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眠り姫

幽霊になりました5

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 異世界生活80日目。王都にきて二週間ほど経ちましたね。なんということでしょう。ブロンディの森でお別れして40日経過しているという……。
 禁断症状出ますよね。

「帰りたい」

 ぼそぼそと呟いたのがいけなかったような気がします。
 なぜか段取りを整えられて王城に行く話になっていました。主目的は来訪者登録の催促です。リリーさん曰く、書類関係を扱ってる部署にあたしを狙っている家から圧力がかかっているのが判明したそうです。
 ……でしょうねーという感想しか出てきません。さすがに王家にチクられて今はまともに動き出したようで数日中には完了予定だとか。

 それをさらに催促するってどうなのかなと思いますが、やる気だすでしょ、とリリーさんは軽いものです。
 ついでに魔導車についての話もしてくることになったのですが。

 王城についたころにはさらに昼食のお誘いがやってきました。お断りした家の連名でやってきたそれ。あたしが断りまくったせいで結託されました。さすがに有力貴族も十も集まれば侯爵家でも分が悪いらしく断りきれませんでした。
 手回しが早すぎるとリリーさんも呻いてましたね。王城の一角を借りてのことのようなので、王家も了承済みということでしょう。現在の王家の立場というものに思いを馳せますね。

 それにしても悪女のように弄んでおけば良かったんでしょうかね? 言質をとらせずその気にさせるとか高等技術すぎます。

「……まずは用事をすませましょう」

「そうですね……」

 否はありません。昼食会向きの恰好ではないのですが、その点はもう気にしないことにします。整えたほうがその気がありそうに見えて嫌ですし。

 書類を扱う部署は北側にありました。書類の日焼け防止のためわざと日当たりが悪いのだそうです。あたしはまだ来たことのない場所だったので興味深々だったのですが。
 やっぱり見世物なんですよね。
 絶対日ごろはそんなに人いないでしょう!? という感じの人口密度でして。廊下から目的の場所までは居心地の悪い思いをしました。

 突然の職場訪問というわけではなく、先に連絡は行っていたようなので混乱はありませんでした。ただ、こちらも人口密度がおかしいだけで。
 暇なんでしょうか。

「進捗を確認しに来たのだけど、責任者は誰?」

 リリーさんは挨拶もそこそこに切り出します。お嬢様的威圧感がたっぷりです。我々には真似できないとカリナさんとこそこそ言い合います。すぐにぎろりと睨まれてお口にチャックしました。
 責任者としてでてきたのは小柄な青年でした。露骨に機嫌が悪そうですね。

「数日中にはお渡しできると連絡したはずですが」

「あとでまた違うところがあったと言われるのは困るのよ。冬が来るわ。雪が降る前に戻りたいの」

「そうでしたらこんなところで時間を潰させないでください」

 あらら。
 相当、迷惑って顔ですね。まあ、それもわかります。あたしが動くところ人が増加しますからね。お仕事の邪魔だったのでしょう。
 リリーさんはため息をついていますが、おそらくポーズでしょうね。この事態は想定範囲内。

「では、一度確認させて頂戴。アーテル」

「はい。お手数ですが、見せていただいても?」

 営業スマイルを強化して責任者へ言ったのですが、なにか固まってしまいました。本人がいるとは思っていなかったのでしょうか?
 首をかしげるとリリーさんに苦笑されてしまったのですけど。

「だから、笑うなと言っていたじゃないの」

 リリーさんに耳元で小さく言われてもよくわかりません。そのあたりでぎこちなく動き出しました。
 いただいた書類にはこれまでの経緯やそれについての確認を取った旨記載があります。
 リリーさんに拾われたことになっていること以外は概ね事実です。注意深くエリックの名が出ないようにしているのはわかりました。
 後見はクルス一門が主ですが、魔導協会、教会、王家が名を連ねています。なお、リリーさんの実家の名はありません。

 問題なさそうなのですが、一つ気になるところが。

「この似顔絵、美化されすぎてるので差し替えてください」

 写真がないので絵が付けられていたのですが、少々美少女すぎます。普通に地味にしていただきたいです。以前描いてもらったものとはタッチが違うので別の人が描いたものみたいなのですけど。
 カリナさんも興味を持ったのかのぞき込んできました。

「最大限着飾ったとき、って感じ」

 ……メイクって偉大ですね。そして、カリナさんの感想が素直すぎて背後で護衛が噴出してるんですけど。振り返ればティルスだけじゃなくてローゼも笑ってるってっ! シュリーだけが困ったようにしていました。
 ふと見ればリリーさんがツボに入ったようで笑いを殺し損ねてました。

