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冬の間

……という夢を見たんだ。3

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 遠くから柔らかく歌う声が聞こえた。呼ぶような声がひどく懐かしく、帰らねばならないと思う。
 いや、行かなければならない。

 それが……。

「……去りなさい」

 凛とした声が響く。それは聞き覚えがある声に似ていた。

「しつこいったらない」

 ぼやくような声とともになにかに触れられた気がして目を開ける。
 寝た気は全くしなかったが、どうも寝ていたらしいとそれで自覚した。なにか甘い匂いがしたような気がしたが、原因になりそうな物はないはずだ。
 それよりも、今とても重たい何かが乗っていることのほうが重要だろう。
 ぱたぱたと目の前を小さな手がうごく。視線を向ければ、にこりと笑う少女が見えた。

「おはようございます」

 彼女は笑顔で、なぜか怒っている。そう察したのは兄弟弟子の女性率の高さの結果だろう。彼女たちはなぜ笑って激怒するのか未だにわからない。
 不機嫌と出されたほうがまだ余計な怒りを買わずにすむというのに。

 だから、なぜ、上に載られているのかということについては指摘しないことにした。どうせろくでもない話だ。

「重い」

「女の子は羽のように軽いのっ!」

 彼女は文句を言いながらも降りて行った。奇行とまでは言わないが、なにがしたかったのか全くわからない。熱を測るという名目でおでこをあてるということは以前もあったような気がする。
 いつも少女のほうが熱い。

「おはよう」

「おはようございます。
 みんなごはんに行っちゃいましたよ」

 確かに静かだった。いつもならこんなことをしていれば誰かは彼女を止めただろう。

「一緒に行けばよかったのに」

「こういうホラーの定番は一人になるとやられていくのです」

 彼女は厳かに宣言した。
 続けてホラーとはなにかと得意げに語っていたものの、最後には青ざめていた。

「ううっ。異世界でホラーで死んじゃうとかなにそれ」

「はいはい。よくわかってるならそれを避けていけばいいだろ」

「どうせなら守ってもらいたい」

「俺より資質があるくせになに言ってんだ」

「どうせなら主体的に守ってもらいたい乙女心なのだけど」

 ため息をついてそれについては明言を避けた。なにを言っても文句をつけてくるに決まっている。

「着替える」

「え? あ、えっと、向こういってるよっ!」

 慌てたように扉のところまで言って背を向けた。部屋の外までは出ないらしい。昨日のことが後を引いているのは間違いないだろう。

 面倒なことに巻き込まれているのは間違いないだろう。
 もっとも、ユウリと関わるようになってからはそれが日常とも言える。

 それでも、この少女が現れてからのほうが心労が増えている気がするのは気のせいではない。

 最初に教えておくべきだった。

「本気にしたら、どうするつもりなんだろうな」

 魔導師は、その気にさせた後がめんどくさい。



 ぴーぴーっ! ぴーぴーっ!

 ディレイは控えめな音の発生源に手を伸ばし触れながら解除のコマンドを告げる。すぐに起き上がる気にはなれなかった。

 なにか変な夢を見たような、気がする。おぼろげな記憶に明るい笑顔が残っていた。
 柔らかい毛並みの茶色いちいさいもの。
 誰かにとてもよく似ていた、ような?

 夢の残りを拾おうとすれば消えていく。寂寥感だけが、そこに残った。
 小さく頭を振ってから、起き上がる。

「あれ?」

 いつもの部屋とは全く違う。
 ディレイは首をかしげて、思い出した。王都での拠点として用意された部屋だった。師匠の常連の宿の一つだ。防衛力の高さで選んだと言うだけあって強固な防御結界を張ってある。
 おそらく、今一番様々な意味で狙われているのだから仕方ないとは思う。ただ、部屋の豪華さに慣れる気はしなかった。

「眠い」

 いつもと違いすぎて寝た気にならない。ベッドが柔らかすぎて逆に疲労が残っているように思える。
 ただ、暖かい掛け布はとても質の良いのもので二度寝の誘惑をしてくる。それをどうにか退けるのは、今日は用事があるからだ。

