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小話 メイドな話その1/その2

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その1

 気の迷いというものは存在します。
 暇だったということではない。
 と思いたいです。

 しいて言えば、手紙を書くのに飽きたんです。

「……なにしてるんだ?」

 床をモップで拭いているところをエリックに目撃されての発言です。
 モップで拭いているというのが分からなかった、ではなく、恰好が問題だったんでしょう。

「え? そうですねぇ。メイドさんごっこ、ですかね?」

 メイド服完全装備かつ、メイドっぽく髪型も変えちゃってますから。
 は? と言いたげに見られました。ええ、他の人に言われたらあたしも言いますね。

「暇というより飽きたので気分転換に。
 というわけでご主人様。何なりとお申し付けください」

 そう言って目を伏せ、少し腰を落とします。これが主への対応、初級編なんですが中腰に近いので地味にきついポーズです。

 しばしエリックは黙ってしまったので呆れたのかなと思って視線だけ上げたら。
 手が口元を覆ってちょっと目元が赤くなってました。なにを想像したんでしょうか。

「健全なメイドですよ?」

「別に、そんなの期待してない」

「本当に?」

 最近ものすごくわかりやすいんですよね。以前は平気そうな顔してましたけど、なにが違うんでしょうか。

「お茶のお替りを頼む」

 ふいっと顔を背けて言われてしまいました。拗ねられましたかね。

「かしこまりました。どちらに用意いたしましょうか」

「リビングに行く」

「はい。では、後ほどお呼びいたします」

 習っても使うこともほとんどなかったメイド風のお辞儀をしてモップ片手に踵を返します。。あのお辞儀も結構、筋力使いそうな感じです。こう、スクワットみたいな。練習したときはお腹と太ももがプルプルしてましたね……。

 それにしてもエリックのホントなにやってんの? と言いたげな視線がちょっと痛かったです……。目撃されないと思ったんですけどね。昨日からなんか思いついたからと引きこもってたので。実は一日ぶりに顔を合わせてのこれですから。
 欲しいものがあるそうで、そのためにちょっと仕事増量中だそうですよ。なにが欲しいのかは教えてくれませんでしたけど。
 それ、危ないものじゃないですよね? とものすごく念押ししました。買う前には相談するとか言ってましたが、なんなんでしょうね? 楽しみに待ってればいいんでしょうか。

 定住してなにかするのもこの先しばらくないのもあって研究っぽいこともしているようで実のところ、以前の生活とあまり変わってません。いちゃいちゃどこに消えたと思いもしましたけど、一緒の部屋で寝ているので進歩はしたような気がします。

 結局、空き部屋に新しい寝室作っちゃいましたし……。なんか、次住むのゲイルさんたちらしいのでものすごい恥ずかしいんですけどっ!
 あの二人は気にしてないようですからあたしがスルーすればいいのですが……。

 ぐぬぉというこの気持ちをどうすればと悩みながらもお茶と焼き菓子を用意します。
 現実逃避の産物的、キャロットケーキが余ってましてね。甘さも控えめ、脂質も少なめとやつは優秀です。ただし、糖質はというと見なかったことに。
 アイシングを塗ったくって白くしてしまいたい衝動を抑え、一口大にカットです。それとごりごりに固いクッキーを用意しました。口寂しい時に食べて我慢する系のやつです。ダイエットにはなりませんが、その気持ちが大事。言いわけなんかじゃない、と思います。たぶん。

 リビングに準備するのもティーセットにしました。あっても使ったことのない、揃ってもいないものですけど気分です。気分。

「ご主人様、お茶の用意が整いまし……なんですか。その顔」

 準備完了で呼びに行けば、呆れたような顔をされてしまいましたよ。

「まだやる気なのか」

「一日くらい?」

 飽きたら半日でやめますけど。
 ため息をつかれてしまいましたよ。

「それ、掃除とかするメイドの服じゃないからそこは気をつけたほうがいい」

「へ?」

「色々種類があるんだよ。俺も詳しくないが、その服はひらひらが多いし装飾があるから来客の相手、主人の相手をするような立場だ。掃除はまずしない。するにしても別の服があるはずだ」

「……メイドさんなんて二次元なので知りませんでした。なるほど。変な顔されたのそうだったんですね」

「いや、あれは呆れただけだ」

 ……。
 効果音をつけるなら、がーん、でしょうか。

「で、それを続けるなら俺の世話をすることになるんだが?」

「へ? あ、えっと、喜んで?」

 ちょっと首をかしげてしまいました。なにか、甘えられたような気がしたんですけど。気のせいでしょうか。
 わかってんのかなと言いたげな視線が通り過ぎていきました。

 先に立ってリビングに向かうのを追っていきます。ぱたぱた音をたてないように静々となんて難しいんですよね。
 しかも丈が長いスカートが足にまとわりつくというか。裾裁きが慣れてないと大変です。

 リビングの前で扉を開けて、どうぞと軽く頭を下げます。

「いつものものをご用意しました」

「一人分?」

「メイドなので座りませんよ?」

「わかった。じゃあ、つきあってやる」

 どうにもやめる気がないとわかったようですね。なんかこう、楽しくなってきちゃったんですよね。少し困ってる顔見るのが。微妙に嫌な顔されてるのに変ですけど。

 ただ、ちょっと後悔しつつあります。なんかいじわるそうに嗤ったんですもの。あれは、なにか企んでるやつ。
 切り上げそこなったかもしれません。

 お茶の時間はつつがなく過ぎ去り、ませんでした。
 エリックは一つクッキーを手に取って、あたしを手招きします。

「なんですか、ご主人様」

「口を開けて」

「ひゃい」

 はい? と言おうと開けた口にクッキーを入れられてしまいました。
 もぐもぐと口の中に入れられたものを咀嚼します。段々て慣れてきている気がしています。餌付けできる愛玩物とか思ってませんかね?
 一応曲がりなりにも奥さんなんですよ? 今、メイドですけど。

