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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆

呼ぶ声をたどり 2

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 なんだかんだと食事が済みまして、そろそろお暇をという話になったのです。が、問題がありました。もう夜なんですよね。
 私は夜目が利きませんし、移動手段も徒歩しかないのでどうするかはエリックの判断に任せました。
 エリックは描いてもらった町の地図をじっと見つめたあと、小さくため息をついていますね。

「夜間は動かないほうが良さそうだ。俺はいいから、アーテルに部屋を用意してほしい」

「へ? いやいや、大丈夫ですって。野宿平気なたちでして」

 嘘です。体がバキバキになってよろよろしました。出来ればベッドが欲しいですが、エリックを一人にさせる危険と天秤にかけるまでもありません。

「そこの椅子でもつなげて寝たらどうだ」

 ロブさんもそう言ってますが、明らかに面倒そうです。提案を蹴れば、じゃあ、出てけと言いだしそうな感じですよ。

「使えそうな部屋はもう空いてないの。子供たちのこともあるし、そうしてもらえると助かるのだけど」

 マルティナさんは困り顔です。VIP対応をするべき来訪者に雑な対応というのもシスターとしては困るんでしょうね。

「そこらへんの床でいいですよ。朝、勝手に出ていくので」

「こっちはなんとかするから気にしないでいい」

「そう? じゃあ、お任せするわ。
 子供たちもそろそろ眠いみたい」

 おそらく大変であろうマルティナさんにお手伝いを申し出ましたがお断りされました。代わりに他の大人が手伝わされていましたけどね。微妙に暇でなんとなーく眺めているとロブさんが近寄ってきました。

「……本当に人手はいらないのか」

「いらない。巻き込む心配をするほうが面倒だ」

「申し訳ないんですが、あたしたちは殺傷力が高すぎて調整が難しいんです。人質とかにとられないようにしていただくのが一番良いと思います」

 口は悪いけど人の好さそうなロブさんにお断りしました。まあ、そこからの後ろから刺される危険もなくもない、という考えもあるんですけどね。そのあたりは言う必要もないでしょう。
 ロブさんは我々の主張に全力で引いてたので悪いことは考えていないようでしたから釘差しも必要なさそうですし。

「そ、そうか。じゃ、頑張れよ」

 引いておきながらも立ち去り際にそう言ったりするのが、ロブさんの人の好さですかね。まあ、人が良くないと足手まといと言われそうな人たちを連れていたりしないものです。
 逆に守るもののために手を汚すのもいとわないというのもありそうですけどね。
 疑い深いとは思うのですが、場合によりエリックすら敵であるという状況なので。

 エリックがどこかで諦めて譲ったりしないかだけが本気で心配です。災厄の正体の想像がついてきただけに危ういんですよ。

「なに?」

 エリックをじーっと見上げていれば、怪訝そうな表情で見下ろされました。それから少し何か考えるように少し眉を寄せて、ぽんぽんと頭を叩かれました。

「大丈夫」

 あたしの心配が透けていたようです。それにしてもこれほど信用ならない大丈夫もあまりありませんね。

「そういうことにしておきます」

 でも、言い争うのも不毛です。だから、こういう可愛くない言い方になるのです。気を抜くと闇落ちと死亡フラグの落とし穴があいていることをそろそろ自覚していただきたい。

 さて、とりあえずは邪魔な我々は壁際によることにしました。お子様たちはいつもと違う環境で寝付けなさそうでバタバタしております。

「子供は元気ですね……」

 おねむでも限界まで頑張るのが子供ってもんですが。夜は病人&けが人のひとたちも自分たちの部屋に引き上げていくそうで、ロブさんやその他の男性はそちらの手伝いもあれこれしているようです。
 誰もこちらには注意を払っていない状態です。秘密の話には向いているタイミングかもしれません。

「ディレイはどこから始めたいですか?」

「ジャスパーをどうするか迷っている。あれは人質になるか?」

「……自力で何とかしそうなんですけど。軍馬ですよね。それからなんか馬具にあれこれしてませんでした?」

 ついでに馬車のほうも色々な機能がありそうですが、説明されていません。あたしが引くと思っているのでしょうね。間違いはありません。必要なものを詰めているつもりが、調子に乗ってあれこれ入れ始めるのはどの分野の魔導師でも同じと思いました。
 一点豪華主義もいますが、その豪華が突き抜けてます。