 昨日まで側にいた彼女はもういない。公爵家の別邸に今はいるはずだ。
 今日の用事の大半は彼女に付き合うことになる。ユウリに文句をつけに行くとうきうきとした表情で宣言していた。それを止める代わりに同行することを確約させた。

 えー来るんですか? やめません? まっててもいいんですよ?
 と最後まで抵抗していたが、見えないところで何を始めるのか不安で仕方がない。
 ユウリとアーテルの組み合わせはとても良くない。ユウリ一人だけでも実力と能力だけは一流で、行動力も発揮するのだから止めるほうが苦労する。
 それが倍である。
 無駄に権力も持っているので、王都だけに限らず国内を大混乱に陥れてもおかしくはない。
 本人たちは自分が重要人物であるという自覚も薄いのも問題ではある。

 できれば何か始まる前に止めたい。巻き込まれないなら放置したいが、それはありえない。ため息は出るが嫌ではないのが、重症だなと思う。

 ディレイはそれ以上は考えるのをやめて身支度を整え、宿を出ることにする。
 魔導師らしい格好でいるするのはやめてほしいと宿からも言われていたので、普通のコートを羽織ることにした。

 一つ目の用事は魔導協会にある。
 王都の魔導協会は、路地裏にひっそりとある。上はこじんまりとした建物だが、本体は地下にあった。アリの巣のように地下をめぐるものの全貌は誰も把握していない魔窟だ。

 そして、それが必要であったと知ったのは先日のことだ。地下の広大なものは転移を稼働させることが主目的だろう。転移にかかる莫大な魔素を蓄積し、呪式を刻むには物理的に容量が必要になる。
 行先も複数用意されているようだが、それについては極秘と隠されてしまった。

 代わりに今知っているものについては資料閲覧の許可が出ている。つまりはこれで我慢しておけということだろう。
 たいして役にも立たない転移を好んで扱うものは少ないので、今後の管理を押し付けてやろうという魂胆に違いない。

 王城の出入りはリリーと待ち合わせをしている。ついでに情報交換と言われているが、どう考えてもこちらから言うべきことはない。
 良い話というよりは、人に聞かれたくない話ばかり聞かされることになりそうだ。

 受付に話をすれば個室に案内された。予定よりは遅くなるだろうと見込んでいたが、想定よりは早くリリーは現れた。

「おはよぉ」

 リリーの眠さを全く隠さない態度はいつも通りだ。

「予定通りよく来たな」

「なぁにそれぇ。眠いわぁ。徹夜がつらい」

 徹夜しなくても朝起きれないだろとは言わない。ちゃんと起きれるわよと言いだすに決まっているからだ。
 ディレイは弟子時代に散々リリーを起こしてきたからそんなの嘘なことをよく知っている。ちなみに一か月で嫌になった。祖母である師匠の怒りがよく炸裂していたが、治らなかったのだから個性なんだろう。たぶん。

「えぇと、王弟殿下の話ってしたっけ? してなかった気がしたけど」

「元リリーの婚約者としか聞いたことがない。それがなにか」

「詳しいことは省くけど、一時的に謹慎中。もし、逃走したりしたらアーテルが狙われそうだから注意しておいて」

「今まで話にも出てこなかったのに、なぜ突然?」

「意図的に話をしてなかったの。いろんな思惑もある貴族たちの誰もアーテルに言ってなかったようだから、共通認識だけはあってたのよね」

 皆が示し合わせたように言わない、ということは良いことのようには思えなかった。
 リリーもうんざりしたような顔をしている。まあ、これは王弟の話題が出たときにいつもする顔だったような気はする。その話題はゲイルの前ではしないので、詳細はいつもわからない。関与するようなことは起きるはずもないと興味もなかった。

「口説く前に俺の嫁にしてやる喜べとか言いそうなの。俺のこと好きだろとか初対面で言いそう」

「……どれほど自信過剰なんだ?」

 ディレイとしてはティルスも中々のものだと思っていたがそれを超えていく。

「顔も地位も名誉も血統も良ければ、小さいころからちやほやされるわけよ。そうでない人は寄らないし。そのうえ、姉たちに可愛がられて育って、女はみんな俺が好きとか刷り込まれてるの」

