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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

あなたをさがして 4

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 少し、困ったなとエリックは無表情でそれを見下ろした。

「普通、この場に子供一人置いてく!?」

「無理言うな」

「僕が困るよ!」

「困ってるのは俺なんだが」

 確かに、牢屋に一人子供を残していこうというのは褒められたことではないだろう。ただ、状況が状況である。
 こういう説得はアリカの仕事だなとエリックはため息をつく。連れてきたほうが良かったといまさら思っても仕方ない。
 時間がなかったのだ。

 それは数時間前のことだった。
 エリックは夜中に感知魔法が反応して目が覚めた。身を起こして見ればマルティナが外に出ようとしている。何か用事かと思って声をかけずにみていれば、動きが少しおかしかった。
 夜間は鍵をかけていると聞いていたし、鍵はマルティナとロブが持っていると聞いた。それを忘れたように、鍵を開けずに扉を開けようとしているように見えた。
 つまりは開かない。

 寝ぼけているにしては明確な動きで、起きているにしては辻褄の合わない行動。
 音が大きいわけではないが、気配はある。兵士をやっていたものが起きないというのも少しおかしい。程度の差はあれ夜間でも物音に敏感なものは多い。特に正規兵としてやっていたロブは気がつくだろう。
 だが、実際はピクリともしていない。

 そうして観察しているうちにマルティナは、なにかを呟いていた。
 微かなきしむ音は呪式に似て違っている。それを聞いてエリックはこのマルティナを止めることをやめた。
 どこに行くか行方を追ったほうがいいだろうと様子を見守る。

 扉が開いて、普通にマルティナは歩いて外に出ていった。そこだけ見ていると何もおかしなことのようには思えないだろう。

「……どうしたものかな」

 エリックは立ち上がりかけて、隣の存在を思い出した。むにゃと幸せそうな顔のアリカは至って平和である。
 それはそれでいいのだが、起こすと時間がかかる。正常に動き出すには最低でも十分、万全を期すには一時間いる。
 保険として残ってもらおうと言いわけじみた理由をつけて、エリックは立ち上がった。手荷物をつかみ、外に出ようとしたところで視線を感じた。
 一人の少年と目があった。

「……気のせいか」

 そうわざと口に出してエリックは無視することにした。
 騒がれるのも何か話をするのさえ避けたい。マルティナが不在ということにこの屋敷の住人が騒ぎだすに違いなかった。止めても無駄な兵士一行を連れての隠密行動は想像するだけで嫌気がさした。
 リーダーであるロブの冷静さは期待できない時点でさらにうんざりする。

 皆が起きる前に解決して帰るが一番だ。もし起き出して、マルティナの不在に気がついてもアリカが何とかするに違いない。
 たぶん。

 後処理を全投げされたと知れば憤慨するかもしれないが、眠っていたほうが悪いのだ。ついでに言えば寝起きが悪いというのも。

 屋敷を出た後に後ろからついてくるぱたぱたとした音にエリックは気がついてため息をついた。だが、言うことを聞かない大勢の大人よりは子供一人のほうが御しやすい。

 と思ったのが間違いで、その場で眠らせておけばよかったと思うのが数時間後である。

 マルティナは暗闇の中、よどみなく町へ向かっていった。一度も振り返りもしない。明らかに人が立てる音がしていてもである。
 エリックは音を立てないことは慣れていたが、少年はそうでなく夜の明かりのないところで歩くことに苦戦していた。そのまま帰ればいいのにと思うが、こう言った年頃の無謀さを思えば納得しないだろうなと放っておくことにする。
 こういうことに身に覚えがないでもない。
 あの時は師匠に呆れられたものだった。

 マルティナは町の中に入る。通常は開いていない門も開いており、警報も鳴らない。エリックは警戒しながらも通り抜けたが拍子抜けするほどに何もなかった。
 いや、異常すぎるかとすぐに思い直した。
 何もしないうちに町の門が閉じた。それを確認して、閉じた門の前に立っていた驚いた顔をした少年と目があった。

 さすがに見なかったふりはもうできなそうである。

「行くぞ」

 エリックは言い合いする時間を省略した。どうせ、戻れないし、帰らないと主張するのだろう。安全な場所なんてどこにもないし、それなら監視下においたほうが精神衛生上ましである。