「馬具には防御に特化したとか言っていたな。ただ、ジャスパーは大型種だから普通に蹴られたら怪我をする」

「ですよね……。悪いですけど、後回しでもよいのでは?」

 薄情な飼い主で申し訳ないです。連れまわすほうがきっと危険。と言い訳します。なにせあたしの乗馬技術などへっぽこですし、エリックも普通に乗るのが何とか程度です。
 エリックは気が進まなそうですが、同意をしてくれました。これがユウリなら華麗に乗り回しそうです。しかし、魔導師としては破格の運動能力といってもたかが知れています。

「教会から行きますか」

「それだとエルアとカリナが危ないかもしれない」

「先に確保必須ですか。地図見て話しましょうか」

 せっかく書いていただいたのですし。
 この町もフェザーの町と同じような形をしています。広場を中心に道が蜘蛛の巣みたいな形で広がっています。
 領主館はこの町の中にはないのもフェザーと一緒ですね。これは他の領地でも同じで一番近い町とは馬車で十分くらいのところにでーんと立ってるのが普通だそうです。領地が発展すると町の規模が大きくなって呑まれることもあるんだとか。
 グルウの町はそこまで大きくなく、領主館へは20分くらいかかりそうなくらい遠いんですが。

「こっち先に行きます? 話を通しておいたほうが良い気がしますが」

「その気があったら先に案内を寄こすだろ」

 エリックは苦笑とともに言われましたが、どういうことですか? 首をかしげるあたしに説明してくれたところによると。
 お忍びというのは、一般国民の皆さまには知らせない、という意味であったそうです。つまり、領地を通過する領主には既に通告済み、そのうえで関与しないという誓約を取った、らしいです。

 な、なんだって! と叫びそうになりましたが、マルティナさんにガチギレされそうなので自重しました。

「言ってください」

「師匠が気がつくまで黙っているようにと言ってたんだが、全く、気がつかなかったな」

「階級社会に生きておりませんのでわかりません」

 ふてくされてしまいますよ。わかりますよ。VIPが旅行中に不慮の事故やトラブル起こしたときの対応をしてもらわないと困るからですよね。でも、言ってもいいじゃないですか。なんですか、その暗黙の了解。
 新婚旅行と浮かれてここまでは何も考えてなかったあたしが悪いんですか。
 エリックに拗ねるなといわれて一応気を取り直しましたけどね。ほんと特別待遇というのは……。

「じゃあ、ここにも知らせが来てるってことですね」

「そう思う」

「それなら、ある程度まではお目こぼしいただけると期待できそうですかね。
 教会にはカリナさん経由で全バレしてると思うので」

 教会にはそこまで隠す気がなかったんです。ただの婚約者の故郷にいって墓参りするイベントですよ。隠すほうが怪しいですからね。
 油断を誘おうとかちょっと考えたりもしましたね。ちゃんと罠を用意してもらわないと困りますし。
 何もしてないやつを殴るのはさすがに来訪者の権力でも難しそうですから。

 ただ、カリナさんやエルアさんまで来るとは思ってなかったんです……。

「な、なんですか」

 じーっとエリックに見られましたよ。薄っぺらい策略が漏れてますか。最初から、殴るつもりで来てるってこともばれましたか?
 ふぅとため息をつかれて、俺のことは俺のことだと釘を刺されました。
 あ、はい。そうですね。先走りましたね。

 でも、反省はしませんよっ!

「ほんとアーテルは、俺のことになると見境ないな」

「それは、申し訳ありません」

 重すぎる愛です。やや狂信っぽいのが自分でもあれですが。
 あとヤンデレ気質も出てきてましてほんとに申し訳ないという感じです。自重しますけどね。漏れてないといいなぁとほんとに思います。

「俺も人のこと言えないか」

「はい?」

「もし、アーテルに傷でもつけたら、相手が無事でいると思わないほうがいい」

 ……。
 斬新な脅迫ですね。不要な被害を出したくなければ、無傷で大人しくしていろということですか。俺が心配とかいうより効果が見込めると思ったんでしょうね。間違ってないです。
 エリックに不要な殺生させたくありませんし、襲撃者も不幸だなと割り切れもしません。
 それにあたしの場合、心配と言われても大丈夫で押し切りそうですからね。死亡フラグを折るのと多少の傷では比較するべくもありません。