「そんなのとよく婚約者になったな」

「婚約まではしてない。家の都合で押し込まれそうなのを全力回避したからああなったんでしょうが……。
 ゲイルには悪いと思ったけど、どうにもならないもの。あの頃は、どっかで話が漏れて暗殺者でも送られちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったわね」

「なるほど。ゲイルも話題に出したくないわけだ。よく、闇討ちされなかったな」

「他の部分が優秀すぎて切るに切れず、上回る優秀人材もまだ育たずで、十何年もたっちゃったわね。今後はちょっと考えるようだけど。
 アーテルと天秤にかけるには軽すぎる」

 今後何かした場合には切り捨てるという方針はあるようだと憂鬱そうにリリーが続ける。もし何かあった場合にはそれ全部に関わるというのが予想できるのだろう。

「ま、そこは上手くやっといて」

 リリーは対処が面倒になったのか投げた。寝不足のせいと言いたいとろこだろうが、程度の差はあれいつもこんなものだ。
 師匠とも通じる雑さは血統だろう。

 その他、細々とした注意とも愚痴とも言えないことを伝えられ、本題が何だったのか見失いそうになる。
 情報交換というよりはやはり愚痴がメインのような気がしてきた。

「他になにかないのか」

「フラウが知ってて黙ってたってずるいって喚きにきたくらい?
 紹介してと言われたから、会わせるわよ?」

「本人がいいといえば、な」

「そっちは乗り気だったのよね。じゃ、こっちで決めておく。
 そのくらいかしら」

「では、そろそろ時間だろ」

 言われて気がついたようで、リリーが慌てて立ち上がる。

「別行動するけど、問題は起こさないように」

 釘を刺されたが、どちらかと言えばリリーがなにか起こすほうが確実なのではないだろうか。そう思ってもディレイは表立っては神妙に頷く程度にしておいた。

 表立って問題はなく、王城についた。公爵家のご令嬢という肩書は絶大であり、一切待たされることも邪魔されることもない。
 王城内に入って途中で別れてユウリの執務室に向かう。

 そろそろ目的地につく廊下に問題があった。
 めんどくさいのに会った。
 ディレイの感想はそれに尽きる。そういえばユウリがいると言っていたなと薄っすら思い出す。

 ディレイにとってめんどくさい相手とはフュリーという。彼女にはある理由によって、嫌われていた。ディレイもその理由についてはわからなくもないと言われるままにしている。
 二人だけの兄妹で、兄が死んだ理由の一端にある男を嫌うのはそれほどおかしくないと思えたから。

「あ、久しぶり」

 フュリーからあまりにも普通に声をかけられてディレイは驚いた。憑き物が落ちたように、苛立ちのようなものが消えているようだ。

「一年ぶりくらいか。元気そうだな」

「ユウリにあちこち行かされて困ったかな。そっちも元気そうでよかった」

 そう言うフュリーは楽しげにさえ見えてディレイは眉をひそめた。別人かと思うほどの変わりように警戒心が先立つ。

「ディレイが来たら足止めしておいてとか言われたんだけど。今度は何、無茶振りされたの?」

 ディレイの警戒に気がつかないようにフュリーはつづけた。
 ユウリはディレイと先に会いたくないということだろう。ディレイがフュリーを避けるだろうとわざとここに置いたに違いない。
 基本的には向こうから突っかかれない限り、ディレイは彼女に関わりあいたくない。それをユウリは承知している。

 ただ、ここまで妙に友好的な態度になっているとは思っていないに違いない。一体、どこに行かされていたらこうなるのだろうか。
 変な魔法でもかけられたのではないのかと疑いたくなる。

「どうしたの?」

「それはこちらの言い分だな」

「そ、それは色々反省したというかなんというか。全く音信不通なるなんて思ってもみなかったっていうか。王城にずっといるって思ってたから」

「魔導師に居心地の悪いここに?」

「うっ。知らなかったの。全然、なにも知らなかったの」

「そうか」

 まじめな顔でフュリーが見上げたことにディレイは気がつかなかった。彼は通路の向こう側を気にかけていた。

「あのね」

 フュリーが言いかけた言葉を彼が聞く機会は訪れなかった。
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