叩かれました。

「ここにいるのはわかってる」

 フラウの声ですね。現地ではお会いしてませんでしたが、来てましたか。それはともかく。

「……なんか、逃げてます?」

「フラウとゲイルがちょっとうるさい。やりすぎだの、バカなのかだの」

 ……主に、あたしが悪い件について。ここに来なければ、言われずに済みましたね。
 エリックは面倒そうに起き上がります。あたしも一応起き上がったんですけど、くらっときて寄りかかってしまいました。横になっている分には良いですけど、普通の活動はまだ難しそうですね。

「開けるぞ」

「あ」

 返答を待たずに開けられてしまいました。体制立て直す時間なし。まあ、彼らにしてみればよく待ったほうかもしれませんが。

「逃げても無駄」

 部屋に入ってきたフラウが固まって、すぐに真っ赤になって逃げていきました。ゲイルさんもちょっと覗いて顔をしかめてますね。

「起きてるんだったら下で待ってるやつらがいる。降りてこい」

 ゲイルさんはやや乱暴に扉を閉めていきました。

「……なんでしょうね。あとで説教されそうな気がするんですけど」

 議題。いちゃつく件について。場所をわきまえろとか何とか。これも主にあたしが悪い件について。
 エリックは基本的にとばっちりですね……。一人で怒られてきましょう。

「それこそ余計なお世話なんだが」

「誰も何も言わなくなったらおしまいですよ」

 さて、頑張って起きなければ。ベッドから抜け出そうとするあたしをエリックがもう一度捕まえました。ぎゅっと抱きしめられるのは嫌じゃないんですけど、なんか変です。

「……アリカは気がついてないかもしれないが」

「なんです?」

「聖女だと大々的にバレたと思うぞ」

「……あ」

 ……考えてなかったですね……。
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