「え、は? ええ?」

「帰るか?」

「いくっ!」

「騒ぐな」

 少年はエリックの後を黙ってついてきた。
 余計な質問を投げかけるほどには状況を読めないわけではないらしい。エリックはイラっとしない自信はなかったので少しホッとした。
 マルティナは迷いなく教会へ向かっている。想定範囲内ではあるが、なんのために、ということは空白だ。
 その空白を埋められる答えが多すぎる。
 なにが起きてもおかしくはない。ちらりと少年を見るが武装らしきものは小剣だった。身長に見合わないようなものであまり使いなれてそうにない。

「これを持ってろ」

 エリックは荷物の中から一つの包みを取り出した。

「なにこれ」

「魔銃。最新式だから壊すなよ」

「は?」

「照準を会わせなくても自動追尾する。威力は弱いが相手は驚くだろう」

 小型で自動追尾とかなにをする気なのとアリカに呆れられた一品である。最新であることが重要と言ったらさらに呆れられたのだ。
 なお、銃口を向けた生き物であるので、なにに当たるかは全く分からない。アリカに欠陥品じゃないのっ! 返品してきてと言われたのを死守したが役に立った。

 猜疑心にまみれた視線を無視して、エリックは先に進む。

「なんか、変なの」

「よく言われる」

「変なの」

 もう二度言われるほどでもないとエリックは思うが、大体の魔導師は変人である。甘んじてその評価は受け取るつもりだ。
 教会に近づくにつれ、異音が微かに混じるようになってきた。

「変な音聞こえる」

「魔道具の効果だな。魔法は使えなくなる。魔道具はものにより。魔銃はほとんど影響がない」

「その、えっとあなたは、大丈夫?」

「あまり良くないが、魔道具のストックはある」

 いつもは使うと怒られるようなものもあるのは黙っている。非常事態と言いわけすれば、問題ない。
 もちろん、アリカが聞けばこのマッドサイエンティストと言いだすに違いない発想である。

「なんだろ、ついてくる人間違えたような……」

「間違えていると思うぞ」

 だよねぇと乾いた笑いを浮かべる少年にエリックは肩をすくめた。

「さて、来客だ」

「へ?」

「ろくに隠れもせず来たのだから、みつかるだろ」

「ええっ!?」

 目の前に現れたのは青い衣の魔導師が二人。
 青い衣はびっしりと呪式を刻まれる悪い魔導師を捕まえるための特別仕様。頭巾までかぶり目元を覆うマスクまでしているのはエリックも初めて見た。大体は顔は出しているものだ。
 視界を犠牲にしてでも魔法への防御を優先するという事に違和感があった。特にエリックは魔銃も使うのだ。
 そのエリックを相手にするのにみえない不利よりも魔法への耐性を高めるということなのだから。

「捕縛せよという命だ」

「罪状は?」

「一般人への加害。来訪者への無礼と言われるが、こっちは冤罪だろうな」

「おいこら」

「見ただろ。あの甘々デレデレ空間を! あれを俺は見なかったことにはできないっ!」

「……あー、あれ」

 少年も渋い顔で同意していた。

「どう考えても来訪者が甘えまくって好き好きだろ。目に悪い」

「うんうん」

「確かにそうだが」

 その場にいる三人ともにそう言われて、エリックは黙った。
 否定しがたいが否定したい気持ちだ。しかし、口にして、いつかアリカに伝わったときに衝撃で寝込みそうなので言うに言えない。

「……で、どうすんの? この町中でやり合うと半壊で済むか怪しいけど」

 微妙な沈黙のあとに咳ばらいをしてから一人の魔導師が言う。

「曲りなりにも故郷を破壊すんのもねぇ。というわけでついてきて欲しいわけよ」

「武装解除なしなら応じる」

「おっけー、我々もお偉いさんの無茶振りに悩まされてんのよ。なんか、やっぱりここにいるとおかしくなりそうだ。これを脱ぐと正気が保証されん」

 一人がそう言うともう一人も頷く。

「ここは、いるぞ」

 重々しい言葉にエリックは頷いた。

「知っている」

 ずっと前から、ここにいて、彼は忘れてしまった。だから、探しに来たのだ。
 ただ一人の兄を。

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