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冬の間

夜会

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「帰る」

 ダメです。これは事件です。

「断固帰宅します」

 旦那様がかっこよすぎて、人前に出したくありませんっ!

「え。アーテル?」

 ……。
 取り乱しました。

 待ち合わせが、夜会の会場の前というのが問題だったのです。そうでなければ、きっと帰るなんて言わなかったと……。
 いえ、言いましたね。

 エリックにはタキシード風の衣装を選んだのですが想定を超えて、よかったもので。本人は首元のボウタイが気になるのか触ってますね。
 男性用の夜会服は黒っぽい色が多いらしいのですが、これは完全に黒を指定しました。

「変じゃないか?」

 エリックがそう聞くのはあたしではなくリリーさんにです。信用されてません。さきほど、うっとりと見上げたせいでしょう……。
 ひいき目ではなく本当にお似合いです。
 髪は普通は後ろに流す感じらしいのですが、あえてゆるくしてもらってます。それとは逆に服はきっちり着てもらっていますのでギャップが良い感じです。あたし、いい仕事をしましたねっ!
 ただ、やけに色気があふれているよう見えるのが誤算です。

「意外に似合ってるから心配いらないわよ」

 リリーさんは苦笑してますね。この場に残っていたフラウもぱかんと口を開いてます。
 なお、ローゼはすでにユウリに連れていかれました。さらにカリナさんはリューさんが有無を言わせず引きずって行ったあとです。

 フラウは特に相手を用意はしていないそうです。どうせ踊らないし、役割的には護衛と言い張ってましたけどね。
 やっぱり、ちょっと、気にはなります。

 大丈夫かなとエリックをじっと見上げれば、眉を顰められましたよ。

「そんな顔、人に見せられないな」

「……どんな顔ですか」

 にへらっとしているのはわかってますけどね。
 まあ、いいかと呟いた声が聞こえました。それはとても楽しそうで、でも、ちょっといじわるな感じの。

「ほら、呼ばれたから行ってらっしゃい」

 リリーさんに追い立てられるように会場入りとなりました。意外とちゃんとエスコートしてくれるんですよね。一応、踊れもするらしいですし。
 それも師匠が色々自分で教えるのを面倒がって講師を呼んで仕込んだというのが真相だそうですよ。しかも王室ご用達の講師とか意味が分からないと……。公爵家のお嬢様、やっぱり格が違います。

「あとで踊ってくださいね」

「……足を踏まないなら」

 冗談のつもりではなさそうです。善処しますと笑いながら答えておきました。確約は無理ですね。

 以前と同じように会場は歓談中だったのですが、足を踏み入れた途端にざっと人の波が割れます。慣れませんね。これ。
 びくっとしちゃいますよ。

 指定された立ち位置に足を進めて、一礼。挨拶した程度のニュアンスですね。
 そのあとから王家の方々の入場です。こちらは特別な通路を通っているので、会場内は横切りません。

 夜会の始まりの挨拶として王様の長い話が最初にありました。その中で爵位の贈与という話もあり、実際の式典やらなにやらは春先に行うことが決まっていたんです。聞いてない。
 じーっと王様を見るとそっと目を伏せられましたね。意図的に黙っていたんですか。そうですか。

 ……まあ、それは置いときましょう。
 話の後に飲み物が配られ、今年もよき年であるようにと乾杯して夜会が始まりました。

 早速、挨拶したい人の長蛇の列ができました。この機会を逃せばいつ会えるのかというものなので、鬼気迫っています。既に知り合いの方々は今日は遠慮すると事前に言われていたので、ほぼ初対面な人たちです……。
 途中で音楽が始まったのをいいことに挨拶の列を振り切って、一曲踊ってもらいました。一曲で、撤退しました。
 2曲目は難しかったのです。お互いの能力的に。

 息切れするあたしと次の曲のステップを全く覚えていないエリックでは太刀打ちできません。
 むしろ一曲踊ったのが奇跡みたい。甘い雰囲気とかなかったですね。無様にならないようにするのに必死。もうちょっと練習が必要です。あと運動。冬太りは阻止せねばとうなだれながらも会場の端に撤退します。

 なのに会場の端でゆっくり休むつもりなのになぜかやってくる人たち。
 端に置いてあった椅子に座ったせいかそれとなく包囲網が。やっぱり帰ろうかなと思っていたら、急に人の波が割れました。

