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眠り姫

起こしにきてください5

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「……うん。見えてない」

 カリナさんの露骨な独り言が現実逃避に見えます。ちらっと向けられた視線で、なにしてんの?と問いただされたのは気のせいとして処理したいです。
 カリナさんは教会にいたようです。以前、来たときに通された応接室にいましたから。円卓が特徴的なその場所は簡易会議などでよく使われるそうなと言ってましたし。
 絶賛、会議中でした。現在、十人ほどの男女が席を埋めています。その末席に青い顔のままカリナさんが座っていたのですけど。

 一瞬、エリックのところに行こうかと思ったんですよ。一回行けたから次も可能だろうと。しかし、ですよ。あの人も触れる霊体というものに興味を持つと思ったんですよ。主に研究対象的に。
 そこにラブはきっとない。

 カリナさんが一番安全に決まってるじゃないですか。ローゼのところだとユウリがもし見えたりしたらとてつもない修羅場化します。あちこち折衝しているらしいリリーさんにお手を煩わせるのは避けたいですし。

 少々挙動不審だったカリナさんを気にしてか隣に座っている女性が怪訝そうな表情をしています。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも」

 そつなく答えたカリナさんの目が据わっているような気がするのは気のせいでしょうか。
 現在の議題というのはなんでしょうか?

「カリナよ。おぬしはどう思う?」

「穏便に済ませたい、というのが来訪者の意思ですし、それを曲げる気はないと思います。
 正直、大事なものが害されない限りかなりの譲歩を引き出さるでしょう。もちろん、対等の取引が望ましいでしょうけど、彼女は教会にも魔導協会にも甘い対応をするのではないでしょうか」

 ……淀みなく個人的評価をされてしまいました。
 もちろん、国を荒らすなんてしないわよね? という圧を感じます。ちゃんとシスターなのだなと思いましたね。孤児院のことをか色々考えてはいるのでしょう。

「大事なものを害された場合は?」

「殲滅くらい覚悟されては? 即闇落ちしますよ」

 あんまりな評価ではないでしょうか。至極当然なことを言ってる風の顔ですけど。
 まあ、確かにその傾向は否定しません。

「ほっとけばいいんです。こちらには多少の恩義を感じているはずですから、焦る必要はないでしょう」

 婚姻許可証の件でしょうか。あれは本当にどう扱っていいのかわかってないんですけど。
 今でもほんとに結婚したっけ? という気分になります。心の準備というものがですね……。事前にその雰囲気があっても回避したような気がするので、そこも微妙です。

「ふむ。静観せよと」

「はい」

「この機にわれらの庇護下に置けばよいのでは?」

「魔導協会の失態でもありましょう」

 ……うーむ。意見が割れてますね。ふむふむと混沌と化していく会議を見守ります。教会のスタンスはこういう感じなのですね。
 カリナさんはさらに意見を求められるでもなく置物と化しています。とんとんと指で机をたたく音に気が付きました。

『なんで。ここにいるの?』

 丸い文字で小さな紙に書かれていました。

「避難中です」

 厳かに告げたはずが、怪訝そうな視線がやってきました。

「ヒューイさんが解剖だの霊体の検証だの言い出しまして」

 カリナさんが急にうつむきました。肩が少々震えているので、笑いの発作でも起きたのでしょう。あたしも他人事ならわらいますねっ!
 幸い、カリナさんには注意が向いていないのかばれてないようですけど。

「あたしがいない間、なにかされてませんよね?」

『ど、どーかなー』

 動揺が見られる字ですね。不安にしかならないんですけど。やっぱり戻ったほうが良いですかね?
 葛藤している間に会議は変な方向に捻じれていってました。
 教会に囲っちゃえばいいじゃん、ってなんですか。聖女として擁立し、保護するとか良さげに言ってますけど政治利用する気満々じゃないですか。

「どこも変わりませんね」

 身もふたもなく言えば魔導協会がおかしいって話ですけど。魔導師もあたしの知識利用を全く隠しもせずきらっきらした目で見てきますからね……。利用目的があるというのは一緒なんでしょう。
 対等に交渉しようぜっ! という気概がある分ましです。
 ただ、こちらも問題がないわけでもなく。与える知識はちゃんと考えなきゃいけないんですよね。好奇心で化学兵器に類似したもの平気で作って、うきうきして試しそうな恐怖しか感じませんよ。
 力はあれど、世の中を預けるには不安な人たちです。

