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温泉と故郷と泣き叫ぶ豆
泣き叫ぶ豆
しおりを挟む「ぴぎゅー」
「ぎょえー」
「ぴゅすー」
今、個性的な泣き声、いえ、鳴き声が響く地獄にいます。
引きつり半笑いの旅行者を地元の人が、ああ、あれねという視線を投げていきますね。
「ディレイ、これ、名物にしちゃいけないと思います」
「名物じゃない。ゲテモノの類だ」
……。
そうでしたね。某世界一臭い缶詰と同じような感じでしたね。みんな知っているけど、実際購入して体験する人は少なめ。ドリアンよりは、ハードルが高い。あれはわりと国内でも売ってましたから。いや、でも臭い缶詰も国内で売ってはいるのですよね。どこかで自動販売機で。
「ぴぎょー」
屋外で七輪の上で焼かれる豆を見つめる本日5月3日。ついに来てしまいましたグルウです。温泉から先の旅程は順調すぎるほどでした。昼過ぎに到着し、滞在先に荷物とジャスパーを預けて、町の中に繰り出してなぜかこうなっています。
いえ、なぜか、ではないですね。
市場を抜けるときに奇声が聞こえてきて覗き込んだから、七輪と豆をやく人々がいました。皆がなんだか微妙な半笑いという奇妙さに鳥肌が立ちましたね。なにあれと。
そして、我々も地元の豆売りの人につかまり、春の風物詩とごり押しされて焼いています。ええ、焼くつもりではあったんですが、こんな感じでは……。
お隣で焼いていた老夫婦もあら? なにかしらと思ったら、焼いていたと証言しています。近隣在住でも体験するのは初めてらしいので、レアな体験であるのでしょうけど。
ちなみに屋内では焼かないのはその奇声が原因のようです。過去、事件かと通報乱入が多数発生しこの時期は屋内で焼けない決まりなのだとか。ゆでると大丈夫らしいですが……。それって水の中で聞こえないだけじゃあとは突っ込まないほうがいいのでしょう。
豆自体はソラマメに似ています。大きなさやに豆が三つか四つ入っているらしいです。焼けると勝手にさやがあくそうで、楽そうな気がするのですが……。
「……そろそろいいでしょうか」
「火傷するから、触らない」
「えー、このくらい平気ですよ」
素手で半開きのさやを開けようとしたら、エリックに止められました。用意されていた厚手の手袋で処理してくれています。
「ぴげぇー」
豆の断末魔の声を無視してますね。
あらやだ、うちの旦那様かっこいい。
「……なんで、このくらいで嬉しそうなんだ」
「いや、だって、他のとこ見てくださいよ」
大体、男女混合の場合、女性が処理してました。男性のほうがこの奇怪な豆に腰が引けてます。断末魔の声としか聞こえないのがいけないのでしょうね。
この試練を乗り越え無事焼き終えた方々は妙にテンション高く和気あいあいとしています。
「俺もこれは嫌なんだが」
「あたしがやりますって」
「いい。最後までする」
変な意地を張られてしまいました。お皿に乗る豆は微動だにせず、かさりとも音を立てません。
これに軽く塩を振って食べるのです。口の中で暴れたりしないでしょうか。微妙な不安がよぎります。他の方々が無事そうなので問題ないのでしょうけど。
「ん。おいしっ」
こわごわかじってみましたが味はソラマメっぽいです。もう少し、青臭い感じですが、初物であるならこれも良さのような気がします。これは好き嫌いが別れそうです。エリックは微妙に眉間にしわが寄ってますね。口元も不満そう。
「むかし、食べたような気がする」
そんなことを言いつつ、淡々と食べているので気に入ったのでしょうね。焼きたて熱々の豆は焼く時間の半分程度でお腹の中に入っていきました。
長居するような場所でもないので、早々に撤退しました。先払いなので、食べ終わったら帰れという雰囲気もしますし。
異様な雰囲気の路地からシャバに帰ってきます。背後を振り返れば道がないというわけでもなく、奇声を聞きつけて覗き込む人が絶えません。ふらふらと吸い寄せられるのは、なにかぞわぞわしてきますけど。
さて、全力で脱線しましたが、今、市場にいるのは理由があってですね。
「お花屋さんを探していたんですけどね」
墓前に供える花を探していたんです。花売りの娘さんもいるらしいので、そちらでも構わないのですが。春先ともあって色々売っているだろうということで市場まで来たのです。
「あっちにありそうだ」
あたしよりも背が高いエリックにはお花屋さんは見えたっぽいです。多少混んでいるのであたしには遠くを見通すのは少し困難でした。
手を繋いで連れて行かれるままです。普通のデートっぽい。これは良いですね。無事花を売っている店までたどり着き、お墓参り用に用意してもらいます。
「あとはおかしですね! なにがよいでしょうか」
「供えても無駄になるだろ」
「そこらへんは宗教とか習慣の違いでしょうか。お墓まいりにお花とお供えは必須です。そして、食べて帰ります」
ので、飲み物も調達ですね。
市場なので問題なく揃いますし。遠い記憶を思い出してもらい、エリックが好きだったらしいクッキーを購入できたのは良いことでしょう。木の実が入っている硬い系のものでした。そういえば、以前もそういうの食べてましたね。
準備も終わり、お墓に向かいます。妙に緊張してきました。
当たり前と言えば当たり前なんですけどね。
お墓は教会の裏手にありました。なお、孤児院隣接です。
教会は規定でもあるのかフェザーの町のものとよく似ています。規模も似た感じでしょうか。役所と言われても違和感がありません。
あたしの思う教会のイメージに合うのは、聖堂と言われる儀式用の一角くらいですね。王都の教会は聖堂が主体では? という感じでしたけど。
カリナさん曰く、見栄えは大事、だそうです。通常非公開なのもありがたみと張りぼて感を隠すためとか。
この世界においての宗教とは、ということを考えたりもしますが泥沼なのでやめておきます。相互扶助組織として機能しているからいいのでしょう。
そんな感じに現実逃避がはかどります。
「最初はなんて言えばいいですかね。ええと、息子さんと結婚しました? いや、それから始めるのってどうなんでしょう」
「そこに誰かいるわけじゃないんだから、何か言う必要もないだろ」
エリックにものすっごい呆れた顔されました。
「そこはあたしの誠意ってもんですよ! ディレイだって、ちゃんと挨拶したじゃないですか。手紙ですけど」
「そこに生きているからな。俺の場合は、土の中というより分解済みくらいだぞ。骨も残っているかも怪しい」
「そういう言い方はどうかと思いますよ!?」
ご自分の両親でしょうに、その言い方っ!