「はぁい」

 疑惑の眼差しを受けましたけど、笑って誤魔化すことにしました。その瞬間の行動までは予想できません。
 さらに言われそうな予感がしたので、急いで話を元に戻します。

「で、教会を襲撃でいいんでしたっけ?」

「孤児院のほうに滞在だと想定できるから、そちらから。昔と構造は違っているが行けばわかるだろう。
 それに、ここが気になる」

 手元には孤児院の地図もあります。一階の部分なんですが、あれこれ描いて謎の隙間が発生したらしいです。マルティナさんも首をひねっていましたね。でも部屋の数もあっているそうです。距離も歩数換算ですが間違っていないそうですし。
 住んでいても案外、気がつかないものですね。

「隠し扉とか? わくわくしますね」

 地下に謎の施設がとかあるんでしょうか。わー、ぞわぞわしますね……。人体実験とかしてないでしょうね?

「前は扉があった、気がする」

「……わー」

 即フラグ回収とかいらんのです。

「行ってみればわかるだろう。静かに潜入、だからな?」

「はぁい」

 あたしの能力で可能だと思ってるんでしょうかね。この人。とは言いませんでした。それを何とかするのはエリックなのです。あたしはついていくだけの簡単なお仕事です。
 しばし、エリックは地図を見て考え込んでいるようでした。潜入についてはあたしが口出しするようなことはありませんね。
 あたしがしたのはエリックが地図を雑に片付けようとしたのをまとめなおしたくらいでしょうか。

 そのころにはもう部屋は静かでした。子供たちは部屋の片隅でくっついて寝ていますし、マルティナさんはお疲れのようで子供たちのそばで爆睡中。
 ロブさんたちも今は二階に上がって言っているようで誰もいません。

 静かです。
 あたしは気になることを切り出すか迷い、聞くことにしました。あとで衝撃の真実とかツライので。

「ところで、お兄ちゃんの件なんですが」

「……言いたくない」

 エリックは迷った末にそう答えてくれました。知らないと言われなかっただけましでしょうか。

「そうですか。まあ、困っている兄弟がいたら、助けなきゃいけない気にはなりますね」

 仕方ないと手を貸す程度には兄弟仲は良いです。ただ、これは今までの年月や付き合いの重みの末のことです。
 急に弟が出てきても同じことを言えるかというと別ですね。
 ということをエリックに言うのは酷な気がしました。

 生まれなかった弟から呼ばれて動揺しないタイプでもありませんし。

 それより最悪なものも想像してそうで、嫌になります。
 エリックのお母さんは妊娠中で、それもそろそろ生まれそうというところでした。そこで事故にあってなくなっています。
 それが事故ではなく故意のものであったならば話は違うのです。そして、お腹の子供がもし生まれてしまっていたら。

 いっそ、死んでいてほしかったと思うあたしはひどい人間なのでしょうね。

 でも災厄に乗っ取られるほうがマシとは言えません。生まれてからずっと乗っ取られたままであった弟を助けたいとしたら。今まで狙われていたエリック自身を差し出すしかありません。

 やりそう。ものすごく、やりそう。
 自分はもういいやとか思いそう。秒も迷いそうにないんですよっ! こ、これが、故郷に帰ったら死ぬという折れない死亡ぐラグの原因!?

 ……でも、この仮定には謎があるんです。今まで使っていたエリックの弟(仮)の体があるのだから新しいのは必要ないはずなんです。別の器が欲しくなるときって言うと元々のほうが壊れそうだからっていう気がしちゃうんですよね。

 それに、生まれていなくて、死体であったということもあり得えますし。

「まあ、出来る限り、しましょう。それでだめなら、誰にもどうにもできません」

 本気でまずいときは、採算度返しで、肉体を滅しておきます。誰がどういおうが、乗っ取らせませんよっ! き、嫌われるかもしれないけどっ! 泣きながらしますよっ!

 しかしまあ、災厄を片付けるのはユウリのミッションじゃなかったでしたっけ?
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