 ほんとになんだってあんなに好戦的なのか。穏やかそうな魔導師すら倫理観がどこか足りてないのが魔導師クオリティ。
 その点はエリックですら信用できません。むしろ逆に危ないほうっていう。
 思わず遠い目をしてしまいます。うちの旦那様のラスボス感ときたら……。

 なんとなく、その後はカリナさんに憑いたまま過ごしてしまいました。安定の普通感に安心したかったんですよ。
 時々、胡乱な視線を感じましたが気にしません。

 さて、カリナさんもお城の方に戻ってきました。途中、王子に引き止められたり、姫様たちにつかまったりしてましたね。なお、王子には全く見えていないようです。お姫様たちはじっとみて首を傾げられたので、見えてる可能性ありです。
 ほかは特別見えている風ではなかったですね。
 途中、シュリーやティルスにも遭遇したのですが全く反応なし。正直、安心しました。いやー、見えたらどうしようかと。解呪を試されるのは遠慮したいです。
 なお、ローゼの様子を見に行くようお願いしたところ、同じ部屋にいたユウリにびくっとされました。
 残念ながらローゼには見えてなかったようです。

 そのままあたしの体の部屋を戻ってもらいました。

「おかえり」

「……ただいまです」

 ヒューイさんにお出迎えいただきました。とても微妙な気持ちになりますね。半日ぶりだね、わがボディ。室内の花の量が増えてるので死体感ましましだねっ!
 ……ほんとなんでなの。
 ヒューイさんだけでなく、リリーさんもいました。
 リリーさんは見えるみたいなんですが、目を細めてうーんとか唸られましたね。遠くのよく見えないものを見るような表情。な、なぜですか。ヒューイさんが割と見えてるのに!

「リリーは感知系が絶望的。センスの良さでも補えない致命的さ」

「な、なによっ! なんかこの辺にいるのはわかるわっ!」

 ……そこいませんけどね?
 カリナさんもヒューイさんも何とも言えない表情してますけど。ああ、チベスナ顔っていうんですかね?

「ついでに器用さもかわいそう」

「うるさいわね。必要ないの」

「魔道具、調合全般×」

 意外な弱点というべきでしょうか。ぐぬぬとなっているリリーさんを見るのは初めてですね。

「……それで、責任の所在はどうなったんですか?」

「え?」

 きょとんとした顔で聞き返されました。リリーさん、聞こえてもいないんですね。
 少々面倒ですが、カリナさんに通訳をお願いしました。
 あたしを質問攻めというか無限ループに放り込んだ元凶の子息は謹慎となりました。要するにあたしをトロフィとしたレースから外されたということですね。
 起床後の謝罪という形で決着はかなり軽い気はします。

「好意を持つ相手がいることを隠していたというところを突っ込まれての痛み分け」

 などと言われてましたけどね。
 おまえら、言ったら即悪評仕立て上げるだろうが、という信用のなさを恥じるべきです。物理的妨害だってしそうです。現状を考えれば偏見でもなかったわけですし。
 ショッピングじゃないんだからこの中からお好きなものをどうぞ、なんてできません。

「そもそも縁談しに来たんじゃないんでいう必要ないじゃないですか」

「そうなんだけど。目を覚まさせた相手を認めるということは押し通したわ。
 解呪の試みを解禁するのは三日後ね」

「は?」

「極秘な話なので忘れてほしいんだけど、完全な形の眠り姫は別格で解呪条件が厳しいのよ。本気で嫌がらせで作ったんじゃないの? ってくらい。だから、他の誰かが解呪のために触れることも無理ね。たぶん、見えるのは別の理由が作用してるんじゃないかしら?」

「ゲイルさんが言ってたのと違うような……」

「うち直系だから。外に出せないような、夫にも言えないような逸話が残ってる」

 リリーさんが遠い目をしていますが、今、さらっと重要情報を言ったような?

「直系って?」

「あら? 言ってなかった? あれ作った魔導師の直系子孫よ。ブロンディの森の屋敷に済んでたの」

「……そーですかー」

 因縁めいてますね。
 まあ、直系ならばあれほど眠り姫の蔵書があったのは頷けます。最初のは起こるべくして起こった事故ですよね。
 今回はユウリのせいでしょうけど。あとで問い詰めてやりますよ。
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