「差し替えてください」

「わ、わかりました」

 担当者に向き直り、思わず無表情で圧をかけてしまいました。担当者が悪いわけではないのでしょうけど。

「よろしくお願いしますね」

 そこはさらっと流して書類を返しました。これでさっさと済んでくれるといいのですけど。

 さて、次の目的地、と思っていたら当人が野次馬に来てました。

「よぉ」

 ゼータさんの軽い挨拶にリリーさんが顔をしかめています。

「待ってなさいって言ったじゃない」

「この間、反故にされたんだ。捕獲しに行くだろ」

「はいはい。そっちの研究室に行くわよ」

 一応、初対面ということにしているので、研究室についてから自己紹介やらなにやらを済ませたんですが。

「……なんでみんないるのかしら?」

「待ち受けてました」

 先日会った魔導師がそろってました。リリーさんが呆れたような顔です。ヒューイさんもしっかり混じってるあたり戦力過剰です。
 シュリーがここ乗っ取るつもりですかと呟いていたのが印象的ですねっ!

 ……室内は広いのですがモノがあふれてほどほどの広さになっています。そのうえ、人数も増えてますので狭いですね。

 魔道具があちこちに転がっているということはなく、工具やなにかの部品が箱に入って積んであるという状態です。
 壁には設計図が貼られていまして。

 ついでとばかりに先日返信したときにつけたあたしの絵も貼ってありました。車の種類とかを文章で伝えるのは難しかったのです。

「あ、それ参考になった。それでだな」

 うっかりゼータさんに見つかって質問攻めにされました。いや、あたしそんなに詳しくないしと主張しましたけど聞いちゃいません。困ったなとリリーさんを振り返ったのですが、まったくこちらを見ていませんでした。
 むしろ、私関係ないです、という顔をしてヒューイさんと話し込んでます。苦手なんですね……。
 頼れるかもしれないカリナさんはあちこちを興味深そうに見ていますし、ローゼはすでに撤退済みです。ティルスも外で待っていて、シュリーだけが残っています。視線があってもなんとなく困ったような雰囲気がするのはなぜでしょうか。

「未婚の女性への対応としては近すぎるのでは?」

 ……そこ、突っ込むことろですかね? ゼータさんが面食らったような顔してますよ。確かに近いは近いんですけど、熱中してくると距離詰めてくるとかゲイルさんで慣れてしまって違和感すら覚えませんでした。
 なんなら、そこにいる魔導師ほとんどそうでした。

「ああ、そうだな。怒られる」

 ぼそっとゼータさんが言いましたけど、それ失言ですからね? 明らかにエリックに怒られるという想定です。あたしが怒るというニュアンスではありません。リリーさんに目くばせしてみたものの視線があわなければ意味がないという。
 案の定、シュリーが怪訝な表情してますよ。

「さて、私たちもお話聞かせてもらっていいかしら?」

 シュリーがなにか言い出す前にグレイさんが割り込んできました。ぐいっとゼータさんを押しのけています。

「な、俺の話し終わってない」

「待ってたらいつまでも終わらない。おっさんは話が長い」

「ちょ、おまえ、同……はい。わかりました」

「わかればよろしい」

 ライさんがしっしっと追い払っております。……しょぼんとしたところに可愛げがありますね。話が長いのは同意しますが。
 ついでとばかりにシュリーも壁際に追いやられてました。
 機密事項と言われればまじめなシュリーは折り合いつけちゃうでしょうね。ティルスならしないでしょうけど。

 で、なぜか、今、ドレスの話をしています。飛躍しすぎです。
 王城に入れない魔導師の方からの質問だそうです。なんでもローゼの結婚式の衣装の発注がきてどうしようか悩んでいるのだそうですよ。一回しか着ないであろう衣装を魔道具で作ろうという発想がユウリの浮かれた心境を表しているんでしょうね……。
 そこからあたしの服の趣味の話になり、結果的に楽しみにしといて、などと言われると気になりますよね。

 なにか発注されてるんでしょうか?

 き、期待していいのでしょうかっ!

「よろしくお願いします」

 がしっと手を握ってもよいですよね。
 グレイさんが驚いたような顔してました。ぐいぐい行き過ぎですか。そうですか。

「なにしてるの?」

 リリーさんがようやく話かけてきましたが、タイミングが悪いような気がします。
 えへへと曖昧にごまかし笑いをしてみましたが、不審そうに見られました。視線が、今度は何をしたのと言いたげなのは被害妄想でしょうか。

 そして、まあ、残念ながら昼食会のお時間になってしまったわけです。 
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