彼は肩をすくめていますけどね。
「もう、次の生を生きているはずだから元の体がどうなったかなんて気にしないだろ」
「死んで天国に行かない宗教ってドライですね……」
死んで一定期間で別の生き物に転生するらしいですよ。だから、幽霊もいないし、ゾンビもスケルトンだっていないわけです。そこに残っている魂ないですから。
ちなみに次は何になるかは不明なので、次も人とは限らないという……。
そういうわけで、お葬式はともかく、お墓はわりと簡易らしいですね。ある程度したら集合塔にまとめて埋葬するとか聞いたような気もします。カリナさんだったか、王都の偉い教会の人の誰かだったか覚えてませんけど。
エリックは迷いなく、墓地を歩いていきます。
「番地があって、それは覚えている。675―56、57」
墓地の一番端とも言ってよい場所にお墓はありました。そこには30センチくらいの正方形の石が地面に二つ並んでいました。周囲の他のお墓も雑草が生い茂ることもなく、端でもきちんと管理されているのがわかります。
ご両親の名前と没年だけが書かれていました。道すがら見かけた墓石も同じそっけなさだったので普通なのでしょうね。
さて、墓前に花を置いてと思って気がつきました。
「あれ?」
その隣に半分くらいの大きさの石が置いてありました。もう一人というのは話を聞いていませんし、お隣のお墓とはもうちょっと距離があります。
「前は、なかったはずなんだが」
エリックも困惑しながらそれの表記を確認して、眉間に皺が寄ったなと思ったら!
いきなり呪式を口ずさみ始めたんですけどっ!
「ちょ、ちょっと待って」
慌ててその手を掴みました。そのときに手に持っていた花が落下するのは仕方ありません。緊急事態です。エリックが口にしたのは穏やかさのかけらもないそれはこの一帯を破壊しかねないほどのものです。それほどに強い言葉でした。
「これは破壊しておくべきだ」
呪式は止まりましたが、エリックにいつになく強い口調で、断言されました。そして、手を振り払われたのです。
「え」
強かったというより、想定してなかったのでそのまま尻もちをついてしまいました。
エリックもあたしが倒れるまでは想定外だったのか、衝撃を受けたように固まってしまっていますね。青ざめているというのは、初めて見ました。
これほどの強い動揺も。
「……ごめん」
ほんの僅かなのか長かったのかわからない沈黙のあとに、謝罪されました。あたしは大丈夫と返すのが精一杯です。なにが、どうしてと質問攻めしないように口を閉じているのが正解でしょう。エリック本人がものすごく動揺していて、話もきちんとできるようには思えません。
心配そうに差し出されたエリックの手を掴んで立ち上がりました。
そして、彼を動揺させたその石に視線を向けます。
「アーテルには言ってなかったが兄弟が、生まれるはずだったんだ」
「あ、お母さんの体調が悪かったっていうのは」
「そう。少し落ち着いたら、旅行に行こうなんて言ってたんだ。
それから、生まれたら俺が名付けていいって約束してた。なんで、忘れてたんだろう」
ディラン、エイラ、そう書かれた墓石。他のものと違うのは没年は記載されていないこと。二人生まれるはずだったのか、それとも両方の性別用に用意していたのかはわかりません。
わかるのは小さい頃のエリックが、一生懸命考えたであろう名前だということ。
「生まれる前の子は名付けない。墓も用意されないものなんだ。なぜ、これがあるのかわからない。昔はなかった、と思う」
「やるなら夜中にひっそりとしてください」
再び呪式が聞こえたので釘を刺しておきました。この真昼間に墓地破壊はいただけません。それほどに許しがたい冒涜なのでしょうけど、犯罪はばれないようにしていただきたい。
エリックはむっとした表情ですが、呪式は止まりましたね。
あたしは落とした花束を拾い、墓前に立向けました。
問題があったようなので、また改めて来ますと心の中で謝罪します。これで穏やかに結婚報告とかできません。色々片付けてからです。
あってはならないものがある。それはひどく不吉で不気味です。嫌がらせというには手が込んでいて、善意ならば悪意寄りたちが悪い気がします。教会の墓地を管理している人に尋ねれば事情はわかるかもしれませんので、調べていきましょう。
でも、今はエリックに抱きついておきましょうか。手を振り払われてあたしも少々動揺していまして。いつも通りのようでいつも通りではございません。ああいう状況というのはまだなくてですね。
エリックもいつもよりそっと触れるのが、少し不安になってくると言いますか。
「おやおや、騒がしいと思えば」
急に聞こえた声には聞き覚えがありました。エリックがあたしを急に離したのは、嫌だからというより恥ずかしいからでしょう。あるいは、変に噂をされたくないということ。
振り返ればやはり、その人でした。
「なぜいるのかお尋ねしたいんですけど。エルアさん」
ついでにカリナさんもなんでいらっしゃるので?
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