「リリーさんはどこかな!?」

 ユウリがものすっごく上機嫌でした。ついてきているローゼが恥ずかしそうにしてますね……。陳腐な表現ですが、本日の彼女は大輪の花のように美しい。
 まあ、それに合わせてるユウリもそれなりにきらっきらしています。

 あたしも眩しっ! と思っちゃいましたからね。イケメンすごいです。
 その結果、エリックに目の前に立たれちゃったんですけど……。あ、うん。ごめんという気分です。あれ、観賞用だからと言われたって安心できるものではないんでしょうね。

「王妃たちと歓談してくると言っていたが、そこあたりにいないか?」

「そっか。じゃあ、ユウリが可愛いローゼをありがとう! と感謝していたと伝えてくれる?」

 顔見なくてもにっこにこなのわかる声です。今回の件での勝ち組は違いますね。あたしのほうはとんとんといったところでしょう。
 負け込んだのは王様なのではないでしょうか。見るたびに老け込んでいるような気がしてならないですよ。
 やっと戦争終わったのに。それから1年くらいしかたってないのにこの現状は頭が痛いでしょうね。膿は出せたかもしれませんけど、そこを補う人が足りているのかちょっと心配になりますよ。少なくともあたしが生きている間は平和でいてもらいたいのでそこは頑張ってもらいたいです。

 そんなことをぼんやり考えていたからの油断でしょうか。

「それから、アーテル嬢も可愛いね」

 へろっとユウリが言いだしました。空気が、凍ったのは気のせいではないと思いますね……。

「……ありがとうございます」

 出来れば、褒めてもらいたくなかったです。空気読んで! いつもはちゃんとしているのになぜ今できないのですかっ!
 心配になってエリックの横から様子を見たんですが……。
 ほらほら、ローゼが少し不安そうにしてるじゃないですか。エリックが少々殺気立っているのは見なかったことにしますので。

 ユウリはなんでと言いたげに首をかしげてます。普通は問題のない誉め言葉なんですけどね。場とタイミングが悪いといいますか。仲が良いのはいいですけど、それは男女間の何かは意識させたくないんですよ……。
 どう場を和ませるべきか考えているとざわめきが近づいてきました。

「……うむ。仲が良くてよいことじゃのう」

 雰囲気がおかしいのを感じたのか王様もやってきちゃったじゃないですかっ! 隠し切れない心労を感じますよ。後ろからちょこちょことついてくるリリーさん。人の悪い顔してますね。おもしろーいとでも言いだしそうです。完全に他人事。

「よければ、一曲おつきあいいただけるかな」

 王様は空気の悪さに気がつかないようにあたしに手を差し出しました。
 何か言うよりなかったことにしたほうがよさそうですね。ため息を飲み込んで、お付き合いすることにしました。
 その前にエリックに抱きついて、ちゃんと待っててくださいねと念押しをしておきます。他のご令嬢たちにチラチラ見られているのは気がついているんですよ。囲まれたり、さらに連れ出されたりしないか気が気じゃありません。

 さて、改めて王様に向かい、そのエスコートを受けます。こそっと、足踏むかもしれないと最初に宣言しておきましたよ。一瞬怯えたような視線を向けられたような気がしますけど気のせいに違いありません。

 さすがは国王陛下、きちんとリードしていただきました。優雅とまではいかないですが、下手には見えなかったでしょう。
 踊っている間、主に謝罪と愚痴を言われました。自分の父親ほどの男性に下手に出られるとなにかもぞもぞしてくるのですよね。しかも、権力者でもあるのです。
 敵対したいわけでもないので、それなりの友好関係でありたいとは改めて伝えておきました。
 ただ、結婚の件は譲らないし、折り合いがつかないなら国を出るとも釘をさすのも忘れません。

 苦笑して了承されましたが、どこまで信用できますかね。あるいは、国を出ていかれる覚悟もしているんでしょうか。

 そうしている間に、一曲終わり、きちんと元の場所にまでエスコートしてくれました。途中で見かけた王妃様たちには目礼しておきました。人様の旦那様ですからね。

 それ以降は踊ることもなく、遅くなる前に帰宅することになりました。もうちょっと楽しんでもよいとはおもったのですが、それもまずそうなので。
 他国の大使が何人か紹介されたのですけど、どうみてもきらっきらしていて大使のように見えなくてですね。
 そういう方面から篭絡しようとするのやめませんかね? と呟きたくなりましたよ。

 それでも、これでしばらくはお役御免で冬の間くらいは遊んで暮らせると思ったんです。
 それはちょっとだけ甘かったんです。

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