「おいしい?」

「はい。でも、追加はご遠慮ください。ご主人様が甘やかすと服がきつくなります」

 余裕はありますけどね。運動量が減りがちな冬に過剰なおやつは怖いものです。
 エリックはつまらなそうにもう一枚つまんだクッキーをかじってました。延々とする気だったんでしょうか。恐ろしい。

「硬い」

「歯ごたえが自慢です」

 エリックがものすごく何か言いたげでしたね。なぜ、硬い、あまり甘くないクッキーが存在するのかとでも言いたげです。仕方ないじゃないですか。甘くてさくっとしたクッキーはカロリーってやつが増大するんですから。

 という説明はしません。なぜ、カロリー削減なのかという話になりまして、肉がという話は虚無になります。ええ、なにが悲しくて好きな人に過剰な肉についての話をせねばならないのですか。
 気にしないとか言いだしそうで、より言えません。

「……なんか、変な気分になってくるからやっぱりやめないか?」

「はい?」

「なんか、いじめたい、みたいな」

 ……。
 意外でもないですが、自覚はあったんですね。無意識かと思ってましたよ。時々あたしを追い詰めて遊んでるの。嬉しげに笑うから、指摘しそびれていました。どこか逃げ道はあるので、お遊びの一環として楽しんでたくらいで。
 人によっては嫌がるでしょうけど。

「いつものことですよね?」

 確認したら真っ赤になって逃げられてしまいました。
 お茶、どうしましょ?

「時々のこと、くらいにしておけばよかったでしょうか」

 今後、居直られるのか、減るのか、どうなんでしょう。戻ってくる気配もなかったので、ぽりぽりとクッキーを食べながら、普通にお茶を楽しんでしまいました。
 メイド失格ですね。

その2

「またか」

「今度は、ちゃんと、下働き用ですよ!」

 数日後にメイド姿となったあたしを見られてしまいました。廊下掃除を見られないように今日はちゃんと一日お仕事と確認を取ったのに、エリックに遭遇です。夕方には何食わぬ顔で、いつもの格好するつもりだったのですけど。
 間が悪いと何時間も顔を合わせなかったりするんですけど、お昼食べて一時間もたってませんね。ちょっと気まずいような恥ずかしいような気がします。
 まあ、呆れたような視線が痛いんですけど。

「……そういう問題か? どこで調達したんだ」

「衣裳部屋漁ってたら出てきました。昨日くらいに洗濯してましたけど、見ませんでした?」

「見ない」

「そうですか。洗濯もどうしましょうね。別々にするのも変な気がしますよ。ねぇ、旦那様」

 強引に話の方向性を変えてみます。
 まあ、これも微妙な気持ちになる話題なのですけど。最初に別々に洗濯していたのでそれを継続しています。も、もう、結婚もしたのですし、同居もしていますし、いっしょに洗ってもいい気がしながらも言い出しにくい。そんな話題を突っ込んだわけです。

「……今はメイドじゃないのか?」

「ええ、メイドなので、洗濯もしますけど?」

「……。
 むり。拒否する」

「えー」

「俺がするって言ったらどう思う」

「……むり。そ、それは追々か、もう、爵位付きになりますし、人を雇いましょう。それがお互いの精神衛生のためです」

「そうだな」

 結局今は現状維持が確定したわけです。確かに自分の下着を見られるのも抵抗があります。男の人って気にしない人もいますけどね。
 まあこればかりは個人差ですから。

「じゃ、あたしはこの辺、掃除するので」

 さくっと話を切り上げて、この格好に関するツッコミも避けたつもりだったんです。
 エリックは全く動きませんでしたね。上から下まで精査するみたいにみてきたのが不穏というか。前の時の反応もありますし。

「暇なのか」

「運動不足なんですよ。外は出られませんし」

「ストレッチとか体操は?」

「飽きた」

 この子、ダメだなという視線ですねっ! これはわかりますよ。

「これから射撃訓練な」

「的がないじゃないですか」

「動作と姿勢維持くらいはできる。それから、基礎運動も」

「……くっ。これも割れた腹筋のため」

「割れる日がくるか楽しみだな」

 ……ええ、きっと来ませんね! 微妙な飴とムチで毎日みっちり最低一時間することになりましたよ。最低一時間です。今日は二時間くらいしたと思いますよっ!
 そんな日々のおかげで、体力もついた気がします。精神的耐性もついたでしょう。なぜに耳元で指示をささやくのかっ! いじわるなんですか、というとそうでもなかったりして困惑されたのも今はいい思い出。
 思い出にさせてください。姿勢直されるとき、密着されて動揺しまくりで指示が脳みそからはみ出てました。あれはいけません。

 そんなので射撃の腕前が上がったかは、春先にわかるでしょう。残念ながら腹筋は割れませんでした。すこしお腹が平らになったのはよかったですが、なんだかエリックが残念そうな顔していたのが解せません。
 抱き心地がとか聞こえませんでした。あれは悪魔のささやきです。信じたらあっという間に自己許容を超えていきます。
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